2020年3月

ビニール傘


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ビニール傘に降り積もる雪が景色を朧にしていく。傘を上下にして雪を落とす。何度か繰り返しているうちに、小学生の頃、我が家の玄関にこげ茶色の番傘が掛かっていたことを思い出した。それは子供には重く、使い勝手の良くない代物だった。軸は子どもの手には太い竹製で、力を入れないと広げられなかった。

ぼってりとした蝙蝠傘もあった。これは番傘よりも実用的だったが木綿製なので、水を含み始めると重みを増し、軸から雨が伝わってきた。やがて素材がナイロン製になると、傘は一気にお洒落なアイテムになった。

雨の日の重苦しさは解消され、いつの頃か、透明のビニール傘が全盛となり街を歩き始めた。使い捨てという言葉は、このビニール傘が運んできたのではなかろうか。
透明ビニールは、水の中を歩いているような感覚にして、雨の日を少し楽しくした。


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雪と桜とコロナ


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外出はダメよと諭すかのように、関東地方は日曜の朝から雪が降り始めた。雪と桜とコロナ。よくも三つが重なったものだ。そんなことを思いながら、神田川の橋の上から枝垂れていく桜を眺めていた。

まるでコロナのような雪。春の歓びを押し止めているかのように無常に降り続く。だが花はこんな試練を当たり前のように受け入れている。儚い、可哀想と感傷的に思うのは人間だけだ。

耐えるしかない。いずれ花開くときは来る。しばらくは辛抱。この二文字から学ぼう。


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トレラン


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走りたくなるの、わかるけどなあ・・・フラットな高尾山の尾根道。トレランの集団がやってくると、片側に身を寄せて通過を待つことになる。皆さん、お騒がせしていると分かっているらしく、「ありがとうございます」と声をかけてくれる。「はい、どうぞ〜」と初めは優しく声を返しているが、頻繁に現れると静かな山行が脅かされているようで、だんだん機嫌が悪くなる。

静かな山道を皆して走ることなかろうに。

トレランとは「トレイルランニング」の略。陸上競技の中長距離走の一種で、舗装路以外の山野を走る競技だ。口コミや専門誌で高尾山の尾根コースが紹介されたのだろう。年々、トレランの人たちが増えている。
外国人、山ガール、トレランと、週末の高尾山は、歩行者天国並みの混雑になる。

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あっという間に走り去る

ザリガニ


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こんな光景を見ると、オジさんは思わず近寄って声をかけたくなる。ここは善福寺川の畔の和田堀池。落着きなく竿を動かす子には「我慢して待たなくちゃダメだよ」とアドバイスをしてしまう。

時代が変わってもザリガニの餌はアタリメと決まっている。長く水に浸しているとアタリメは白く解れてしまうが、全く問題なし。
しばらく眺めていたら、あの日の私と重なっていった。


健気



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ネコノメソウ


裏高尾の登山道は、昨年秋の台風19号の影響で崩れているカ所が多い。それでも春の花たちはどこ吹く風と、陽の当たるアチコチで咲き始めていた。こんな時に思い浮かぶ言葉が「健気」。今どき日本の暮らしの中でこの「健気」を喩えるようなシーンには、まずお目にかからないだろう。

そう思ってググってみると
健気とは、主に非力な者の振る舞いが甲斐甲斐しい様子などを意味する表現。あるいは、力の弱いものが困難な状況でも立派に立ち振る舞う様子、とある。

つまり大男が神経質なくらい頻繁に手洗い、マスクをしたとしても、健気ではないのだ。


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高尾山は世界的にもスミレの宝庫
その代表格がタカオスミレ

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ユリワサビ

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モミジイチゴ

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ミヤマカタバミ

天気晴朗なれど


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影まで風に流されている?


風強し。吹き飛ばすならコロナだけにしてくれぃ〜と、咲き始めたばかりの桜を心配している。花冷えならまだしも、強風はいかん。

週末、都内の桜の名勝が紹介されていた。花見といえばブルーシート宴会大騒ぎをイメージするが、今年は皆さん桜をゆっくり愛でている。これって、なかなか好い。

酒のない花見というのは寂しいものだし、コロナ騒ぎで世の中不安ばかりと承知しているが、自粛を通して、日々の暮らしを見つめ直す好機かもしれない。マスコミ報道にばかり揺さぶられず、ウィルスと命、国の脆弱さ、社会と個の関係などをよく認識し、なにが必要で大切なのかを問われているような気がする。


ニリンソウ


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思い起こせば、最初に起きたのがスタジアムの問題だった。コンペで決まったはずの国立競技場のデザインに待ったがかかって、コンペのやり直しになった。次が公式エンブレム。デザインは盗作ではないかと問題が起きてやり直しとなる。そして新型コロナウィルスの問題でいま延期へと動きだしている。

三散(さんざん)な目に遭った。

五つの輪(和)が一つ、また一つと不運の連鎖が続き、終には二輪に・・・。そんなことを思い浮かべながら、台風の被害を受けても健気に咲く高尾山日影沢のニリンソウに目を細めた。

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つながり


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夕日が線路の曲線を映しだす


人の繋がりは面白い。グラフィックデザイナーのMさんが張り子を出品するというので。先週末、作品展を観にいくと、小さな会場には、和紙や木粉粘土で作られた和テイストの作品が、数多く展示されていた。民芸調から今風なキャラクターっぽい作品まで、色とりどり。

Mさんが張り子教室の先生を紹介してくれた。若くて可愛らしい女性M・Bさん。教室や作品についてのお話を伺った。張り子はどれも手作り温かみがあって親近感を覚えるものばかり。「Mさんがこんな若い先生の生徒だなんて、面白いね」と冷やかした。


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Mさんの温かな張り子作品


すると今日、書家のIさんのFBに、M・Bさんの張り子が紹介されているではないか。どうして〜と、尋ねると「私の教室の生徒さんです」という。M・Bさんが今度は生徒となって、書を学んでいる。

Mさんも先生クラスのデザイナー、そしてM・Bさんも・・・。芸の領域を深めていくためには、学ぶことが大切なのだと教えてくれる。そして学びへの思いは、人を繫げていく。


名は体


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なにガンくれとんじゃい!


この冬鳥、こちらを睨んでは、こう呟く。

「なにガンくれとんじゃい!」。

鳥の名はキンクロハジロ。漢字で書くと「金黒羽白」。名は体を現すの諺とおり、金色の目、黒い体、そして白い羽根の組み合わせ。じつに分かりやすいというか、いい加減というか、ピタリの名前だと感心する。

観察していると、面白い。他のカモが悠々と泳いでいる中、キョロキョロと辺りを落着きなく見渡して、そして突然、水中をカイツブリのごとく、潜って泳きはじめたりする。

イラストのようなやんちゃな顔を見るたびに「キンクロハジロ」とは、イイ名前を付けてもらったねとニンマリする。


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キョロキョロ、ちょんまげが可愛い


冬よ


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雪が降っていた週末に、標本木の桜が開花したと発表された。観測史上最も早い開花だという。温暖化の影響でなんでも前倒しが当たり前。落葉は遅くなり、開花は早まる。まるで母親と嫁に挟まれたオヤジの如く、冬夫は、秋子と春子に押されて薄っぺらになっていく。

「まあ、そんな寒くなるようなことはおっしゃらずに・・・」と嗜められ、かつて威厳のあった冬夫は、行き場を失おうとしている。


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近所の神田川沿いにも一本、毎年早く咲く桜がある


キセル


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引き出しの中を片付けていると、古い切符が出てきた。刻印は、昭和47年4月16日。桜は散った頃か、もう半世紀が経っている。30円は一番短い区間のはずだ。新宿からの一区間 、どこの駅で下りたのか、今となっては定かではない。貧乏だったということもあったが、当時の若者にとってキセルは当たり前の乗車方法だった。安保闘争が盛んだった時代だから、国営企業への偏見が、キセル乗車を助長させていたのだろうか。

驚くようなエピソードがある。友人の一人は、大阪の恋人に入場券を一枚余計に買って入場してもらい、ホームで同じようにカットして堂々と東京〜大阪間をキセルした。途中検札は来なかったのか?と聞いたはずなのだが、なんと答えたのか、忘れてしまった。


よそいき


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父は身なりにうるさい人だった。戦時中に撮ったと思われる一枚の写真がある。父となる前の青年が、軍服姿の男たちのど真ん中で、一人白のスーツと白のソフト帽を被り、誇らしげに腕を組んで笑っている。なぜ父だけこんな恰好が許されたのか、幼い私にも不思議な写真だった。

戦後、父は一時期進駐軍で働いていたことがあった。そこで見聞きした情報は、父のお洒落心を奮い立たせた(ようだ)。きちんとした身なりでいることに口やかましく、私たちのよそいきの服を次々に作り上げた。

幼い私と弟のカラダの寸法を取り、新聞紙にチャコで型を描き上げて生地を断裁し、ミシンでシャツと半ズボンを縫い上げた。さらに余った生地でハンチングをつくった。街にでるときは、このよそいきを着せられ、弟と私は大通り公園でカメラに収まった。街に出るときは、かならずよそいきを着るものだと教えられた。

上京して初めて銀座を歩いた時に、このよそいきの教えが蘇った。誰もがよそいきの恰好をしていることに気がついたのだ。銀座という街ががそうさせたのかもしれないが、華やかな装いが眩しかったことを覚えている。いまやカジュアル主流の時代。よそいきは死語になろうとしている。


ウィルス


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木瓜は、ほど良いテンポで花を咲かせていく


医学的、科学的根拠のないウィルスの話には耳を貸さないことにしているが、この話には納得がいった。

多くの感染症は人類の間に広がるにつれて、潜伏期間が長期化し弱毒化する傾向があります。ウィルスや細菌にとって人間は大事な宿主。宿主の死は自らの死を意味する。病原体の方でも人間との共生を目指す方向に進化していくのです。感染症については撲滅より「共生」「共存」を目指す方が望ましいと信じます。長崎大学熱帯医学研究所教授の話である。

人類は農業を覚えてから爆発的に人口を増やしたことで、あらゆる病を呼ぶことにもなった。つまり様々な病を乗り越えてきた人類の歴史は、共生、共存を目指して、さまざまな抗体をつくってきた歴史ということになる。

そういえば風邪にかかっても自力で直せる人がいるし、お腹を悪くするような残った弁当を食べても平気なホームレスの人がいる。みんな進化系の人たちだ。

共生、共存。響く言葉だ。多様性のある社会が理想的であるとすれば、私たちのカラダもそれを目指し、多種多様な菌をもつべきなのかもしれない。

善玉、悪玉、たくさんの腸内細菌・・・案外強い人は、悪(ワル)を飼っている人!?


食に思う


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山仲間からいただいた「のらぼう」なる菜
なんでも西多摩地方で栽培されているとか


運動不足を解消〜と、先週のハナキン(古い)、事務所から自宅までの約5キロ歩いて帰った。約一時間の道のりだ。四谷三丁目から荒木町、舟町、富久町という江戸の落語に出てきそうな街を抜けていくと、飲食店の多いことに気付く。新宿までの道沿いに、ほぼ途切れることなく店の灯りが点っている。

いつから日本は、こんなにも飲食店が増えたのだ。ひと気の少ない店を眺めながら、半世紀前の故郷札幌の街を思った。バス停や市電の停留所付近には商店街があり、小さな蕎麦屋、ラーメン屋、寿司屋の暖簾が揺れていた。そこを利用するのは、学生や独身者、営業のサラリーマンだっただろうか。

蕎麦屋、寿司屋は、急な来客があったときのみ出前で利用していた。岡持ちから出てくる蕎麦や鮨に、子どもらは生つばを呑んだ。そして我が家とは違う華やかさとその匂いに、大人との間にある無常を少なからず感じていた。

料理は母親がつくり、家族皆で丸いお膳を囲んで食べるというのが、昭和の正しい食事のあり方だったから、頻繁に出前を頼む家は、まっとうな家ではない、まして玄関先に丼がいつまでも積まれているというのは、恥ずかしいことだと教えられた・・・そんな記憶が蘇った。

好きなものを食べて、食べ過ぎて、心配を抱えるなんて、当時は誰も思わなかった。


春うらら


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思案したが、山に入ればコロナは怖くなかろうと、週末、月例の山の会(ORMAC)を強行した。参加者6名。高尾山の南側に連なる外輪山をのんびり歩いた。小さなアップダウンを繰り返した後、陽の当たるベンチを見つけて、やや早目のランチ。

いつものコンビニおにぎりを止めて、今回は時間に余裕があったので、ガスコンロとコッフェルを持参してのカレーうどんに挑戦。コッフェルのお湯が湧いてきたら、サササッとうどんと具材を投入すると簡単にできあがった。

下界のコロナ騒ぎはどこへやら。山は春うらら。イチリンソウがもう咲き始めていた。


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三婚説


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鬱陶しいご時世なので、なにかないかと探していたら、面白い説に笑ってしまい、空想、妄想を広げた。それは「三婚説」と名付けられていた。

まず二十歳になったら、全員が20歳年上の異性と結婚をする。はたちの娘と40のオヤジ、はたちの青年と40のマダムだ。20年間結婚生活をして、離婚をする。そしてすぐに40歳の男女は、それぞれ20歳の歳下と再婚をする。60歳で二度の離婚をしたら、同じ境遇の異性と再婚をする。この3回で終わり。

この「三婚説」をお茶しながら、または呑む席で論議を楽しもうというのだ。恋愛観、人生観が違うから議論百出するだろう。酒の肴にはもってこいかもしれない。仮設ではなく法律になったとして話し合えば、我がことのように盛り上がるはず。
どなたか、今度、お会いしたら、この話を続けませんか?


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啓蟄


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花を愛でて、浮き世をグチる


コンサート、展示会、歌会、図書館など次々にクローズされて、お楽しみが消えていく。これで飲食店などが閉まっていったら・・・ありえない話ではない。モノ・ヒト・カネが回らなくなり、欲しがりません勝つまではになって、じっと我慢をしなければいけない。できるかなあ〜現代人、我慢、辛抱は苦手だろうなあ・・・。

そうだ、今日は啓蟄。怖くてムシたちも穴から出てこない!?




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トサミズキも


カラスの行水


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二羽のカラスが池の淵にいる。一羽がおそるおそる池に入ってから、バシャバシャと水浴びを始めた。辺りを伺っては、それを何度か繰り返す。スッキリした一羽はヒョイと池から出た。するともう一羽がゆっくりと池に入ってくる。同じ場所で数回、また水を浴び。これをカラスの行水というのか。どのくらいの時間だっただろう。1分くらいか。

以前スズメの行水を見たが、なぜスズメではなく、カラスでそれを喩えたのか。所作が面白く、青黒い羽が美しいからか。それとも綺麗好きなのか。
シャワーばかりの小生も、カラスの行水かもしれない。


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ヨチヨチ入ってきて

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バシャバシャ

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ア〜イイ気持ち

モクレン


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念のためにと電話をいれると、図書館の方は申しわけなさそうに「中旬まで閉館です」と云われた。写真展に続いて図書館からもNGを出された。さてどこに行けばいいか・・・そうだ、御苑なら大丈夫だろうと確認するとOK。

我が家から御苑までは、神田川に沿って歩き、途中から新宿西口公園を突き抜けると、大凡40分の道のり。新宿門から入園すると、驚くほど人が少ない。こういうところは安全なのになあ〜と思いながら、いつものコースを歩く。

膨らませているのは
キミの夢か
僕の夢か
モクレンの冬芽
まもなく

こんな歌を西口公園で作っていたら、御苑ではもう開花を始めている1本があった。大きなモクレンの木は、いつだって開花一番乗りだ。放射能もウィルスも関係なく、花たちは何ごともなかったかのように季節の針を進めていく。


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