漫画のベッド

 正太が、かなったらいいなと描く夢は、いたって単純だった。

 ヘンぜルとグレーテルの童話を読んだときには、ああ、ぼくもお菓子でできている家に住みたい。

 どうすれば夢がかまうのだろうと考えた末の結論は、お菓子屋さんなればいいのだということ、といたって単純。

 ところが、童話の世界にでてくるお菓子は、正太の住むまちのお菓子屋さんではみたこともないものばかりだし、そもそも洋菓子といえば、年に一回のクリスマスケーキぐらいで普段は、せんべいとか駄菓子類で、夢からはほどと遠い。

 さらに、「正太がお菓子屋さんになったときには、もう大人だし、そのときには子どもたちのためにお菓子の家をつくることになって、おまえ自身がそこの住むのっておかしくない?」などと、小さい方の姉からとんでくる夢も希望もない一言が、儚い夢を打ち砕く。

 「ああ、夢をかなえるのはむずかしい」と、いつものようにあっさりと、あきらめれることになる。

 「正太の夢といえばいつも食べるものばかりで、ほんとうにいやしんぼうだね。もっと、こんな人になりたいか、考えてみたらどう」

 大きい方の姉にいわれる。

 「たとえばどんな人?」

 「そうねえ、正太は本が好きでしょう。本を編集する人なんかどうかしら」

 「へんしゅうって?」

 さっそく正太の質問が始まる。

 「編集というのは、本を作る人のこと」

 「ふーん。本を書く人じゃないのか」

 「それは作家」

 「さっか?」

 「そう、小説家ともいうけれど」

 「ふーん。じゃ漫画をかくのはどうかな、漫画家になれたたいいな」

 「そうよ。正太はマンガが大好きだし、絵も上手だから 漫画家もいいかもしれない」

 正太は、小さいころか絵が好きだったし、得意だった。

 絵の教室に通い始めたのは小学校4年生の春頃からだったがそれも、小学校の絵の先生にほめられたのがきっかけだった。

 ただでも遊ぶ時間がほしい正太なので、習い事で時間をとられるのは、好きではなかったけれど、絵の教室だけは、通うのが苦痛ではなかった。

 風景画、静物画、人物、動物なんでも心が向くと、画用紙を取り出しては、クレヨンや絵の具で黙々と絵を描き出す。

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 「絵を描いているときは本当に静かでいい」と、家族は正太が絵を描くことを歓迎した。  

 姉の話を聞いているうちに、正太は夢の中に入り込んでいた

 いつもの勉強部屋に、正太はいた。

 部屋に中は、南と東側に窓があり、窓からはいる光をうけて、ローマ字にL字を逆さにした形で、作り付けの勉強机がある。そこで兄弟4人、入り口に近いところから正太、兄、小さい方の姉、 大きい方の姉のいすが並んでいる。

 机は、板を打ちつけただけで、それぞれの境目もない。

 机の反対側に二段ベッドがある。

 だが、夢の中では正太のベッドしかない。

 そのベッドはというと、床から漫画の本を積み上げてできている。

 正太は、漫画のベッド上で、寝ころびながら漫画の本を読んでいる。

 大好きな月刊「少年」だ。

 一冊読み終わると、正太はごろんと寝返りを打って、腹ばいになり積み上げられた漫画の中から、一冊抜き出してまた、読み始める。

 "こんなたのしいベッドはあるだろうか。いつでも好きなだけ漫画が読めるし、眠くなったら眠ることもできるし、まるで極楽だ、天国だ。こんなベッドがほしい。お菓子の家もいいけれど、こっちの方が数百倍も数千倍もたのしいや"

 正太は、また新しいマンガの本を取り出そうと、腹ばいになって、こんどはベッドの下の方にある本をつかんで引っ張り出す。

 ところが、なんといっても本が上から積み重なって、しかも正太の体重のっかっているので、ねらった本をひっぱてもびくともしない。

 正太は、体を逆さにしてさらに力をいれた。

 と、そのとき正太は頭から、転げ落ちてしまった。

 幸い、二段ベッドの下に寝ていたいので、どしんと大きな音がしただけで、正太は我に返った。

 あまり大きな音だったので、勉強中の姉兄の3人がびっくりして思わず振り返った。

 「正太はまた寝ぼけて、まったくしょうがないんだから」と小さい方の姉。

 「正太、大丈夫か。どんな夢見てたの?」と兄。

 「どうしたの、正太、またお菓子の家の夢でもみていたの」と大きい方の姉。

 きょとんとしている正太に、机に向かっていた兄と姉たちの視線が注がれていた。

 正太は、自分の落っこちたベッドを、まじまじとみた。

 それはいつもの木でできている二段ベッドだった。

 

  

  

 

 

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