エスカレーター

動く階段
 正太が、エスカレーターに生まれて初めて乗ったのは、9歳のときだった。場所は、東京駅の大丸デパート。八重洲口の改札を出ると、左側にガラスの壁があり、ガラス越しにエスカレーターが空間に浮くように見えていた。
 足下からつぎつぎに平らな状態で出ては、階段へと変化していくそのスピードにどうやって乗り移ればいいのか、緊張感でたじろぐ。横に一緒にいた父親の歩調に合わせて、思い切って足を前に出す。金属の階段がまだ平らで、少し動くと次第に段差が生まれる。階段の切れ目につま先がかからず、右足が先に乗り、つま先が前に引っ張られる。
 左足はまだ後ろに残っている、また割き状態になるまえに、遅れた左足がなんとか、右足と揃って鉄の階段の真ん中に乗れた。
 「そうだ、簡単だろう」。父親の声は、よくできたという賞賛に聞こえた。
 かろうじて右手が手すりに届いた。硬く赤いその手すりは、温かみがあり、いままで触れたことのあるどんな感触とも異なっていた。
 「今度は降りる番だよ」
 父親の手をしっかり握り締める。
 階段は容赦なく前へ進み、やがて平板になっていく。
 また緊張感が襲ってくる。自分の足元が平板になっていくときに、前に出した右足がまだ動いている部分に触れた。やがて、平らになった階段は吸い込まれるように消えていく、つま先が境目にそのまま残る、追いかけるように左足が送り込まれてくる。
 両足が、銀色をした鉄の床に揃う。父親が固まっている自分を軽く前に押した。そこからは自力で歩きなさいというように。
 一歩前に進むと、そこからは自然と歩くことができた。動く階段はいままでにない経験であり、歩く動作に移った瞬間に、つんのめるように思わずたたらを踏むことになった。
 反射的に父親の手を握り返した。
 動く階段に初めて乗ったときの怖れと気後れは、ずっと後まで記憶に残った。
 「ほら、もう大丈夫だから立ち止まらずに歩きなさい」
 振り向くと次々に動く階段が人間を運んでくる。
 正太は、急いでエスカレーターから離れた。
 今まで自分を動かしていた力がふっと消え去り、自分の足で歩いている。
 エスカレーターから解放されたとき生まれた力の空白が、運動感覚とうまく合致せず、異空間にまぎこんだようなふわふわとした不安定さが、しばらく残った。
 正太は、エスカレーターから少し離れたところに立ち次々に上ってくる階段を見つめた。

正太の疑問
 果てしなく続いてくる階段はどこから来るのだろう、階段が尽きることはないのだろうか、その一点に疑問が固まっていく。
 父親に聞こうと思ったが、普段からなぜ?と聞くと自分で考えてごらんと返事されることは分かっているので、あれこれ想像してみることがいつからか習慣となっていた。
 考えてみた結論は、紙テープのように巻いた階段がどこかにしまってあって、それを上りに向かって巻き上げているのだということだった。
 その考えに、正太がすぐ納得できたわけではない。
 なぜなら鉄の塊の階段をどこにどうやって巻き込んでいるのだろうか、という点がひとつ。そして、もうひとつは、巻き上げた階段はどうやって巻き戻すのだろうかの2点だった。
 発想の元になったのは、幻灯機のフイルムを巻いている輪だった。上から下にフイルムを巻きとることで、シーツでこしらえたスクリーンに映る映画を見ることができる。映画が終わると、下から上に逆に巻き戻す。
 同じように夏休み小学校の校庭で開かれる映画会、校庭には太い柱が建てられ、そこに白い布スクリーンが張られる。スクリーンの反対側には、4本の丸太を組み、板を敷いた櫓の上に、映写機がでんと置かれている。映写機の上下には、大きな輪があり、上の輪にぎっしりと巻かれているフイルムがシャラシャラと音を立てながら、下の輪へと巻き取られていく。
 映画が終わると、逆に上の輪に巻き取っていく。
 ただし、今度は映写機を通さず下の輪から一気に巻き取る。
 あれだ、きっとそうだ、間違いない。正太は、自分で考え見つけ出した答えに納得した。
 あとは確かめるだけだ。先生はいつも言っている。答えを書いたら、間違っていないか何度も確かめることと。
 しかし、エスカレーターを巻き戻す時間は、お客がみんな帰った夜中になるから、自分の目で確かめることはできない。正太は、そうなったら自分の考えた答えを、父親でも先生にでも聞けばいいのだとそのときは考えていた。
 正太にとってラッキーだったのは、思いもかけず答えを確かめるチャンスが巡ってきたことだった。

謎が解けた
 この前、エスカレータに初めて乗ったデパートにまた行く機会が訪れたのだ。
 その日、正太は土曜日の学校が終わってから、母親に連れられて、二時間かけて東京駅についた。そこで、仕事を終わった父親と待ち合わせしたのだ。母親が、和服を買うというので、父親はその間、邪魔になる正太を連れてデパート中を見学し始めた。正太にとって、デパートは遊園地以上に魅力に溢れていた。
 正太が暮らしているまちは、東京の西の山間にある。都心に出るには、途中の大きな駅での乗換えが必要だった。乗換駅までの電車は4両連結で、床は木製でオイルを塗ってあるように黒光りしている。乗り換えた電車は10両連結で、床は灰色でつるつるした見たこともない素材だった。電車が都心に進むにつれて、高いビルが見えてくる。駅に人もいっぱいいる。
 母親はときどき窓の外の風景を指差して、あれがなになに、あっちがなになにと建物について説明するが、流れるように去っていく建物群に目を奪われていて、耳にはなにも入らない。突然、窓の外に大きな池が見えてきた。
 何でこんなところに大きな池があるの」思わず母親に問いかけた。
「ここは昔のお濠のあと」
「お濠って?」
「江戸時代に、お城を守るためにつくったのよ」
「だからお濠って?」
「池のようなものよ、敵が攻めてきたときにお城の中に入れないようにするの」
「お城はどこにあるの?」
「ここからは見えないけれど、そのうち連れて行ってあげる」
 そんな会話を交わしているうちに、終点の東京駅へ。ホームに降り立って、驚いたのは流れる人の群れだった。
 父親は約束していた場所にすでに着いて待っていた。
「正太、おなかは空いていないか」
 父親の言葉に、思わず生唾を飲み込む。どうせお父さんと会ってから何か食べるから、お昼ご飯は簡単にしておきましょうね、という母親にいわれて出された、おにぎりを一個だけ食べたきりで、電車に揺られたのでおなかは十分に空いていた。
 父親は、明治生まれで正太は、父親が36歳のときの子どもで、干支で三回り違いだった。
 寡黙で、怒ると怖かったが、いつもは穏やかでやさしかった。
 ただし、母親には厳しい言葉を浴びせることが少なくなかった。
 時に激高すると、ちゃぶ台をひっくり返すこともあり、正太は、飛び散った料理やご飯をみると、父の怒りに対してではなく、散乱した食べ物に物悲しさを感じて、目から意味もなく涙が流れてきた。
 そんなことは滅多になかったが、ちゃぶ台での一家揃って食事するときに、正太は、いつもなんとなく気持ちに引き締まるもの感じた。
 東京都心のデパートの食堂は、建物のいちばん上にある。屋内でいちばん広いところいえば、通っていた小学校の講堂ぐらいだが、その何倍もある。入り口で食券を買って、ずんずんなかに歩いていく両親の後を追いかける。
 昼時をはずしているので、客の姿は少ない。あいているテーブルが寒々しさを感じさせた。食券を買い求める前に、大きなショウウインドのなかの見たこともない料理から、何を選んでいいものかわらず、まごまごしているうちに、「正太はお子様ランチでしょ」、という母親の一言で、決まった。
 それは、青い車の形をした陶器製のうつわで、後の座席に、トマト色をしたご飯、小ぶりなハンバーグ、その上には目玉焼き、前の座席には、パイナップルとりんごの果物とキャラメルの箱が載っている。
 正太が座席について、数分するとショウウインドで見たとおりの、陶器製の車を濃紺の制服に身を包んだお姉さんが、運んできてくれた。
 食堂の窓からは、林立するビルが見える。正太の住んでいるまちでいちばん高い建物といえば、3階建ての駅舎だけで、小学校の校舎は二階建てだった。
 食事が終わったあと、窓際まで言ってみたが、遠くは見えても下のほうは見えなかったので、高さがどれほどのものかは分からなかった。
 父親に手を引かれて、前に乗ったエスカレーターに乗り、上の階を目指す。
 今日こそ、エスカレーターの鉄の階段がどこにどうやってしまわれているのか確かめたい。
 ところが、その疑問に対する答えを、間もなく正太自身の目で確かめることになる。
「電車が込む前に、帰ろうか」
「そうですね」
 そんな父母の会話が、正太の楽しい時間に終止符を打つのはいつものことだ。
 正太は、おもちゃ売り場にいたが、父母がそこに迎えに来たのはもう夕方近かった。父母は、正太の手を引いて、エレベーターに向かった。
 下りはいつもエレベーターを利用する。
 その理由は、エスカレーターは上り専用しかなかったからだ。
 1階に着く。正太は東京駅に向かう人並みにもまれる父母の間に挟まるようにして大丸デパートを出た。そして、振り返った。
 そこで見たのは、ガラス越しに見える例のエスカレーターだった。
 なんと、エスカレーターに乗っている客は、みんな下向きなっている。正太はもう一度確かめた、そのエスカレーターは来たときに正太自身が父の手をしっかりと握って登ったそのものに間違いないことを。
 正太はうなずいた、そして納得した、のぼりのエスカレーターが上に完全に巻き上げられたので、明日のために、下のほうに巻き戻しているのだと。
 でも、確かめたこの事実を、正太は自分だけの秘密にして、誰にも話すことはなかった。
 自分が見たこの劇的なエスカレーターの逆回転を人に教えるには、もったいなすぎる気がしたのだった。

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