2010年1月

文化勲章をもらった名探偵

チャンバラごっこ
 正太たち仲間の遊びで、一番人気があるのはチャンバラごっこ。
 チャンバラでは、遊び道具として刀になるまっすぐな木の棒さえあればいい。
 舞台は、大願寺の庭と決まっていた。

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 本堂を取り囲む広い板敷きの廊下、古い木の階段や廊下回りの柵などは、時代劇の舞台としていうことがない。さらに本堂の裏にひろがる墓地も変化に富んでいてチャンバラ向きだった。ただ、住職にみつかると雷が落ちる。
 チャンバラごっこにはストーリーがなければならない。ストーリーが決まると主役にだれがなるかそこでひともめする。
 主役になれなかった他の全員が切られ役になるのだから、なかなか決まらない。
 その主役といえば、鞍馬天狗、丹下左善、宮本武蔵と小次郎、旗本退屈男、清水次郎長、里見八犬伝、真田十勇士ちょっと渋いところでは荒木又右衛門、そして人気ナンバーワンなら笛吹童子などなど。
 鞍馬天狗は頭巾がなければならないので、家から風呂敷を調達してくる。風呂敷を持ってきた者が、主役の座を射止めることになる。風呂敷は親の目を盗んで持ち出さなければならないし、分からないように元の場所に戻しておかなければならない。主役になるのは、苦労へのほうびのようなものだった。
 丹下左善は、片腕と片目の妖怪のような格好をしなければならないので、片手ですぼんのベルトに差した刀を抜き、振り回したりできる高度な技を身につけた者が主役の資格をもっている。このベルトをしているか、していないかで主役も決まる。
 宮本武蔵は言わずとしれた二刀流、対する小次郎は物干し竿といわれる長い刀を背中に背負っている。旗本退屈男は、おでこに絵の具などで赤く向こう傷を描いてやる。
 この向こう傷という意味を正太はしらない。向こう傷があるならこっち傷もあるのではないかと思ったりもしたが、兄たちにうっかりと聞こうものなら、またからかわれるに決まっていから知ったかぶりで通していた。  
 荒木又右衛門といえば、鉢巻きをしてそこに手裏剣を挟むのが決まりとなっている。
 手裏剣はもちろん小枝を削ってつくる。
 削った小枝がウルシの木で、おでこが真っ赤にかぶれたなどという、情けない又右衛門もいた。
 笛吹童子は、もう中村錦之助そのものになりきる以外にない。
 東千代の介や伏見扇太郎も人気があったが、錦之助にはかなわない。

主役の資格
 主役は一人だから、なかなか回ってこない。
 持ってきた道具などで役が決まることもあるが、多くはジャンケン勝負となる。 
 その仕切をするのが、年長者だ。
 役のふりわけに不満があっても、年長者の決めたことには逆らえない。
 もう一つ問題なのが、チャンバラごっこに参加したすべてが同じ映画を観ているとはかぎらないことである。これが多くの場合、争いの元になる。
 主役を演じるには、映画のいちばんかっこいいシーンを再現できなければならない。かんじんの映画を観ていないと、仲間の賛同も納得を得られない。
 その時にはジャンケン勝負で主役の座を射止めていたとしても、最新情報をもっている者にその座を譲らなければならなくなる。つまり、チャンバラごっことは誰もが知っている映画のシーンを立ち回りから台詞、しゃべり方までまねして再現するかという遊びだった。
 正太もチャンバラが、遊びの中でいちばん好きだった。何しろ手っ取り早いし、大勢集まれば清水一家の大立ち回りもできる。
 正太が清水一家を気に入っているところは、次郎長から大政、小政、法印大五郎、森の石松などどの役をやっても、それぞれに台詞もあり立ち回りができたからだ。
 ただし、清水一家には、三度笠は無理だとしても合羽がいるので、みんなが風呂敷を揃えられなければ格好がつかないから、準備に一苦労する。
 同じようにいろいろな役につけるという点で、人気があったのが、里見八犬伝と真田十勇士がある。
 里見八犬伝は「仁義礼智信忠孝悌」の8つの玉を集めるというストーリーだから、8人に役を振り割ることができる。同じように真田十勇士も、役にはことかかない。
 三好入道、霧隠才蔵、猿飛佐助など名前がかっこいいし、漫画でも人気があったので、役をとっかえひっかえして楽しめるのが強みだった。
 正太は、猿飛佐助も捨てがたかったが霧隠才蔵という名前に強く惹かれていた。
 何度ジャンケン勝負してもいい役に当たらなかったり、役を独占する者がいたり、悪役ばかりやらされるとすぐに仲間割れが起きる。
 こうなるともう切られ役も投げやりになり、チャンバラごっこへの意欲は一気にしぼんでしまう。年長者の仕切りもきかなくなる。
 そんなときに誰かのポケットから、ゴムボールが出てくれば、刀はバットに変わってしまい、集まった人数が二つに分かれて、三角ベース野球になる。

悪役列伝
 主役が片岡千恵蔵、市川歌衛門、嵐寛十郎、長谷川一夫、大友柳太郎、中村錦之助、東千代介なら悪役は吉田義夫を筆頭に月形龍之介、加賀邦夫、山形勲、原健策、薄田研二、進藤英太郎、戸上丈太郎など顔ぶれは決まっていた。
 なかでも吉田義夫の憎たらしさといったら、スクリーンに登場しただけで正太達はざわめき、卑怯な振る舞いをしようものなら思わずやめろ!という声まで上がる。
 大きい顔に大きな鼻と口。とくに口は耳まで裂けているのではないかと思われるほど大きく、がっはっはっと悪笑いすると、不気味さが倍増した。
 妖怪変化も得意中の得意で、笛吹童子で長い真っ白い髪を振り乱して術をつかう吉田義夫は、不気味さと怖さと憎らしが一つになって、意外なことにチャンバラごっこでもなりたがる人気の役だった。
 吉田義夫や山形勲が、いつまでも自分の罪をみとめないしぶとい悪役を演じる。
 最後には、千恵蔵や錦之助に動かぬ証拠を突きつけられて、もはやこれまでとばかりに斬りかかり大立回りのすえに成敗される。
 ほっとする爽快感、それが、悪が滅ぼされる映画で正太がいつも感じる気持ちだった。
 とくに吉田義夫が、断末魔の声をあげて倒れるシーンは、いつみても胸のすく思いであった。
 じゃあ、正太は悪役が嫌いかというとそうでもなかった。
 なかでも低い声で、卑怯ではないが無慈悲で冷酷な侍役が似合う月形龍之介や、口を一文字に閉じるようにゆったりしゃべる、ずるがしこい役人などにぴったりの原健策、豪快な笑い声で、自分の悪事を吹き飛ばそうとする加賀邦夫、大柄で悪代官や悪家老役が多かった山形勲、嫌われ者代表の吉良上野介を演じたら誰も勝てない薄田研二などは、正太にとっては主役よりも好きだったし、この役者がいるから主役が光るのだと言うことはじゅうぶん分かっていた。
 主役の台詞はかっこよかったが、不気味な笑い声や弱い者をだます憎々しげな言い回しは、真似して簡単にできるものでもなく、役者になるなら悪役も悪くないなと思う正太だった。

 文化勲章
 正太は、チャンバラと同じくらい探偵ものにもあこがれていた。
 なかでもチャンバラスターの片岡千恵蔵演じる金田一耕助と多羅尾伴内の渋さは、あこがれの的だった。
 多羅尾伴内の千恵蔵は、黒いスーツに黒い中折れ帽子で、台詞を言うときには息を吸い込むようにしゃべらなければならない。
 金田一耕助の場合はいらないけれど、多羅尾伴内では拳銃がなければ格好がつかないので、板を切り抜いて作った拳銃や、お祭りの縁日で売っている巻き玉火薬式の百連発銃をもちよって撃ち合う。
 多羅尾伴内は7つの顔を持つ男で、いつも変装して悪をあばく。
 映画のラストシーンでは、「ある時は片目の運転手!ある時は場末のバーテンダー!してその正体は!」という決めの台詞を一気に息を吸い込むようにしゃべる。
 正太の映画好き、チャンバラや探偵好きは兄姉の中でも特別だった。
 小さい方の姉も映画は好きだったが、4歳離れているのでさすがにいっしょに遊ぶことはない。むしろ、風呂敷を黒頭巾代わりに頭に巻いたり、道中合羽の代わりに背中にしょって、手には長い竹製のクジラ尺、腰のベルトには短いクジラ尺を差し込み映画のシーンの真似でしようものなら、冷たい視線が飛んでくる。
 そんなことお構いなしに、外で遊べない雨の日には、映画の台詞を大きな声でしゃべりながら狭い家を走り回る。
 時には子ども部屋の二段ベッドを登ったり下りたりしながら、布団に潜り込み拳銃をかちゃかちゃと鳴らす。もちろん台詞は多羅尾伴内、金田一耕助の千恵蔵である。 
さすがに火薬などを使うと兄につまみ出されてしまう。
 「いい加減にしなさい」と姉たちに怒られても、こんどは茶の間にいって母親相手に斬りかかる。一回や二回は斬られてもくれることもあるが、最後は鯨尺を取り上げられてしまう。
 こうなると、もう相手はネコぐらいしかいなくなる。
 ネコだって、わけ分からない台詞で追いまくられて、クジラ尺で斬られるのだからたまったものではない。
 ギャーギャー、ニャー、ニャーと逃げまくる。
 部屋の隅に追いつめられると総毛立てて歯をむき出して「シャー」と威嚇する。
 待ってましたばかりに「おのれ化けネコ、狂ったか」などと得意の台詞が飛び出す。
 「正太、チャンバラも探偵もいいけれど、そんなことばっかりしていたら本当にバカになるわよ」
 小さい方の姉が言おうものなら、「バカになれるなら本望だ(本望なんて言葉の意味だって正太は知らない)!お姉ちゃんこそ。高千穂ひずるの役やらせてあげるから」と、なんとか人気美人女優の名前をだして買収しようとするが、「正太のようなへっぽこ侍やヘボ探偵の映画になんか出ませんよ」と蹴散らされてしまう。
 
 その日も雨で、部屋のなかを所狭しと暴れまくっていた夕方、ラジオをから文化勲章の受章のニュースが流れた。
 夕食間近で茶の間に集まって、家族が聞くこともなく耳を傾けていたが、正太はニュースの中で流れた名前を聞いて、びっくりした。
 そして思わず「ほら、みんないつも探偵やチャンバラをバカにしているけれど、やっぱり文化勲章もらったじゃないか」とおおきな声をあげた。
 「正太、正太が知っている誰が文化勲章もらったの」大きい方の姉と兄が不思議そうに聞き返す。
 「金田一探偵だよ、みんな知ってるでしょう」
 正太は、あの大好きな名探偵金田一耕助がなんだか知らないけれど、すごい勲章をもらったことに驚きもしたしうれしくもあった。
 「・・・・・・」
 一瞬茶の間はシーンとなった。そしてその次の瞬間、正太以外のみんなが大きな声で笑った。正太にはなんのことはさっぱり分からない。
 「正太、それは金田一ちがいだよ」と兄に言われてもかえって混乱するばかりだ。
 かの名探偵金田一耕助以外に金田一という名前の人物を知らない。
 「正太は漫画や映画の見過ぎなの。正太のいう金田一って金田一耕助でしょ。あれは小説上の人物で実際にはいないの」と小さい方の姉が例によって小馬鹿にした口調で言い立てる。
 「だって、いまラジオで金田一耕助っていったよ。みんなも聞いたでしょう」
 「耕助じゃなくて、京助。金田一京助のこと。こっちの金田一さんは、日本語の研究をしている学者で、探偵ではありません」大きい方の姉の一言で正太は完全に沈黙した。
 その後も、茶の間には姉や兄たちの大きな笑い声がいつまでも響き渡っているように正太には感じた。
 その次の日も、そのまた次の日も、ずっとずっと。