歩キ眼デス3

環境ポスター展


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芸術の秋、というわけで、展覧会のお知らせです。今年も環境ポスター展にポスター1点を出品しました。「地球はともだち」をテーマに毎年秋に開催しています。
是非ご覧ください。


10名のデザイナー、イラストレーターによるカレンダー展もご覧いただけます。


カレンダーの売上の一部は、東北3県に寄贈いたします。

等々力渓谷


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ORHACのメンバーと等々力渓谷を歩く。ほんのわずかな渓谷のコースだが、ここが都内?と思ってしまうほどの静けさ。途中には、滝や日本庭園、不動尊、展望台、茶店などがあって小さな秋が楽しめた。

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立ち寄った日本庭園に竹林があった。まっすぐに延びる竹に、光が射してさらに青く美しい。水上勉が、エッセイのなかで「竹には音を吸収する力がある」ということを書いていた。なんでも竹の空洞が音を吸い込むのだと。だからか、賢人の庭やお寺などに竹林があるのは。

渓谷が抜けた先には多摩川が待っていた。堰堤を歩いていくと二子玉川駅。ハワイのショッピングセンターを思わせる駅南口辺りを散策する人たちは、若い世代ばかり。
高齢者がいない。。いるのは我々だけか?


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ベビーカーと愛犬と若いカップル。ここは、時代と逆行している街なのだ。

トレラン


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正しくはトレイルランニング。さまざまな未舗装路を走ることで、ハイキングコースや登山道を利用する今人気のスポーツだ。

ということで、山登りを楽しんでいると上から、下から「すいませーん」とやって来るので、つい道を開けることになる。

昔は「お〜頑張ってるね〜」などと声をかけていたが、最近は「特急が来ます」と云って、道を譲る。週末になると、頻繁に現れてくるので、落ち着かない。

人のいない丘陵を走ると、さぞ気持ちがいいだろうと思うのだが、高尾山のような山道で走られると、登山者が多いので接触、事故もありえる。どうしたものか・・・。

「いつか膝が痛むぞ〜」と言ってあげたいが、彼らは笑顔で「ありがとうございます〜」と駆けてゆく。

トウガラシ


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山を下りてくると不思議な果樹?を見つけた。遠くから見るとホオズキにそっくり。畑のなかに男性がいたので「これ、ホオズキですか?」と尋ねると

「世界一辛い、トウガラシです。触っても危険です」。辛いものがチョー苦手なので、思わず身構える。こんなトウガラシ、誰が口にするのだろう。

調べてみると「キャロライナ・リーバー」という種類。辛さ世界一で、あのハバネロでさえ世界10位というのだから、辛いもの好きな人が、もし口にするとどんな声を上げるのか。

ちなみにゴーグルなしで取り扱うと、失明するとも。柵が無かったので、もし子供が入ってきたら大変なことになるのではと心配になった。

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男性がゴーグルをしていたかは、覚えていない

夕焼け


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友人から送られてきたある日の夕焼けの写真。空いっぱいの夕焼けに、富士山とスカイツリーがピタリと収まっている。新しい家の眺望自慢、素直に羨ましい。

高層マンションが次々に建ちはじめ、空の景色を独占して、富士山も雄大な広い空もマンションの資産価値に組み込まれている。億ションはすぐに完売するという。

下駄を履いて眺めていた頃の夕焼けが懐かしい。あの日の茜色は、誰もの顔を染めていた。

ツルリンドウ


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「これはツルリンドウですね」。城山に続く山道で、写真を撮っていたら、年輩の女性が声をかけてきた。花を持ち上げてみると、スルスルと長い茎が伸びてきた。そうか、ツルリンドウだったのか。立冬が過ぎてもリンドウの花が楽しめるんだ。


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アザミが終わると蝶もいなくなって、山は寂しくなる。覚えられないキク科の小さな花がいくつか、秋の陽をうけていた。

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紅葉


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都心の紅葉も色付きはじめ、それなりに美しい。

上京した年の秋、紅葉がきれいですねと、誰かに言われて、驚いた。この色で紅葉と云うのか?錆び色、薄茶色の木々を仰ぎながら、違うだろうと思った。燃えるような北海道の紅葉の比較にもならない。

歓喜するような色こそが紅葉だと思っていたから、東京の秋をどう受け止めていいのやら。春からいくつも寂しい事が重なっていたので、くすんだ木々の色は、気持ちを重くさせた。

その後、東京で歳を重ねて、鈍色の木々の美しさもそれなりに分かるようになった。そして似たような色合いのフランネルのシャツを好んで着ていることにも気がついた。

久保敬親さん


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写真:久保敬親氏


午前中に中標津の写真家、久保敬親さんの奥様より電話が入った。「NHKのウェブに記事が載りました。そして明日、先日受けた取材が、道内のNHKで放映されるようです」。

動物写真家の久保さんとは、事務所が近いという事で交流が始まったのは、30年も前。鳥の写真をお借りしたり、新潟のお酒をいただいたりと、ラフなお付き合いをしていた。

小さな頃から、虫や鳥、動物、自然が好きなこともあって、久保さんの撮る動物たちと背景の自然に心を奪われた。この写真家の待つという時間は、どれほどなのだろう。
一匹のキタキツネの写真を見ながら思った。

思えば、星野道夫の写真の前でも、同じ事を考えていた。ずいぶん経ってから、二人が友人同士である事を知る。久保さんが「いつか星野くんを紹介しますよ」と言った。お二人への親しみがさらに募った。

三年前、久保さんが突然、肺がんで他界された。熊のような人も死んでしまうのか。
微力ながら、久保さんの写真を多くの人に伝えていければと思っている。

久保さん仕事が「ほっとニュースweb」で紹介されています。


巨樹


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先月の道東の旅で、原生林を歩いていると巨樹に出会った。樹類500年を超えるというミズナラだ。100年前の開拓時代には、多くの木が伐採されていく中、枝を四方に伸ばしていたために、利用価値が低いとみなされ、切られずに残ったとプレートにあった。

幹から伸びる二つの太い枝は、まるで伐採を拒むかのような両手にも見えて、迫力がある。

日々、移り変わりの烈しい時代を生きていると、500年もの間、じっと森の静寂の中で生きてきたこの樹と出会えたことに、感謝と深い敬意を覚えた。

眺めていると、あることを思った。素直にすくすくへ伸びていくよりも、アンテナをいくつも張って、広い世界をゆっくり見つめながら成長していく、そんな生き方もあったのではないかと。

*アイヌの人たちは、三又の樹には、神様が宿るとして崇めていたようです。

ビーバームーン


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今日は、月カレンダー15.0の満月。名前も付いていて「ビーバームーン」。アメリカ先住民の言葉で、ビーバーの冬ごもりの季節、毛皮にするための狩猟の時期ということで、そう呼ばれている。

そして皆既月食も重なる。夕方から月に地球の影が映り、赤くなっていく。空に浮かぶ赤い月を眺めながら帰ろう。

秋空


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ようやく空が高くなった。気持ちが晴々とする。この空のはるか向こうに、戦争があるのだろうか。ミサイルもドローンもこの空を飛んではいけない。そう願う。


染みる夜汽車〜♬

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信州の友人カメラマン、嵐太さんの季節がやって来ました。
この染みる夜汽車、☟ここをポチして、100番に一票を入れてください。

https://www.nhk.or.jp/nagano/torushin-cal/select-vote.html

きっと素敵なカレンダーが届くはずです。

三ノ輪商店街



久しぶりに都電に乗って、早稲田から終点三ノ輪橋の一つ手前駅で下車し、三ノ輪商店街の入口に立った。

写真は、文化の日、午後2時半の三ノ輪商店街である。記憶の街とはまるで違う。かつての面影はどこへやら。

お店からは食べ物の匂い、焼き鳥を食べながら歩く人、外で食事をしている人、買い物袋を抱えて歩いている人で一杯だった。それが、今ははるか向うの三ノ輪橋の出口まで見える。

シャッター通りと一言で片付けるには、あまりにも哀しい。ここにはいつも人の温もりがあった。笑い声がアチコチから聞こえるいかにも下町らしい空気に包まれていた。

ポツンと開いているお店の人たちが寂しく見える。開いている店に立ち寄り、ミカン、焼鳥、パンを買った。小さなミカンは甘く、ハツと砂肝はビールに合い、数十年ぶりに口にしたジャムパンは、懐かしい味がした。


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住んでいる街がどんどん変わっていく。人手に渡った大きな敷地は、マンションになるか、切られた羊羹のように、数件の家に生まれ変わる。商店街が消え、庭も消えて、直線の街になり、人間だけが、古くなっていく。

深大寺


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深大寺の参道にはお茶屋さん、蕎麦屋さんが並ぶ。ブームに乗る店がある。ゲタを乗せる。ぺんぺん草を乗せる。看板を傾けてみる。
商売繁盛の発想が素晴らしい。


パンパスグラス


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秋空を見よ!とばかりに、パンパスグラスの帆が高々と伸びている。気持ちのいい秋の新風景だ。風に揺れる真珠色の穂は、大空に向って手を振っているかのようだ。

コクワ


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標津遺跡群の管理事務所の方から、「そこのコクワ、取って食べていいよ」と言われた。敷地の隅にある藤棚のような蔓植物に小さな実が付いていた。なんか懐かしい。内地ではサルナシという。手を伸ばしていくつかを口にすると、キウイフルーツに似た甘い味がした。

猿が我を忘れて食べるので、サルナシ。山ではほとんど見ることも少ない。しっかり、貴重な味を記憶した。


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子供の頃、故郷の藻岩山でも食べた記憶が・・・

標津遺跡群


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熊鈴効果か、現れなかった

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時々、熊除けの鐘も鳴らす


道東は、野生動物の宝庫だ。到着してすぐに道路端でキタキツネを見た。そして、エゾリス、シマリス、オオハクチョウ、雄のエゾシカ、トビ、タンチョウとひと回りしただけで、こんなに多くの動物たちと会えた。

ヒグマには、会えなかったが、熊はどこかからこちらを伺っていたかもしれない。海の町、標津には、一万年に渡って人々が暮らし続けた日本最大の竪穴式住居「標津遺跡群」があった。広大な原野には4,400の竪穴住居群があり、いまにも古代人が現れるような雰囲気がある。


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長い木道が続いていた

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この川にも鮭が上がったのだろうか

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こんな竪穴式住居に暮らしていた

いくつもの川では鮭を狩猟し、縄文文化、アイヌ文化と変遷したいったとあった。そんな歴史を感じながら、長い木道を風に吹かれて歩くというのは、いい気分だった。


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ヒグマは頭もデカイ

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最後に現れたのは、糞虫のオオセンチコガネ


シマリス


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小中のクラス会二つ楽しんでから、動物写真家の久保さんの事務所(中標津)へ飛んだ。中標津は知床半島の付け根に位置し、大規模の農業、酪農の盛んな町。緩やかな丘陵が続き、北海道らしい風景が広がっている。

カレンダーのための写真選びを終えた翌日、早起きして、野生動物に会えるかもしれないと近くの公園に出かけた。園内に入ると、アマチュアカメラマンがすでに何かを写していて、よく見るとエゾリスが大きな岩の上を跳ね回っている。その動きの速いこと。素人には簡単には撮れないトリッキーな動きだ。

これは無理と分かって、人の少ない林に移動。しばらくすると、昨年に知り合ったKさんがやって来て、「すぐそこにシマリスがいます」と云う。指差す先を見ると、木の穴から小さなシマリスが顔を出していた。


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「これ、コッコですね。今年生まれた一匹です」。「まだ警戒心がないんだわ」。

あまりの可愛さに、しばらく眺めていた。Kさんのシャッターが聞こえてきたので、ゆっくり撮り始めた。顔洗い、欠伸、ウトウト・・・もう、可愛くて、笑みがでる。尾を入れない体長は15センチくらい。手の平に乗るかもしれない。


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気がついたら100カット以上撮っていた。ありがとうね。カラスに気を付けろよ。今年一番の「可愛い」を体験して、素晴らしい一日になりそうだよ。

故郷


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雪虫も出迎えてくれた


先週は、一週間北海道でした。小学校と中学校のクラス会では、懐かしい友らと旧交を温め、そしていつもの二人とマドンナを誘っての三次会では、熱燗とおでんで体を暖めました。

実家は無くなりましたが、友らが迎えてくれる故郷が、まだあるというのは幸せなことです。会っている時は、時間が戻って誰もが少年少女になり笑っている。あの日々は、なんだったのだろうと、帰ってきてからまた懐かしんでいる。

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「昨日熊が出ました」の表示があった藻岩山の登山口

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昔は石階段。中学時代、スキー部の連中は、ほぼ直下降で下りた


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拡大して、初めて知った「雪虫」の正体


一本杉


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高尾山のある痩せ尾根を登っていくと、杉の山並を覗きこむように、見事な曲線を描いている一本の杉、この姿でもうかれこれ10年?、倒れずに頑張っている。

枝の先を見ると、わずかな葉を付けているから、生きているのだ。
ここに来るたびに、東日本大震災で荒波に耐えて残った「奇跡の一本松」を重ねる。

この杉も台風によって大きく曲がってしまったのだろう。ところが、すでに折れてしまった杉に寄りかかり、なんとか踏ん張っている。

また来るから、頑張れよ〜。

浅草界隈


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10日は、定例の吟行歌会だった。案内をお願いしているYさんと共に歌友六人、江戸の風情が残る浅草界隈を歩いた。

浅草は、江戸の頃よりもっとも賑やかな遊興地だった。一言でいえば、聖と俗がひしめき合う巨大なワンダーランド。神社やお寺があるかと思えば、芝居小屋、遊郭などもあって、男は吉原へ、女は猿若町の歌舞伎見物へ、というのが浅草の楽しみ方の一つだった。


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車屋のお兄さんとお客さま


今回、面白かったのは、浅草寺の子院の待乳山聖天(まつちやましょうでん)。ここは健康を祈願する場合、社務所で大根を買って奉納するという習わしがある。奉納された大根はふたたび境内の横に積まれ、心付けを納めれば持ち帰ることができる。


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皆さんどのくらいの心付けだったのかな?

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女性陣は、心付けを収めてご利益のある大根をいただいていた。人とモノと金が、上手く回っている浅草の姿はいまも変わらない。

「日に三箱 鼻の上下 ヘソの下」という諺をYさんが教えてくれた。かつて浅草界隈では、日に千両箱が三つ動いた。「鼻の上は、目で楽しむ歌舞伎などで、鼻の下は、口、つまり魚河岸で、そしてヘソの下は・・・私にはよく分かりません」とYさんは含み笑い。

こんな話にニヤニヤしながら、秋の半日、吟行歌会を楽しんだ。

お供物の
お下がり大根
一本買って分けようか
ご利益も
等分に       Uさん(一席)

森吉山(1454m)


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東北の地図を眺めては、いつか行こうと決めていた森吉山。山岳会の友人がこの山には何回も登っていて、いいよ〜と強く推していた。

そしてこの日が来た。やっと会える〜。ただ天気予報が午後から雨とあったので、ロープウェイで一気に上がることにした。

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彼方に日本海と男鹿半島

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王冠の形をした秋田駒ヶ岳

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山頂駅から20分ほど登って、展望台に到着。なんと日本海、そして男鹿半島が見える。そして遠くには秋田駒ヶ岳。こんな一瞬がたまらない。地球の上に立っている実感が沸く。


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雲で見えないが、北に八甲田山、南には鳥海山、月山、蔵王まで遠くに見えるはずだ。木道をしばらく歩くと小さなピーク「石森」に到着。ここから森吉山のたおやかな山容が見えた。こんもりと左右対称、美しい山だ。さて、向おうかと思ったときに、雨が降りだした。

山頂を目指そうと思ったが、雨は強くなりそうだ。花の季節にもう一度訪れようと決め、下山した。


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地を這う茎から伸びていた不思議な植物

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寒さのなか、竜胆は蕾のままで終えるのか

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冷えた体はいで湯で・・・

八幡平(1614m)


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久しぶりの八幡平(岩手県)の駐車場に着くと、気温は氷点下だった。冬の装備をしていたが、立っているだけで体温が奪われていくのが分かる。
辺りの木々は霧氷をまとっている。雲は低く垂れ下がり、今にも雪が降りそうな空。冬が触手を伸ばしている。


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前回はピークハントで、登山口から真っすぐ山頂に向かい、360度の景色を見て、すぐに下山した。これが100名山名なのか?という印象を抱いた。

今回は余裕をもって八幡沼、がま沼を回って山頂に向かうコースを選んだ。草紅葉のなかに沼がいくつか点在し、長い木道を辿って行くと、尾瀬の秋を思わせる景色が広がっていた。南には10年前の夏に登った岩手山が見える。体力もまだあって、グイグイ登っていった頃だ。


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八幡平、その名の通り、じつに懐の広い山であることが分かった。山頂だけでを目指すのではなく、遠く近くの有り様を眺め、山を一つの命として受け止めなければと思う。

雪の重さに耐える幹、風雪になす術なく身をさらす枝、北の木々はみんな辛抱強い姿をしていた。
その日、東北の山々に初冠雪があったと宿で知った。

日本哺乳類図譜


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しばしキタキツネの写真と対峙する。凛々しいその眼差しに見入られて、動けなくなった。動物写真家の久保敬親(くぼけいしん)氏の作品である。

動物写真家は、対象が現れるまでひたすら原野で待つ。待ち続ける。待っている間に、動物たちの生き方や暮らしを学んでいくのだろう。だから出逢ったときには、その思いを抱きながらシャッターを押すのだ。

このキタキツネは、そんな思いを感じているのだろうか。眼差しには、対峙している両者の思いが通じ合っているように映る。交歓の一瞬。

動物写真には、ときとして撮影者の息づかいを感じる。待つと云う時間を感じる。

そんな原野での動物たちの世界を会間見ることができる写真集が出来上がった。


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久保敬親著「日本哺乳類図譜」。持ち上げると約二キロにもなる重量級の写真集。大きさはA4変形版。この写真集の特長は、デジタルカメラのデータではなくポジフイルムを使って印刷していることだ。その自然な色合いの美しさに魅了される。私たちはその昔、こんな素晴らしい印刷物を眺めていたのだと、改めて気づく。

エゾシカやキタキツネの凛々しさ、ヒグマの迫力、シマリスの愛らしさ、野生の臭いさえたちこめてくるような写真集。こんな距離感でカメラマンは、野生動物を追いかけ、ジッと見つめていたのだと、ズシリとしたメッセージが伝わってくる。
ぜひご覧いただきたい一冊です。


村上選手


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これは、昨日ヤクルトの村上が56号を打った瞬間
ではなく、9月23日、ベイスターズの濱口投手にセカンドゴロに打ち取られたシーンだ。

その日、ベイスターズファンのIさんと神宮球場でヤクルト戦を観戦していた。昨年の観戦も雨の日だった。前半からヤクルト打線にボカスカ打たれ、雨に打たれ、ガックリして途中で球場を後にした。

しかしこの日は違った。ベイのホームラン攻勢で四回までに7点のリード。こうなると雨なんて平気だ〜、のはずが、五回に雨足が一気に強くなり試合が中断した。
30分後に試合は開始、ヤクルトの猛追を受け、なんとか二点差で逃げ切った(ヤレヤレ)。


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ベイの⑦番、佐野選手のホームラン

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傘をさすことが許されない球場で、ビッショリになってビールを販売する売り子さんたち。優しい濡れネズミのおじさん達がビールを頼むと、大きなコップにはビールの泡と一緒に雨粒も入る。優しい売り子さん達の声も入る。とても不思議な光景だ・・・。

そんなことを思い出していたら、22歳の若武者は、三冠王と三億円の家をゲットしてしまった。

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ヤクルトに点が入ると小さな傘が回り、カクテル光線に煌めく



野の花


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麓で見つけたワレモコウ、他はアササンコースの道端から


花野風という美しい言葉がある。秋の花を揺らす風とあるから、きっと切なく、愛おしさを感じるような風に違いない・・・。
土曜日の朝、窓を開けると金木犀の香りがふんわり〜。これがその花野風だろうか。

空は晴れ上がっている。書を捨て山にいこう〜!というわけで、四ヵ月続けての高尾山へ。春に歩いたコースを辿って、ハナイカダの実を探してみようと決める。


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ハナイカダの特長ある葉っぱから実はほとんど落ちてしまったようだ。探し求めて、ようやく一つ見つけることができた。実はすっかり熟して、鳩さんになって可愛いこと。


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その他にもツリフネソウ、ハギ、ミゾソバ、シロヨメナ(上から)を見つけた。

あざみの群落には、アサギマダラが舞っていた。その飛翔の優雅なこと。南の国へはまだいかないのだろうか。数少ない花を愛でながら、ようやくの秋を満喫した。


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蕎麦


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蕎麦の季節がやって来た。蕎麦は香りが全てだと思っているので、十割蕎麦が好きだ。十割といえば、出雲、そして永平寺。これは飛び抜けて旨い。その旨さが強く記憶されているので、その他の蕎麦では、なかなか満足を得られない。まあこんなものだろうと思って食べている。

そして蕎麦がき。苦戦しながら蕎麦がきを作り、アツアツを摘みながらの酒はたまらない。そば粉の風味を失わないうちに、食べなければ勿体ないのだ。

味覚の秋、人生、そんなに長くはないのだから、美味しいものを食べるのだ。食べたいのだ。

ジンジャー


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家を出ると、ほんのり金木犀の香りがした。しみじみ秋だなあ〜と思う瞬間だ。

先日、鎌倉のお寺で甘い香りを放っていた白い花、それが昭和記念公園のハーブ園にも咲いていて、Kさんが「これはジンジャーです」と教えてくれた。

そうか、甘いはずだ。お寺の名前は「ぼたもち寺」。そしてお寺なのに「ジンジャー」とは、可笑しい。「ぼたもち寺」、正しくは常栄寺。境内に入ってゆくと、このジンジャーと萩、そして白い芙蓉が咲いていて、浄土のような雰囲気を醸し出していた。


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風や香りで季節を知るのは、幸せなこと。
時の移ろいにあわせるように、人は前へと踏みだしていける。

昨日のクサカゲロウが、窓際で死んでいた。やはり一日の命だった。

カゲロウ


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山に入ると、虫や花に気がつく。先日「ここにショウリョウバッタが」と云って葉を揺らすと、すぐにバッタは羽ばたいた。一緒に歩いていたTさんが、よく分かりますねと云った。

そう言われると、どこかに昆虫センサーが付いているのかもしれない。少年の頃から虫を追いかけていれば、知らない内に身に付いるのだろう。

我が家の天井の隅に、虫らしきものがいた。何かが動いているように見える。すぐには近寄らず、知っている虫を重ねてゆく。分からない。細くて長い虫。


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椅子に乗り拡大鏡で確認したら、クサカゲロウの仲間だった。カゲロウは、ある日一斉に孵化して、交尾、産卵して一日の命を全うする。こいつは、どこかではぐれたのだろうか。

長い触覚を動かし続けている。短い命だから、殺さないようにと家人に言って、放置した。


今朝、国葬で名文を詠みあげた菅元首相の追悼の辞を読んだ。あまりにも美しすぎる。誰が書いたのか?電通のお抱えコピーライターか?と、読み進めているうちに、原田マハの作品「本日はお日柄もよく」を思い出した。

これ、そっくりやん。最後に読みかけの一冊「山県有朋」の一首が出てきて、ひっくり返ったというか、驚いた。まあ、よくも図々しく、歴史の人物(山県有朋と伊藤博文)二人に自分らを重ねられるものだと。ライターから出されて、どんなやりとりがあって、読み上げたのか。

じつは、国葬を使って「あなたの意志を受け継いで、私も二度目の首相を目指します」と宣言したのだろう。

きみを想う気持ちはカゲロウ〜♬。そんな歌があったことを思い出した。


カオス


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コスモスは、宇宙を意味するギリシャ語で、「秩序」や「調和」の意味がもとになっているという。云われると一斉に揺れるコスモスには調和があるし、空へと伸びる姿と広大な空とはマッチしている。

コスモスにも反対語があることをはじめて知った。「カオス」。つまり混沌。
なるほどと思う。宇宙(コスモス)が決めた秩序を乱しているのは、いつも人間。社会を自然環境を乱しては、カオスをつくっている。



カオスといえばいまの四谷駅周辺。大勢の警察官、反対のビラとティッシュを配る人たち、献花のために列を作る人たち、そして通行人が、交差点で交錯する。

献花の人たちの長蛇の列が、九段坂公園から並びはじめて四谷駅で折り返している。ときおりのサイレンの音と上空の数機のヘリが、午前中から喧しい音を立てている。

コスモス


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秋の空が広がる昭和記念公園、柔らかな芝生と360度に広がる空、秋に包まれてどこまでも歩いた。銃声も爆音もない当たり前の日常がそこにあった。残念ながら、コスモス畑のいくつかは、数日前の台風の影響で多くがなぎ倒されていた。

人は、黄色、そして揺れるを楽しみにやって来るのだろうか。コスモスの丘のあちこちで、カメラやスマホを手に撮影会をしていた。

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反省


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今回の台風を期待していたなどと書きましたが、九州の水の被害を目の当たりにして、これはいかんと反省しております。被害に遭った皆さま、不愉快に思われた方、失礼をいたしました。

7月末から列島のどこかで雨が降っていたので、今日の秋らしいお天気が、うれしい。地図を見ると、日本列島どこもお天気マークだ。

しかし秋分の日から再び、雨模様。お天気の神様は、なんども試練を与える・・・。

台風


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かつて経験したことのない・・・
なんて云うから、ちょっと期待していたのに。
そうでもなかったわね、と百合子さん。

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アタシの花言葉は、「用心、警戒、要注意」よ、覚えてね、とアキノキリンソウ嬢。

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今回の台風の名前は「ナマンドル」。いかにも屈強そうな響きから、これはやるなと予測し、風速50メートルの力を見てやろうじゃないかと、テレビのニュースに見入っていた。
が、上陸するや勢力を衰えさせて、スッと通りすぎた。

大げさに言い過ぎると、本物が来たときに言葉が無くなるよ。

かつてない
経験したことのない
なんて
言うから
ドキドキ待っていたのに

蝶たち


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タテハチョウ、クジャクチョウは成虫のまま越冬

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キアゲハ、ヒョウモンチョウ、ジャノメチョウは命を終わらせる

このまま命を終わらせるもの、木の洞や樹皮の間などで越冬し命をつなげるもの、まもなく蝶の命は二つに分かれていく。タテハチョウやクジャクチョウの仲間は、翅をボロボロにしながらも越冬し、春に産卵する。
アゲハやヒョウモンチョウなどは、もう儚い命だ。

冬の温かな日に、春と勘違いをした蝶が飛んでいることがある。

秋の花


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ツルニンジン

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ミズヒキ

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ツルニンジンだろうか

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キンミズヒキ

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ヤマホトトギス

高尾山はすっかり秋の花に覆われていました。


投稿


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鐘は鳴らなかった・・・・


昨日、A新聞の「かたえくぼ」という欄にひとつ投稿をしたので、今日の朝刊に、もしやと思って開いてみたが、残念無念・・・採用されなかった。

全国からかなりの数が寄せられるので、そう簡単には採られるはずはないのだが、やはり落ちると悔しい。今朝の作品より、こちらが上と思っている。

未投稿が条件なので、ここで披露すると、もう採用されないことになる。

・かたえくぼ

   『私たちも改名いたします』

    自由統一党
     ==支持率回復委員会

          (東京・歩キ眼デス)


正直が一番、という皮肉を込めたのだが、ちょっとヒネリのレベルが高かったか、と反省している。


? なんで


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この広告を知っている人は、どれだけいるのだろうと思いながら、見上げてた。このキャッチコピー「?」のカタチをしている。
上手いなあ〜。

変わらないサントリーの広告文化に敬意を表したい。クリエイティブのスタッフ達も、好い仕事してる・・・。

缶コーヒー一本から、こんなに世界が広がっていく。たいした仕事はしていないけど、帰りにBOSSを一本、買って帰ろうか。

続きを見たい方は、☟こちらから



弱肉強食


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食べれられているのは、ガガンボか


虫の世界もまた弱肉強食。蝶は蜜を求めて花から花へだが、トンボは餌となる虫を探して、複眼を働かせている。ハエ、ハチ、チョウなど、自分より小さな虫を空中で捕える。

最強のハンターは、オニヤンマだ。同じ仲間のトンボをはじめ、時にはスズメバチまで捕まえて食べる。

多くの虫たちは、その恐ろしさを知っているので、黒と黄色のストライプカラーに近づかない。

というわけで、オニヤンマの色を模倣した虫除けグッズが人気だ。効果のほどは分からないが、納得のタイガースカラーが主張する。


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虻や蜂除けに効果あり!?

守屋山(2)


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守屋山の山頂付近には、秋の七草がいくつか咲いていた。下界はいつまでも酷暑が続いていたのに、山の季節はきちんと進んでいたのだ。


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ハギの花

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ナデシコ

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ワレモコウ

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ツリガネニンジンかな

守屋山(1650m)



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昨年の秋にも登った八ヶ岳の西側に位置する守屋山。山頂からの眺望があまりにも素晴らしかったので、山仲間に声をかけ、4人のメンバーと登ってきた。

台風接近のニュースのなか、お天気に恵まれ、秋の花を愛でながら、1650メートルの山頂に無事に辿り着いた。山頂は我々だけの貸切で、眼下に広がる諏訪湖、対面に聳える八ヶ岳、そして雲に見え隠れする山々を眺めて寛いだ。

空にはトンボの大群、そしてヒョウモンチョウ、ジャノメチョウ、キアゲハ、クジャクチョウなどが乱舞。風もなく夏と秋のまん中に降り立ったような感覚だった。


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トリカブトの淡い紫に癒されて登った

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久しぶりにマツムシソウに出合った

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ご存知、アキノキリンソウ

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蝶を集めるアザミ

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初めて見ましたハナイカリ

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山頂部は広く、眺望も素晴らしい


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耳鳴りと肩甲骨付近の痛みに耐えながら、体にも秋かなと痛感している今日この頃。自然界は変わりなく季節の移ろいを繰り返していく。そんな姿を眺めて、なんとか心は癒されるのだけれど

酷暑、干ばつ、あるいは豪雨と、地球にも秋が来たのだろうかと、世界から届くニュースに不安は続く。


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食糧不足に備えて、ムカゴもいただこうか

持ち主


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持ち主はどこへ行ったのだろう。繋がれたままにされて草木に覆われてゆく。


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持ち主は誰だ?「売地」が「荒地」に

ジュエキ


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カナブンとハナムグリが樹液に夢中になっていた。あまりにも美味しいのか、スズメバチが近くにいても意に介さない。

ジュエキといえば・・・ジュエキ(受益)という既得権益に群がる輩たち。

オリンピックも選挙もジュエキ溢れるクヌギの樹なのだろうか。幹にようやく辿り着いたモノだけが得られる甘い汁・・・。余った甘い汁はどこへ運ばれるのか。

岸田総理は「ジュエ樹」「ケンエ樹」を切り倒し、反社会的団体と縁を断つことはできるのだろうか。票のため、当選にためなら、どんな反社会的団体とでも手を組むというのは、民主主義の破壊だ。

明日の記者会見で、岸田総理、何を語る?


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怖いモノなしのスズメバチになろうとしているのか?

ツクツクボウシ


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約五メートル先にいた・・・分かりにくい


夏休みが終わる頃、ツクツクボウシが鳴きはじめて・・・そんな歌が、今月のある歌会で詠まれていました。

机に向かうと   
なぜか
別のことをしたくなる
ツクツクボウシ
夏休み          Sさん

昨日は、ミンミンゼミ、アブラゼミに混じって、ツクツクボウシの声も聴こえてきたので、見上げて探すが、樹皮に溶け込んでいるのか、なかなか分からなかった。

蚊に射されながら、注意深く見つめると、、見つけました。上手く擬態になっていた。

カマキリ ナナフシ
アンコウ オポッサム
あなた そして私
身を守るために
嘘つく生き物       Hさん

この歌は、擬態をベースにして、上手く詠まれています。人間なら「攻守一体」となった迷彩服だろうか。なんか嫌だな。


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セミダブル

カンナ


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世界各地で起きている干ばつで、多くの河が干上がっている。アメリカのテキサス州の川底から1億1300年まえの恐竜の足跡が出現した。またヨーロッパでは、ドイツの戦艦の残骸が、中国では600年前の仏像が出たりと、ユニークな話題を提供しながら、気候変動は間違いなく進んでいる。

雨量の少ない地域では干ばつが進み、豊かな地域では豪雨が続いている。コントラストがはっきりしてきた。気温上昇だけは、分け隔てなく地球規模で起きている。

戦争を止めるのは、この気候変動ではないかと思っている。温暖化の先に勝者はいない。誰もが分かっている。

毎年同じ道を歩いていると、僅かな気づきはあるが、驚くような変化はまだ少ない。カンナが咲きはじめた。秋よ早く来いと、呼んでいるように見える。

百日紅


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香りのする薄紫の百日紅


暑さは、いくぶん退いただろうか。今朝の風にちょっぴり秋を感じた。神田川沿いをアササンしていると、清掃している方たちの作業に目を奪われる。いくつかの箇所に枯れ葉が集められて、歩くのがもったいないような美しい道になっている。アササンのレッドカーペットだ。黙礼をして通り過ぎる。

清掃された道には、甘い香りのする百日紅が咲いている。喩えると仄かなコロンだろうか。色は決まって淡い紫色の花。顔の辺りに房が下りているので、ゆっくり香りを楽しめる。

アササンコースには、他にもジャスミン、沈丁花、バンマツリ、クチナシ、カズラ、そして金木犀と季節の移ろいを香りで感じさせてくれる花が多い。

季節季節に、小さな幸せをいただいている。


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百日紅は次々に花を咲かせている

気候主義


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CLIMATE JUSTICE って「気候主義」。英語がいいの?


今朝、アササンをしていたら、このポスターに目が止まった。新鮮だ。ようやく、このテーマを掲げる政党が現れたかと、少し明るくなった。

酷暑が続く先月、関西のある歌会に、こんな歌とコメントを送っていた。

誰一人として
温暖化には
触れない
猛暑日のなかを
選挙カー

温暖化対策をテーマにしても、票は稼げないのでしょうか。目先の物価高も大事だけど、気候変動にも目を向けてほしい。未来のある若い人たちはそう願っているはずです。

欧米には、環境主義や多文化主義を掲げている政党がある。自国だけ、周辺にだけ、目を向けるのではなく、広い視野を日本の政治家に求めたい(無理かもしれないが)。

明日発売の新潮、文春の記事で、岸田丸は、はたして沈没してしまうのか?

病葉(わくらば)


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カツラの葉も匂いはじめた

桜やプラタナスの病葉が落ちてくる。昔に比べて、その数は増えているように思う。これも気候変動の影響だろうか。決まった日があるかのように、突然、プラタナスがハラハラと葉を落とした。

見上げると、木々は青々としている。悪いものを病葉に託すことで生を全うしていく、そんな感じか。散っていく葉は、選ばれるのか?受け入れるのか? 不思議に思う。
じつは私たちの世界でも、それに似たような不条理、不合理が起きている。

とすれば、残された者は、精一杯に生きねばならない。

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桜の落葉が早くなった?


嬉しいニュース!!

五行歌の友人、Rさんの写真が、長野富士フィルム主催「信州写真展」の「信州の自然の部」で金賞を受賞された。Rさんには、五行歌カレンダーで写真をお借りしていることもあり、嬉しさは格別。おめでとうございます〜♬
作品名は「月虹物語」


雨花火


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ときおりビルの向うが明るくなるだけ


夕方から雨になった土曜日、6時から9時までの三時間、屋上を開放した。花火打ち上げの七時半に屋上に上がり、傘を差しながら神宮方面を見つめていると、「見えますか〜」と沢山のご家族がやって来た。

ヘリが四機ほど飛んでいる。しばらくすると西の空が時々明るくなった。想像していた副都心のビル群よりもずっと左側だった。

「花火は見えませんねえ〜」と皆さん諦めて、そぼ降る雨の夜景をグルリ眺めてから下りていった。引越してきた当時は、新宿副都心の全景がくっきり見えたのに、高層マンションやビルが立ちはじめて、すっかり空が小さくなってしまった。

花火


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明日は神宮の花火大会。東京はお天気が保ちそうなので、周辺は浴衣姿の人たちで一杯になるだろう。

上の写真は、事務所のベランダから観た以前の神宮の花火。距離にすればほぼ1キロくらいか。夕刻より近隣の家々の屋上や路地には、椅子やテーブルが出されて、花火一色の空気に包まれる。

今年は、自宅マンションの屋上を開放しようということになり、急遽チラシを作ってエレベータに告知を貼ったのだが、果たして花火は観られるのか。新宿西口の高層ビルが遮るのか。

言い出しっぺは、ドキドキしている。

思い出横丁


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新宿駅西口には、いまもなお昭和が残っている。思い出横丁は、俗称ションベン横丁と呼ばれ、敗戦後の闇市にそのルーツを持ち、焼き鳥屋、定食屋、金券ショップなどが所狭しと並んでいる。

いまでこそ昼呑みという言葉が定着しているが、ここはいつだって昼間から呑める店ばかりだった。猥雑な空気が漂っているが、カウンターに座って呑んでしまえば、いつの間にやらこちらの人になっていく。

足を緩めて、店の奥を覗くと、あの日の私が座っていた。

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アジウリ


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野菜づくりに精を出している弟から、沢山の夏野菜と懐かしいアジウリが届いた。子供の頃、全ての果物のなかで、アジウリが一番美味しいと思っていた。青く甘い香り、そしてやや固めの食感、口にすると瑞々しさが口一杯に広がった。それがメロンが現れてから、忽然と消えてしまった。

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冷蔵庫で一日冷やしてから、先ずは二つに切って、香りを嗅いでみるが、ほとんどない。種を取りだし、皮を剥いて、口にしてみる。まあ、なんと硬いこと。そしてあの甘さも感じない。

どうしようかと考え、軽く塩をして半日寝かせてみた。すると瓜の香りがして、グッと旨味が増した。残りの一個も塩を一振りすることにした。

憧れていた野菜づくりは、いつの間にか弟が始めて、毎年種類も量も増えている。お盆休みの間、夏野菜のレシピを随分眺めた。


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ポポー


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身延山の帰り道は、やがて七面山に続く石畳の道となり、谷間の赤沢宿という集落に辿り着いた。山の勾配に20軒ほどの木造家屋が連なり、まるで映画のセットのような佇まい。疲れきったからだが、息を吹き返す。

古い木造家屋の休憩所に入るやいなや、アイスクリームはありますか?と訊ねた。三角巾をした、女性がゆっくりと答えた。「ありますよ、よかったですね〜」。

メニューを見て「このポポーアイス、本体は見られますか」と訊ねる。

じつは、ポポーという果物があることは知っていた。ネットには、瓜のようなカタチをした果物で、マンゴーのような味と香りのする果物とあり、見つけたら、必ず手に入れようと思っていたのだ。

女性は、それが全部アイスに入れて、今はないという。ザンネン、アイスで食べよう。冷え冷えの陶器に入って、それはやってきた。・・・一口・・・バナナのようなトロピカルフルーツのような美味しさにカラダが固まる。

暑い中を歩いてきてよかった。こんな遠くまで来てよかった。このポポーの美味さで、全てが霧散した。通り抜ける風と初めて口にした幻のフルーツに、しばしの涼を楽しんで、旅の出会いに感謝した。

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出会い


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身延山は霊山なんだなあと歩いていて感じるものがある。ロープウェイができてからは参道を歩く人も減りましたと、お坊さんの一人が語っていたこともあって、この日すれ違ったのは二組4人だけ。山は、濃密な静かさに満ちていた。

登り始めに出会ったのは、ハンミョウ。別名ミチオシエ。すっかり見ることが少なくなった甲虫で、思わず嬉しくなる。そしてオニヤンマ。悠然と近づいてきて、目の前をスイッと横切った。瑠璃色をしたニホンカナヘビが、足早に次々に現れては消える。

生き物が濃いなあ、山が豊かなんだなと感心していたら、カモシカが現れた。ゆっくりと近づくが、何度も振り返りながら、逃げていった。春の谷川岳以来のご対面。

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距離にして約50メートルの間合いを保つ

しばらく行くと、鹿の親子に出会う。母鹿が草を食んでいるそばで、人間が珍しいのか、子鹿がジッとこちらを見つめている。距離を置いては、またこちらを振り返り、しばらくすると親子は白いお尻を上下させながら森に消えた。

山道をさらに進むと茶色をした動物が崖を一気に駆け上がった。キツネか、アナグマだろうか、余りにも早くて正体が分からず。

日本にはまだ自然が残っていると実感した。日本全国、熊が出没していると云うニュースも納得の出会いの一日だった。

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久しぶりに出逢ったハンミョウ

身延山


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以前から登ってみたいと思っていた身延山。日本山岳会が調査を進めているプロジェクト「日本の古道120選」の一つ「日蓮聖人歩いた道」を訊ねてみませんかと誘われ、昨日、メンバーの一人として参加した。

身延山は、山梨県の南に位置し、鎌倉時代に日蓮聖人によって開かれた久遠寺のある日蓮宗の総本山。

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どのお店の前にも蓮の花が飾られていた

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まずは総門を抜けて門前町を通り、日本三大門の一つ「三門」を仰ぐ。京都の南禅寺ほどではないが、荘厳で圧倒されるような風格がある。一礼をして中に入ると、はるか先には、菩提梯(ぼだいてい)と呼ばれる278段の急階段(最大斜度50度)が見えた。ここを登っていくと、ロープウェイ駅があるのだが・・・今日は、それを使わず山頂にも行かないと、リーダーは云う。

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松樹庵から見える久遠寺は吉野の景色と重なった

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蒸し暑い中、喘ぎながら裏参道と呼ばれる急坂をゆっくりと登ってゆく。途中、ポイントの写真を撮り、地図を眺め、お坊さんの話を聞き、日蓮さんに思いを馳せると、心に静寂が広がっていくような気がした。

身延山の頂を背にして、七面山への長い山道を下りてゆくと、意外な動物たちとの出会いが待っていた。

天候不順


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日本の全ての河川を可視化させると、日本地図は毛細血管に覆われた生き物のように見える。これだけの川があるのだから、常識を超える大雨が短時間に降ると、どこかが決壊してしまう。

「数十年に一度」、「かつて経験したことのない大雨」、「直ちに安全を確保」、「命を守るための行動を・・・」。こんな言葉を聞くことが増えた。

九州ばかりか、山陰、東北へとここ数日のゲリラ豪雨、線状降水帯は神出鬼没。秋田、新潟の川の水位は、まだ安定していない。
酷暑から豪雨へと不安定な天気が続き、夏らしい夏がなかなかやって来ない。


ネジバナ


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久しぶりの出会い。なのに、踏んずけてしまった。

かつて


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あっという間にヨウシュヤマゴボウに覆われた


我が家の周辺は、宅地開発で慌ただしい。あったはずの家が瞬く間に取り壊され、しばらくすると、どんなだったかを思い出せない。空き地になった前で、立ち止まり、はて?と、眺めるだけだ。

旅をしていると、人が住んでいた痕跡を見つける。草ぼうぼうの中に立つ、朽ちたサイロや牧舎だったり、山懐の段々畑や家屋の跡とか、かつてここには人の暮らしがあって、笑い声も聞こえていたのだろうと想像すれば、ちょっと切ない気分になる。

かつて
ここには と
山は語る
家屋を 畑を 畦道を
呑み込んで

上がる


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蝉は鳴きはじめたが、数が少ない。大雨で地中で絶えたか?


我々はいま、地球の大きな変化の真っ只中に、立っている。気温の折れ線グラフはどこまで上がっていくのか?この酷暑の夏に終わりはあるのか、不安になってくる。

仮に毎年0.8度ずつ最高気温アップを記録していくと、10年後の都心は45度ということになる。昨日、37度の新宿通りを歩いてみたが、100メートルが限界。すぐに日陰を探した。辺りを見ると信号待ちの人たちが、街路樹や建物の陰に隠れていた。

暑いのは日本だけでない。熱波がヨーロッパを襲っている。フランスは記録的な干ばつで、水の規制が厳しくなっているため、農業や酪農に大きな影響が出ている。シャモニーでは、氷河が溶け始め落石が多発し、山登りには不向きになったと聞く。

大規模な森林火災は、フランス、スペインからドイツやチェコへ広がっている。アメリカのヨセミテの火災は鎮火したのだろうか。CO2がますます放出されている。

ところでコロナウィルスはこの暑さ、平気なのだろうか?気温が上がり、物価が上がり、我らは根をあげる。戦争なんかしている場合ではない。
北極の気温上昇は、世界平均の2倍だ。どうする?プーチン。


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ちらし寿司


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週末、娘たちから招待を受け、誕生日を祝ってもらった。なんだか恥ずかしいやら嬉しいやら。

部屋に入ると、壁にかけられている「吾唯足知」。仲居さんに一応、意味を聞いていたら、在りし日のちらし寿司のことを思い出した。

子供の頃、誕生月が同じ弟と一緒に祝ってもらい、メイン料理(といってもこれだけ)は決まってちらし寿司だった。

魚介などが乗るものではなく、かんぴょう、干し椎茸、卵焼き、紅色をしたでんぶなどがすし飯に飾り付けられたもの。これが楽しみで、丸いお膳を囲んでワイワイ云いながら食べた。色とりどりの具、すし飯のキュッと舌を刺激する味わいに特別な日を感じていた。

あ〜〜、いつから飽食になったのか・・・。

恥ずかしい話だが、魚介類メインのちらし寿司は上京してから知った。どうやって食べるのか分からず、寿司屋のカウンターで戸惑った。

そんないくつかのことを話題にしてもよかったかなと、思っていたら、デザートが運ばれてきた。

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選んだのは、いちじくの羊羹

ムクゲ


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これ、八重のムクゲ?


今日は夏らしいお天気。抜けるような空と蝉の声。風があり、湿度がやや低く、こんな夏だったらなんとかいけそうだ。

百日紅、ノウゼンカズラ、ムクゲの花が、数日の雨で多くが落ちていた。それぞれの落花は個性的。百日紅は、風が少しでもあるとポロポロと花を落としていく。花の多い木は、ピンクの絨毯のようになる。

ポトリと椿の花のように落ちるのはノウゼンカズラ。なにか潔い男花のような印象だ。ある時からポトリポトリと落ちていく。

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そしてムクゲ。開花期間が長く感じるのは、多くの花を付けるからだろう。一日花で、咲き終わると蕾のカタチになって、ポトリと落下してゆく。しめやかで儚く、慎ましい花の哀れを思わせてくれる。


しめやかに
一生の一日(ひとひ)を閉じて    
ムクゲ
蕾となって
ほろりと転がる

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ブーゲンビリアも蕾となって散る

自民殿の13人 !?


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いま、一番興味を持っているのは北海道で次々に牛を襲っている巨大ヒグマ、コードネーム「OSO18」。場所は、北海道東部の標茶町。今月、すでに6頭の乳牛が被害に遭っている。2019年から60頭以上が襲われているのに、そのヒグマが発見されたのはただの一度だけ。

利口な熊で、深夜に電気柵を壊し、侵入してくるらしい。一撃で牛や馬を仕留めるヒグマの恐さを小さい頃から教え込まれていた。立ち上がると3メートルを超える。はたしてこの巨大ヒグマは仕留められるのだろうか。

喰いモノにされる乳牛は可哀相だが、永田町では、元大臣たちとオカルト教会の両者、どちらがどちらを喰いモノにしているのか。魑魅魍魎のヌエたちがそこで蠢いている。こちらも今のところ仕留められてない。

そして、もう一つ。カリスマ的領主が亡くなった今、『自民殿の13人!?』のドラマが始まろうとしている。ドラマでは、二つの勢力に分かれ、壮絶な裏切りが始まるらしいが、NHKと三谷幸喜の先見の明は凄い!と、自民殿の13人を思い浮かべてみると、皆それぞれクセのある役者が並ぶ。

食堂


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たしか、八年前もこんなだったなあと、懐かしく店内を見渡す。家人や友人Sは、このポットのお茶(?)を飲めるだろうか。注ぎ口まで・・・錆びているもんな〜。

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壁の上には、こんな張り紙。錆は薬草のパワーだろうか。注いだからには、残さずに飲むこと。どうする S?

そして、「・・・お断り」「・・・下さい」の張り紙がやたら多い。かつて大勢の観光客、登山者で賑わったからだろう。両替お断り、セルフサービス、ごみの持ち帰り、自分の弁当は食べるな・・・などなど。

ここは、西沢渓谷の入口にある一軒の食堂。古いポスター、大きな天狗の面、鹿の角、風林火山の旗、なんだか時間が止まっているような、ちょっと笑える昭和のお店だった。

西沢渓谷


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調べてみると、ちょうど八年前の7月に西沢渓谷を歩いていた。今回も全く同じコースを歩く予定が、道の一部が崩れたために、メインの「七ツ釜五段の滝」の手前で迂回することになった。

地図には「迂回歩道」とあるから、橋を渡るのかなと高を括っていたら、ほぼ直登の山越えルート。「アキサミヨ〜!」。木の根と幹に取り付けられたロープを頼りに、息絶え絶えで登った。高さは100m以上か、それまでのマイナスイオン&爽快さが霧散した。

子供だったら滑落する怖れがあるかもしれない。「迂回歩道」と云う表記はマズいでしょう。入口で「Uターンのすすめ」を告知すべきではないか?とブツブツ・・・。

登り切ったその先の道は、広く明るく安全な道だっただけに、あの崖登りはいただけなかった。しかし水音を聴きながら、涼しい週末を過ごせたことに感謝した。


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シモツケソウ

夏山


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夏の百合といえば、ヤマユリ

この一週間で山靴を4回も履いた。広瀬川の後、おっさん三人による猛暑の高尾山、そして翌日は西沢渓谷歩き。さすがに帰宅してから、疲労困ぱいとなった。

夏の高尾山は、2000メートルの山よりも辛いかもしれない。湿度100%の中を登っていると、修業のように感じる。花が少なく、ただただ汗をしたたらせて、足をすすめるだけ。

山頂に着いた時は、やれやれ。達成感は乏しい。夏は、早朝に登るか、気温の低い日を選ぶかをしないと、熱中症になりやすい。

しかしながら、初めて山登りを体験されたTさんは、すっかり山登りにはまった。これが今回の成果。秋にまたおっさん三人で違うコースを登る予定(らしい)。


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ウバユリの蕾 咲いてもイマイチかも

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ヤブミョウガの花言葉は「報われない努力」

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夏の高尾山を代表する花、タマアジサイ

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謎の花は、イワタバコ 初めて見つけたかも

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山も桔梗の季節

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汗を流しても熱い天狗焼きを食べる

広瀬川


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広瀬川の穏やかな流れ。淵には大きな柳の木

広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず〜♬ 青葉城恋歌のメロディと詩に想いを馳せたのは、もう45年前。いつかは歩いてみたいと思っていた。

市内地図を眺め、川沿いの歩けそうな土手を見つけてバスから降りた。

でも土手なんて歩かない。淵のそばに小道があるはずと、草を掻き分けていくと、やはりあった。いまでも誰かが歩いている小道だ。

長雨のせいか、川にはたっぷりの水、音をさせずにゆったりと流れていた。大きな柳、サワグルミ、ネムノキが、川の側に立っている。

今日は平行移動。カラダが弛んでいく。歩いていくと、鳥たちが飛び立つ。ショウリョウバッタ、チョウやトンボも多い。

川と花と虫と、ときおりの風と、もうなにも要らない。


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ヒラケ〜ハネ

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コガネムシにカメラマンが映っている?


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川から上がると、立派な正門に出くわした。なんじゃこりゃ。宮城県知事公館とある。近づいて読みはじめたら、急に腹立たしくなった。

大正年間、当時の陸軍が城から歴史ある文化遺産を勝手に移築していた。それも長官舎の正門としてだ。こうした力づくは、今始まったことではないと分かる。

気分を抑え、中を清掃していた方に許しを得て、見学をさせてもらった。広い庭からは、眼下に広瀬川が眺望できた。権力者は、いつだって眺めのいいところに舘を持つのだ・・・。

泉ヶ岳


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ちょうど五合目くらい、ここからキツかった


ちょうど今から七年前の六月、大きな歌会が終わって、どこに行こうかと仙台市内の観光マップを見ていたら、市民に愛されている山「泉ヶ岳」の紹介があった。山だけでも眺めてみようと地下鉄とバスを乗り継いで約一時間、登山口まで赴いた。

1175メートル。姿は、故郷の藻岩山のイメージだけど、標高は2倍以上。いつか登ろうと決めた。そしてこの日を迎えた。


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登り始めは唐松林の穏やかな道


18日。雨は上がっていたが、湿度が高かった。樹林帯の中は風がないため、体感温度が上がった。喉が渇き、息だけが上がる。山頂直下は岩だらけで、斜度もキツかった。下りて来る人たちに励まされ「達成感はハンパナイよ」の言葉を信じた。


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ようやく山頂に着いた。だが景観はゼロ。ただ、風は気持ちよかった。山頂でいつも感じるのは、風のありがたさだ。しばらく風にあたって汗を収めた。北側をしばらく歩くと眺めのいい場所があり、蔵王、月山が見えた。ここで会えるとは思わなかった。

西に目を動かしていくと、朝日連峰、飯豊も確認できた。低山もこれからいいのではないか、と頭をよぎった。


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はるか北にかつて登った蔵王、月山が見えた

初蝉


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昨日、雨上がりの一瞬、セミの鳴き声が聞こえた。たった一匹だけ、それも小さな声。他はどうしたのだろう。月初めの酷暑で絶えてしまったのかと心配していた。この長雨が終わるのをじっと待っているのだろうか。

座敷わらし


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家人からLINEが入った。玄関の人感センサーのライトが、何度も点滅するので、行ってみると誰もいない。気持ちが悪い、前にもそんなことがあったと云う。

「座敷わらしではないか」と、返事をする。一人でいたときにも同じようなことがあった。キッチンから物音がするので、ドアを開けたところ、誰もいなかった。

「きっと誰かいるよね」と時々話をする。座敷わらしだろうと決めて、同居を許しているのだから、一度、姿を見せてほしいと願っている。

花の名前


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人の名前もそうだが、花の名前をせっかく覚えたのに、スッと出てこないことがある。花の形状から印象まで、しっかりイメージしているのに、名前が出ないというのは、腹立たしく、悔しい。そのたびにググっては、そうだったと、口にしてみる。

そのなかでこのルドベキアは、サッと名前が出る。種類が多く、夏から秋にかけてあちこちでよく見かける。ひまわりを小さくしたような暖色系の花は、ひょろっとした丈の先にあり、風によく揺れる。好きな花の一つだ。

モモ忘れ


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たぶん暑さのせいではない。モノ忘れの頻度が高くなっている。今日も駅まで行って、スマホを忘れていることに気づき、我が家へ戻った。

鍵とスマホ、この2つしかないのに、どちらかを忘れることがよくある。理由としては、緊張感の希薄。そして準備の怠りだ。

変なことを思い出した。桃は食べたけれど、スモモとプラムは酸っぱくて、そのままだったのではないか。スマホ>>スモモ・・・そういうこと!?  

吊革握りながら、モモ忘れしていることにも気がついたのである。

死と生


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週末は「死と生」をテーマにした吟行歌会だった。場所は、東京写真美術館で開催されていた岩合光昭氏の「パンタナール」と世界の著名写真家による「メメント・モリと写真/死は何を照らし出すのか」という二つの写真展。

約二時間、写真をじっくり鑑賞しての自由詠と題詠「命あるいは死」に、こんな歌が寄せられた。

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・自由詠

ワニをしとめた  Kさん(一席)
ジャガーの目
戦車で
人をひきずる
人間の目

喰われ尽して   Sさん(二席)
残る
わたしか
枯れてころがる
骸骨(しゃれこうべ)

・題詠

命は他者の    Sさん(一席)
命となる
涙も美談もない
大自然の死は
美しい

輪になり踊っている男女  Kさん(二席)
繋いでいるはずの
手がない
ぎりぎりの生か
死による自由か

そして小生の歌

・自由詠

地球が
ポツリ
メメント・モリ
水に耐えろ
熱に生きろ

・題詠

死を
これほどまでに
意識しても
明日には
忘れて生きている


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動物好きの家族、女性が多かった

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歌会会場はシビックホールで

水の音、波の音


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猛暑のなか、このCDを聴いている。一滴の水が、小さな流れとなり川となり、そして山を下って、やがて海に辿り着く。浜辺では波音が待っていて、それが繰り返されるという構成だ。

猛暑の昼間、眠れない人のためのCDは、涼やかな水音で体感温度を下げてくれる。BGMとしても心地よく、リゾート地にいるような気分は、心身に優しく、そして節電効果も!?

森は水族館


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選んだレストランは、まるで森の中の水族館だった。四方がガラスに囲まれ、森の底に沈んでいるかのような錯覚。景色が見え過ぎてしまうということは、なんだか落ち着かない。緑が揺れると、風の中にいることも分かる。久しぶりの友との時間なのに、どうも話が上の空になってしまった。

ここは八ヶ岳の麓。ネットで一枚の写真に魅せられ、ここにしようと決めた中学校のミニクラス会。「お前のセンスはいいよ」と友らがいつもより喜んでくれた。

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30種類以上の旬の地元野菜を使用した一皿。野菜一つひとつの力強い旨味が伝わってきた。この他に、スープ、サラダ、デザート、コーヒーがつく。
Sが「なんかヴィーガンの食事みたい」と笑った。

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〆は豆乳のアイスクリーム。「まるで女子会のランチだね」と、おっさん四人は大満足。

レスレスレスレス


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まさかこの歌が発端でKDDIの通信障害が起きたとは思えないが、こんなエピソードが「天声人語」に紹介されていた。

通信障害が起きた日、スマホが使えないために公衆電話を探していた人が、ようやく電話を見つけ、掛けようとしたら、小銭がないことに気づいたというのである。スマホやカード決済の習慣で、現金の持ち合わせがなかったようだ。

新しい日常が機能しなくなったとき、思いがけぬところにも被害が及んだ。貨物列車の遅延、アメダスの配信トラブルなど、様々なインフラに影響が出た。

一元化していくことで起きるもう一つの「レス」は、ストレスだった。

紫陽花、萎れる


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紫陽花の花も葉っぱも下向きに(2日土曜日)


不思議なもので、今日の30度があまり暑いとは思わなくなった。とすると、いずれ35度を超える日が続いても、慣れていくということだろうか。

「YAHOOニュース」に「猛暑で異変?」というアンケート結果が載っていた。

・あじさいが一気に枯れた(滋賀県)
・まだセミの鳴き声が聞こえてきません!(東京都)
・路上にミミズがたくさん干からびていた(千葉県)
・蚊が少ないような気がします(福岡県)
・日傘を差す人が増えた(神奈川県)
・ダンゴムシが幾つかひっくり返って干からびてました(東京都)
・皮膚疾患が悪化(岩手県)
・猛暑が関係あるかわかりませんが今年は竹がやたらに生えてきます(福島県)
・毎年咲く、ダリアの花背丈が伸びる前に花が咲きだしてます(千葉県)
・鳥が飛んでいません(岡山県)

その他にも栃木県の農家では、サツマイモが根の奥まで熱で腐っているというニュースもあった。

こうした気づきは、温暖化の情報として、共有していくことが大事だと思う。
「歩キ眼デス」でも五感を働かせて、チェックしていきたい。

分かっているけれど・・・


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通り抜ける時、一瞬、涼しい


分かっている・・・けれど・・・暑い

作家、平野啓一郎氏がFBに「自分が生きている間は、恐らくもう、これより酷い夏しか来ないと思うと、悲しくなる」と書いていた。

そうなのだ、ボディブローのように続くこの暑さこそが、地球からの返事(メッセージ)なのだ。分かっているのに、我らは、返事ができずに、書いては消し、書き直しをただ続けている。

マイクで叫ぶ候補者たちも、この課題には言及しない。

べこ餅


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懐かしい故郷のお菓子「べこ餅」。見た瞬間に、その味わいが口に広がった。なぜこんな形をして、こんな色をしているのか。

北海道では、端午の節句にどの家でも上新粉と砂糖で作っていた(記憶に薄い)。黒い方は黒砂糖が入っている。白と黒で牛のホルスタイン柄だから「ベこ餅」。そんな見た目で命名されたとあった。

口に含むと、思っていた通りの味わい。故郷の風が吹いた。


紫陽花


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朝、小さな蜘蛛はまだ眠っているのかな


紫陽花の原種は、日本のガクアジサイで、それが世界に広まった。そんなこともあってか、どんどん新しい品種が開発されている。日本人が好きだと云うこともあるのかもしれない。

最近の新種では、この万華鏡。島根県の農家と県が共同開発した紫陽花だ。


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たしかに万華鏡を覗いたみたいだ

梅雨明け


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上に花が咲いた!


関東地方が梅雨明けしたようだ。にもかかわらず、東京電力の「供給見通し」は、まだ梅雨の真っ最中!?

温度計という「嫁」と、限られた供給電力量という「姑」の間に挟まれながらも、東電「息子」は、「水分補給を行って、暑い時間帯には適切に冷房などを活用して・・・」と、工夫をアナウンスしている。

「本日の電力使用状況」という表示もいよいよ始まった。

そして「酷暑」「食糧不足」「物価高」。
この三つも「頭・体・財布」の三つに打撃を与えていく・・・

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ムクゲも咲き出した

幸運の虫


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天道虫は、世界の多くの国で幸運の虫と言われている。飛ぶ姿を見たら、願いが叶うというが、いいことは起こるのだろうか。

一方、選挙カーが通り過ぎていくと、良からぬものを見た気分になってしまう。

梅雨の晴れ間


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新宿通りを一本はずれると、下町のような一角がある。紫陽花とムクゲが道を覆っていて、真っすぐには歩けない路地。近所からクレームは出ないのだろうかと、思いながらも好んでこの道を通っている。

この紫陽花の少し先には、例のシロバナネムノキ、そしていまコンロンカが目を楽しませてくれる。振りかえると一軒の銭湯があって、懐かしい思い出がひとつある。


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ゾウムシ


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驚いて固まってしまったゾウムシ君。先日のセブンサミットで出逢った甲虫の仲間で、ゾウムシ科、名はヒメシロコブゾウムシ。ヤツデなどの葉っぱを食べている。

初めてゾウムシを見つけたのは小学4年だったか。大きさは2㎝くらいのオオゾウムシ。日本最大のゾウムシで、こんな甲虫がいるんだと驚いた。それから、甲虫の美しさと種類の豊富さにハマってしまった。

虫好きはいくつになっても変わらない。甲虫らしき虫が飛んでいると、追いかけて手で捕えてしまう。

セブンサミット


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ガスらなければ、富士山が前方に見える


誰が命名したのだろうか。南高尾山稜外周コースにある7つの山を総称してセブンサミット。曇りの土曜日、やや強いメンバー5人で大垂水峠から登攀を開始した。約30分、急坂を登り切ると最初のピーク大洞山に到着。

しかし・・・暑い。気温は高くないのだが、湿度があり過ぎだ。おまけに風がないため蒸し風呂の中を歩いているような感覚。

熱中症になってはいけないと、頻繁に止まっては水分補給をする。ここでオヤジギャグ。

「熱中症より、ねっ、チュウー しよう」を呟くと、力なく睨まれる。ますますアツい。。

コースの登山道は、よく整備されて安全。そして木の植生が豊かで、歩いていても飽きない。少しずつ高度を下げながら、残りの山を登っていくというのも嬉しいものだ。

七つ目の山、草戸山を登り切って気が弛んだわけではないが、高尾山口までに繰り返される上り下り、むしろセブンサミットより、後半がキツかった。達成感というよりも疲労感?たっぷりの一日となった。

しかし、下山後のビールは美味かった〜

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泰山木


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この花を鑑賞したら、すごすごと引き下がる、一言呟いて・・・

 タイサン ボク

香りは高貴。遠い世界へと誘うような香りを漂わせていた。


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梅雨明け


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立ち葵の花が、一番上まで咲くと梅雨明け。そうだったなと、蕾を数えてみる。7月中旬頃だろうか。線上降水帯なるものが、今年は列島に発生しませんようにと願って、通り過ぎる。

菖蒲!?


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吹上菖蒲園は、満開でした


ご存知だろうか?「しょうぶ」と打っても、「あやめ」と打っても、「菖蒲」の漢字が出る。随分乱暴ではないか!と、誰かに文句を言いたい。

だからか、いくら教えられても、アヤメなのか、カキツバタなのか、ショウブなのか、ハナショウブなのか、はたまたアイリスなのか、分からない。

一つ覚えたのは、乾いた土でも咲いているのはアヤメ。


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おじさんが、まだ咲いているのに次々と摘んでゆく


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駅のホームにアナウンスが響き渡る。女性の声だ。でもイントネーションがおかしい。一文字、あるいは単語を繋げているかのような話し方。たぶん、AIによる声なのだろう。

バスの中や公共の空間で聞こえてくると、なにか未来都市に立っている気分になる。昔は、列車(古い〜)が駅に到着する度に、尾を引くように駅名が連呼されて、郷愁を感じたもんだ。

今はテレビでもAIの声でとか、AIの◯◯ちゃんがお話をしますと断りが入る。ケチらんとチャンと人が喋れよ〜、と言いたい。
人の仕事が無くなっていくぞ〜


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先週見つけた、シロバナネムノキ。夕方はどうなっているのだろう?と、再び訪れると〜なんと!咲いている!!
葉はすっかり眠ってしまって、昼と真逆だ。この時期だけのお楽しみ〜


シロバナネムノキ


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世の中知らないものがあるものだ。事務所近くの狭い路地に見つけた白い花!?。小さな纏のようでもある。葉を見るとオジギソウか、はたしてそうか。

ググると、シロバナネムノキとあった。昼間はこんな姿だが、夜になると丸いボンボンのようになるらしい。ほんとかね〜。帰りに見てみよう。

シロバナネムノキといえば、アカバナユウゲショウが浮かんだ。いま、路地でも見かける小さな花だ。

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歩9day


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クチナシの八重を見つけた


昨日はすっかり九日だと思って、我が家まで歩いてしまった。9日は、歩く日と決めているのだ〜「歩9day(アルクデ〜)」。

マスクをせずに荒木町を抜けていくと、すれ違う人は皆マスクをしている。ところが居酒屋を覗くと、カウンターではマスクなしの飲んべえたちが、ワイワイと楽しそうにやっている。

おかしな光景ではないか。外を歩く人がマスクをして、お店の中ではノーマスク。あ〜こりゃこりゃと、笑いながら通過していく。すれ違う人の中には、ノーマスクの人がけっこういる。

こうして少しずつ平時に戻っていくのかなと思いながら、約一時間、我が家までの新コースを歩いた。


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カツラ


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樹形とハート型の葉っぱですぐ分かる


香りは、花ばかりではない。ふわっと甘い香りがした。カツラの木だ。この時期にも香りを放つんだと、葉っぱを嗅いでみるが、さほど強くはない。

新緑の樹形が美しく、葉は鬱蒼とはならないので、涼しげに感じる。

バレリーナ


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御苑のどこかに、八重のドクダミが咲いていると聞いていた。ところが苑内はドクダミだらけ。そう簡単に見つからないだろう。視線を下げてゆっくりと歩きはじめた。

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コースの3/4ほどを歩いたが、まったく発見できず。バラ園のそばのベンチで宛内地図を眺めていると・・・温室近くに「ドクダミ」の4文字を見つけた。ここだろうか。

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周辺は広く、なかなか特定できない。地図に指を当て、辺りを見回していると、三角コーナーのような場所に、ありました。まあ、なんとかわいい。ぴょんぴょんと八重たちが飛び跳ねている。

だれも気づかない。かがみこんで草原のバレリーナたちの舞いをしばらく撮り続けた。


環境の日


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スズカケノキにも緑がつき始めた


へえ〜、そんな日があるんだ、ラッキー!
土曜日、「環境の日」ということで無料開放された新宿御苑の玄関前の告知に喜ぶ。春夏秋冬、我が庭のように散歩コースは、ほぼ決まっている。

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まずはラクウショウを見ようと、人の少ない西側の道を辿っていく。スズカケノキ、メタセコイアといった高木の下を通っていくと、もう人影はまばら。ラクウショウの木道に通行禁止の札がある。仕方がない、ここから眺めよう。

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ドクダミの花が一面に咲いていた。ここから「母と子の森」を抜けて、「上の池」へ。ここは広い。楕円形に刈られたツツジが、日本庭園の雰囲気を強調していた。

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御苑は桜の頃、決まって入園者が増え、入園規制が行われていた。それが影響したのだろうか、三年前、突然入園料が500円に値上げされた。

公営の公園でお金を取ると云うのは、ありえないと外国人が言っていた。それでも大都会のオアシス御苑は、人が絶えることはない。


バラ


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都会のど真ん中、大きなバラが咲いてい

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紀尾井町ガーデンテラスにて


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風が強いのだろうか。事務所の外から風の音が止むことなく聞こえてくる。なんだか心強い。

今年に入って、何度か耳鼻科に通っている。最初は中耳炎の症状。二度目は、右耳の聴力が落ちていると診断された。心当たりはないが、時々ワンワンと音が響く。それもしばらく続く。雨の前後に多いので、気圧のせいかもしれない、と思っていた。

テレビのリモコンの数値が高くなっていることが多く、家人に注意を受ける。低いと聞こえないので、「いまなんて言ったの?」と訊ねる。

このやりとりが続くのはよくないと思い、聞くのを止めにした。いろんな部位に変化が現れている。・・・永遠はないのだ、と静かに受け入れている。


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木蔭に入ると、風が抜けていった。ヒンヤリとしたその瞬間の快感。
風に吹かれる気持ちよさ・・・これに勝る幸せはあるだろうかと思う。

いま見えているもの
聞こえているもの
いま匂うもの
触れているものだけで
どうして満足できないのか

谷川俊太郎の詩に、こんな一節があった。

この感覚、どれもカタチのない透明なものばかり。
ときには植物のように追い求めず、感じること、受け入れることだけをと思うのだが・・・。

サギ


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深夜、FBに映しだされた広告のコピーに心が動いた。

コロナウイルスの影響により、弊社のキャッシュフローが悪化し、実店舗での運営を維持できなくなり,全店舗閉店となりました。ただし、倉庫にまだロレックス腕時計300個ほど在庫があるため、ネットで在庫一掃激安セールを実施します。在庫無くなり次第終了しますので、どうぞ、お見逃しなく!

そうなんだ・・・・と、時計の写真をクリックすると、こんな画面が現れた。

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なんと、一千万円のお値引き!


えっ、48時間だけのセールとある。デパート、ROLEXの文字に惹かれ、気がついたら時計を選んでいた。とりあえずこれを一つ買ってみようかな・・・。

でも、一応、配送などをチェックしておこうかと、「私たちに関しては」を読んでいくと、日本語が変!?かもと、気づいて、これはサギだと分かる。

思えば、在庫一掃とはいえ、デパートが99%も割引くわけがない。ROLEXのロゴに惹かれ、危うくカードを引き出していたかもしれない。

FBには、まだこの画面が出ている。どれだけの人が騙されているのだろう。それにしても、この写真を選んだ犯人のサギレベルは高い。

恋は、雷のようなもの


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観客、わずか8名。ドキュメント映画「瀬戸内寂聴 99年を生きて思うこと」の観客数を数えていたら、いつのまにか映画が始まっていた。

日曜日。気温が30度を超えている、どう過ごそうか?。こんな日は、山ではなくて、涼しい映画館か・・・。とマークしていた映画を観ることにした。寂聴さんの新聞のエッセイを読んでいたこと、そして恋仲だった男のこと、その男の娘・井上荒野の小説「あちらにる鬼」を読んでいたこともあり、〆はこの映画だろうと選んだ。

すでに観ていたテレビのドキュメンタリーの映像を使いながらも、いくつかのフィードバックを繰り返すことで、重厚にまとめられていた。心を寄せた人(ディレクター/監督)に見せる姿が愛らしく、作家の本音を上手く引き出すその人の語りの技量は、なかなかのモノと感心した。

「恋は、雷のように落ちて来るのだから、打たれるしかないの」。これは名言だと思う。救われた人はどれほどいたことだろう(笑)。

そんなことを思いながら、少し涼しくなった西新宿のビル街を抜け、我が家までの道を歩いていた。

私の前を・・・


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通り過ぎていった花たち。ではない。私が通り過ぎていったのだ。というわけで、紹介できなかった花たち。

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春好きな花の一つ、山のミツバツツジ

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テンナンショウ、別名マムシグサ

匂う


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この二つの花を植えているお宅がある。テイカカズラとニオイバンマツリ。足を緩めて匂いを嗅ぐ。競うかのように、どちらも強い香りを放っている。
どんな人が住んでいるのだろう。

紫陽花


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歌を詠みたくなる


紫陽花は、雨に似つかわしい花だと思う。この季節を選んだのは、水をたくさん必要とするからだろうか。

上京した年、この時期の雨に音を上げた。北海道では一番良い季節なのに、連日の雨、そしてジットリとした湿度に体調を崩しかけた。まるで外国人だなオレはと、うな垂れた。

ところが、慣れてくると不思議なもので、このウェットな感じ、悪くないと思っている。透明傘に流れていく雨と紫陽花の組み合わせ、なんとも好い。

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?ジョオン


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写真を撮っていると、知らない人にも聞かれる。
「この花は、どっちですか?」

よく分からないので、春に咲くのがハルジョオン。夏以降に咲くのがヒメジョオンと、勝手に決めています。

これを教えてくれたのは、亡くなった友人のSだった。見分けがつかないのだから、それでいいのだよと。

この花を見つけると、ふとSを思い出してしまう。

アサギマダラ、リンドウ、ヒメジョオンと人に繋がっていることに気がついた。


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先週末で終わったMさんの個展、曲線のオブジェは楽しげだ


パラソル


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今日のランチはオニギリにしようと、四谷アトレのエスカレータを上がっていくと、色とりどりのパラソルがお出迎え。お〜、粋なことをするじゃんと、嬉しくなった。

パラソルを使ったこんな表現を時々見かけるけど、梅雨の鬱陶しさを逆手にとって、華やかさも生まれて、とても良いアイデア!

誤送信


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もうすぐ黄金色になるはずのコバンソウ

我が家のFAXが鳴った。ゴゴゴゴッと音がして、一枚の送信表に「ご送金いたしました」とある。ナニナニナニ!と色めき立った。文面を読むと、ある区役所の送信ミスと分かった。

内容は、とある保育園が区に申請をしていた案件に対し、区が振込みをしたという通知だった。「こんなふうに山口県のある町では、オッチョコな担当者が、誤送金したのだな」と独りごち。

それにしてもあの男、オンラインのカジノで勝てるとでも、思っていたのだろうか。海外ならまだしも、こんなおかしな事件が日本でもあるのかと、いささか驚いた。

じつは、どこかに隠しているのではと睨んでいる。警察のこれからの調査に期待をしているのだが・・・さて。


コゴメウツギ


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植物に詳しいHさんが「これはコゴメウツギです」という。たしかに「小米」だ。写真にとっても、その大きさが分からないので、手を差し伸べた。

これより少し大きい種類が、ヒメウツギ。五月の山には、いくつものウツギが見られる。マルバウツギ、ハコネウツギ、タニウツギなど、どんよりした空にしっくりとくる雨の花だ。


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虫たちの活動も始まった

寄り道


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ナンジャモンジャノキ


八王子城に向う途中、鬱蒼とした緑の庭をもつ一軒の家があったので、玄関から恐る恐る声をかけた。

「素敵なお庭なので、少し拝見させてください」

「どうぞどうぞ〜」

素敵な庭は、見てもらいたい庭でもあるはずだから、ダメですという人は、まずいない。「失礼します」と奥に入ってゆくと、手造りのピザ釜と東屋があって、その回りを様々な低木が囲んでいる。

「主人が造園の仕事をしているので、全てが手造りなんです」

テイカカズラ、エゴノキ、ウツギ、ナンジャモンジャノキ、テッセンと初夏の花が満開だ。さらに二カ所ほどに湧き水!?があって、水琴窟、メダカの泳ぐ池と、子どもになってしまいそうな仕掛けが施されている。

「あ〜こんな暮らしがしたい」とメンバーのFさんがポツリ。季節の移ろいとともにある暮らしは、心穏やかなことだろう。山登りを忘れて、しばしお話を聞いていた・・・。

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玄関には、可愛い鬼が対になって迎えてくれる。ググると「庭カフェ〜作庭家 林好治の世界」が出てきた。これはもう、素敵なご夫婦に違いない。

美し郷
http://www.hayashiteien.co.jp/umashisato/index.html


八王子城址


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ハコネウツギは・・・

鎌倉山の翌日は、裏高尾の八王子城址を訪ねる。さすが山城、これでもかというくらい、城址は遠かった。登り終えても天守閣はさらに奥、よくぞここを落城させたものだと感心する。

途中から関東平野が一望できる箇所があった。駿河湾、横浜、六本木、スカイツリー、筑波山、さらに男体山までが眺望できるとなると、ここに城を建てたくなる思いは分かるような気がした。

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紅く色を変えてしまう

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卯木の季節、これはマルバウツギ

鎌倉山


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西側には雲海から丹沢山系が顔を出していた


先週末、そろそろ会おうよとなって、家人と鎌倉山に住む女友達を訪ねる。20年ぶりの再会だ。ドアツードアでちょうど2時間。鎌倉山のバス停で下りると、小犬を抱えて待っていた。大きな池のある公園を抜け、山頂近くのマンションにおじゃまする。リビングに入ると広い窓からドーンと小高い山が見えた。

ベランダからこんな豊かな緑の景色が見えるというのは、初体験だった。山の向こうに江ノ島、富士山、丹沢が見える。眺望にうっとりしてしまい、20年ぶりの会話はすぐに始まらなかった。

「素晴らしいところに移って来たんだねえ〜」と、話が始まった。出逢ってから40年。その半分は、手紙や電話のやりとりだった。共通の友人たちのその後、家族のこと、日々の暮らしなどを語り合っていたら、あっという間に4時間が経った。20年も4時間もあったという間だ。

噂に聞いていた鎌倉山は、リゾート地のような別世界だった。軽いカルチャーショックを抱えながら、帰りの車中でググると、200メートルくらいかなと思っていた鎌倉山は、なんと標高520メートル。高尾山より上だった〜!

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真ん前が江ノ島、そして富士山〜、我が家と比較してしまう

ウスバシロチョウ


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風に乗るように優雅に飛んでいる白い蝶、もしやと思って近づく。止まった瞬間に、この一枚だけを撮った。フサフサの体毛から、そして翅のスジ模様からして、間違いなくウスバシロチョウ。珍しい蝶である。

150万年前の氷河期を生き残って、今日まで至ったという証の密生した体毛。極寒の世界を生き延びてきた変わらぬその姿に、愛おしさを感じた。


GW(4)シャクトリムシ


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シャクトリムシの歩行はユニークだ。6本の足は全て前にある。後ろは、足のような吸盤で、これを上手く使って前進する。危なかしくって、見ていて飽きない。

時おり、後ろの吸盤を支えにして立ち上がり、風の匂いを嗅いでいるかのようにキョロキョロとした動きをする。目は見えているのか!?

そんな動きをするものだから、多くが鳥の餌になってしまう。うまく蛹になると、シャクガという蛾なる。

シャクトリムシの名は、等間隔で歩くことから「尺を取る」ので、この名前が付いたとあるが、距離からすれば、尺ではなく「スン(寸)トリムシ」では(^^♪


GW(3)カーテンを洗う


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三日目からは、我が家の人になる。全てのカーテンを取り外して洗い、干す。これだけで三日もかかる。部屋が広いのではなく、ベランダが狭いのだ。干し上がるまでの時間は、資料や書籍のかたずけ、そして散歩と読書。散歩に出ればお気に入りの和菓子店で、豆餅とミタラシ団子を買ってくる。

新しい散歩コースで見つけた和菓子店。一口食べて、眠っていた「豆餅命(いのち)」が目を覚ました。遂に発見〜!!家人が呆れるほど、ごそっと買って、しみじみと食べる。塩味がほんのり効いて、しっかりとやや固めの黒豆は、その存在を主張してくる。

枝豆、黒豆、鞍掛豆(くらかけまめ)・・・いま、お気に入りの「みつ豆」だ。

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つい買い過ぎてしまう


GW(2)ウォーキング


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幹廻り約6メートル、樹齢は推定で400年の松本楼の大銀杏


二日目は、恒例となった日比谷公園までのウォーキング。今年で4年目。我が家から車の少ない新宿通りをひたすら半蔵門に向って歩く。半蔵門に突き当たったら右折して、お堀沿いを国立劇場、最高裁判所、国会議事堂を横目に見ながら桜田門へと下りてゆく。

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伸びてしまったワラビを拡大すると


お堀サイドには、ワラビがわんさかと伸びている。もう十年以上も前、家人と「勿体ないこと〜」と言いながら摘んでいると、警官がやって来て「もしもし、いけませんよ」と注意された。どうやら見えない監視カメラがどこかで睨んでいたのだった。

そんなこともあって、毎度おなじみの愚痴をこぼしながら、ワラビは「撮る」だけにして「勿体ない」を収める。

お堀を見ると、冬鳥の多くが飛び去り、いるのは、オオバンとカワウの数羽だけだ。

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ようやく日比谷公園の松本楼に到着。指定席は、大銀杏の前と決めている。カラッカラに喉が渇いていたので、生ビールとステーキ一枚が乗ったダイナミックサラダを注文。ヒンヤリの木蔭で、至福の時間。

遠くの喧噪を聞きながら、柔らかい光をうけていると、リゾート地にいるのではという錯覚に陥る・・・。

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GW(1)生藤山


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ツツジと木漏れ日の山道

皆さんのGWは、どんなだったのだろう。まずまずの天気に恵まれ、久しぶりの遠出を楽しまれた方も多かったようだ。こちらは、恒例の安近短コースでゆったりの時間を楽しんだ。


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時おり、山桜の花びらが舞ってくる

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フカフカの尾根道

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さらにフカフカの森の道

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前半の一日目は、990mの生藤山(神奈川県)へ山仲間3人と登山。深緑から新緑のグラデーションに揺れる山道を約二時間半かけて無事に登頂。楽しみにしていた富士山の眺望は、すっかり緑に覆われてしまった木々が邪魔をしてかなわず。

それでも久しぶりに登った千メートル峰の達成感を味わった。五月の風と優しい陽光をうけてのおにぎりの味は、至福の時間。一年の美味しいところを摘んでいるような幸福感に充たされた。

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バス停のある里山へ下りると、谷間を埋めるように鯉のぼりが泳いでいた。かつては、ここにも多くの子どもたちがいたのだ。泳がせる人も眺めている人も、今は年寄りばかり。山間の鯉たちは、たまには帰ってコイ〜と泳いでた。

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お庭御免


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お土産の栗のマロンパイ


長野の二日目、小布施に立ち寄った。友人のSに、「栗の木テラス」のモンブランを食べたいとお願いをしていた。店内が混みあっていたので、テイクアウトをして裏の小道に入ると、以前テレビで放映されていたコーヒーを焙煎して飲ませてくれる店を見つけた。

蔵を改装した趣きのある店構え。中に入って注文してから「以前、テレビで拝見したお店だと思うのですが・・・」と訊ねると「三年前のNHKの『小さな旅』で紹介していただきました」と云う。

「お嬢さんは、お元気ですか。お友達と小道を走っていましたね」と記憶を辿って話すと

「よく覚えていらっしゃいますね」と感心された。大切なことをよく忘れるが、小さな感動は、どこかに仕舞われているらしく、ふとした時に思い出す。

小布施には、「お庭御免」という文化があって、どこの家の庭も平気で通り抜けができる。花を愛で、ゆっくり散歩ができる。この日は、裏のベンチでコーヒーとモンブランの時間だけで終わったが、季節の良い時にまた訪れ、お庭御免を楽しんでみたいと思った。


水芭蕉


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当初は、斑尾山(1382m)を登ろうと予定していていたのだが、まだ積雪があるとのことで、花の散策に計画を変えた。春の代表格は、なんといっても水芭蕉。飯綱高原のむれ水芭蕉園を訪れると、遊歩道周辺は歌でも歌いたくなるほどの花盛り。それは尾瀬とは違う小さな水芭蕉に、なにか一安心した。


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近くには、リュウキンカやカタクリの花も見つけた。


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巨樹


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桜好きの友人S夫婦に誘われて長野は戸隠、飯綱周辺を回って、たくさんの桜の巨樹を見てきた。いま桜は、標高の高いところも見頃で、リンゴやモモ、モクレン、レンギョウなどが一斉に満開を迎えていた。

吹きこぼれる、沸き出す、覆いつくす、そばに寄ると桜の巨樹は人を呑みこんでいく。風をうけると一気に花びらを飛ばす。しかしそれでもなお、満々と花を抱えている。

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あらゆく角度、遠近、遠くの景色と合わせたりして、その優美で悠然とした姿を眺める。こんな贅沢な楽しみ方があったのだ。

200年から300年を経た荒々しい樹皮は、美しい花とは対照的だ。ゴツゴツとした中に秘められた静かなエネルギーを感じた。リオのカーニバルのごとく、この一瞬のために一年があるのだ、云っているかのように。


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初夏


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ここの家の前を通るのが愉しみ


散歩をすれば、ハナミズキと新緑が目に入ってきて、初夏の入口にいるかのようだ。日々、緑は濃くなり、花の蕾がどんどん開いて、歩くのが楽しい。

服装も軽やかになり、今日なんかTシャツ、ポロシャツの若者を随分見かけた。後一ヵ月、たっぷりの初夏を楽しみたい。


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下から見上げると涼しげ

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新緑と一緒だと映えるね

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出遅れました〜

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香りで伝えてきます

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路上を彩るベニマンサク

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もうヒメウツギが〜

けやき


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自然界のことはよく分からないが、福井県の小浜にダイオウイカが打ち上げられたとか、佐賀県のある民家の黒竹が120年ぶりに花をつけたとか、珍しいことが起きると、なんか不吉な予感がする。

そんな心配はご無用と、何色もの緑色をまとって、ケヤキは風にまかせて揺れていた。淡い緑と黒い幹との美しいコントラスト。未来を捕まえているかのように揺れていた。


初蝶


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モンキチョウは撮らせてくれなかった


初蝶は、ヒラヒラと目の前をいくモンキチョウだった。その年、最初に見た蝶がもし黄色だったら、幸せな一年になるよ、そんなことを教えてくれた人は、元気でいるだろうか。
毎年、蝶を初めて見た時に、そんなことを想う。


タンポポ


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タンポポを見ると童心に還る。春、タンポポの中で時間を忘れ、遊んでいた幼い頃。そんな日々が、なんか特別であったような、そんなことを思い出させるのがタンポポだ。


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菜の花


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雨上がりの土曜日、ORMACのメンバーと東武線・高麗駅から巾着田、奥武蔵自然歩道、天覧山を経由して、飯能駅までの約10キロをハイキングした。

雨の上がった空は澄み渡り、新緑と花々を春色に揺らしていた。曼珠沙華の群生地として有名な巾着田には、この時期、菜の花畑がいくつもあって、その圧倒される黄色の広がりにただ見入った。

彼の地で戦をしているなんて忘れてしまう。「こんな日があったなんて、思いたくないね」と呟いてしまった。


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揺れる


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戦争のもつ不条理を考えることが多くなった。笑っていること、美味しいと感じること、良いお天気だなあと見上げること、こんな当たり前さえ奇蹟の連続なのではと思ってしまう。

地震、カミナリ、火事、オヤジ。こんなことが怖いと思っていた時があった。

捨てない生活?


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調べると37年前にリリースされたアルバム


先日、五木寛之氏の「捨てない生活」という、断捨離とは一線を画す逆の発想・生き方をオンライン配信で聴いた。捨てずに「モノを依り代に生きる」というもので、深く感心した。

そうだ、捨てなくたって良いのだ、と家人に同意を求めたところ、「寝室のいくつもの紙袋、何が入っているかも分からないのでは」と云われた。

ズキッと刺さり、ひとつ一つチェックしていくと、一つから、LPレコードがドサッと出てきた。買った覚えのあるもの、借りていたもの!?、サイン入りのものなど、どれもお宝だった(はずだ)。

もうレコードプレーヤーがないのだから持っていてもしょうがない。よし、破棄しようと決めると「もしかしたら・・・誰かに」と云う家人。処分を任せた。

中島みゆきの録音テープ、沢山の手紙、付き合いの長かったジャケットなど、サヨナラできないモノがあった。
あったことさえ忘れていたモノたち、さてどうする!?

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これに到っては44年前のアルバム


吟行歌会の歌


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以前、吟行歌会は景色を眺めての歌づくりだったが、江戸の歴史に詳しい案内人Yさんにナビゲーターをお願いしたことで、歴史(時間)という空間が加わり、歌作りに深みが出てきたように思う。


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今回の板橋宿から一席の歌、三首を紹介する。

この橋の先に
京を
夢見たのだ
眼下には
花筏      宇佐美友見

縁切榎の絵馬
目隠しシールの下の
闇の深さは
神様だけが
知る      渡辺加代子

宿のある
ところに
歴史あり
人生あり
 疲れあり   いわさきくらげ




はじめチョロチョロ


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板橋の商店街を歩いていると古い蔵をリホームしたお店を見つけた。中を覗くと、竃で炊いたご飯をお弁当にして販売、そして奥と二階は和風レストランになっている。お店の右側のへっつい(かまど)では、二つの大きな釜で、ご飯が炊きあがろうとしていた。

薪で炊いたご飯のいい香りがする。なんか懐かしい匂いだ。こんなところが下町らしい。ご飯もそうだが、風呂も薪を使うと湯が柔らかく感じる。古き佳きものを今に伝える。それも若者が、うれしいことだ。

「はじめチョロチョロ、中パッパ」。最後は、「赤子泣いてもふたとるな」で終わる。昭和の誰もが知っていたお呪い。消えていきかけた言葉が、いま復活していた。


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板橋宿


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週末は、吟行歌会。桜の散るなか、京都へと続く中山道へ、日本橋から数えて一番目の宿となる「板橋宿」界隈を散策した。案内は、いつものように歴史・演芸ライターの山口師匠だ。

板橋宿は、上宿、仲宿、平尾宿の三つ宿の総称で、それぞれの宿には名主がおかれ、旅籠(宿屋)は約50軒、2500人の人たちが暮らしていた。

宿泊客は旅人だけではなく、旅人の見送り人や飯盛女(宿場女郎)目当ての客もいたそうで、おおいに繁栄したらしい。しかし明治に入ると中山道の役割も薄れ、宿も次第に寂びれていき、板橋遊郭として賑わいを変えた。

いま、仲宿のメインストリートは賑やかな商店街となり、多くの人で活気づいている。宿といえば飯。タイムスリップしたかのように、何軒もの米屋とその倉がそのまま残っていたのが印象的だった。


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縁切榎
縁を切りたい人が通ったと云う名所で、榎に触ったり、樹皮を煎じて呑むと願いが叶うと云われた。現在の榎は、三代目。今もその信仰は活きているらしく、願いが書かれた多くの絵馬がぶら下がっていた。


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榎の樹皮を剥がされないようにと竹で防御

板橋宿の旅籠で働く飯盛女と呼ばれた人たちを想って、こんな歌を詠んだ。

飯盛女
この逞しき呼び名よ
飯も
女も
山盛りにして


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板橋と云う橋があるとは知らなかった

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球春


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よく見かけるワカケホンセイインコ


大谷翔平、開幕戦のピッチングは、上擦ってしまい投球数を増やしたが、それなりにまとめた。次は打って、勝利投手をもぎ取ってほしい。
花と野球とフレッシュマンと、季節はようやく動き始めた。


花筏


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セグロセキレイ君


春の雨と風で桜はすっかり花を散らせていた。わずかな風に、残り少ない花が舞っていく。咲いて、散って、安らぎを与えてくれる桜は、日本人の心と共にある。


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もうすっかり蕊だけになっていた


数独


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モグラも温かさに気づいたかな?


このパズルを見つけると、どうしても解きたくなる。解き方を覚えると、レベルの高いものを求めていくのは世の常で、「難関数独100問」を買った。

難しさのレベルは半端なく、果てしない宇宙を行くがごとくで、十年経っても解けない難問がある。何日もかけて、ようやく解けた時の達成感は喩えようがない。その日の日付を小さく書き加えている。

すぐに解けないときは、出題者を褒め称えているが、時間の経過とともに恨み節の一つも出てくる。「これは解けんだろう」・・・。

解けはじめるとき、不思議な思いが沸く。意地悪の中にもユーモアがあったり、ミステリーのようスにトーリーがあったり、出題者とやり取りをしているような幸せな一瞬が訪れる。

小川洋子著「博士の愛した数式」の「素数」を偏愛する博士の思いだろうか。今は亡きMさんのベットのそばにこの数独の一冊があった。余命を知っていたMさんは、孤独と痛みをいっとき忘れたかったのだろうか。深夜、数独と向き合っていると、Mさんのことを思いだす。

「忘我。人生には、そういう時間があってもいいのではないか」と数独出題者が話されていた。数独は、いろんな役割を果たしている。


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10年間、解けない難問

寝不足


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新宿西口公園の芝生広場では、若者たちのお花見が多かった

朝ドラの「カムカム〜」を観て、少し気分転換になったが、酷い夢を朝方まで見てしまい、寝不足。その夢とは、ロシアの戦勝記念日の軍事パレードに、反対派の人たちと一緒に大立ち回りをするというもの。

シュプレヒコールを上げた後に烈しく衝突し、逃げ回る、水をかけられる、殴られる?こんな繰り返しが、延々と続き、ヘトヘトになっていく。

朝方、夢であることが分かって、このままだと寝不足になる、気持ちを落ち着かせようとしていた。なんでこんな夢を見たのだろうと思ったら、前夜、ウクライナでの戦争犯罪のニュースにショックを受けたからだと分かる。

戦勝記念日に堂々とパレードだと!?そんなこと許せん!と苦々しく思って寝たのが悪かった。これは正夢で、その日に、なにかが起きるかもしれないと、密かに期待をしている。

外国人もお花見を楽しんでいた


兼高かおるさん


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新宿駅からわずか五分の常泉寺にて


週末、冒険家、登山家の本を読んでいたら、ふと兼高かおるさんのことを思い出した。その昔「兼高かおる世界の旅」という番組があった。

旅行家の兼高かおるさんが、ナレーター、ディレクター、プロデューサーを一人でこなし、世界各地を駆けめぐり、その風俗・文化・歴史などを紹介する構成で、当時の国家元首から秘境の地に住む村人まで様々な人たちと接し、幾多の冒険にも果敢に挑戦するという、世界を知らない少年にとっては、とても刺激的な番組内容だった。

とくに驚いたのは彼女の美しい言葉だった。進行役の芥川隆行に話しかける丁寧語、敬語、謙譲語に、こんなきれいな言葉があるんだと聴き入った。

ある時、アフリカの未開のような地で、虫の幼虫を口にした映像が流れ、芥川隆行の質問に「酋長さんが、勧めてくださったんですの」。少年だった私は、ゲラゲラ笑った。

動物の骨を鼻に差し込み、裸同然で槍を持っている人たちに囲まれ、彼女は笑っていた。それは、まさにカルチャーショック。知らない世界への驚きよりも、彼女の感性と人間性に感動を覚えた。

「・・・ですのよ」と、モノマネを学校でやっては、友達とはしゃいだ。
綺麗な言葉使いの人に出会うと、兼高かおるさんを思い出す。


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夜の枝垂は幻想的だ


はや四月


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4月1日、20歳だった成人年齢が18歳に引き下げられ、いろんな値上げがスタートをした。桜は散りはじめたが、大谷はまだかいな・・・と口にしたくなる、春半ば。暗いニュースの多いなかで、希望は大谷翔平だけかな、と桜を眺める・・・。


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言いにくい


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春場所、優勝したのは、軽量力士の若隆景(わかたかかげ)。双葉山以来、86年ぶりの新関脇での優勝で、大関候補となった。しかしこのしこ名、じつに言いにくい。
わかたかかげ。家人は、なんど繰り返しても上手く言えない。わかかげたか、わかたげかた・・・(笑)

命名した親方は、もしかしたらキャリーパミュパミュのファンかもしれない。
と思っている。


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上野公園の枝垂、京都・丸山公園にはかなわないか


大相撲


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相撲が好きだ。小学校の頃は、皆相撲に熱中した。土に大きな丸を描いては、仲間たちと相撲をとった。強い子は高学年も投げ飛ばした。下駄には、若乃花、栃錦など人気力士のしこ名が書かれていた。高学年になると、大鵬、柏戸に変わった。

小学校に入る前、相撲放送は一人ラジオで聴いていた。その頃の力士は軽量なので、皆動きが早い。早いからアナウンサーも、早口で喋る。若とか栃とか、略して喋り、二度繰り返して話すことが多く、スピード感が増した。

その声を聴くと、体に力が入って、拳をキツく握った。「投げた投げた」「吊った吊った」でカラダが動き、そして「残った残った」で息を取り戻して、腰を据え直した。

何年も放送を聴いていると、力士の様子を頭に描くことができるようになった。「手を伸ばして左はタテミツに」「無双を切った」「小手を巻いて右内掛けに」、そんな声に、体は力士になった。

いまでもラジオ放送を聴くと、四つになった力士の組んだ姿が浮かぶ。荒い呼吸も聴こえる。想像するということは、この時に学んだのかもしれないと、いま思う。

場所が始まると、今楽しみにしているのは、元横綱北の富士のコラム「はやわざ御免」だ。遠慮なしのキレのいい語りぷりは、力士時代と同じ。じつに小気味がいい。

昨日80歳になったが、男前は変わらない。相撲好きの内館牧子がこんな句を詠んでいる。

初場所や 心の恋人 北の富士

ヤンチャがよく似合う男である。


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さくら さくら いざ舞い上がれ
永遠にさんざめく光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう さくら舞い散る道の上で

神田川の桜並木を歩いていると、森山直太朗の桜(独唱)が、耳元を奏でる。



蔓(まん)を持して


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長い規制だった・・・3月22日、蔓(まん)を持して、この歌を出した。

図書館


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我が家からすぐの処に区の図書館があった。本棚のようにして利用していたが、急に閉館になった。すると中学校の跡地に新図書館が完成したというので、どれどれと見学した。

以前の1分から今度は10分(トホホ)。中に入ると、その環境性と充実さに驚いた。児童書だけのフロア、辞典だけのエリア、ジャンル別のエリアも広く取られていて、明るく開放感がある。

並べられた大きなソファには、4人の中年男性らがしばらくは動かんぞという空気を醸し出している。壁のカウンターには、イヤホン学生たちがズラリ勉強中。閲覧席では、ホームレスらしき人がうたた寝。

その他、赤ちゃんコーナー、子どもラウンジ、授乳室、ミーティングルーム、そして企画展用の小さなスペースと至れり尽くせり。

公共施設も変わったなあ〜。今度、絶版の本をリクエストしてみよう。

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三階吹き抜けに本ビッシリ

浅き川も深く渡れ


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Kさんは五人の登山家の他に、写真家・星野道夫も紹介された。彼もまた人生という旅の最中にヒグマに襲われ命を落とした。43才という若さだった。

彼の言葉の多くは覚えていたつもりなのに、小学校の卒業アルバムに記した言葉「浅き川も深く渡れ」は知らなかった。こんな素敵な言葉を小学生が書くのだろうか。
いや星野道夫ならありえると思った。

浅そうな川であっても用心して渡れ、がその語意だが、星野が書いたのなら、もっと深い想いが込められているのではと思ってしまう。

なにか起こしている時、小さなことであってもきっと意味がある。そう思うことが大切だ。こんなことくらいしか思いつかない。

そしてなぜか、開高健の「悠々として急げ」を思い出した。


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登山家がいた時代


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氷雨と雪で、開花はしばしお預け


昨日、山岳会の知人で「山と渓谷」の元編集長Kさんの講演会を聴いた。タイトルが「登山家がいた時代」。1964年、東京オリンピックが開催され、日本は経済大国への道をひた走った。あらゆる分野で国際化が進み、登山界もおおいに影響を受け、若きクライマーが世界の山へ挑戦していった。

植村直己、加藤保夫、山田昇、長谷川恒男、小西政継といった伝説の登山家らがそうだ。彼らは、日本人初、世界初を目指し、冬季、単独、無酸素といったより困難な状況のなかで、険しいルートから山の頂を目指した。

個性ある人たちばかりだが、多くが四十才前後で山で亡くなっている。
山への真摯な姿勢、情熱、そして天性の素質があって、達成のための努力を惜しまない。そんなスペシャリストたちが山で命を落とす。

山には魔力のような魅力がある。山との向き合い方を高めようとすれば、当然リスクも高くなる。いくら経験を重ねても、年齢から来る体力は確実に落ちていく。Kさんは、それも落とし穴だったのではないかと推察していた。

多くの山は登り尽され、エベレストが大衆化してしまった今、登山家は、登山者、登山客と呼ばれるようになった。

Kさんは、約十年をかけて彼らの足跡を世界に辿って、一冊の本を上梓された。「未完の巡礼」。Kさんとお話をしてサインをいただき、会場を後にした。

いい話を沢山聞いて、心は熱くなった。この本で彼らを追いかけてみたい。


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植村直己の北極点犬ぞり単独行に夢中になった


青い影


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雪に映る影は青い、それを詠まれている歌があった。二月に谷川岳で撮った一枚にも青い影が映っている。こんな発見を歌にするなんて、親近感を覚えるなあ。

凍てつく日  空の青は
雪の上に
散歩中の
犬の影さえ
青く刻む          萌子

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そして青い影といえば、プロコル・ハルム。もう半世紀以上も前の歌だから、御存知のむきは少ないだろう。この曲が、バッハの「G線上のマリア」がベースになっていると知り驚いた。
二つの曲を比較できるサイトを見つけた。


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この雨で開花は三連休かな?


鳩サブレ


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鎌倉駅のそばで鳩サブレを買った。これといったインパクトがないので、印象は薄いのだが、家人が食べたいと云っていたのを思い出したのだ。

店に入ると大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の影響なのか、はたまたパラリンピックの会長が「ピース」と世界にメッセージを送ったからなのか、どのレジの前にも多くの客が並んでいる。

丸みのあるカタチ、そして香り、口にすると温かな気持ちになった。創業120年、鳩は永遠なのだなあと、変わらぬ味に染み入る。


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夕べの地震には、驚かされた。一週間くらい余震がくるかもしれないので、心づもりだけはしておかなければ。

文旦


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柑橘系で何が好きか、と聞かれたら、文旦(ブンタン)と応える。15年ほど前、高松の友人N君に四国を案内してもらった折、高知の果樹園でこのブンタンを初めて口にした。

その大きさ、皮の剝き方に驚いていたら、「この美味さはサイコーだよ」と云われ、口にすると爽やかで瑞々しい味わいに驚いた。こんな美味い果実があったとは・・・。感激して20個ほど買って我が家へ送った。

ところが、届いた文旦の半分は時期を過ぎていた。ガーン。ショックだったが、ジャムを作ったところ、香りもうま味もそのままの文旦ジャムができた。

そして今回。文旦の皮を捨てるのは勿体ない、とピールに初挑戦。レシピを見ながら、なんども湯でこぼしたのだが、苦みが残った。

ピールづくりの名人Tさんに聞いたところ、苦みを消すポイントは「おろし金で皮を削る」だった。残りの一個、週末に再度挑戦しよう。


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湯でこぼすこと3回、冷蔵庫で寝かせて、砂糖で煮詰める

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100度のオーブンで加熱

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一個でこんなに沢山できました〜♬

鎌倉アルプス


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二ヵ月間、見送られていたORMACのハイキングを開催した。北鎌倉駅から明月院の横を抜けて、鎌倉アルプスの最高峰「太平山」を目指す。アップダウンを繰り返して、進むこと約二時間で山頂に到着。湘南の海、そして鶴岡八幡宮が見えて鎌倉殿の9人は満足。

ランチしてからの下山コースも、ロープの急斜面、小さな渓谷、切通しなど、なかなかのバリエーションルートを楽しめた。鎌倉へ下りると、梅どころか桜、コブシが開花を始めていた。


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明月院の梅を見て

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太平山で春うららのランチして

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里に下りるとコブシ、桜が待っていた



ウォーキング


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我が家から一時間かけて事務所まで歩く。途中、新宿御苑横の散策路を通過している時に、発見!まぎれもなくフキノトウ。そしてそのすぐの水たまりでミドリガメが泳いでいる。
春のワンシーン。週末にかけて気温が上がっていくようだ。

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高層ビル


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ここは、我が家から歩いて五分くらいの散歩コース。フェンスの下は神田川だ。いつもここをひと回り(約6500歩)しながら四季の花を楽しんでいる。

以前は、遥か向こうに副都心が見えるだけだったのに、いまや巨大ビル群が乱立し、接近、包囲されていくかのよう。まるで彼の国のように。


春は海からも


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天気予報士の南さんが、サクラの開花時期を予測していた。今年は3月21日だそうだ。南さんは、この10年間の正解は、一度だけ。すべてはこれからのお天気次第らしい。
いよいよあと二週間でサクラか・・・。

そして今朝のご飯に桜えびが加わった。聞けば、隣り駅の大きな魚屋さんで買ってきたという。贅沢ですねえ〜と云いながら、ご飯といただけば、ほんのりの塩加減で、フワッと春が広がった。


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箱一つで、なんと298円〜、安〜!

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3月21日らしいぞ


ラッセル


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雪をこいで前に進むことを山言葉ではラッセルという。このワンちゃん、飼主がスノーシューを装着している間、ずっと雪の中をラッセルしていた。嬉しくてしょうがないのが分かった。


沈丁花


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花粉がおさまった夕方、神田川沿いを歩くと、所々で好い香りがする。もうこんな季節。椿はまだ蕾のまんまだというのに、沈丁花が満開になっているところが一カ所。
寒々しい色をしているからか、香りも冷え冷えとした感がある。


ある光景


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先日、20人くらいのご婦人らが、この彫刻を囲んで、なにかミーティングをしていた。代表者らしき人が、像の隣りで話をされている。そんな光景を二階から眺めていたら、ふいに可笑しくなった。みんな集中して聞いているのだろうか!?

館内に音楽ホールや美術館があるので、見学者か関係者かもしれない。立ち姿もよく、なんとなく品のある方たち。だからか、なおさら可笑しくて、クスクスが止まらなかった・・・。

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テレビで会えない芸人


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友人Kさんが勧めてくれた映画「テレビで会えない芸人」を先週末、地元のポレポレ座で観てきた。鹿児島テレビ制作のドキュメンタリー映画で、主演はコント集団「ザ・ニュースペーパー」の元メンバー、ピン芸人の松元ヒロさん。この映画は、彼の活動と暮らしの一年間を追っている。

彼はテレビには出ない、出られない。テレビも彼を避ける。彼は「政治」と「社会」をネタに、たっぷりの毒で笑わせながら、権力を風刺し、モノを言えぬ今の風潮を浮かび上がらせる芸を持ちネタにしているからだ。

例えば政治と金を扱ったネタでは、声もそっくりに「まあアソー セメントください」などと、メディアが取り上げられないブラックな笑いで、観客を楽しませる。

というわけで、彼に会えるのは舞台だけ。公演が決まるとすぐに完売。チケットがなかなか手に入らない。

落語家、立川談志が「他の人が言えないことを代わりに云ってやる奴が芸人だ!お前を芸人と呼ぶ」と彼の芸を観て評し、自分の舞台によく招いたという。

異質なモノを攻撃し、排除するような理不尽で不寛容な社会へ、彼の芸は訴え、問いかけていた。

叩かれ、パッシングされ続けると、モノが言えなくなる風潮がある。そしていつの間にか、戦争が始まって、誰も抑えられなくなっていく。そんな今の状況において、松本ヒロさんの生き方と芸は、凛々しく、そして逞しく映った。


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かもしか


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ロープウェイの窓から眼を凝らして生き物を探していると、人の足跡ではなく、転がる雪の跡でもないラインを見つけた。その跡を辿っていくと、木をひと回りしたり、孤を描きながら上に向っている。

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お、あれは、かもしか?。ズームにして、ピンを合わせる。雪の中にジッと踞っている。ぽかぽか陽気の下で昼寝でもしていたのだろうか。

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同系色だから分かりにくいが、春の山ではよくカモシカに出会う。八ヶ岳では、4、5メートル先にいたカモシカをしばらく眺めていたことがあった。


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八年前の八ヶ岳でも出会った


谷川岳


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週末の山は、無風そして気温が上がるとの予報。なら谷川岳から雪山を見よう!と決めて、早朝に出発した。谷川岳は、いままで正しく下から登っていたが、今回はロープウェイを使用。

こんなピーカンなのに人が少ない。なぜと思ったが、少ないのはスキー客で、すでに多くの登山者がピークに向っていた。

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ロープウェイ山頂駅から谷川岳の猫の顔を思わせる山容が見えた。岩の部分がなんだか猫の目のようで面白い。左のピークがトマノ耳、右がオキノ耳。時間的に山頂までは登れないと判断。眺めのいいところで360度を楽しむことにする。

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雲ひとつない空の向こうに朝日岳、巻機山、そして昨年登った平ガ岳が見える。眼下には、ピッケルの使い方、イグルー(カマクラ)造りの講習をしているパーティがあった。春を思わせるような温度(摂氏4度)で、一休みして汗を拭く。

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稜線をアップにしてみる

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さらにアップにすると

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もう下山している人がいる


腰を下ろして、空気を嗅いで、山の音を聴く。風がないのがありがたい。稜線部を望遠で撮る。アイゼンをつけての登りも下りもさぞかし気持ちがいいことだろう。この空の果てに戦争があるなんて信じられなかった。

久しぶりに「こんなことをしてられない!」を実現して、すっかり山屋さんになった。


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空と大地


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Oさんのフェイスブックのプロフィール写真がこの二色に変わっていた。しばらく、眺めた。Oさんの明確な主張が汲み取れた。こんな分かりやすい思いと伝達があったのだと、感心した。

そして、哀しくなった。春は菜の花をはじめとした、黄色の花がいっぱいに咲く季節。青空の下で、誰もが待ち焦がれていた景色のはずなのに。

地平線を少し下げてみた。

空の青 春の花の黄色
そんな
季節のはずなのに
そんな
国旗に見えるのに


富士山の日


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今年の富士の雪は、一段と美しく映える


2月23日ということで、223(フジサン)の日。山梨県が平成23年に条例にしていた。

日本人に愛される富士山。「銀座」と同じように、全国には富士の名がつく山が沢山ある。せっかくだから、いくつ登ったのかを調べてみた。

蝦夷富士(羊蹄山)、利尻富士(利尻山)、知床富士(羅臼岳)、オホーツク富士(斜里岳)、津軽富士(岩木山)、岩手富士(岩手山)、出羽富士(鳥海山)、吾妻富士(西吾妻山)(東吾妻山)、会津富士(磐梯山)、吾妻小富士(摺鉢山)、筑波富士(筑波山)、天津小富士(浅間山)、御岳富士(御岳山)、越後富士(妙高山)、戸隠富士(高妻山)、富士ノ折立(富士ノ折立)、加賀富士(白山)、大野富士(荒島岳)、お馬富士(仙丈ヶ岳)、諏訪富士(蓼科山)、戸隠富士(高妻山)、伊那富士(戸倉山)、湯河原富士(岩戸山)、伊豆富士(大室山)、都富士(比叡山)、豊後富士(由布岳)、薩摩富士(開聞岳)

その数28座、富士の名が付くとは知らずに登っていた山もあった。
中学校の時に羊蹄山、そして、大きな失恋をして羅臼岳。ここから山登りが始まったのかもしれない。

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今年の初夏に予定している伊吹山も雪が深い

蓋開け


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「これ懐かしいでしょう」と、妹からこんな写真が届いた。正式名はなんと云うのだろう。蓋開けでいいのだろうか。昭和のノスタルジーだ。

瓶に入った牛乳のフタは、これで開けられていた時代があった。

冬、中学校の教室は、大きな石炭ストーブ一つで暖をとっていた。ストーブの上にはいつも蒸発皿が置かれ、湯気がやんわりと揺れていた。三時間目が終わると牛乳が運ばれ、何人かがフタに自分の名前を書き、蒸発皿の湯の中に入れた。

牛乳は、四時間目が終わる頃、温かなミルクになるはず・・・が、ときおり底が抜けてしまうことがあった。

教師が白濁した中を覗いて、割れた生徒の名前を告げた。すると小さな歓声が教室内に響いた。懐かしい思い出である。

蓋開けは、銭湯の冷蔵庫の横の柱や壁にも紐で吊るされていた。火照った体に、この蓋開けを使って飲むパンピー(乳酸飲料、製造中止)は、美味かった〜。

描くひと 谷口ジロー展


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友人のYさんが、ふらりと事務所にやって来て、「この作品展、なかなかいいよ」とチラシを見せてくれた。漫画家、谷口ジローの作品展。以前、Yさんが貸してくれた「神々の山稜」シリーズ、そして「孤独のグルメ」で、すっかり彼の絵のファンになっていたので「行きましょう」、と応えたのが、先月末。


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土曜日、世田谷文学館で彼の作品をじっくり観た。結論は「人は生きている間にこんなにも多くの精密な絵を描けるものだろうか?」だった。まず、彼の作品世界の視線が素晴らしかった。

草むらの下から、雪の降る天空から、主人公の眼から、主人公の遠くから、まるで映画のシーンを観ているかのような世界が丹念に描かれていた。

作品の多くは小説をベースにしている。関口夏生の「事件屋家業」、夢枕獏「神々の山嶺」、川上弘美「センセイの鞄」などの作品世界が、絵で楽しめるのだ。


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センセイの鞄のワンシーン

たとえば「センセイの鞄」。主人公のツキコが高校時代の恩師でもある古文の先生と、居酒屋のカウンターで出会うシーンがある。二人は一人の客を挟んで、お互いをなんとなく確認する。そこからの時間が好いのだ。

じつは。このシーンが好きで、このページを何度も開いたことがある。懐かしいような、恥ずかしいようなシーン。釘付けになって眺めた。そうか、谷口さんのセンセイは、こんな人か。ツキコさんは、なるほど・・・。こんな楽しみ方を各コーナで、時間を忘れて眺めていた。

セリフが、一つもない漫画もあった。言葉は読み手!?に託されていることが分かる。言葉の無い世界の瑞々しさ、静けさ、透明さに気づく。時間や自然、発見や出会い、谷口ジローが伝えたかったことは、一人ひとりにそれぞれの物語がある。命の尊さがある。
そんな彼のメッセージを受け取った。


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夢枕獏作「神々の山嶺」

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夏目の漱石の書斎を漫画で

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「描くひと 谷口ジロー展」
〜2月27日まで、世田谷文学館で

老舗


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我が家からすぐの商店街では、古いお店が次々に壊されて造成ラッシュだ。多分小さなマンションがいくつも建つのだろう。なんだか他所の街になっていくようで、寂しく心許ない。

仕事場の四谷も随分様変わりした。親しいお店のお婆ちゃん、お爺ちゃんはいなくなった。けれど、次の世代が受け継いで、変わらぬ味を守ってくれている。

創業百年の志乃多寿司。稲荷とかんぴょう巻きの二種類だけで、創業百年。頭が下がる。どちらも甘くてコクのある味つけが特長だ。コロナでこの店に通うことが増えた。愛想のいいお姉さんではないけれど、電話で注文をしておくと、「ハイこれです」と渡してくれる。


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そして鯛焼きといえば「わかば」。ここも約70年。ここのオヤジさんが、以前、新宿区議選に立候補した。選挙カーが事務所の前を通っていく。「鯛焼きやのおやじでございます」「わかばのおやじでございます」、他にもちゃんとしたことを言っていたのかもしれないが、この二つだけを覚えている。
選挙の結果、なんとトップ当選。尻尾まで入っているアンコの効果は絶大だった。

いつまでも伝統の味を守ってほしいと暖簾をくぐっている今日この頃・・・。

北斎VS廣重(3) 


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三十六景のいくつかにキュンとする風景画がある。この蒲原がその一つ。子供の頃、記念切手の収集が流行り、発売日には朝早くから郵便局に並んで「蒲原」を手にした。買った切手はセロハンで包み、切手帳に収めた。浮世絵、富嶽三十六景、オリンピック競技、天然記念物などのシリーズは毎月のように発行され、江戸時代に浮世絵を手にした大人と変わらない面持ちで眺めていた。

蒲原の宿は、雪の多い地域だったのか。番傘の人物は、雪が積もらないように蕾めてさし、雪下駄を履いている。深々と雪の降るモノトーンの寂しい景色のなかに、人物三人だけに彩色しているのは、自然と人の関係性を伝えようとしているのか。シリーズの中では好きな一枚だ。


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そしてもう一枚は、藍色だけでまとめたこの作品「甲州石班澤」。この字を「かじかざわ」とは読めない。石班(ウグイ)と読むべきをカジカと間違えたという説がある。

藍色の美しさに息をのむ。富士の前にたなびく霧、勢いよく流れる川を背景に、立ち姿の川漁師をまん中に据えて、静と動、面と線で上手く表現している。富士の裾野と漁師の網のライン、波と岩の方向性など、全てを計算したセンスに脱帽だ。


北斎VS廣重(2) 


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北斎は、悪戯好きだたのかもしれない。富嶽三十六景の作品中に、ある人物が、たびたび登場していることに気づいた。


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まずは「相州仲原」の絵に、このおじさん


いくつかの作品に、この変な顔のおじさんが出てくる。誰なんだろう。親しい友人だろうか。この人物には名前があったりして。江戸っ子に人気の芸人だったとか。それとも絵を見る「あなた」を想定して描いたのか。北斎のユーモアと稚気に、親近感を覚えた。いずれにしても浮世絵は、誰もが楽しめる大衆的な楽しみ(情報)だったことがよくわかる。


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「東海道吉田」の片隅にも・・・

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「東海道品川」では踊っている

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「身延川裏不二」では職人に

一方、廣重はというと五十三次の絵の中に「広」をあしらった模様、柄をそっと入れたり、絵の販売所を店の看板などにさり気なく書いたりと、こちらもセンスと商売上手が光る。

そして到着地、京都の三條大橋から身を乗り出して川面を眺めている一人の旅人は、廣重自身ではないかともいわれている。


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二人のユーモアとセンスは、壮大なテーマを緩く支えながら、江戸っ子たちの暮らしぶりや当時の文化を多いに想像させてくれる。

ヨーロッパの印象派の画家たちに多大な影響を与えた浮世絵。マクロの眼で楽しめるこの企画展は、見どころがいくつもあって、飽きさせない。

北斎VS廣重


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混んでるだろうなあ〜と思いながら、「北斎VS廣重」の企画展をネットから申し込む。ところが、行ってみると人が少ない。おやおや、三連休というのに、どうしたことか?もしかして、この企画展自体を世間は知らないのかな。

まず最初に、この二人のプロフィール、そして今回の見どころをビデオで学ぶ。浮世絵は「絵師」「彫師」「摺師」と三つの作業工程を経て作品が上がる。版画はこの三者の息の合った総合芸術なのであると・・・。

そしてこの企画展は「20億画素の超高精細デジタル記録と3次元質感画像処理技術により和紙の繊維の一本一本から微細な刷りの凹凸まで現物を再現させている」。それは・・・凄い発見だった。


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波の模様、馬のむしろ柄は、空摺という技で表現


北斎の作品。美濃和紙の質感をそのまま雲や波として浮き出させる、彫られた柄をあえて空摺りして透かし模様にする、淡いグラデーションを出すなどの手法を目の当たりにすると、浮世絵の奥深い技の世界に魅了される。


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この絵の繊細さを見てほしい。雨の降るなか、走っていく人たちの息づかいまで聞こえてきそうだ。

天才彫師、摺師の高い技を、デジタル技術によって目の当たりにすることができるこの企画展は、江戸文化の秘密基地だった。じっくり二時間、富士山と東海道、そして江戸の人たちの様々な姿を飽きることなく堪能した。


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ルールといえば


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我が家のルールの一つに「料理は後片付けまでがワンセット」というのがある。亭主がキッチンに入るようになり、新しくできたルールだ。レシピ確認、買い物、準備、料理、盛りつけ、これで終わり〜と思ったら、、そうではないという。後になると嫌になるから、手が空いたら、ササッと洗い物をする。すると広く使える、後での作業が楽になる。でしょ・・・と。

ごもっともです。というわけで、ボーッとせず、時間とスペースを上手く使えるようになり、お弁当作りも少し手際よくできるようになった。


雪便り


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photo by Ranta


オリンピックどころじゃないよと、雪国の人たちはボヤキながら雪かきをしているだろうか。天気予報の雪マークを見るたびに除雪作業の労苦を思う。
秋田の人からは、我が家も町も雪に埋もれてしまいました、とメールが入った。明後日から東京も雪予報だ。

さてオリンピック。

オリンピックのジャンプスーツの規定に違反して、高梨沙羅選手が失格になった。規定よりも2センチオーバーしていたのだという。

ルールを出されると、仕方がない。それにしてもオリンピック競技は、まさに人間ドラマだ。生まれた明暗は、大きな渦を起こす。喜ぶカナダチームと肩を落とす日本チーム。
騒然とした中で、失意と悲しみの高梨選手を支える仲間たちの姿が印象的だった。

高梨選手は、きっと次を目指すと信じている。いつか輝いた時、こんなエピソードがあったことを思い出して笑ってほしい。

それにしても、五秒間、頭を下げつづけた姿があまりにも切なかった。


映す


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パンデミック、オリンピック、感染より観戦。と、お呪いのようなことを唱えて、週末はオリンピック競技を観ていた。

モーグルという膝をガクガクさせた後に、空中で技を繰り出すと云う競技をいったい誰が考えだしたのか。カメラワークの進化によって、あのガクガクの体感が烈しく伝わってきた。頭を上下させず、獲物を追いかけていくチーターの走りにそっくりだ。

ジャンプでは、従来の側面からの撮影だけではなく、天空から追いかけるようなアングルで着地までの様子を映しだしていたし、スピードスケートでは氷の下から、ホッケーではゴールの中からと、スピード感やシズル感を映しだそうと、カメラはその一瞬を狙っている。

臨場感を映しだす、今大会のカメラワークからも目が離せない。


高尾山


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先週の日曜日、こんなことをしてられない、と立ち上がり、リュックに山用具を適当に放りこんで高尾山へ。年が明けたというのに、まだ一歩を踏み出していないことに気がついた。

京王線・高尾山口に到着。登りを下山によく使う稲荷山コースに決めて、田中陽希並みに急斜面をグイグイ攻めた。山頂まではザッと140分だ。11時スタートなので、人は少ない。正月から続けているスクワットの効果か、喘ぎながらもグイグイと上がっていける。


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いつも迂回しているので稲荷山があるなんて知らなかった

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雪のために山道が崩れたとかで迂回させられる

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見上げると溜息がでる380を数える木段


休憩は、撮影時と給水時だけと決め、ほぼノンストップ。最後の木段の前で、上を眺めて、ため息一つ。木段の数は約380だ。足元だけを見つめ、登りはじめる。途中で息が上がった人たちを追い越す。太股とふくらはぎがパンパンになっていくのが分かる。


人もまばらな高尾山山頂

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山頂にある新しくなったビジターセンター

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見えるはずの富士山は霞の中


終わりはいつか来る、息が上がる頃、木段が終わり、山頂が見えてくる。約80分で到着。かなり早い。ビジターセンター横のベンチで食事をとる。山頂は、ほとんどがケーブルカーで上がってくる観光客ばかり。

富士山は残念ながら霞の向うだ。新しくなったビジターセンターに寄って、下山コースを考える。少し悩んで、コンクリートの一号路から下りようと決める。
痛めている膝に負担をかけないよう、丹田に力を込めてゆっくり下山を開始。


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高尾山神社はあらゆるご利益がある

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ヤマアジサイは時間を止めたまま

到着は14時。よしよし、まだ登れる。
とりあえず今年のスタートは切れた。


'22・2・2


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明日は何の日か、ご存知?  
夫婦の日だろ。

ダブルの夫婦の日だよ、 なるほど。。
そんな会話があった昨日、郵便局で受付番号を引くと「777」が出てきた。

お〜昔なら、オールセブンのフィーバーだろう〜と、在りし日のパチンコを思い出した。これは1/1000の確立だから、なんか良いことありそうと、局員の女性に「これいただいていいかな」と確認して、財布へ。
はたしておトクは舞い込むのだろうか?

「夫婦の日」とかけて

「沖縄のお兄ちゃん」と解く

そのココロは「ニーニー」

失礼しました (^^;

心意気


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商店街を歩いていたら、半纏を着た青年から「これどうぞ」と渡された。なんじゃこれ?と、思いながら「ありがとう」と云う。すると「一つ質問していいですか」と聞くので、「どうぞ」と応じる。

携帯はどちらのメーカーをお使いですか?
ドコモだよ。

一ヶ月の料金は、おいくらくらいでしょうか?

なるほどね・・・
質問は一つじゃないの。これ返すよ。と云えば

すいません、どうぞ持って行ってください。

と言うわけで、「シュガーラスク味うまい棒」がテーブルにある。先日、このうまい棒の記事が新聞に載った。1979年以来、初の値上げ。10円から12円。

しばらくその記事を眺めた。数えると、43年ぶりの値上げ、それもたった2円。製造元である東京都墨田区のヤオキンという菓子メーカーの子どもたちへの愛情、そして値上げに踏み切らざるを得なかった無念さが伝わってきた。

いま、世界的なコロナ感染の影響で暮らしが脅かされている。輸入に頼る食材はその影響を受け、値上げが相次いでいる。

15円ではなく12円。昭和に戻ったかのようなこの値上げに、下町職人の心意気とこだわりに心が沁みた。


感動


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ダイアモンドダスト/photo by Ranta


久しぶりに、テニスで興奮し、感動した。全豪オープンテニス・男子決勝、中年の星、ラファエル・ナダルが5時間15分の戦いを制して優勝した。

2セット続けてナダルが落とした時は、体力的にみても次のセットで終わりだろうと思った。ところが不屈の闘志で、若手のホープ、ロシアのメドベージェフを睨みつけ、200キロ超えのサーブを連発し、ストロークでは声を絞り出し、そしてポイントを奪っての雄叫びで、セットを続けざまに奪い返した。

ケガから回復したばかりのナダルは、戦前の予想では勝率が低かった。ゲームが始まる前から、スタジアムの声援は、ほぼナダルだけに向けられた。

可哀相なのはメドベージェフ。ローマ時代、ライオンのいるコロシアムに放り込まれたたった一人の若き奴隷のように見えた。

それでも彼はナダルの応援を自分のエネルギーに変えてしまう不屈の精神を宿していた。パワー、技術、戦略、スタミナ・・・時間の神様もただ見守ってしまうような緊張の戦いが続いた。

終わりがあるとすれば、どんな終わり方だろう。誰もが想像したはずだが、誰も予想できないほどの拮抗した試合。静寂と歓声が繰り返される・・・終わってほしくないと思った。

しかし、全てには終わりがあるのだとばかりに、ナダルのショットが相手コートに強烈に突き刺さった。瞬間、ナダルは両膝を着いた。観衆は立ち上がり、割れんばかりの拍手と称賛の声を送った。
戦いの時間は昇華し、美しく霧散した。

歴史に残る試合を観てしまった。ここから私は変わらなければいけない。そう思うほどの、ナダルの姿がそこにあった。


ホシくらげノ會


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五行歌仲間のいわさきくらげさんと、ひょんなことから一昨年に、五行歌サークル「ホシくらげノ會」を立ち上げた。

設立趣旨を
「わたしたちは、五行歌が、自らを表現し、理解し合うための比肩なき器であるとの認識のもと、あたらしい風による、五行歌の更なる普及・発展を目指し、『ホシくらげの會』を結成しました」とした。

会の前半の活動は、先輩五行歌人と食事をしながらの談話、横浜ベイスターズの応援(なぜか)、そして後半はzoomによる歌会の講評、會の今後などを話し合った。

昨年の秋、ふたりの歌をカレンダーにというアイデアが出て、九首ずつを持寄り「山の星・海の月」なる「カレンダー型ミニ五行歌集」が完成した。
親しい五行歌仲間に見ていただいたところ、なかなか評判なのだ。


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よろしかったら一部いかがでしょうか。
限定50部。販売価格は千円(税・送料込)です。


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また「いわさきくらげ・五行歌卓上カレンダー」も販売中です。
限定10部。販売価格は千円(税・送料込)です。

どちらもお申し込みは
メール arkmds@3coco.info へ
よろしくお願いいたします。

黄色の花


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もしかしたら、と近づくとやはりロウバイ。里山では数輪の花が甘い香りを漂わせていた。ロウバイが咲くと、黄色の花が次々に綻んでゆく。近所ではレンギョウとジキタリスも咲きはじめた。そしてミモザ、マンサク、福寿草、菜の花へ。黄色の花たちよ、オミクロンを吹き飛ばしてくれ〜〜。

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レンギョウだと思うんだけど・・・

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首を長くしているジキタリス

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 10日前に見たミモザの花と



薪ストーブ


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子供の頃、家の暖房は薪ストーブ一つだった。薪を割るのは子どもの仕事で、火が熾きるまでの手間や時間、いい想い出はなかった。なのに、冬の山小屋で薪ストーブに温められていたら、無性に欲しくなった。

爆ぜる音、マキの匂い、ストーブの上の薬缶の湯気、そして柔らかな暖かさ。煙突から上る煙、積まれた薪・・・そんな光景を眺めると、薪ストーブ愛に火が点る。

炎を見ていると、時間の過ぎてゆくのを忘れる。男は火から離れられないのかもしれない。


高円寺


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我が家からほぼ二駅、暗渠だけを歩いて高円寺駅にたどり着く


JR中央線には「寺」の字がつく駅が三つある。国分寺、吉祥寺、そして高円寺。どの駅も若者に人気があり、若者密度が高い。とくに高円寺は、青春時代からそのまま住みつく人が多いせいか、店舗のオーナーは若者ばかりだ。

二十代前半、高円寺に三年ほど住んでいた。当時中村雅俊の演じるテレビドラマ「俺たちの旅」そのままの生活をしていた。つまり友と酒、ほぼこれだけの日々。友人Nと一軒家を借りていたために、週末になると悪友が訪ねてきた。深夜まで議論をしたり、麻雀をしたり、近所中に声が響いていたのだろう。お巡りさんが、二度ほどやって来た。

遠くに住む大家さんからも注意を受け、気をつけますと応えたが、悪友らは容赦なかった。やがて優しい大家さんは、引越しにかかるお金を出しますから、出ていって欲しいと懇願した。

悪友たちが訪ねて来なければ、この街に住んでいたのかもしれない。そんなことを思いながら、若者の優しいエネルギーに満ちたこの街を歩いた。


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暗渠からこのパール商店街、そして純情商店街へと繋がっていく

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二つのお店に入ると、若い人たちが店の利用法を教えてくれた

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どの店もとにかく安い、この街に住むと出られなくなるかも

太宰治


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生まれてすみません。太宰治と聞けば、このフレーズを頭に浮かべる。高校に入ってから太宰にハマってしまい、二十歳のとき、猛吹雪の冬、友人Sと共に津軽の斜陽館へ。さらには太宰の乳母サヨさんの家を探し当てて、そこへ押しかけた。
若さ故の行動だと今にしては思う。

玄関口でサヨさんの息子から、母が老いていること、そしてあなた達のような太宰ファンが訪ねて来て困っていると聞き、謝罪してすぐに辞した。

斜陽館の隣りの旅館に一泊した。夕食の時、どっしりとした女将が太宰のことを津軽弁で話してくれたのだが、なにを話しているかまるで理解できなかった。戦時中、そこの小屋(広い太宰家の庭の一角)にいて、なにか情けない風体だったと云っていた(推測)。


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太宰が好んで着ていたマントが掛けてあった

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そんな日があったことを、先月オープンした太宰治展示室で思い出した。

フグのヒレ酒


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ちょっとオシャレなグラスで


寒い日が続く。こんな夜は、ビールをさっさと切り上げて、フグのひれ酒だ〜と、昨年下関で買ったフグヒレを出して、まずは熱々の燗酒をつくる。そしてフグのヒレを焦げないように、ゆっくりと火で炙る。

好い香りがしてきたら、耐熱のグラスに放りこみ、そこへ熱燗を投入。そしてすぐにフタをする。グラスの中を覗くと、フグヒレから僅かなエキスのようなものが出始め、酒とゆったり絡んでいく。ここが、たまらん/その1。期待感が増していく。

たまらん/その2は、蓋を開けた瞬間の香りだ。「ク〜〜」と声が出る。この香りで、上手くいったかどうかが分かる。酒がヌルい、ヒレが半生だと、そうはいかない。そしてたまらん/その3へ。

「アチアチ」といいながら口に含むと、鼻から口からフグの魔力が押し寄せる。そして、しばし浮遊〜〜。もう肴なんか、いらない。目を閉じて、フグの毒に身をまかせる。

フグのヒレ二枚で、こんな幸せが訪れるとは・・・でした。


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時間が経つと酒が少しずつ飴色になっていく

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秋田の姐さんからこんな写真が届いた


バードウォッチング


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カワセミをよく見るようになった。瑠璃色をした小さな飛翔体なので、すぐに分かる。さてどこに止まるかと眼で追っていくと、だいたいは小魚がいそうな小枝に止まる。
いつ飛び込むかと観察していたが、なかなか動かない。では次の鳥を探しに・・・。


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するとすぐ近くにいたのがヒヨドリ。赤い実を好んで食べるなかなかの大食漢だ。あっという間に実を食べ尽して飛び去った。


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そして珍しいアオサギ。小魚だけでなくけっこう大きな魚、カエルや鳥のヒナまで食べる。頭に黒い冠羽があるのが特長だが、この日は追い風になって、目立たなかった。


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アオサギの近くにダイサギがいた。サギの仲間では一番大きい。脚と首が長く、飛んでいても歩いていても優雅だ。捕食シーンを見ようと思ったが、なんせ寒い。鳥たちの一日は、ほぼ捕食活動に費やしている。生きていくのは、大変なのだ。


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アオサギやダイサギが来ても平気なカモたち

フユシラズ


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冬枯れの雑木林のなかで、オレンジ色の小さな花を見つけた。以前、陽だまりのなかで、この花を見たような記憶があるが、思い出せない。調べてみると「フユシラズ」。いい名前だ。

冬知らずとは、つまり「寒さ知らず」の「冷え知らず」か。原産地は地中海沿岸で、日本に帰化したとあり、冬から春にかけて長期間オレンジ色の花を咲かせるようだ。この寒い中を、よく堪えているねえ。


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人影の少ない冬の雑木林、枯れ葉を踏む音が響く


マイバック


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二代目のマイバッグ


「まん延防止措置」がいよいよ適用されそうだ。これが発出されると、お昼はおにぎりを買うか持参して、外食を控えることが多くなる。

マイバックは二代目で、もうヨレヨレ。弁当ばかりでなく書籍や酒、お菓子、雑貨等を収納できるのでじつに便利だ。

マイバックが定着するまでには時間がかかった。お店で提供される無料のポリ袋は、ゴミ袋にもなるので重宝されたからだ。しかし海の環境汚染のニュースが広がると、海洋生物ばかりでなく我々の健康にも連鎖的に繋がることが分かり、プラスチック容器やポリ袋をなるべく使用しないコンセンサスが生まれた。

もう四半世紀前、東京都のごみの有料化、分別、リサイクル、そしてマイバックキャンペーンと約二年間、欣ちゃんや当時のスタッフと有意義な仕事をした。清掃局の現場は毎回、大変だったと思うが、新しいルールが生まれていく、そして定着していく充実感があった。


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欣ちゃんが若い!


火山


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昨年辺りから、火山に関する記事をよく目にするようになった。地球の歴史は、火山噴火の繰り返しで、大きな爆発が起きると住民だけではなく、当時の文明すらも滅亡させた。

火山噴火の規模を図る単位にVEI(火山爆発指数)がある。もっとも大きな単位が、VEI 8の「破局噴火」。ウィキペディアにはその規模を「地下のマグマが一気に地上に噴出する壊滅的な噴火形式を表す用語。地球規模の環境変化や大量絶滅の原因となるものを指す」とある。

一昨日トンガで起きた火山爆発がVEI 5〜6規模だという。あれだけの規模で、まだVEI 5〜6・・・ということは、8の破局噴火が起きると人類は一体どうなるのだ。

そんな心配をよそに、里山では蝋梅の蕾が開き、甘い香りをさせていた。


雪だるま


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壊されないもの、壊せないもの、それは雪だるま。融けながら、温かなものを伝えていた。


石川啄木


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石川啄木顕彰室の前にある石碑


啄木の歌一つをスラスラと言える。

しらしらと氷かがやき千鳥なく釧路の海の冬の月かな

この一首を覚えたのは、若い頃だった。壁にかけられていた短冊を見て、鳥好きの私は「えっ?」となった。冬の釧路にチドリはいるんかい?。チドリは夏だろう。そう思って何度か読んでうちに覚えてしまった。

情景は美しいが、鳥を間違えているのではないか。冬に千鳥は鳴かないだろう。などと今でもこの歌を口ずさむたびに、そう思う。

26歳という若さで亡くなった啄木。歌の多くに哀切の情が込められている。
しかし、その放埒な人生はあまり褒められていない。小説が認められず、浅草で遊びまくって現実逃避を繰り返した。借金を踏み倒し、売春宿に通いまくったと記されている。

それでも、啄木の歌は人気だ。太宰もそうであるように破滅型の天才は、人の心を今も動かし続ける。

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小石川七福神


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南蔵院に安置されているしばられ地蔵


先週末はイベントが目白押し。今年最初の吟行歌会は「小石川七福神」巡りでスタートした。「七福神巡り」はどうやら全国的な正月の行事。最初に音頭をとったのは地元商店街か自治体で、あくまでも地域振興が目的のようだ。

人が動けば、お金も落ちる。そして足腰によく、運気にも繋がるとなれば、七福神はまさに「福の神」となる。江戸の案内人、Yさんの案内で茗荷谷駅からスタートする。

小石川界隈には、七福神よりも古くから顔を利かせていたキャラたちがいた。最初のビックリは「しばられ地蔵」。なんじゃこりゃ?江戸時代から庶民の信仰を集めていたお地蔵さんで、縄をかけながら願いをかけ、かなうと縄を一本外す。

お地蔵さんを見ると、縄が多く残っている。ということは、もしかしてご利益が少ないのだろうかと思ってしまった。


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そしてとぐろを巻いてその上に顔という奇妙な男弁財天が徳雲寺にありました。弁財天と聞けば女性のはずが、男性なのだ。昔のお祭りにでていたような怖い風体だが、下町ではユニークな姿でも神様であれば受け入れていたようだ。

最後に現れたのは、こんにゃく閻魔。眼を患っている老婆に片目を差し出したという閻魔は、喝!といたお顔でこちらを睨んでいた。これも夜見ると怖い顔だ。七福神を巡ってスタンプ8つをいただいたのだが、印象に残ったのは七福神よりもこの3つのキャラだった。

その他にもジッと見つめてしまう可愛いキャラやパワースポットがあった。また訪ねてみたい。


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ミニサイズの鳥居がスクランブル状態!?

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人気は啄木終焉の地にある「石川啄木顕彰室」


ラグビー


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これが隈健吾が設計した競技場か・・・その広さにまずは驚く。
娘と二人で大学ラグビー決勝を観戦する予定が、国立競技場が会場と知った家人と娘の連れ合い、「ぜひ観たい」となって急遽参戦となる。

冷え込んだ日曜日、これでもか状態の厚着にホカロン、そして冷えたカラダにジンワリと沁みるホットワインを抱えて、第三コーナーの指定席へ。前々日降った雪はフィールドの外にかき出され、青空と芝の緑が眩しい。

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検温、持ち物チェック、消毒をして入場

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この景色は、競馬場、野球場と同じ

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数日前の深夜に、伝説の決勝戦「雪の早明戦」を観ていた。1987年、この試合をテレビ観戦してから、ラグビーにハマったのだ。

その試合に出場した選手の多くは、社会人、日本代表となり、後に大学や社会人ラグビー部の監督になった。早稲田の清宮、今泉、堀越、明治の吉田、大西らがそうだ。そんなことを思い出しながら、一段と大きくなった選手たちを見ていると、感慨深い。

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明治のラインアウトに自軍の選手がキャッチ

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明治ようやくのトライにOBの歓声

約一時間半の肉弾戦は王者の貫禄か、帝京大学がダブルスコアで勝利する。帝京の主将の雄叫びが、何度もこの広い競技場に響き渡った。
どれだけデカイ声なんだ。

ノーサイドとなって両軍が向かい合い、親指を立てて健闘を讃えあう。このシーンはいつだって気持ちがいい。
今年の暮れはいよいよワールドカップ、楽しみに待とう。

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七草


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一月七日は人日の節句。七種の野草の入った粥を食べて、邪気を祓い万病を除くという風習が残っている。さらに御節料理で疲れた胃を休め、野菜を摂取できる。そう聞いていたので、今朝、静かに一杯いただいた。
けれど、昼前にはお腹が空いてしまった。

春の七草といえば、「せり なずな おぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ」となり、これを洒落たのが「五行はこべば」。
アルキメデスの帰りによろしければ、お立ち寄りください。




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事務所の西の窓から


屋上で雪だるまをこさえているのだろうか、二人の子が雪を楽しんでいる。子どもは雪が好きだ。都内のあちこちで、無心に遊んでいることだろう。

昨日一昨日よりも寒さを感じない。思えば雪の日を寒いと思ったことはなかった。風がなければの話だけれど、雪の日は、心を温めてくれるから!?。

オミクロンもこの雪とともに解けていってくれるといいが・・・
夕方、雪は止んだ。


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北国の景色になりました

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樹氷のよう


卓上カレンダー


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年末、カレンダー作りに励んでいた。写真の他にも3種類。最後の一つは本日入稿。小さな卓上カレンダーではあるけれど、思いを込めて向き合うことができた。鳥のカレンダーも五行歌のカレンダーも、日々、見てくれる人が、ほんのちょっぴりでも温かくなってくれればいいなと。

写真と言葉の組み合わせは、新たな世界を創っていく。そう感じた一ヵ月だった。

おめでとうございます


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新しい年、まずはどこに登ろうかと思案して、選んだのが港区の愛宕山。標高25.7メートル、三等三角点のある23区内では最高峰の山。一昨年に登った戸山公園の箱根山の44.6メートルより低いが、あの有名な愛宕神社がある。

「これ、いいじゃないか」と井の頭五郎ように独りごち。日比谷線の新駅、虎ノ門ヒルズをチェックしてから、あの急階段の男坂を登ろう。

急階段は別名「出世の階段」と呼ばれているからだろうか、はたまた厳しい時世がらか、スーツ姿の若者でいっぱいだった。

階段の前に立って見上げる。「ここを馬で上がるなんて、無理でしょう」。講談では曲垣平九郎がこの石段を馬で上り、梅の枝を折って将軍に献上したことになっている。


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危険な急階段だ
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高所恐怖症なので下を見ずに、ゼイゼイいいながら一気に上がる。見下ろせば、恐ろしい光景が真下にあった。上で一人が転げ落ちたら、芋づる式で皆が落ちていくだろう。

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混雑のなか、半纏を着ている方に三角点の場所を聞くと、親切に案内をしてくれた。三角点を撫でてから、山登りの安全と娘夫婦の健康、出世の祈願をして、無事に下山した。

佳いお年を〜


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一年間、歩キ眼デスをご贔屓いただきましてありがとうございました。
2022年もよろしくお願いいたします。

今年最後の歌は、ちょっとシリアス。

羨ましいな
堂々と
備蓄石油
アベノマスク
放出
    (汚染水)


水のこと


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未来はどうなるのだろう。新聞を読めば、水の不安が現実になっていることを知る。
つい先日、フィリピン、マレーシアで100年に一度の大洪水が起き、南米ブラジルで起きた洪水では、40万人以上が被災している。一方、イランでは大河が干上がり、水不足は深刻な政治問題に発展しているという。

水不足は、すでに中東、アフリカの各地で、近隣国との情勢不安の材料にもなっているし、アメリカの中西部の穀物畑でも大量の水を吸い上げてしまったため、地下水脈が枯れ始めている。

五年前のナショナルジオグラフィックの記事には、こんな予測があった。

 我々の食料のほぼ半分が、地球上の温暖で乾燥した地域で生産されている。そうした場所では、穀物に水を供給するために地下水の過剰なくみ上げが行われており、帯水層と呼ばれる地下の貯水層の水量が急速に減少している。最新の研究によると、今世紀半ばには、インド、パキスタン、ヨーロッパ南部、米国西部の広い範囲で帯水層が枯渇する可能性があり、そうなれば食料供給が打撃を受け、また18億人もの人々がこの貴重な水源を利用できなくなる。

食糧の不安はジワジワと始まっている。日本近海の水産資源の減少、小麦やバターなどの輸入製品の値上げなど、暮らしに響く問題は、環境への不安を増大させる。

環境問題は、経済問題、そして国際紛争へ繋がっていくのだろうか。

NHK「食糧危機が招く暴動の連鎖」の動画が未来を予測している。



冬山


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写真をクリックすると登っている人が見える!?


卓上カレンダーの写真候補を探していたら、こんな写真が出てきた。
10年ほど前に、山仲間と冬の八ヶ岳に登ったときのワンカット。硫黄岳までは雪の斜面をラッセルして上がったが、もうそこでギブアップ。主峰横岳と赤岳は、眺めるだけとなった。風が強く、覆っていた雲が面白い動きをしていた。

さっと晴れ上がった瞬間、雲が谷へと流れて、横岳山頂を目指しているパーティが見えた。思わず心で拍手。きっと冬山のベテランばかりだろう。彼らの誇らしい気持ちが伝わってきて、胸が高鳴ったことを覚えている。

今年はどこかを一つ登ってお終いにしたい。

加古隆


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クリスマスの夜、加古隆のコンサート「組曲 映像の世紀」を聴いた。彼のピアノに、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが入ったアンサンブルユニットで構成され、奏でられていく組曲に、NHKスペシャル「映像の世紀」のシーンを重ねた。

「映像の世紀」は繰り返し観ていた。人は、なんと愚かで、そして愛おしく、哀しいものだろうか・・・エンディングの曲が流れはじめると、思いはいつもそれに尽きた。

繰り返される殺戮、破壊は、苦悩と恐怖を、科学による進歩は、欲望、歓喜を・・・番組のテーマ曲「パリは燃えているか」は、この一世紀の人間の歴史を炙り出す。

加古隆は「ピアノの詩人」と呼ばれている。語りかけるような調べは、眠っている感情を揺さぶり、涙を誘う。静かな話しぶりとその声質にも音楽への崇高な愛情を感じた。


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Merry Christmas


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呑み終わって表通りに出ると、煌めくネオンと人の流れが、昔と変わりなくあって安心する。昨年末はほぼ閉まっていて、どの通りも静かだったなあ〜と独りごち。
第六波が近づいているらしく、もしかしたら呑めるのもこの年末までかもしれない。この三日間、待ってましたとばかりによく呑みました。

今日は休肝日。音楽を聴いて静かな聖夜を過ごします。


冬至


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家人から「今日は冬至ですよ」と云われた。
毎年、冬至という峠を越えると、希望が膨らんでいくような気持ちになる。それは幼い頃、誰かに聞いた温まる話をそのまま抱いたきたからに違いない。

「ほんの少しずつだけど、日が長くなってゆく」と、生前の母も明るく言っていた。

本格的な寒さはこれからだというのに、なんと呑気なことをと思っていたが、厳しい冬を超えていくためには、日が長くなるという甘やかな希望が必要だったのだと、今ならわかる。

こうした旧暦の慣習をこれからも続けていきたい。はたして母なる地球は、いつまで許し、見守ってくれるのだろう。


干し柿


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晩秋の里山の原風景の一つ、吊るし柿。こんな風景を見ると長閑な日本がまだ残っているようで、ほっとする。柿は、天日干しにすることで、渋さがなくなり、ほどよい甘さが出てくる。


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唐辛子は、苦手


ホットハウス・アース


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こんな風景は消えていくのだろうか


NHKの深夜番組、コズミックフロント「ホットハウス・アース 温暖化破局は回避できるのか」を見終わったら、無力感に襲われ、目が冴えてしまい、眠れなくなってしまった。

「ホットハウス・アース」、SF映画のようなタイトルだ。「温室と化した地球」になるかもしれない。いや、なりつつあるというもの。

地球温暖化が暴走の限界を超えた時、地球は「ホットハウス・アース」という酷暑の地球に化す。この破局を私たちは回避することができるのか? 様々な視点からシュミレーションし、報告されていた。

今世紀半ばまでに温室効果ガスの排出を実質ゼロにしない限り、温暖化が暴走する可能性があると専門家は指摘しているが、はたして、そんなに猶予はあるのだろうか。

分かりやすい話があった。
気温上昇により、北極、南極で氷河が解け、その白い面積が減っていく・・・太陽光を反射させることによる地球の冷却機能が低下する・・・気温上昇が促進する・・・海流の動きが鈍くなる、海の浄化作用が落ちる・・・二酸化炭素の吸収率が低下する、海面温度が上昇する・・・雨が多くなり気候変動が促進・・・水不足、食糧不足etc・・・???

別の番組では、10年後には食糧不足が日本でも始まると予想していた。コロナ禍で、すでに食事にさえ困窮している人たちがいる。

地球が暴走を始めると戻すことはできない。地球も火星や金星と同じような星になるのだろうか。

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今年は、ウニ、カニ、イカなどの漁獲が少ないというが・・・


針穴写真


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昼飯の後、ふと目に止まった針穴写真展を覗いた。写真レンズを使わない単純なカメラで、作品はどれもシンプルで温かい。そしてピンのゆるい写真が、懐かしい記憶を呼び戻そうとしてくる。

なんだろう。デジタルの超リアルな画像や映像ばかりを見ていると、モノクロームでややピンボケの写真がとても沁みる。ピンをあわせるのは受け手の作業ですよと云っているかのように。

当たり前の風景が、懐かしく思ってしまうのは、針穴写真の特長である、まん中周辺にだけピンがフォーカスされるからか。

針穴写真という手づくり感のある写真を眺めていたら、自分の作った歌をあわせてみたくなった。

ご自分で作ったという写真機を見せていただきながら、カメラマンの方とつい話し込む。

沢山の話を聞いているうちに、「どの作品も素晴らしいだけに、テーマ性を持たれるといいかと思います」などとアドバイスをしていた。 ( >_< ) 


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ポラロイドカメラが人気を復活させているとも聞くし、優しく語りかけてくるような針穴写真の世界がもっと広がるといいな、と思いながら会場を後にした。


熊った


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「熊出没注意」。高い山でよく見る看板のひとつだ。長い間、山を登っているが、いまだ熊には出会ったことがない。というわけで、見ても恐怖感なし。まして看板のある山では、多くの登山者が熊鈴を付けているので、熊は近づいてはこないと思っている。

ところがこの看板、高尾山の山中にあった。ついに人に見られてしまったか。昔から高尾山には熊がいることは伝えられていたが、夜行性なので人と接触することが少なく、騒ぎにはならなかった。

この看板が増えてくると、高尾山でも喧しい熊鈴を付ける人が出てくるかもしれない。あ〜やだやだと思ったが、まてよ、登山者が減るかもしれないぞ。


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北海道での単独行では、さすがに怖い


ケサランパサラン


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高尾山での休憩時に、ふ〜わりと大きな綿毛が飛んできた。誰かが「ケサランパサラン」と呟いた。謎の綿毛が現れると、そんな名前で呼ばれる。見つけると幸せになれると云う不思議な綿毛。じつは我が家の小瓶にも、ひとつ入っている。

オニアザミの綿毛だろうか。いや、種の大きさからして違う植物だろう。しばらく仲間の手の上で見つめられてから、風にのって飛んでいった。

調べないで「ケサランパサラン」と呟くだけにしておこう。幸せを運んでくるというのだから。

さよならは
はじまりのようだね
アザミの綿毛
空に呼ばれて
風とゆく


もやしそば


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インスタントラーメンも遂にここまで来たか・・・と、このもやしそばの味に驚いた。じつはこのラーメンとの出会いまでが可笑しい。

家人がスーパーで、ある風景を目にした。店員がインスタントラーメン入りの箱を運んで来ると、お年寄りたちが「これ美味しいんだよねー」と次々に手を伸ばしてカゴに入れ始めたので、慌てて一つ手にしたと云うのだ。エピソードを笑いながら聞いて、本当に美味しいんだろうかとレシピ通りの手順でつくり、口にすると・・・。

「これ、スゴいかも」。

思えば、今年は美味しいものをいくつか発見した。


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夏に丸永製菓の「あいすまんじゅう・和栗」に魅せられ、秋は門司・湖月堂の「栗饅頭」のまろやかな栗の味わいに舌包みをうち、そしてこの「もやしそば」。手の届く世界にも美味しいものがある幸せ。
このもやしそば、おススメです。


時間割


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これは、和田誠氏による高校二年生時の似顔絵時間割。見たことのない各教科の先生たちの雰囲気を、じつに上手くを捉えている、と言いたくなる。手書きなので、同じ先生も様子が少し違っている。

ご本人曰く、高校時代は絵ばかりを描いて、ほとんど勉強をしなかったという。それが可笑しく伝わってくる作品で、すでにこの時期には、和田誠風の似顔絵が完成していたのだ。

ユーモアとセンス、サイコー。
六時間目の角刈りの顔、これは体育ではないかと想像したりして


想いの秋


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想いを重ねていた秋が、飛んでいきます。


和田誠展


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ふたたびオペラシテイを訪れ「和田誠展」を観てきた。圧倒される作品群。その領域と数、目が眩むほどだ。イラストレーターの他にも、グラフィックデザイナー、映画監督、作家、作詞・作曲、翻訳家、エッセイストなどの肩書を持ち、どのジャンルでも高い評価を得て、多くの賞を得ている。

ところ狭しと天井高くまで作品が展示されていて、全てをゆっくり鑑賞していたら一日では到底無理だ。二時間見終わっても約半分、椅子に腰かけ、彼の60年の人生を思った。好きであるということ。才能が溢れ出るということ。多くの人に評価されるということ。するとこうなるのか・・・。


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週刊文春表紙画30年、自身の著書だけで200冊、ポスター、絵本、マーク、装丁、レコードジャケット、カレンダーなど全てが和田誠ワールド。今後、これだけの作品を創出する人は出てこないのではないか。

観にきている層の多くは、学生?か若い人たち、もしくはオジさんオバさんだ。パソコンで何でも仕上げる時代にあって、和田氏の描くシンプルで優しいラインは新鮮そのもの。そして温かい。


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一休みをしてから、なんとか見終わった時には、外は暗かった。


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もう35年前、ドサ健、出目徳、よかったなあ〜


パイプオルガン


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新春の世田谷フィル・定期演奏会のフライヤーを創るので、東京オペラシティでイメージとなるパイプオルガンを撮影をした。照明を少し変えるだけでコンサートホールの佇まいが変わってゆく。タイトルや演奏家の写真の位置を想定しながら、撮影位置を変えてシャッターを切った。

新春にこのパイプオルガンが響きます。よろしければ、演奏会にいらっしゃいませんか。65歳以上の方100組200名様をご招待しています。詳しくはウェブかお電話でお申し込みください。

世田谷フィルウェブサイト/「メールでお問い合せ」からどうぞ。


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師走


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はや12月。新たな変異株が現れるし、コロナ禍の中、投機マネーによる世界的な食品の物価高がはじまり、インフレも進んでいるようだし。

世界のニュースを聞いていると「日本のようなインフレになるかもと・・・」と話す人が多い。えっ、日本はインフレが始まっているのか?知らぬは、日本人だけなのか。

どうなるのだろう〜〜 チャッポン〜


神田川


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昭和の名曲の一つだと思っている「神田川」。この曲を作詞した喜多條忠さんが亡くなられた。自らの体験をこの詩に込めたそうだ。切ないこの曲を聴くたびに、20代前半の日々を思い出す。週末、神田川沿いの友人のアパートに転がり込んでは、酒を呑み、麻雀をし、夕方になれば近くの銭湯に行った。

区画整理が進み、今近くを歩いてもどの辺りかも分からない。喜多條さんはこの碑の前に立たれたのだろうか。結びの「ただ貴方のやさしさが怖かった」の一行に、青春のひとかけらを感じてしまう。

「ただ貴方のやさしさが怖かった」。この言葉から連鎖するのは、上村一夫の「同棲時代」という漫画。幸せにしてやれない自信のなさを優しさでごまかす男とそれに気がつく女。そんなやり取りが描かれていた。

女性の手と紙飛行機のシーン。
窓際にもたれかかる女性の手から、紙飛行機がゆっくりと放たれる。アップのコマ送りシーンを眺めて、上村さんは天才ではないかと思った日があった。

喜多條忠さん、ご冥福をお祈りいたします。


この葉なんの葉


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葉の上に花が咲くハナイカダ。それを上回るような不思議な葉っぱと出会う。なんじゃこれ?葉の端から新たな小さな葉が生まれている。ポロポロと零れているようだけど、なにがなんだか・・・。

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葉の上に花が咲くハナイカダ


オミクロン


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ふと、目が合ってしまった


第六波は、いつだろう。果たして来るのだろうか、などと話をしていたら、新たな変異株が現れた。オミクロンなる名前を付けられて、すでにヨーロッパに侵入したという。ということは、日本での収束したかのような期間は、もう僅かなのかもしれない。

多くの変異を持ち、ワクチンが効きにくい性質と高い感染力を持っていると云われているが、まだ全貌が見えない。

ようやく社会が動きだしたというのに、心が荒んでしまうなあ。

バナナの叩き売り


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「四谷赤坂麹町、ちゃらちゃら流れるお茶の水、粋な姉ちゃん立ちしょんべん・・・」バナナの叩き売りといえば、寅さんの口上を思い浮かべてしまう。ここは門司港のすぐそば。こんな記念碑に足を止めた。

プレートを読むと「バナナの叩き売り」は、平成29年に日本遺産に認定されたとある。建物だけではなく、ヤシの口上が文化遺産になるなんて、いいじゃないか!と、思わずニコリ。

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門司港の駅は超レトロ。大正、昭和へ趣きがある


クエといわれても


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なかなか手に入らない魚の一つがこのクエ。高級魚であることは知っていたが、市場でもこんなにするんだ。この価格、どう算出したんだ!?

旅先が港町であれば、必ず市場にいく。下関には唐戸市場があり、河豚を中心に、様々な魚や寿司、海産物が並べられ賑わっていた。日本海、太平洋の魚がここの市場に届くのだろう。


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目が合って、思わず、オーパ!

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トラフグのお刺身他で一皿、2000円!


欲しい魚はあったのだが、買っても東京は遠すぎる。迷った末に買ったのは河豚ヒレ。寒い夜、熱々の燗に入れ、あの香りを想像する・・・そしてツマミに河豚煎餅。いずれも荷物にならないお土産なので、今回はこの二つにした。


環境ポスター展


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環境ポスター展に、五行歌、山、学生時代の友人らが駆けつけてくれた。今年の開催場所はビルの14階だったので、来場者数の心配をしていたが、最終日の昨日は、多くの人たちで賑わった。

自分の作品をどう評価されるか、これは歌会の歌同様、ドキドキするものがある。
今回は「かっこいい」というお誉めの言葉をお二人からもらい、そんな評価があるんだと、自作のポスターを見つめながら「なりほど」と、ちょっといい気持ちになった。

学生時代から環境をテーマにした作品創りや啓発活動に参加してきた。こんな企画展があることで、自然環境の現状を認識し、思いを表現できる。そして仲間たちに会える、集える。
これからも表現することを続けていきたいと改めて思っている。

環境ポスターは、この後、横浜美術大学に展示される予定。


11月24日の今日は、「和食の日」。
制作した新聞広告が昨日、全国版で掲載された。

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漂彦龍VSアーティスト展


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東では「チャリティカレンダー&環境ポスター展」、西では「漂彦龍VSアーティスト展」。どちらにも作品を出しています。歌会、そして友人と山の相談を出かける理由にして、週末、下関を旅してきました。

下関駅のすぐの大丸デパート催事場で、五行歌の友人とアーティストらの競演をテーマに、様々な形態で作品が展示されている中、
小生の作品となった歌は・・・

心の言葉を
字幕にすれば
私は
上映禁止

大好きな映画、シネマパラダイスのワンシーンを使った作品と和田誠風の2点を創りました。

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上映禁止_B.jpg

明日は、環境ポスター展に午後から在廊しておりますので、よろしかったらお訪ねください。お待ちしています。


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p−2.pngのサムネール画像

MVP


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大谷翔平のMVPが決まった。
メジャーリーグ機構は、今季のアメリカン・リーグMVP(最優秀選手)にエンゼルスの大谷翔平選手(27)が満票で選出されたと発表した。

今年、コロナ禍にあって大谷の活躍は、どれほど私たちを明るくしたことだろう。こんな歌を作っていた。

アメリカの空に
オータニサン
誇らしく
思ってしまうのは
なぜだろう

若者が好きな世界で活躍をする、活躍が出来る、素晴らしいことだ。全ての振る舞いにおいてもMVPに値すると思っていた。おめでとう大谷翔平。

環境ポスター展


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今日から毎年恒例のチャリティカレンダー&環境ポスター展が始まります。お時間があればご来場ください。小生のデザインした環境ポスターが展示されております。

先日、COP26が課題を残して閉幕した。石炭の使用を巡り、「段階的に削減」という、あやふやな採択で終わり、多くの国から失望の声が聞かれた。

船が沈没し始めているのに、まだ大丈夫だろうと言っているようなもの。気温は専門家が予測している以上のスピードで上昇している。
東アジアでは毎年、夏の到来が早まっていて、故郷札幌は、この二十年間で20日以上も早まったと報告されていた。中国、韓国も例外ではない。

先進国と発展途上国、会議の土俵で睨みあってもしょうがない。未来を見つめる行事からは「待ったありません」の声が上がっている。


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ココアシガレット


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山登りの会ORMACのメンバーIさんが、毎回、舶来(古い!)のお菓子を持参して皆に配ってくれる。いつも戴いてばかりではと思ったのか、他のメンバーもお菓子を持参するようになり、ランチ時には交換会のように賑わうようになった。さらにテーブルには、お惣菜なども並べられて、山の食事の楽しみが広がっている。

Iさんのようなお菓子は手に入らないので、懐かしいお菓子はどうだろうと、先月、サイコロキャラメル(メロン味)を選んだところ、好評だった。
というわけで、今月はこのココアシガレット。もう半世紀以上も前、父の真似をして、口にくわえてプハーとやって食べていた。

ふと、気がついた。たしか一本ずつ紙に包まれていたのではないか。プハーとやってから、丁寧に剥がしてから口にしていた。時代の流れか、手間と経費を考え、紙巻きを止めたのかもしれないとポキポキと齧れば、味もこんなだったか、記憶が曖昧になっていた。

箱の上を見るとこんな表記が・・・
「オリオン株式会社はあなたの禁煙を応援します。」
「We  support your No-smoking.」
こんなユーモアが好きだ。

高尾山


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お声をかけたら、肉を焼きながら一杯やっていました


週末は、山の会ORMACのメンバー八名と久しぶりに高尾山へ。紅葉シーズンなので、人の少ない大垂水峠からのコースを選び、城山茶屋で富士山を眺めてのランチ。混んでいる山頂を避け、リンドウやキツリフネを愛でながら日影沢を下り、高尾山口駅近くの蕎麦屋「たまの里」に滑り込む。

コロナがようやく収まり、普通の日々が戻って来たことの幸せを感じながら、盃を重ねる。12月の予約を入れて、夕方にはお開きとなった。


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第一回から参加されているTさんを記念撮影


シツゲン


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①「下々の皆さん」
②「産まなかった方が問題」
③「アルツハイマーの人でも、これくらいは分かる」
④「岩手は日本のチベット」
⑤「温暖化のおかげで北海道のコメがうまくなった」

八島ヶ原湿原の木道を歩いている時に、あの人のシツゲンを思い出していた。思い出せたのは①②、そして最近の⑤である。

その他にも「ナチスドイツの事例を出した憲法の話」など枚挙に暇がないようだが、いくど失言を繰り返してもマスコミ、国民は寛容である。

言葉の足りぬ元総理と失言を繰り返す元総理(だったらしい)。

湿原の池は秋の空を映し、言葉はその人を映しだす。

瀬戸内寂聴さん


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毎月の第二木曜日に掲載される瀬戸内寂聴さんの記事「寂聴 残された日々」を楽しみにしている。今朝そのページを開くと、静養中に付きお休みとあったので、大丈夫かなと心配をしていた。

すると、先ほど亡くなられたのメールが家人から入った。掲載の日に・・・。絶句、いま哀しみの中にいる。
達観した生き方と歯に衣着せない話し方が好きで、いつしかファンになっていた。90歳を過ぎて、老いと向き合いながら、その境地を分かりやすく、そして向き合う術など伝えてくれていた。

じつは先月の記事を読んで、おやっと気がついたことがあった。前半と後半にタイムラグがある!?。前半の文体、文字使いに「おかあさんが、おいしいおべんとうをいっぱいつくって、果物やおかしなんかも、ふろしきに・・・」
後半の文体は、いつもの通り「母の最後の望みは、自分独り・・・」、と戻っていた。

おかあさんと母、どうして!?と思っていた。
病院に入っていたことは伝えられていたので、前半は自筆でそのままに、後半は親しい方が話しを書き留めたのかもしれない。

半藤一利、立花隆、小林亜星、高橋三千綱、小三治と、今年は好きな人が多く亡くなっていく。昭和が終わっていく。


八島ヶ原湿原


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雨ならば撤退しようと決めていた二日目、天気予報が外れたので、秋の湿原を歩こうとなった。諏訪湖からそんなに遠くない八島ヶ原湿原を選ぶ。

標高は、前日に登った守屋山とほぼ同じで1630メートル。面積は約40ヘクタールの高層湿原だ。草紅葉も後半に入り、湿原は鈍色の秋のパレット。一周すると約一時間半。木道が整備されていて、安心して歩ける。初夏はお花畑になるらしいので、混雑しそうだ。

広い空が開放感をより高める。昨日見た山々が垣間見えるので、歩いていても疲れを感じない。守屋山と八島ヶ原湿原をセットにして、いつか山仲間とまた訪れよう。


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いつもSが先を進む

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カラマツの黄葉が圧倒する


守屋山(1650m)


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あと20メートル、歓喜の少し手前


先週末、以前よりマークしていた守屋山(諏訪市と伊那市の境の独立峰)に友人のSと登った。百名山33座がその山頂から確認できるというので、楽しみにしていたらまさに!


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登山口のカラマツの下半分はすでに落葉していた

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光を浴びているイタヤカエデ?かな

茅野駅から登山口までは車で約20分。カラマツと広葉樹の落葉を目にしながら約2時間、ゆっくり登っていくと広い山頂が待っていた。蓼科山、浅間山、八ヶ岳、鳳凰三山、南アルプス、中央アルプス、御嶽山、乗鞍、そして北アルプス連峰まで、ため息をつきながらクルクルと何度も廻って見ていたら、山好きのおじさんに声を掛けられ、すっかり打ち解けてしまった。山頂ではどうしてと思うくらい、誰とでも心を開いて話をしてしまう。


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眼下には諏訪湖が広がる

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東には八ヶ岳連峰

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雲が切れると南アルプスの雄、甲斐駒ケ岳

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そして雪を被った御岳山がドーン!


「今晩、諏訪湖に花火が上がるから、湖畔で是非観てください」。

山頂からの眺望だけで大満足しているというのに、眼下の諏訪湖で花火まで見られるとは、Sと共にこの偶然を喜ぶ。
諏訪湖で花火を見たのはもうずいぶん昔のことだ。当時取引のあったT信用金庫の営業担当者から、「ほぼ女性ばかり」の一言に騙されて、スタッフらと参加すると、バス席にはおばあちゃんの笑顔がズラ〜〜。

そんな苦笑いのエピソードを思い出してしまった。


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その夜、花火の音にも貫かれた


酒と人生


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敬愛する太田和彦氏の本をまた買ってしまった。どうしてあんな風に女将たちにもてるのか。全国の居酒屋を訪ねる彼の番組を観て、検証している。静かで呟くような語り。聞き上手。勧められた酒やアテは「ではそれを」と素直に受ける。

酒はもちろん、旬の肴の知識までじつに広く深い。そして美味しく呑み、食べる。口への運び方も酒を愛する人らしくゆったりのペースだから、時間までがとろりと伝わってくる。

いつまでも美味しく呑みたい質(タチ)なので、彼のペースが心地よく映る。ならば、この本の通り、独酌がいいのだろうなと思うこの頃である。


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太田さんもここでこの酒を選ばれたのだろうか

絶滅を選ぶな


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環境ポスター展の作品を制作し終えてから三日目、新聞の記事の一つに目を奪われた。「人類よ、絶滅を選ぶな」。
なんじゃこりゃ。恐竜がマイクを握っている。

気候変動枠組み条約・締約国会議(COP26)に合わせて、国連開発計画が制作したビデオメッセージのフレーズだった。こんなアプローチがあったんだ。
こんなメッセージを送りたかったなあと、ビデオを見ながら、悔いた。


くしくも昨日、我が国の首相の演説に、哀しき「化石賞」が贈られた。環境配慮への努力目標を伝えようと言葉を駆使したが、見透かされてしまった。
経済界との綱引きがあるのだろうが、世界は許してくれない。

「化石賞」の記念品は石炭である。我慢して官邸に持ち帰り、執務室の机に置いて日々、見つめてもらえないだろうか。

世界のあちこちで気候変動が始まっている。ニッポンはいつ腹を据えて、戦略を組むのだろうか。コロナのように後手後手となり、いつか「後手、投了です」の声が、恐竜からかかるか分からない。


秋色


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都会でもそれなりに、秋の色が目につきます。

選挙が終わって・・・


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笑ってしまおうか、それとも泣こうか

眺望


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風が強いと、遠くの景色が見えることがある。昨日は、群馬県の赤城山から東京都心の夜景にスカイツリーや東京タワーが映ったいたらしい。

都内には「富士見」の地名が多くある。広い空の向こうに富士山が見えてさえいれば、江戸っ子はケチな了見なんぞもたずに、暮らせたのではないか。

遠くといえば、昔、福島県の会津駒ヶ岳から富士山を見つけ、とても得した気分になったことを思い出した。

掲載


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知らぬまに、夕刊フジに掲載されていました。


朝日


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多分いちばん古い友人のTさん。FBに、こんな素晴らしい写真がアップされていたので、アルキメでお借りした。北海道のウトナイ湖に朝日が上がり、白鳥がそれを受けている。前を泳ぐのは、親鳥だろうか。後ろを振り返って三羽を見つめている。いや、四羽かな。

世知辛い世の中、一幅の絵のような風景写真に心が洗われる。

荻(オギ)


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ススキではありません。これは荻です。と言われても、目の前に見えるのはススキそのものだ。水辺に繁殖して背丈が高く、穂の先が白く、株にはならないのも見分けるポイントとか。
萩(ハギ)にも漢字が似ているし、じつに紛らわしい植物が現れた。


小網代の森


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コロナ禍のお達しとお天気の関係で、半年以上も延期となっていたハイキング企画をようやく実施した。歩いたのは、森と干潟が繋がっているという三浦半島のほぼ突端にある「小網代(こあじろ)の森」。

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開発から自然保護へ、生物の多様性を守る視点でNPOをはじめとした地元企業、住民の方々によって地域の宝として維持されている森だ。この日も若者たちによるオリエンテーリング形式のクイズラリーが催されていた。

キツい山も悪くはないが、穏やかな海を見ながらのハイキングと生ビールも好いものだ。
惜しむらくは、先月末で閉館となったマリンパークに行けなかったこと。


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山の会ORMACの仲間らとのんびりハイク。今回は愚痴一つ聞こえない。

冷たい雨


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秋をジャンプして冬になろうとしているのだろうか。冷たい雨が、心身に沁みる。12月中旬並みの寒さらしい。選挙カーからの声が、いっそう寒々しく聞こえる。手なんぞ振られたくないからと裏道を歩いていると緑のトンネル。
この樹木、雨があがっても元に戻らないのではないか。

レバカツ


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食パンの上に千切りキャベツ・・・

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その上に、レバカツをドーン

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ふたたび千切りキャベツをのせて、マヨネーズ

地元駅の小さなデリカテッセンで、レバカツなるモノを見つけた。試しに一つ買って、ビールに合わせると、目を瞑ってしまうほど、これが美味い。

頻繁に買うようになり、今度はパンに挟んでみると。お〜〜昭和の香りが口に広がった。
一枚120円。お薦めです!


クレーン


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高層マンションが次々に建てられていく月島辺り


寒空の下でクレーンを動かしている人は、どんな気分なんだろう。風の強い日は揺れるのではないかと、高所恐怖症は、見上げて余計な心配をする。

クレーンとは「鶴」に似ているところから「crane」と命名されたらしいが、それ、ちょっと違うのではないか。キリンなら分かるけどと反論したくなる。支柱部分が鶴の首のように細いからか。

「吊る」→「つる」→「鶴」で、納得したい。


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冷え込み


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ヒメツルソバの花が咲きはじめた


今シーズン一番の冷え込みだったらしい。一気に寒くなった。昨日は薄着で出かけてしまい、風が吹くたびに身震いをしていた。予報よりも気温が低かったのではないか。

今朝、街を往く女性の大半がコート姿だった。コロナ感染者数も一気に下がったことだし、気温とともに風向きが変わってくれると嬉しいのだが・・・。


カレンダー


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コンビニのレジの前に立つと、もう来年度版のカレンダーが売り出されている。御節も早いが、カレンダーも早い。焦るよなあ。そろそろ気持ちを集中していかなければ・・・

不気味


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眺めているうちに伸びてしまった豆苗


昨日のコロナ感染者は僅か49人。ここまでの急激な減り方を説明できる専門家はいないという。謎らしい。大津波の前は、沖まで潮が引いていくというから、何かが起きる前兆ではないかと不安だ。

戒めとしているのは、放物線のグラフだ。急激に上がっていくモノは、同じ弧を描いて落ちることが多い。例えば、実力をつけずに人気を得た者は、あっという間に沈んでゆくように。

訳の分からない安心を喜んでいて良いのだろうか。


吟行歌会


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小伝馬町牢屋敷跡の公園で、400年前にワープする


一昨日は、歴史・演芸ライターのY師匠の案内で、歌会仲間と人形町界隈を歩いた。まず最初は、小伝馬町牢屋敷跡のあった十思公園からスタート。そこは江戸時代、全国最大の牢屋(2618坪)があり、吉田松陰をはじめ勤王の志士ら96名が処刑された場所。今は子どもたちの公園となり、面影すらない。

250年以上も続いた怖い伝馬町牢屋敷のエピソードを聞いた後は、落語の富くじにも出てくる椙森神社の境内で、Y師匠から「高津の富」の一節を聴く。笑いのツボを抑えた話はいつも可笑しい。


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海も近く、湿地も多かったこの地に、幕府は小伝馬町牢屋敷を移転させた翌年、遊郭(元吉原)を造り、明暦の大火までの約40年、この地で営業を続けた。歩いてみて分かったのだが、牢獄と遊郭は、ほんの少しの距離にあったのだ。

江戸時代、芝居小屋の多かった町には、人形を製作する人、そして修理する人が多く住みついたことから、人形町の名がつけられた。


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Y師匠、後ろ姿も粋ですねえ〜

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今はハサミなどを扱うお店


粋な路地をいくつか抜けて、甘酒横丁に入るとお待ちかねのひと息タイム。人形焼きを買い、甘酒を呑んで、プチ歴史の旅を振り返った。

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最後は歌会会場で一首をひねる


出るに出られぬは
遊女も同じ
よしあしの
揺れる向こうに
小伝馬町牢屋敷   山碧木星



塩見岳(4)


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朝日が仙塩尾根をくっきり照らす


この尾根を21キロを歩くと仙丈ヶ岳に行ける。仙塩尾根、コースタイムは約20時間、二泊三日だろうか。稜線を目で辿って、しばしの幸福を味わう。

多くの山屋さんは、北アルプスを目指す。槍、穂高、劔そして上高地、涸沢といった人気の山やロケーションがあるからだが、南アルプスの雄大さや個性的な山々の魅力を知ると、北にだって決して引けを取らないと分かるはずだ。


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辿っていくと仙丈ヶ岳。その先のピラミダルで小さな山は甲斐駒ケ岳

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左、甲斐駒ケ岳。右の大きな山は農鳥岳だろうか

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遠くばかりを見つめて、近くの紅葉を忘れていた


塩見岳(3)


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夜のベールが消え、雲海が流れていく山の朝


太股と脹ら脛が癒えてきた。ここ数年、重い荷物を担いで縦走すると、下りてから筋肉痛になる。負荷が重く長くかかるからだ。高尾山の日帰り登山であっても、数キロの重量をリュックに入れて歩くべきかもしれない。
それでもテーピングとスパッツがかなりのダメージを抑えてくれた。

肉体的には余裕がなかった山行だったが、雄大な景色と時おり飛んでくるホシガラスが、気分を和らげてくれた。ホシガラスは、ハイマツの高山帯に多く見られる鳥で、美しい姿とは不似合いな嗄れた声で鳴く。カササギも酷い声だから、カラス科の多くは似ているのだろう。


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白い水玉の背中だけが見えるホシガラス

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ハイマツの実を運んできては食べているようだ

P3089893-1.JPG.jpeg以前雪山で撮ったワンカット


塩見岳(2)


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山との別れはいつも辛い。振り返りながら、この山の眺めもこれで見納めかと思うと、感慨深い。

わずか数時間前に、あんな高さにいたのかと思うと不思議だ。終わりは、新しい旅の始まりのはずだが、今回だけは少し違うものを抱えて帰ってきた。


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岩が落ちてきたら、大変なことになる、200mの岩峰

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至るところ鎖だらけ。だが鎖を信用してはいけない

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ようやく三伏峠の小屋が見えてきた。これで帰途の半分


塩見岳(3052メートル/日本百名山92座目)


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憧れの山であり、登らなければいけない山、塩見岳。山の友人、TさんとKさんの協力でなんとか登頂を果すことができた。

3052mの山のキツさと、自分の体力の無さを痛感した。いつからこんなにパワーが落ちたのか、登っている最中にショックを受けた。二人になかなか追い着いていけなかった。

それでも最後の急登200mを登りきると、塩見岳の標識が待っていて、360度の眺望をご覧あれと促した。富士山、南アルプスの名峰が見事に連なり、息を呑む美しさだった。

遥か前に登った、甲斐駒、仙丈ヶ岳、そして北岳と間ノ岳。遠くには僅かながら北アルプスも確認できた。三日間、お天気に恵まれたことは幸いだった。

山小屋では、百名山談義に花が咲いた。鹿児島から来ている男性二人。そして既に91座目と云う若い女性。キツかった山々の情報交換などして、しばし和んだ。

キツかった山を共有する嬉しさと安心感。お互いにその山の想い出を掘り返して、その山の好さを語り合う。そして残りはどこですかと確認して、お気をつけてと別れる。

92座目が終わった。この先はあるのだろうかと不安になるほどの、体力のなさに今一度仕切り直しをしなければと反省が残る山行となった。


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小さな秋(3)


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初めて見ました。なんでしょうね。葉っぱの上に実が一つずつ載っています。おんなじコースを20年以上も歩いているのに、ふと気がつきました。身近な自然界にも知らないことが、沢山あるようです。


小さな秋(2)


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金木犀の香りがあっという間に消えて、銀杏の実がポトポト落ちてくる。季節は駆け足ですすみ、日本はもう亜熱帯になったのだろうか。

雨も多くなり、超大型の台風も増えた。この100年の平均気温上昇を見ると、世界平均は0.68度なのに、日本は1.15度と高い。

季節は、さまざまな自然の恵みを運んでくれるはずが、今や様相を変えてきた。風も雨もそして海流さえも、警鐘を鳴らしている。


小さな秋


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一昨年だったか、散歩の帰りに少しばかり収穫をしていたムカゴの蔓が根元から切られた。春先だったから、雑草の一つとして刈られてしまったのだろう。

ところがである。二年の時を経て、逞しく網に絡まっている。蔓系の強い生命力だ。ムカゴは衝撃に弱く、大きくなると軽く触れるだけでもポロポロと零れ落ちてしまう。

しばらくは、眺めて楽しむことにした。


塩見岳(2)


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表紙には2014年とあるから、この地図を7年も見続けてきたことになる。コースタイムは、ほぼ頭に入っている。さて、台風とドンピシャになってしまったスケジュール。果たして台風一過の晴天となってくれるのか、台風の目から眼が離せない。


コンサート


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昨晩は、世田フィルの定期演奏会があり、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、モーツァルト三人の交響曲を久しぶりにゆっくり聴くことができた。コロナ禍にあって、開催が約一年遅れとなったコンサートだっただけに、指揮者、演奏者らの熱い気持ちが伝わってくるような演奏会となった。

音と言葉をつかさどる脳は、それぞれ違うはずだが、演奏者の言葉(文章)が、まるで音楽のように心地よく感じるときがある。演奏されるまでの至福の時間、プログラムに響くような言葉で書かれていると、期待はより高まる。

昨日も、そんな曲目紹介があったので紹介したい。ウィットもあって好感がもてた。

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メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調

 本日お聴きいただく3曲の中でも、この曲は特に有名だと思います。本日お忙しいところ大田区のホールまで聴きにいらしてくださった熱心なお客様には、冒頭を鼻歌のように口ずさめる方も多いことでしょう。ベートーヴェン、ブラームスの協奏曲とともに三大ヴァイオリン協奏曲、あるいはチャイコフスキーを加えて四大ヴァイオリン協奏曲などとも言われますが、その中にあっても甘くせつない出だしで始まるこの曲は「メンコン」として断トツに親しまれている曲だと思います。
 
 ちなみにベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーはヴァイオリン協奏曲を1曲しか書いておらず、メンデルスゾーンが書いたもう一つのヴァイオリン協奏曲は弦楽器だけの伴奏によるものです。4人ともピアノ協奏曲は複数残していますので、ヴァイオリン弾きからすると、もっと書いてくれても良かったのにと思うところです。
 
 このヴァイオリン協奏曲は、急緩急の古典的な三つの楽章から構成されていますが、楽章間を休みなしに続けて演奏するように指示があります。本日も続けて演奏致しますが、楽章ごとに雰囲気とテンポがガラッと変わるので、楽章が変わったことにお気づきになるかと思います。ちなみに休みなしに続けて演奏される形式は、ベートーヴェンの田園交響曲などにもありましたが、斬新な手法であったようです。メンデルスゾーンは、当時、楽章ごとにあった拍手を嫌ったという説もあるようです。 

 第1楽章の冒頭にはオーケストラの序奏がなく、すぐに独奏者が耳慣れた旋律を弾きはじめ、心をつかまれます。ちなみに協奏曲によっては、前回の定期演奏会で聴いていただいたドヴォルザークのチェロ協奏曲のように独奏が出てくるまでに3分もあって、その間に独奏者が居眠りして独奏を出損ねたという逸話があるような協奏曲もありますので、すぐに主旋律が出てくるというのもこの曲の特徴のひとつと言えます。 
 
 この曲は1809年生まれのメンデルスゾーンが35歳の時に書いた作品ですが、38歳でこの世を去った早熟の天才、メンデルスゾーンにとっては既に晩年の作品ということになり、この時期には残した5曲の交響曲もすべて書き終えています。ちなみにメンデルスゾーンがいかに早熟だったかというエピソードもいろいろと残されています。最初に出版されたピアノ四重奏曲は13歳の時に作曲され、15歳で交響曲第1番を書いています。 

 本日の曲目解説は最近流行りの「ちなみにクイズ」の形式で書いてみましたが、もう紙幅が尽きようとしています。メンコンにさらに親しみを持っていただけましたでしょうか。最後に本日私が一番お伝えしたかった「ちなみに」は、メンデルスゾーンは音楽だけでなく絵の才能もあったということです。是非「メンデルスゾーン 風景画」で検索してみてください。 
(ヴァイオリン 川井孝之)


秋晴れ


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待ってました〜と、ベランダが賑わう、ニッポンの秋晴れ。

中秋の名月


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昨夜は全国的に美しい仲秋の名月が見られたようだ。月を見ていると、心が穏やかになっていくことが分かる。太陽の光を受け、間接照明となって自身を映しだしているからだろうか。

ススキやお団子を飾り付けるほかにも、池や水鉢に映したり、窓を使って一幅の絵としたり、日本人はさまざまなカタチで月を愛でてきた。

昨今の若者は、月を宝石に見たて、手や指と組み合わせたり、新名勝となっている東京駅の前では、カップルが月を入れて撮影したりと新たな嗜みを始めている。

で、おじさんはというと・・・「仲秋のおにぎり」と勝手にネーミングして、秋を一ついただきました。


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雑穀米に栗がひとつ

鞍掛豆


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弟の畑からやってきた鞍掛豆


札幌の弟から約束の枝豆が届いた。中を開けると収穫時期を逸したような豆がいくつもある。???。鞘から出すと豆が変色しているし。これは種類の違う豆なのかもとググると「鞍掛豆」という種類が出てきた。別名パンダ豆。なるほど、そうだったのかと安心する。流通している豆は乾燥しているものが多く、一度水に戻してから茹でるとある。どうしたらいいのか・・・。

半日経ってから弟からLINEが入る。「それは枝豆だから、そのまま茹でるのだ」。えだ豆よりもやや硬めとあるので、茹で過ぎないように注意していると、甘く強い香りがしてきた。これはまさしくエダマメだ。秋に入ってまだ枝豆を食べられる幸せ〜。豆の奥行きは広い。


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一緒に入っていたプチトマトも入れて撮り直し

塩見岳


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緊急事態宣言は、山小屋にも影響を及ぼした。その多くは閉鎖を余儀なくされた。あるいは人数制限をしての予約制、宿泊する場合は各自がシーツや枕カバー持参する。検温やマスクの着用、消毒なども平地と同じだ。

そんな中で10月の初旬、山岳会のTさんと塩見岳をアタックすることを決めた。長く憧れていた山だった、というよりも娘の名をこの山からいただいていた。山名の塩見を変えて、汐美。

いつか一緒に登ろうと勝手に決めて、幼児の頃は背負子に乗せて近隣の山を登った。小学校を卒業するまではかなりの山に登ったはずだが、中学校に入ると部活が優先された。大学、社会人となってから何度か声をかけたが、いい返事は貰えなかった。

長くとっておいたが、そろそろシオミ時。ゆっくり堪能して登ろう。


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雪が降らないことを祈っている


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雨上がり、大きな樹に付着している苔の美しさに足を止める。ここ数年、意識するようになったのは、こちらも歳を重ねてきたから!?。高尾山の巨木の多くに苔が鬱蒼と広がっている。樹皮を伝わっていく水に光があたると、苔はさらに美しさを増す。


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神田川沿いのソメイヨシノの古木にも苔が覆う


戦争が終わり、昭和30年代から全国でソメイヨシノの植樹が始まった。60年が経ち、そろそろ寿命ということもあって、樹の多くに苔が見られるようになった。

人生もソメイヨシノと同じように、60年といわれた時代があったなあ〜


リユース


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ここ数年、壁掛けカレンダーは浜野史子さんの描く動物カレンダーを使っている。温かみとユーモアがあって、眺めているだけで心が和んでいく。こんな素敵なイラストをポイと捨てるのは忍びないので、週末に封筒にしてみた。

忙しくなると手を動かしてみたくなるのは、性分だろうか。数ヶ月分の絵柄を見ながらトリミングを考え、展開図をイメージし、即カッターを入れ両面テープで仕上げる。ハマってしまって、一気に6枚を仕上げた。

そういえば、子供の頃、母とカレンダーやポスターで、長い二等辺三角形を沢山つくってスダレを作っていたことを思い出した。ゴミにせず、なんでも利用することを教えられていたのだなあと、母との時間を振り返った。


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浜野史子さん・・・http://www7b.biglobe.ne.jp/~fuuya/home.html


秋の虫


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これがカンタン


秋の虫の美声ベストスリーは、スズムシ、マツムシ、カンタンだそうである。秋の夜長、虫の声を愛でる日本の文化を素晴らしいと思う。

西洋人は虫の声を右脳の音楽脳で聴いてしまうので、それを機械音、雑音と認識するようだ。背景には、虫=害虫という潜在意識があるからという。

日本人はというと、左脳の言語脳で聴くので、表現も「虫の声」となる。とても納得。
虫の声に耳を澄ませながら、キューッと一杯、今宵も楽しみたい。


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往く夏を惜しむ虫たち

秋の花


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昨日の夕方、散歩中に金木犀の香り。今年もまた不意にやって来て、立ち止まらせた。虫の音も響き、いつのまにかひっそり秋に包まれてる。

夏の終わりの山道にも、萩、ミズヒキ、センニンソウ、そしてツリフネソウ、ホトトギスが咲いていた。


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萩の花を拡大するとこんな

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こちらは、キンミズヒキ

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センニンソウはジャスミンのような香り

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名前の如くツリフネソウ

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ちょっと色素不足のホトトギス

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シュウカイドウの開花期間は長い


古今東西・新旧混在


アサギマダラの好きなヨツバヒヨドリに・・・


首相退陣から次の総裁選にかけて、相変わらずの生臭い駆け引き、化かしあい、そして各候補といえば「不信・不安」の実力不足。この程度の粒しか残っていないのかよ〜と云いたくなる面々ばかり。

妖怪たちに担がれて、風見鶏を載せたニッポン神輿は、どこへゆく。


一方・・・・

全米テニス・女子の決勝カードが決まった。十代の二人だ。こちらは観客を味方につけて、一気に勝ち上がってきた。フレッシュな二人が、次々と上位選手を打ち負かした。
実力も充分。将来を背負って行くだけの力と華がある。

潮目が変わるときってあるようだ。男子も二十歳前後の選手が、上位に来た。若い人が伸びるときは、期待を大きくして観てしまう。決勝は、世界のテニスファンを沸かせてくれることだろう。


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18歳のエマ・ラドゥカヌ(左)と19歳のレイラ・フェルナンデス(右)

展望台


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アササンコースの途中に小高い公園があって、そこに展望台なるスペースがあることを発見。南東方面に目をやると新宿西口、そして遠くにはスカイツリーの上部が見えた。

風が強く吹いた後は、大気中の塵が取り払われて雲の微妙な色が楽しめる。昔、この辺りから富士山が見えたとしたら、富士のついた地名でも付いたかもしれない。いまや大気汚染と高層ビルで眺望すらかなわない。

それにしても、高層ビルをまた造っている。テレワークが主体となっていく社会状況の中、テナントは大丈夫なのか、と余計な心配・・・。


贔屓


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山登りの朝より早起きをして、全米オープンテニスの準々決勝にチャンネルを合わせる。一昨日に19歳になったばかりの女子選手、フェルナンデスのプレーを観たいからだ。

大坂なおみを負かしたとき、この選手の実力は半端じゃないと感じた。身長165センチは今大会で一番背が低いのではないか。ところがゴムまりのようなカラダから繰り出されるショットは、気持ちが良いほど相手コートに突き刺さっていく。きびきびした動き、メンタルの強さ、運を引き寄せていく態度、どれも惹き付けられる。

試合後、接戦をものに出来なかったスピトリナ選手の祝福がよかった。若くても、下位にいる選手であっても悔しさを抑えて敬意を示し、称えることが大切だ。勝ったときより負けたときの姿を人は見ている。

大坂なおみの後も、歴代のチャンピオン二人に辛くも勝利したフェルナンデス。後二回勝利すると、全米チャンピオンだ。だが、この後はさらに格上の選手が待っている。どんな戦いをして、どんな結果になるか、最後まで清々しい試合をしてくれることを期待している。


秋雨


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サルスベリの花も実も雨とともに・・・


あの熱波、猛暑はどこへやら。パラリンピック閉幕とともに気温が一気に下がり、秋を思わせるような雨の一日。外を控え目にしていたせいか、蝉の声やサルスベリの勢いを感じないで終わったような夏だった。

権力


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いつまでも しがみついていたかった でも 先が 無かった

あいすまんじゅう


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最近見つけた優れものがこれだ。コンビニやスーパーで時折見かける「あいすまんじゅう」。あまりにも美味しいので調べてみると、製造会社は九州久留米市にある創業88年の老舗。商品紹介には『世界に認められた品質、モンドセレクション金賞連続受賞』とある。発売は昭和37年、つまり60年の歴史を誇るアイスなのだ。

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このシリーズでは、『和栗』が美味い。初めて口にしたときの、栗のホクホクした味わいに、思わず、瞑目・・・栗と小豆、最強の組み合わせだ。秋冬のシーズン限定だけに、心配は、美味しさの噂が広まって、売り切れ・生産間に合わずの非常事態。
だから、本当は教えたくはない。

枝豆


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枝豆があるからビールを呑んでいる。と公言したいくらい、枝豆が好きだ。七月、八月と枝豆を食べなかった日は、数えるほどだったはずだ。大別すれば青豆、茶豆、黒豆の三種類、さらに品種が数多くあって、楽しめる。味の一番は、なんといってもトウモロコシのような香りと深い味わいだろう。

昼間の暑さを一瞬にして霧散してくれる枝豆。プチッと口に含めば、いっぱいに広がる豊穣の海、ゆっくりと噛みしめていくと口福の波が打ち寄せる。


北斎づくし


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葛飾北斎といえば、富嶽三十六景。江戸のスーパースター浮世絵師のイメージを持っていたが、この「北斎づくし」を見たら、それどころではないと知った。

卓越した描写力は、森羅万象、この世に存在するもの全て、いや存在しないものまで、描くに描いたり、その数三万余点。前半生の「北斎漫画」で画家としての地位を築き、その後のシリーズは江戸っ子をとりこにし、絵画ブームを巻き起こした。

自然への畏敬、ユーモア精神、人生の讃歌、あらゆる全てを描きたかったのかもしれない。
改号すること30回、転居すること93回。90歳の最後まで描き続けて、「後五年生きられたら、本当の絵描きになれたことだろう」と云ったとか。

どの作品にも魅了されて、足も目もショボショボ。気がついたら二時間半が経っていた。今後これほどの規模で北斎を観ることはできないかもしれない。おススメです。

・〜9/17まで。六本木ミッドタウン・ホールで


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「富嶽百景」シリーズでは、富士山が意外なところに隠されている

自助


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巡り合わせというか、偶然というのか。国立競技場の観客席のカラーリングは、オリパラの無観客を予測してデザインされたわけではない。しかしながら、賑わいを感じさせる客席の色使いに見いってしまう。

あちこちで賞賛されるたびに隈健吾氏は、苦笑いをしているのではないか。

この人の言葉も巡り合わせというか、偶然というか、この禍を予測をしていたかのように、輝きだした。

「自助・共助・公助」。

災害発生時からの避難者のあり方を語ったはずが、この言葉で、この人は勢いは失った。意外に冷たい人なのではと思われ、その後の読みも戦略も、ことごとく外れてしまったが・・・

ところがである。コロナの感染状況が悪化し、脆弱な医療体制が露呈してから、この人の「自助」が、皮肉にもフォーカスされる。言い当ててしまったこの言葉が、憤りとともに沁みてくる。

地域にも、そして国にも、守ってもらえないの「自助」。


暑い・・・


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ハグロトンボの雌


今週は暑くなると聞いていたが、まあ暑いこと。しかし世界を見ると、45度以上の地域がいくつかあって驚いてしまう。そんな暑さに耐えられるのだろうか。ニュースでは、ギリシャやトルコの森林火災が、なかなか終息しないと伝えていた。そして日本近海でも海水温も上がり、大雨が長く続いているし・・・。

すすむ温暖化、土地の荒廃は、農地にダメージを与えている。世界の農地では地下水が枯渇し、食糧危機はゆっくりと始まっている。NHKスペシャル「2030年未来の分岐点」では、10年後の日本もその影響を受けるだろうと予測していた。

今のうちに枝豆でも沢山食べておこうかな〜。

書き順


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長く書き順を間違えていた漢字がいくつかあって、それを正してみると、意外にも上手く書けることに気づく。たとえば「飛」の字。みんな間違いなく書けるのだろうか。

まるで迷路のようで、一度では覚えられないが、正しい書き方を覚えるとイキイキした字に仕上がって、一人悦に入る。

ところが、この字の書き順だけは、どうしても納得がいかない。

「必」。

この字を間違いなく書ける人は、少ないのではないか。まさかの書き順に驚愕すること必至だ。お試しあれ。



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いま一番の贅沢は、マスク無しで風を浴びることではないか。沢から吹き上げてくる風を吸い込み、汗したカラダを晒す。ヒンヤリと抜けていく風が、カラダを浄化いく。

コロナ禍になる前から、幸せの一つは「風の中にいる」と決めているから、山頂での風は格別だ。心身が開放されていく。

おもいっきり欠伸をする、クシャミをする、口を開けて笑いあう、そんな当たり前の光景はいつ来るのだろう。

キャラメル


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コンビニの小さな棚に「北海道コーナー」を見つけ、故郷のお菓子をつい衝動買いした。

この中でも懐かしいのが千秋庵の山親爺。これを齧りながらお茶しようと思い、自慢しながら家人に渡すと

「まあ、このに暑いときに、キャラメルばかりを沢山買って・・・」。

・・・・。

まあそう言わずに、この富良野メロンキャラメルをお一つ、どうぞ。


慣れ


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「病院でなんか死にたくない、我が家で、畳の上で死にたい」。昔、そんな話があったのを覚えている。ところがコロナ禍にあって、それが叶ってしまう現実となった。

ギリギリまで耐えて自宅で待つ、もしくは乗り超えるよう当局からのお達しが出て、感染者も非感染者もドキドキの状況だ。これは静かな医療崩壊ではないか。

いずれマスコミが「本日のコロナ感染者・自宅死亡者数」を報道する・・・。

でも人は、その数字にも慣れてしまうのだろう。

親バカ


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美しい人


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朝刊に「茨城のり子」の短い詩が紹介されていた。これは詩だろうか、愚痴だろうか。

言葉が多すぎる
というより
言葉らしきものが多すぎる
というより
言葉と言えるほどのものが無い

そしてつぶやく。

さびしいなあ
うるさいなあ
顔がひんまがる

と。

今の日本を見据えていたようなメッセージではないか。正直にこんなことを言える人は、そうはいない。もし身近にいたら、きっと好きになってしまうだろう。

言葉をきちっと扱える人は美しく、聡明に見える。そうではない人が、あまりにも多い世の中だから。

国のトップは、堂々と自分の言葉で、語ってほしい。言葉の深い意味を勉強をせずに国政に上がってきた人が、あまりにも自信無げに言葉を扱っている。



シルバー文庫


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突然のスコールがあった。新宿通りを見下ろすと景色は灰色になり、向かいのコンビニの前では、雨宿りの人たちが数人、車道を見つめていた。
雨は直ぐに止んで、何もなかったかのように、日が注ぎ始めた。昔はこんな夕立がよくあったことを思い出す。

届いていたスマートレターを開くと、太宰治の「走れメロス」の文庫本一冊とキーホルダーが出てきた。すっかり忘れていた。歌友が「シルバー文庫」なる出版を始めたというので、クラウドから応援させてもらっていたのだった。

目次には「走れメロス」「駆込み訴え」「富嶽百景」「親友交歓」。どれも高校時代に読んでいた小説ばかり。懐かしい。

大きな活字の「シルバー文庫」。一ページには、たったの9行。凄いインパクトだなあと読みすすめると、童話のようにスイスイとページが進む。小さな文字が苦手の人たちは、どんな印象をもつだろう、などと思いながら「走れメロス」を一気に読み終えてしまった。

世の中の多くの人たちに、この文庫が知られると良いなと思う。
志を持って前を進もうとする人を応援したい。その思いは変わらない。

トマト


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こんなにいらないよ〜。畑を趣味にしている札幌の弟からトマト、ピーマンなどがごっそりと届いた。すでに完熟しているミニトマトを選別し、湯剝きして蜂蜜漬けに。

リタイアしたら、やりたいことの一つが畑。弟は、仕事を持ちながらも、庭で野菜を20種類ほど作っていて、今年は成長が早く、採っても追いついていかないよ〜とこぼす。命あるものとの暮らしは、羨ましい。

サラダ、オムレツ、肉と煮たり、カレーにしたりとしばらくは、トマト健康生活。
ありがたい。

競歩


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炎天、燃ゆるばかり。こんな暑い中を、なぜ人は50キロも歩かねばならないのか。朝、六時過ぎにテレビを付けたら、もう男子競歩50キロレースが始まっていた。

急げ急げ急げ・・・と歩くフォームは独特だ。どちらかの足が地面についていること、そして着地時には膝を曲げてはいけないという、二つの約束を選手は強いられる。

2キロごとに許される給水場では、どの選手も頭から水を浴びていた。我々が走るスピードよりも速く、50キロを四時間を切るスピードで歩き抜ける。だれが考案したのか、定かではないらしい。

目が慣れてくると、札幌の懐かしい景色が見えてきた。三越のマーク、大通り公園、テレビ塔、狸小路、路面電車の線路・・・故郷の風景は、なんだかよその街のように見えた。
この街を飛び出してからすでに半世紀が過ぎたのだ・・・。

独走!?していたポーランドの選手が、国旗を掲げて、ゴールに向っていた時、開高健の言葉、「悠々として急げ」を、ふと思い出した。

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タトゥー派


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佐久間象山や与謝野晶子も入ったという熊の湯


オリンピック競技を見ていて気づくのは、タトゥーを入れた選手の多いこと。ほとんどの競技で彼らを見かける。そのなかでもよく見かけるのが五輪マーク。出場の記念に、あるいはメダルを目標にと、手首や足、肩、そして腕に彫ったのだろう。

タトゥーはオシャレという感覚から取り残されている世代なので、どうしても違和感はぬぐえない。いまやそれは、少数派からタトゥー派にならんとしている。

本心


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平野啓一郎の最新長篇作「本心」を読了した。
2040年代を生きる、母を亡くした一人の青年の物語だ。AIによって再現された「母」によって、その悲しみと孤独の慰めを得ようとする。母の情報を学習したヴァーチャル・フィギュア(VF)が、「自由死」を願い続けた母の「本心」を語ることを、恐れつつ期待しながら、やがて母の死後、初めて知ったその人間関係が、青年の心に大きな変化をもたらしてゆく。

「本心」とは何なのか?私たちは一体、何を感じ、考えながら生きてゆくのか?「本心」について考えることは、社会全体について考えることかもしれない。
格差とは、バーチャルを求めて生きる意義とは、・・・。

途中、亡き母の姿が何度も立ち上がった。もはや叶わぬことだが、もっともっと話すことで、ともにいまを生きることができたのかもしれないと、後悔も生まれた。

モウセンゴケ


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雨上がりの湿地、こんなに沢山のモウセンゴケを見たのは、初めてだった。キラキラして見えるのは、葉先からでている粘液だろうか。

毛氈を敷きつめているように見えることから命名されたが、じつはモウセンゴケ、苔ではなく種子植物。

葉の表面に線毛が生えていて、その先から甘い香りの粘液を分泌し、小さな虫を捕まえ、溶かして消化吸収してしまう食虫植物。

栄養分が少ない湿地だからこそ、こんな適応の仕方があるんだ〜としばし、そのファンタスティックな姿に見とれた。


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指で突つきたくなるほど、妖しく魅力的なオレンジ色の線毛


初めて


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初めては、どんなときだってドキドキするものです。このトンボ、見たことがありませんでした。


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これも初めてで、仮称「目玉おやじ」と名付けて調べている。

感染よりも観戦


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世の中は、コロナとオリンピック。外で獲物を探すウィルスに見つからないよう、大人しく自宅でのテレビ観戦がいいかもしれない。

負けたのか! 勝ったの? 
敗者と勝者のコメントを聞きながら、勝負の分け目は、なんだったのだろう。どこだったのだろう。と、試合を振り返るのも面白い。

最終日、この大会で引退を決めたマラソンの大迫選手の作戦はいかに。2時間、一緒に走っているような気分になることだろう。

そういえば、オータニの話題が消えてしまった〜

アンバランス


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感染者の数は、メダルの数で覆い隠せるのかと思いながら、二つの進行形に、心が烈しく揺れる。開会式直前に尾見会長が予測した感染者の数字に到達した。それも八月上旬よりも早く。

こんな不思議な体験は、この先の人生でもないだろう。
「安心・安全」の人は、今どんな気分でいるのだろう。

お湯割を飲みながら、氷を齧っているような気分。


ホタル


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急な坂道を谷へ下りていく。灯りは途中まで


生まれて初めて、ホタルを見た。それもすごい数のホタル。幽玄の世界に紛れ込んだような錯覚。深い森と河のせせらぎ、その上を明滅しながら飛ぶホタルに魂を抜かれ、時間を忘れて見つめていた。

撮影は禁止。ホタルに余計な灯りを見せてはいけないという配慮があるからだ。残念だが仕方がない。それに上手く撮るのは難しい。記憶にだけに残そうと微動だせずに、闇を浮遊する小さな灯りを見続けた。


左の肩口を登ってきて、飛んでいった


その翌日、日本選手のメダルに喜んでいると、瑠璃色をしたカミキリと小さなハムシと遭遇。なんだか幸運が続く嬉しさ。


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見られているとは知らないで・・・


マンゴー


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夕方、家人より「ドライマンゴーと無糖のヨーグルトを買ってきてほしい」のメールが入る。ハテ!?、と思いながら、購入した二つを渡すと「マンゴーをいただいたので、この二つを加えて、つくってみましょ」となった。

滅多に口に入らないマンゴーなので、記念撮影をさせてもらう。買ってきた二つを合わせると、ドライマンゴーはヨーグルトの水分を吸ってしっとり、ヨーグルトはトロ〜りとなった。それをマンゴーに注ぐと、違う触感がパラダイスを創った。

思えば、去年は、Sから送られてきたメロンに、アイスクリームを加えて食べていた。一年が早い・・・。

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山岳古道調査


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はい、そこでそのまま止まりましょう〜


そして、日曜日は山岳会120周年企画「全国山岳古道調査」の撮影で、奥多摩の浅間尾根(せんげんおね)へ。約五年をかけて、日本全国の山岳古道を120選び、山岳会会員が調査して、書籍やHPなどで発表するという壮大なミッションが、いよいよ始まった。

前日の物見山の疲れが残っていたが、参加していただいた会員の方々の声を聞いているうちに元気が出て、無事撮影を終えることができた。打ち上げは、峠のそば処「みちこ」。楽しみにしていた、玄関前のクリンソウはすでに咲き終わっていたが、一仕事の後の蕎麦は格別に美味かった。

二日間、大汗をかいて山から下りると、体調がすこぶる良くなっている。汗といっしょに毒素が抜けたのだろうか。じつに単純なカラダだ。熱中症だけには注意して山登りを続けて、この夏を乗り越えたい。

この日は、ご褒美のように珍しい虫との出会いがあった。


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何年ぶりだろう〜ルリボシカミキリ

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初めて見ました〜ニイニイゼミ

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もうキンミズヒキが咲きはじめている

真夏日


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オカトラノオの花がまだ咲いていた


オリンピックを歓迎するかのように、太陽がギラギラと温度を上げた週末、暑さに慣れなければと山に出かけたが、朝方、麓に降った雨が、湿度100%にしてくれた。あまりにも息苦しくなってマスクを外した。ほとんど人のいないコースだったのでそのまま山頂まで登った。

低山二つを登ってから、下山。歩数=二万歩。光を浴びて、汗をかなりかいて、少しだけ夏カラダに近づいただろうか。


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夏の低山はキツい・・・


梅雨明け♬


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四谷駅前から赤坂方面


関東も梅雨が明けました。夏雲が一気に広がりました〜。
週末、熱中症に気をつけましょう。

映画・地球交響曲ー第九番ー


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このシリーズがもう最後になるかもしれないと聞いていたし、「炎のコバケン」こと小林研一郎が指揮するヴェートベンの第九を聴けると知り、梅雨の晴れ間、東京写真美術館に足を運んだ。

映画「地球交響曲」は、イギリスの生物学者ジェームズ・ラブロック博士のガイア理論「地球はそれ自体がひとつの生命体である」と云う考え方に勇気づけられた龍村仁監督が、30年前に制作を始めたオムニバスのドキュメンタリー映画シリーズだ。

この映画に出演した小林研一郎は、噂にたがわず、リハーサル風景の映像で息を呑ませる。ヴェートーベンの音楽を伝えるために、団員らに烈しく投げかけられる言葉の数々に唸った。
思いを伝える言葉とは、こんなにもシンプルで、厳しく、優しく、深く、沁みていくように語れるものなのだと。

10歳のときに、ヴェートーベンを聴いて涙を流し、音楽を目指そうと決め、まっしぐらに歩いてきた81歳のマエストロ。

ヴェートーベンの音楽を探し求める人の姿は、どこまでも静かで、そして美しかった。


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知ってましたか?タチアオイの一番上の花が咲くと、そろそろ梅雨明けだということを。

定点観測


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雨は景色はモノトーンにした

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色が少し戻って来たら・・・

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久しぶりの虹が現れた


無観客


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案外知られていない、競技場が見える小さな公園


「知ってた?国立競技場の椅子の色は、あたかも満席に見えるような配色にしているって」と家人が言った。

ということは、隈健吾は、オリンピックは、無観客になることをすでに予知していたのか!?
だとすると、凄い!凄過ぎる。
そして、それを評価し、採用した側も先見の明がある。

選手はあたかも、人が見ているような錯覚の中で競技をして、テレビ観戦者も、満席のようなイメージを抱く。なんて、そんなバーチャルのような映像、あまりにも虚し過ぎる。

どうせなら、椅子が揺れたり、上下するまで考えてほしかった。

いずれにしても・・・
「オリンピックには向かん客」である。


写真を詠む


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先週末は吟行歌会。今回は「写真を詠む」をテーマに、東京写真美術館で開催されている篠山紀信の「新・晴れた日」と世界報道写真展を観て歌を詠んだ。

社会性のあるテーマで企画されている写真展は、受け手はまずそれを咀嚼する行程を求められ、歌づくりが難しくなりがちなのだが、そこは達人ばかり。さまざま写真はこんな言葉になった。


芸術と報道の
境目に
ぽかり浮かんで
紀信の「ATOKATA」
震災を語る

キャプションは
見るまい
この一枚に
あふれでる
熱情をあびよう

ニクソンの
左目は
ヒラメより
死に近い場所に
たどり着いた

彫刻を
彫る眼差しで
お尻を撮す
美しいを超え
物語を語り出す

ひとつのリアルから
人を通して発露される
映像
言葉
どれも無くしてはいけない

コロナで死んだ者も
介護される者も
ビニールで包まれて
ていねいに
抱きかかえられる

・小生の歌

朽ちるはずの真
果てるはずの虚(うろ)
を させてくれない
写真の
意地悪

紛争、抗争、戦争
知らないことは
幸せか
知ってしまうは苦痛か
写真は炙る(あぶる)


暑い日は、涼しい室内での絵画や写真、そして音楽会などがいいのかもしれない。



八年前


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雨のなか、見つけて感激したウスユキソウ


ちょうど八年前の今ごろ、岩手県の早池峰山(はやちねやま)を日帰り登山をしている。記録を見るとウスユキソウを楽しみにしていたのに雨の一日。新花巻まで新幹線に乗り、数少ないバスに揺られての登山だったが、ウスユキソウをはじめ、何種類もの花をちゃんと見ている。

岩手県の二千メートル近い山に日帰りなんかして、この頃はまだ体力があったんだと感心する。百名山、残り十座、どれもキツいのばかり残った。はたして達成できるのだろうか。


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ん!?


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怒りはもう表面張力〜


またか。緊急事態宣言ふたたび。
この宣言は、感染防止の抑止力になっているのだろうか。なぜ、オリンピックはやるのか。やるかやらないから、いつのまにか、観客を入れるか否かにすり替えられている。

目標を定めずに、宣言だけを繰り返すこと4回目。酒を呑んで愚痴でも言うか、ができないから、なお辛い。再び40日間の「禁酒黙好」。ため息・・・。


初鳴き


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梅雨の晴れ間、蝉が鳴き始めた。辺りを気にしているかのように、ちょっと控え目だ。「ワタシが、最初でよろしいのでしょうか?」。そんな感じの鳴き方だった。
七夕のミンミンゼミ、覚えておこう。

この一年、コロナという厄介が、四六時中一緒なので、時の流れになにか疎い。マスクを続けていることも、気づきを妨げている要因だろう。

当たり前の日々が、当たり前のようにやって来るのだろうか。

藻岩山


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原生林が残る藻岩山、植物の種類は約400種


昨晩、NHK-BSで故郷の山「藻岩山(もいわやま)」が紹介された。大都市近郊の山といえば、東京の「高尾山」が有名だが、200万都市の札幌にも原生林がそのまま残っている自慢の山がある。我が家(今はもうない)から、僅か10分ほど歩くと登山口があった。

夏になると小学生の私は、大好きな虫探しに、朝昼晩と登り、さまざまな山道を見つけては、どこにどの虫がいるのかを覚え、誰よりも先に採集した。山葡萄のツル、栗や胡桃の在り処を見つけ、友達と拾い集めた。

中学校に入るとクラスの仲間と歌を歌いながら登り、高校では、お中元配達のバイトで市内を自転車で走り回り、藻岩山をランドマークにしていた。

藻岩山の名前は、小学校、中学校の校歌に織り込まれている。

藻岩根の ひらける丘に
こぶし咲く 春の訪れ
満ち溢る 恵みにわれら
鍛えゆく 若き生命を

還暦も近い頃、藻岩山を登った後だったろうか、母校の壁に刻まれていたこの歌詞を友人Sと見つけ、大声で歌った。あの頃、学校が好きで、日曜や長い休みなんか無い方がいいと思っているくらいの学校ラブの二人だった。

番組の最後、山頂から見える札幌の市街が紹介された。いつか山好きの友人を藻岩山に連れて行きたいと思った。

歌人


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タニウツギはそろそろ終わりかな


先日、落語を聞いたあと、お決まりのアンケート用紙に回答を書いて、最後の職業欄で手が止まった。さて、なんて書こう。いつもであれば、デザイナーか自営のどちらかを書くところだが、落語会のあと、そして場所も神楽坂、粋に決めてみようと、「歌人」と書いた。

じつは、ある歌会で、Sさんが「退職をしたので、今は職業欄に歌人と書いています」と云ったのを覚えていた。「それ、いいなあ」とずっと思っていたので試してみたのだが、用紙を渡すときの、恥ずかしさといったらなかった。

家人に、その話をすると、「稼げない職業を書いて、いいものだろうか」とのたまう。
「あのね、詩歌で飯が喰えるのは、ほんのひとつまみの人だけ」「だからいいのよ」。

でも、「歌人」の名をを汚さぬよう、精進をせねばと思った。


酪農


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人の数よりも、牛の方が多いといわれるほど、道東は農場が点在していた。その一軒を見学させていただいた。家族数人で、数百頭の牛の世話ができるのも、全ては機械化によるものですと、女性農場主は笑顔で教えてくれた。

朝、牛たちは搾乳ロボットの前に大人しく並んで、順番を待つ。ロボットは、牛の乳首をまず洗浄してから自動で装着、そして搾乳を始める。一頭ずつのその日のミルクの量も記録され、データ化していく。搾乳された牛は、次に朝食が待っている場所へ大人しく向っていく。

しゃがんでバケツを置いて搾乳していたのは、もう昔の話。広く清潔な牛舎には、さまざまなシステムが導入され、厳しかった北海道の酪農の歴史は、変わったのだよと教えてくれた。


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人の手では追いついていけない〜


目的達成シート


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「七夕にお願いを書いていたら、父親が、夢なんかもつな、目的をもちなさい」「小学生の子どもにですよ、すごい父親でしょ」。

フジテレビ「とくダネ」の元司会者、小倉智昭氏のお話。吃音で悩んでいた少年時代に、父親に「夢なんてもつな、目的を・・・」と言われ、努力を重ねて吃音を克服し、テレビの前に立つようになった。

「目的」といえば、大谷正平。彼が15歳の時に作った「目的達成シート」を改めて眺める。
ここに書いてあることは、もう身に付けているのかもしれない。たとえば「メンタル」をアップするために →「一喜一憂しない」「仲間を思いやる心」「頭は冷静に心は熱く」・・・その他、多くを達成するために、彼は言葉にして、そして実践してきたのだ。

凄いは、突然生まれない。
今日もホームランをかっ飛ばした。
夢と目的。この違いを考える、今日この頃だ。


全然、大丈夫


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最近よく目にする花、コンロンカ


「全然、大丈夫」。こんな言葉を聞いたのは、ずいぶん前だ。
娘が、中学生くらいの頃だろうか。おかわりは?と聞けば、「大丈夫」の答が返ってきた。「!?」。一瞬、分からない。食べなくていいのか?と念を押せば「全然、大丈夫」。

全然は、否定形につく言葉と思っているから、すんなりと入ってこなかった。その後、時間がかかったが「全然+肯定」のあり方が少しずつ身に付いてきた。

美味くないだろう?と聞けば、「ぜんぜん、美味しいですよ」。
う〜む、なにか抵抗があるんだけど、優しくも聞こえてくる。

時代と共に、言葉が変化している。


林家正蔵


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週末は、神楽坂の赤城神社で落語会を楽しんだ。誘ってくれたのは、友人のY師匠。人気の菊之丞、正蔵、三三という三人会で、80名限定のチケットは、あっという間に売り切れた(そうだ)。三人の演目は、どれも知っている噺だったので、ゆったりと聞けた。

正蔵は、いい歳を重ねている。「ねずみ」の左甚五郎は、そこはかとなく人間味、人情味があって引き込まれた。これから贔屓になって、しばらく追っかけてみようかと思わせる一席だった。後10年でどれほど変わっていくだろうか。楽しみが一つできた。


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新しい赤城神社は、隈健吾氏による建築デザインでモダンに生まれ変わった


道東の旅(3)


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北海道といえば「食べる」が楽しみの一つ。初日は、小学校時代の友人と会って、イコロの森で大好きなスープカレー。揺れる樹々を眺めながら、仲間のこと、花のこと、家族のことを語り合いながら・・・ココナツミルクで抑えられたカレーの辛さと野菜のマッチングがよくて、ペロリと平らげた。


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二日目は、中標津のパスタレストランで「トウキビ、ベーコン、チーズの入ったミートソースパスタ」。ドンと大盛りでやって来た。美味しかったのだが、なんせ量が半端なく、完食できず・・・無念。


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旅先では、酒蔵と市場をよく覗く。市場では、まず魚だ。ありました・・・トキシラズ。地元ではトキ(時)と呼ぶ。一尾19,800円。いい値段。美味いだろうなあ〜と思いながら、その大きさに魅了される。

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最後の日の食事は、釧路駅の近くで唯一開いていた食堂に飛び込む。健さんが出てきそうな、創業70年という歴史のある雰囲気のなか、頼んだのは、外れはなかろうと消極的選択で「鍋焼きうどん」。昭和31年に釧路にきたというおばちゃんは、いろいろ語ってくれる。「この鍋も70年使っているんですか?」と聞く。「そうだわ〜」と返ってきた。

エビ天、卵の代わりに、麩とナルトがそれぞれ二つ入っていた。「まだ子どもが食べてるでしょうが〜」、北の国からの五郎さんの声が聞こえてきた。


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釧路は夏でも20度を超える日が少ないという

道東の旅(2)


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道東の花は、どれも淋しげな感じをうけた。そのなかでも、初めてお目にかかったリシリヒナゲシ。雨があがると、淡いクリーム色の花びらが開いた。風に揺れるさまはポピーそのもの。これが野の花なのと、思えるような気品に溢れている。日本で唯一の野生のケシの仲間だ。


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そして、マンテマ。調べるとサクラマンテマか。別名はフクロナデシコ。なにか、タスマニアの動物を思わせるような名前。サクラソウのような花が咲く。


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これは野付半島に咲いていた。エゾフウロに似ているが、花びらのカタチ、スジの具合が違うようだ。


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スズランは、北海道では雑草と同じ扱い。生息範囲をどんどん広げていく。

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クリンソウ。多年草で、水の多いところを好む花。年を追うごとに白くなっていく。

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野付半島に咲いていたセンダイハギ(千代萩)もどこか淋しげ。

道東の旅


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やがて上高地の大正池の樹々と同じように朽ちて、消えていくのだろう


傍の林まで飛んできた郭公の声、エゾハルゼミの涼しげな鳴き声が、まだ耳に残っている。道東、中標津に三日間、来年のカレンダーの写真を探しのため、写真家、久保敬親氏の膨大な動物写真コレクションと向き合ってきた。


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すぐ近くに感じる北方領土の島々

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西に目をやると知床の山々が見える

久保氏とは以前、四谷に事務所を構えていた頃からのお付き合いが続いている。写真選びの合間に野付半島の「トドワラ」と水平線が丸く見えると云う「開陽台」へ連れていっていただいた。


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開陽台からの景色は、360度ほぼ一直線


水平に続く景色を見ていると、ドアツードアとか、キャパシティなんて言葉がぶっ飛ぶ。ここにあるのは、永遠を思わせるような眺めと、ゆったりと流れている悠久の時間だけだ。


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野の花


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野の花が、暮らしの中にあると、こころが華やぎ、穏やかな時間が生まれる。近くを散歩して、花を摘む、そんなことができる地に住みたい、と常々思っているが、いつかそんな日がくるのだろうか。


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山百合が、オニーさんと呼び止める季節


明日から火曜まで、北海道にいます。

花と蝶


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花が咲きはじめると大型の蝶が吸蜜にやってくる。それぞれにお気に入りの花がある。


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アサギマダラは、フジバカマが好き

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キバナコスモスには、アオスジアゲハ

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ヒメジョオンにジャコウアゲハ

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オナガアゲハはウツギの花


米どころ


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田んぼを眺めながら思った。コシヒカリが米の一番、と思っていたら、いまや北海道のユメピリカやナナツボシといった、ブルートレインみたいな名前の米が生産を伸ばしているという。温暖化で米どころが北海道になるなんて、半世紀前には想像もつかなかった。

東北や北海道では、数年おきに冷害を繰り返していたのに、いまや酒蔵まで転居している。やがて、美味い酒も北海道となるのだろうか。

子育て


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天敵に見つからぬよう子スズメはじっと動かない

自然界は、いま子育てのシーズン。子スズメが枝に止まったまま動かず、親が運んでくる餌をじっと待っている。親鳥は、まだ遠くへ飛べない子の口へせっせと餌を何度も運ぶ。他の枝に止まっている子スズメの口にも公平に。食べても食べても、餌をねだられて、母さんスズメは大変だ。

この季節は、虫も多く孵化するので、セキレイやツバメたちも、忙しなく川面を飛び交っている。

梅雨入り


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栗林からは濃密なニオイが漂ってくる

いよいよ関東地方も梅雨入り。今年は遅いなと思っていたら、平年より一週間程度という。雨不足の不安から開放され、ホッとする人たちが多いのではなかろうか。

空気が重く感じるからか、たいした仕事をしていないのに疲労感がある。体調を崩さないように、のんびりこの季節に体を合わせていこう。

待たされて


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関東地方は空梅雨なのだろうか。雨が欲しい、居酒屋の喧噪が恋しい。あと10日、待って、待たされて、また、ひじ鉄を食わされるのだろうか。


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カアチャン、オナカスイタ〜〜

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ハイ、オアガリ〜


旅気分


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ガラガラのMt.TAKAO号で読書タイム


高尾山に向かうときは、新宿から高尾山口駅までノンストップで走る特急「Mt.TAKAO号」を使うことが多い。この電車を利用してみると、乗客が少ないことと、そして旅気分が味わえることが分かった。
特急料金が別にかかってしまうが、これも旅気分に加えれば、いつもの高尾山に特別感が生まれてくる。


微熱少年


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その昔、作詞家の松本隆が書き上げた青春小説にこんなタイトルがあった。「微熱少年」。このアオオサムシを見つけると、小学生のあの日に見てしまった「オオルリオサムシ」に繋がっていく。

小学校三年の夏、山で見かけた瑠璃色の虫。青い輝きを放ちながら、山道から草むらへ逃げ込んでいった。その虫の名をどうしても知りたくて、近くの大学の構内に入り込み、標本の中から北海道にしかいないというオオルリオサムシを見つけた。

暇さえあれば、大学の標本室に通い、穴があくほど眺めていた。もう一度見たい、捕えたいと、短い夏のほとんどを一人で山に入って、探した。翌年の夏も、その次の夏も。そして中学校に入学した最初の夏に、隣りのクラスの男子が甲虫の標本を自由研究として出品した。そこに虹色のオオルリオサムシがいた。

驚きとあれほど探しまわったのに見つけられなかった悔しさのようなものが沸いた。その彼と話をした。生態や学名まで知っている知識に愕然とした。上には上がいるのだと知った。

どうして、あんなにも熱を上げてしまったのか。瑠璃色を見ると、あの夏に繋がっていく。


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微熱少年にさせたオオルリオサムシたち


ニッポンの


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アジサイの原産地はニッポンで、ガクアジサイだそうです


サッカーの国際試合やテニスの四大大会で、よく耳にする言葉が「ニッポンの◯◯◯」。一昨日の全仏オープンでも「ニッポンの錦織圭、最初のセットをダウンしました」とアナウンスされた。

この「ニッポンの」は、脳の何かを刺激するのだろうか。耳にすると、僅かながらアドレナリンが放出される。この場合「ニホンの」ではなく「ニッポンの」、この半濁音がクセモノだ。

「ニッポンの」を聞くと、普段は眠っている「国威発揚細胞」が刺激され、ここぞのシーンで連呼されると、ムクムクと起きだしてくる。

「サッカーのような団体競技であれば、「ニッポンの」も分からないではないが、テニスの錦織選手は、ひとり孤独に戦っているわけだし、そんなこと云われなくたって分かる。
そして錦織圭は、べつに日の丸を背負って戦っているわけではない。

まあ戦略的に使用されていると思うが、「ニホン」と「ニッポン」。いろいろ考察してみると面白いかもしれない。


♬ お知らせコーナー

歩くことで、自分と社会が健康になっていくプロジェクト「歩ランティア」に参加しませんかというお誘いです。

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日本山岳会では創立120年を記念して「日本の山岳古道」を調査し公開する活動をすすめています。その活動を応援していただく企画が、「歩ランティア」。歩くことで、健康を促進し、『古道調査活動』を応援できます。スマートフォンからぜひご参加ください。

https://www.kao.co.jp/healthya/product/monitoring/

よろしくお願いいたします。


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♬ ご報告

ニッポンのではありませんが、事務所のYくんの甥っ子が、朝日アマチュア将棋名人戦で四連覇を果した。すごい快挙であり、じつに嬉しいニュース〜♬

野球は九回ツーアウトから


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ハマスタ名物のマグロ丼を食べ終えると、雨が上がった


昨日は、横浜ベイスターズファンのI君と共に、先月の神宮の敗戦をなんとしてでも振り払おうとハマスタまで応援に行ってきた。球場に着くと、ベイブルー姿のファンがひしめいている。いやがおうでもボルテージが上がってくる。

横浜球場ライトスタンドウィング席・最上部からほぼ一杯に入った観客席を眺めて思った。ファンとはありがたいものだと。コロナ禍であろうが、贔屓チーム応援のため、小雨が降るなか、早くに席について応援の準備をしている。


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ベイの久保元投手とロッテの里崎元捕手との一打席対決があった

ハマスタの名物「マグロ丼」とコーラで腹ごしらえをしていると、応援歌が流れ、チアガールが踊り、選手紹介の映像に拍手が起きる。まるでコンサート会場のような盛り上がりだ。小雨が上がった。ベイの先発投手は、待ちに待った今永! さあ、行こう!


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この日も終盤になってから、押さえ投手が打たれ、同点に追いつかれる。まさかまたかのあの歌ように・・・しかしこの日は違った。九回、ツーアウトからの大和のレフトフェンス直撃のヒットが生まれて勝ち越し〜、今期初めてのサヨナラゲームとなった。

思わず、バンザイをして周囲のファンと歓びを交わし、I君とハイタッチ。勝負は最後まで分からない。交流戦、なんと同率首位。一瞬でも、いい夢を見せてくれた。


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試合が終わって、恒例の勝鬨花火が上がった

全仏オープン


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コートの外も騒がしい


全仏オープンテニスを眠い目をこすりながら、深夜まで観ている。全豪であれば、タイムラグは無いのだが、フランスは約7時間。贔屓選手と同じ思いを抱えながら、最後まで観てしまい、睡眠不足〜。

明後日は、横浜でベイスターズ戦! こっちも応援するぞ〜!

水無月


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ひょいと潜ると・・・


昨日、空梅雨と書いてからふと思った。六月は旧暦でいう水無月。雨の季節になぜ、こんな名前なのか。不思議に思って調べたら「無」は「の」と読む助詞の役割とある。つまり「水の月」。なるほど・・・単純に納得。とすると、神無月も同様に「神の月」か。

雨の音を聴きながら楽しむものに、もの想い、読書、お茶と水羊羹、菖蒲園の散歩、そして旅の計画などがある。

嫌いだった梅雨の季節が、心を落ち着かせるものなのだと感じるようになったのは、時間が作ってくれた余裕なのだろう。雨が降りはじめると、窓を少し開けて、雨音を楽しんでいる。


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心配して親を捜すカイツブリの雛三羽

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天敵に襲われずに成長できるのは僅かだ

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カワウは襲わないのだろうか!?


マスキング


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時節がら、触れてはいけないと分かっていても・・・


山でもマスクをしている人が大半だ。人の少ない山道では、マスクをせずに登っているが、すれ違うときだけ、アゴのマスクを装着する。このスタイルが増えている。

先月、マスクをせずに登っていると、タオルで顔を隠してすれ違っていく人がいた。こちらに非があるようで、とても不愉快な気分になった。

「そこまですることはないだろう」と思わず振り返ったが、いろんな人に対応しなければいけないのだ。すれ違うときだけマスキング。
山の新しいマナーになりそうだ。


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今年の関東地方は空梅雨だろうか。乾いたアジサイが雨を求めているように見える。


我慢


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コロナも怖いが、マムシも恐い


事務所から我が家までは、5.2キロ。週にほぼ一回、徒歩で帰宅している。かなりのスピードで歩くので、約一時間で到着。コースを色々変えていたが、今はほぼ決まったコースになった。

昨日は、青春時代にお世話になった新宿三丁目の居酒屋街、ここをを抜けるときに、思わぬ光景に出くわした。多くの店がアルコールを出している。それも堂々と。もう我慢の限界ということだろうか。

泣く泣く店仕舞するよりも、たとえ咎めがあってもということか。複雑な想いを抱えて通過した。コロナに追い込まれた人たちの苦悩は計り知れない。「限界」という言葉をよく耳にするが、見えない敵に蹂躙されていくような感覚はストレスを生む。遅れるワクチン接種、進めるオリパラ開催が、イライラを募らせる。折り合いをつけていく難しさを感じる。

日本人は我慢強い。これは自慢していいことなのだろうか。


初夏


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足元には自分の蛹の抜け殻か?ミヤマカワトンボの雄


新しいカメラが届いたので、試し撮りに選んだのは、天覧山〜多峯主山(とのすやま)〜入間川のハイキングコース。二年前、ORMACのメンバーと歩いたお気に入りのコースだ。

山靴、サングラス、シャツなども新調したので気分は高まったのだが、如何せんこの日は夏日。飯能駅から山に入るまでが暑かった。いつもより水の補給を繰り返し、低山、里山、川歩きという三拍子揃った道を辿っていくと、ドラミングのコゲラ、涼しげなカワトンボ、そして鈴の音のように鳴くカジカガエルの声に出会うことができた。


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コゲラのドラミングが響いた

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標高は高尾山の半分以下〜楽チン

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入間川に掛かるその名もドレミファ橋

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気温が一気に下がった

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鈴の音のようなカジカガエルの声が響いていた

ネマガリダケ


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北の友人からネマガリダケが送られてきた。まだ間に合うかもしれないと、わざわざ山に入って採ってくれたものだから、喜びはひとしおだ。

東北・北海道でタケノコといえば、このネマガリダケ。北海道ではヒメタケ(姫竹)。山で夢中になって採っていると、熊と遭遇の話をよく聞く。冬眠が終わった熊は、このタケノコが大好物。毎年タケノコ採りで、熊に襲われたニュースが流れるのも今ごろ。

これを茹でて、週末に煮物や天ぷら、酢みそ和えなどでいただこう。酒は何にしようか、今からルンルンである。


卯木の頃


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緑のトンネルは愉しい


初めての山道を歩くときは、アンテナをいっぱいに広げて感受しようとする。道のおおよそは、事前の地図でイメージできるが、樹々や花の種類までは分からない。


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マルバウツギ

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雨の季節、谷を彩るウツギの花

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シシウドの仲間がもう咲いていた


ヤマザクラもサツキも今年は早くに咲いた。ウツギもそろそろだろうが、セリ科のシシウドがもう咲いているのには驚いた。青い空に、白いアンテナを高く広げるのは、8月だと思っていた。


ヤマザクラ


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ワクチン、ワタシが先よ
そうはさせないわ

なのか

咲くときは、一緒よ
モチロンだとも

なのか

あなた、じつはサクラでしょ?  
そういう君もサクラだな

なのか

山の中だから、誰も見てないわ

乗り越し


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その日は、この花の名前・・・ベロペロネ


このご時世に、呑み過ぎての乗り越しを体験した。中野駅で乗り換えをして、一駅のはずが、座ったのが不味かった。すぐに眠りに落ち、目が覚めたら13駅も乗り越し。聞き覚えのない駅名が聞こえ、一瞬なぜその駅にいるのか分からなかった。

反対ホームで電車を待つ間に思ったのは、懐かしさと嬉しさ。こんな馬鹿なことをよくやっていたよなあ。浦和に行ったり、高尾で気がついたり・・・。

Nさんの自宅兼事務所で呑むと、毎回呑み過ぎてしまう。ピッチが早くなるのはなぜだろう。気がつくとグラスに酒が入っている。話に花が咲く。おっさん同士で緊張感が無いなど、奈落の酔いのエレベータ。

そういえば、近頃電車で酔っている人を全く見かけなくなった。
これでいいのだろうか!?


ユキノシタ


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ダイモンジソウに似ているが、これはユキノシタ。ほぼ真っ白なダイモンジソウに比べ、こちらはカラフル。何で今ごろユキノシタが咲き始めるのか。それも雪が降り積もらないような場所で。

名前の由来は諸説あって、どれもフムフムというようなもので、説得力に乏しい。素直に雪の下で頑張っていたんだ・・・と思うことにしよう。

ユキノシタと云えば、去年の日本海側はまさに雪の下だった。雪は止むことなく、秋田の内陸部の友人は毎日のように雪かき、屋根の雪下ろしをしていると云っていた。

そこに咲くユキノシタと都会のユキノシタでは、花に向けられる思いが全く違うのだろう。


ネーミング


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ネーミングに弱い。とくにこの類いの名前を見つけると、心が躍る。「ヤングドーナツ」一袋43円。レジに並んでいるときに、思わず手を伸ばした。「ヤング」、オマエはまだ生きていたか。「ナウでヤングな」などと使っていた時代があった。

なぜこんな名前が付いたのか?宮田製菓のHPをチェックした。創業70年の老舗で、餡ドーナッツを製造したのが50年前。ヒット商品に恵まれずにいたある日、「子どもが喜ぶように小さく食べやすく、安価なドーナッツを作ってはどうか」となって、見た目も可愛く、誰からも愛されるドーナツはヒットした。つまりこのヤングは、子どもたちを対象としている。

静岡の夜のお菓子「うなぎパイ」。北海道の名菓「白い恋人」。売れる製品には、美味しさだけではなくネーミングの妙がある。

東京には、お土産になるような代表的な菓子がなかったが、ある時「東京ばな奈」という凄いネーミングの菓子が東京駅に現れた。
「東京」を入れたか・・・これきっと、良い勝負をするかもと思っていたら、いまや主要駅やターミナルでの大ヒット商品になった。

どれもが旅行客をターゲットにしているなか、この「ヤングドーナツ」は、生活密着型商品といえる。たまには、こんなおっさんも買ってしまうし。
それにしてもイラストの「ヤングくん」。トホホの涙である。


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エゴの花が終わった



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緑に緑を
重ねて
光の下に
緑をつくる

この水面を見ていたら、Aさんの歌を思い出した。緑にもこんなに沢山の色があるのかと感心する。絵画のような揺らめきをの中にいると、現実から遠のいていくような気分。
樹々や田の緑は水を得て、これから色を濃くしていく。


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いつのまにか、送るから送られるへ


沈黙は金


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この歌、表彰台には上がれなかった


あちこちでオリパラ開催の是非が論議されている。開催と云うラグビーボール型の時限爆弾を抱えて、三者(IOC会長、首相、都知事)が、パス廻ししながらゴールに向って走っている。

トライした者は負けなのか、勝ちなのか。ゴールは近づいている。


もう


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いよいよ、ではなく、もう梅雨入り。今年は平年より二十日以上も早いらしい。さあこれからと思った矢先に、五月の君はもう去って行く・・・。

残されたものはいくつもの憂鬱ばかりだよ。


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歩く


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こんな景色を見られる場所を発見!


いつもと同じ道を歩いている時に気がついた。歩くスピードが落ちている。四谷駅前の横断歩道を渡ってから次の信号まで、普通に歩けば問題なく着いたはずが、いま信号の点滅を確認して慌てて渡っている。

スピードが落ちた理由として考えられるのは、
①老化。知らず知らずうちに進んでいるのだろう。若い人たちがスイスイと追い抜いていく。そうか、あなたたちの人生はきっと忙しいのだな、とエールを送っている。

②急ぐ必要が無くなった。急ぎの仕事がない日は、和菓子屋さんのお姉さんに黙礼したり、プラタナスの緑を眺めたりしてのんびり歩くようになった。

昔、友人のSさんが「ここの通りは良いねえ、道幅が広いから歩きながら本が読める」と言っていた。ケータイがまだ現れない頃のエピソードだ。そんなことを思い出しながら、慣れ親しんだ新宿通りを今日もマイペースで歩いている。


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ビルの屋上部にも緑が増えてきた


もやもや


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気圧が下がると頭が重たくなり、後頭部に違和感が広がる。ポジティブに考えれば、天気の変わり目をキャッチするセンサーを獲得したわけだが、あまりいい気分ではない。

頭を痛めているといえば、世界の首脳も同じだろう。とりわけこの国の首相は、オリンピック、ワクチン、コロナウィルスの国難三大疾病を抱え、解決策を見いだせないでいる、どころか、さらに混迷を深めようとしている。
本当に殺されるのではないか。

AIの予測は、凄い。一ヶ月前、非常事態宣言をしても五月中旬に感染者数増加を予測していた。政治不安という情報も加味していたのだろうか。


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花の季節であることがわずかな救い

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週末はトマトラーメンで楽しみます


告白(2)


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4月15日の「告白」では、ベイスターズファンであることを赤裸々に綴った。
この歌は、その前日、雨の神宮球場を後にしながら詠んだものだ。そして昨夜のベイスターズの三嶋投手、この歌を身に沁みるものにしてくれた。
連夜の九回の悪夢。セットアッパーの三嶋、九回ツーアウトまで取りながらツーランホームランを打たれ、勝利を消した。

ここまで繰り返されると、歌が現実を作り上げているのではないかと、怖くなってくる。ベイスターズからジャイアンツに鞍替えした井納投手にホームランを浴びせ、梶谷選手を三振に打ち取り、ガッツポーズで九回が終わるはず、が、まさか、またか。

ベイスターズの選手から、この歌への共感はいらないのである。
新たな歌を詠むしかないのか。

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涙雨のなかでアジサイだけが活き活きしている


オトシブミ


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この時期、注意深く山道を歩いていると、オトシブミが見つかる。小さな甲虫のオトシブミが、ナラやクヌギの葉にかみ傷を作り、筒状に巻き込んで卵を産みつける。孵化した幼虫は、葉を食べて成長し羽化して成虫になる。

誰が命名したのか、古典的でロマンチックな名前だ。作っているところをなんとか見ようと探したが、この日は発見できず。


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これが成虫


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ウツギの花にやってきたオナガアゲハ


花が咲くと蝶たちがやってくる。そして昆虫おじさんたちもやって来て、この日は「オナガアゲハ」を教えてもらった。名前だけではなく、生態や好きな花、雌雄の判別方法など聞いた。


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そしてもっとも好きな甲虫のオサムシとも出会えた。こいつは足が速いので、撮るのが大変。しゃがんで追いまくって、ようやく一つだけピンが合った。
アオオサムシ。青緑の光沢が美しい。


政治に殺される


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題詠「心」で詠んだ歌


こんな歌をつくっていたら、宝島社からドーンと ↓ こんな新聞広告が出た。あまりにも的を得た表現とコピーに、思わず唸る。


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タケヤリ、少女、そして真ん中の赤いコロナは、日の丸か。この難敵を少女のタケヤリで打ち負かそうとしている。根拠のない精神主義の妄想政治で、ついに来るべきところまで来てしまった。笑えて、そして哀しい、日の丸広告。これこそ今置かれている、我らの国、日本だ。


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「私たちは騙されている」。そう思っている日本人は少なくはない。けれど大人しくしている。云わないことが、美徳なのか、保身なのか。しかし「このままじゃ、政治に殺される」とまで云われている、さてどうする。


我が家から歩いてみる


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新緑も美しい樹齢約400年の松本楼の大銀杏


友人のグループ展が土曜日で終わることに気がついて、どうせなら歩いて行くかとググれば、我が家から京橋までは約8キロ。コースを頭に叩き込み、指示通りの道を辿ってみた。

途中でお茶をしよう、できればオープンカフェがいいなと記憶を辿れば、日比谷公園の松本楼が浮かぶ。しかし夏日、一度も休まずに日比谷まで歩けるか?
こんな自虐的なことが好きで、つい挑戦したくなる。

準備をして、正午にスタート。爽やかな風の中、黙々と歩けば、約50分後には事務所の前を過ぎ、30分後には半蔵門。皇居一周のランナーたちに抜かれながら、日比谷へと下りていく。


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皇居の廻りは、ワラビが多い。頭の部分だけでも摘んでいこうかなと思ったが、「オソレオオクモ・・・」の声が響いてきて、手を引っ込める。遠くには警官が立っているし、カメラもどこかに備え付けられているに違いない。「モッタイナイ」。


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ようやく松本楼に到着。大銀杏の前の特等席が空いているという。これはご褒美だ。四百年以上生きてきたイチョウと今年も会えた。初夏、お茶をしながら、巨木を眺める幸せ。テーブルにやってきたスズメにケーキをお裾分けする。


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キミは青くはないけれど、幸せは近くにもあると教えてくれた


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Mさんのバッグ。「フェルトの布で五角形にしてみたが、ものを入れにくいのが難点」。こんな自由な感覚が好いなあと思う。


エゴノキ


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可憐な花なのに、なんでこんな名前なのか。それは実を食べると分かるらしい。舌や喉を刺激するほどのえぐさ、えごさ。だから、エゴノキ。
でも房状にぶら下がって咲く花の香りは、芳しい。この木の下に入ると、香りのシャワーを浴びているような気分になる。


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山笑う


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この五日間、よく歩いた。山では、強い風に吹かれたけれど、五月の樹々は、廻りを緑に染めるかのように、光を散らす。キャンバスとなった大地は、その影を輝きに変える。

目を瞑って息を吸い込めば、目眩と緑の匂い。

山も悦んでいるのが分かる。


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チゴユリとホウチャクソウが咲きはじめた


四月尽


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モッコウバラが、四月を連れて散っていく。バラに被われると、散歩道の景色が変わった。ゆっくり通り過ぎて、今日、春とお別れ。


頭痛


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ここに至るまでの画像を見たい


頭痛 肩凝り 樋口一葉・・・頭が痛い。もう二週間ほど悩まされていて、音も聞こえにくくなるときがある。かかとを勢いよく着けると、痛みが後頭部を突き抜ける。

これは季節の変わり目によく起きる現象らしい。昨年の今ごろもそうだった(かもしれない)。若い頃は、精神的なことで頭を悩まし、歳をとると体の痛みばかり。面白いと思うが、こう長く続くと心配にもなってくる。


Forget me not


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怖いお話。家人から、LINEが入った。「爪切り、見つかったのね」・・・「!?」。「引き出しの中にあるよ」・・・「なぜ !?」。

爪切りが忽然と小さな引き出しから消えて、約一週間。引き出しの中は勿論、テーブル、ソファの周辺など、何度も探したが見つからなかった。仕方がないので、予備の爪切りを使って、引き出しの中に戻した。

すると、探していた爪切りと並んで入っているという。そんな馬鹿なことはないだろう。誰かが戻したのか?「以前から、室内に人の気配を感じることがある」と家人は云う。それも怖い話だが、二人のどちらかが、忘れているのではないかというのも怖い。
爪切りを眺めながら、お互いを静かに疑っている。



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青い空に雲が出始めたので、夕方散歩に出た。心地よい風は、雲のカタチを変えていく。そして陽が傾きはじめると、今度は色を変えていく。
風と雲があるだけで、こんな幸せな気分になれるというのが嬉しい。


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モウ〜勘弁


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Don't touch 撫でてもご利益なし


三たびの緊急事態宣言の発令。コロナウィルスは変異を続け、そろそろ終わり〜と自ら判断を下すまで、終息しないのではないか。
その間、人間はモルモットの如く、その培養のお手伝いをしているように思う。そしてワクチンで早く鎮めようと分かれば、「なんじゃなんじゃ」とさらに強い変異種が現れるのではないかと心配する。


薫風


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いい風が吹いている。山の雪はどんどん解けているだろう。大雪山、鳥海山、そして北アルプス、かつて登った山々に心が飛ぶ。雪融け水は音をたてて、残雪の下を流れ、川をつくって、やがて田畑を潤していく。いつもと変わらない春の風景が広がる。
こんな風の中を歩きたいという想いを、今年も叶えられない・・・のか。


水鏡


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写真を整理していたら、景信茶屋で撮った二枚の写真の不思議に気がついた。
水に浮かんが花びらと、桜の木のピントが、それぞれ違う。オートで撮るかぎり、二つのピントは合うことはない。

当たり前のことかもしれないが、水鏡は空間をも映してだしている。水瓶の深さはないのに、奥行きがあるように感じてしまう。


ライラック


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好い香りだと思ったら、ライラック。車道を背に、面白いカタチをして咲いていた。初夏、札幌の街はライラックの甘い香りに包まれる。桜が終わり、朝晩の寒暖差が残って、なかなか温かくならないその季節を市民は「リラ冷え」と言っていた。

「花冷え」ではなく「リラ冷え」。文学的な香りのするこの表現が今でも好きで、札幌の大通公園辺りを思い浮かべる。


古民家カフェ


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NHKの番組「はるさんの休日」で、ここのカフェが紹介されていた。店は、築70年以上の民家を改築したもので、レトロな空間が人気を呼んでいるのだろうか、絶え間なく人がくる。この前を流れていた桃園川は、いま暗渠となり区民の憩いの散歩道としてその面影を留めている。

光が強い日は、とくにこんな店に入りたくなるらしい。生け垣の向うから室内を覗く人が多い。椅子やランプシェードの種類が全て違う、食器も可笑しく古いものが多い。なのに違和感をあまり感じないのは、包みこむ木造の温かさなのだろう。

チーズケーキとカモミールティ、外のキツい光、そよいでくる風、緑の庭木、そして静かに流れているジャズ、五感が弛緩していく。
ドライカレーのような匂いも漂ってきた・・・。



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ポツンと光が当たっている花を見つけると、足を止める。この季節、競い合う花たちに目を奪われがちだけど、ひっそりと咲く一輪に愛おしさを覚える。


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告白


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試合前からの雨、声の出せない球場は、なにか寂しく、そして寒い


告白します。半世紀以上に渡って陰ながら応援しているチームがあります。横浜ベイスターズ(その昔は大洋ホエールズ)。名将と言われた三原監督が巨人、西鉄と渡り歩いて大洋ホエールズに就任し、1960年に弱小チームを優勝させた。父が三原監督の不遇と才能を幼少の私に聞かせたのだろう。以後、圧倒的な巨人ファンの友人たちにバカにされながらも頑に大洋(ベイスターズ)を遠くから応援してきた。

1998年の権藤監督時代に、歓喜の美酒を呑ませてもらったが、それ以降、戦績は芳しくない。もう贔屓は止めようと思うのだが、ついスポーツ欄の戦績を眺めている。

体に染みついたDNAを哀れんでいたら、昨年、I君が「私もベイスターズファンです」と名乗りを上げた。おう!では観戦しようではないか、となった。
ときはコロナ禍、観戦よりも感染ということで席の確保がままならず、今年ようやく応援が実現した。

三塁側の最高の内野席を確保したが、生憎の雨、震えながらの応援となった。3回裏、逆転されたところで雨で中断。点を取ってもらった直後、エラーと四球、そして長打を浴びると云ういつもの負けパターン。体は冷えるし、心も冷えるしで、撤退を決めた。

弱きチームを擁護する親心、そしてため息のような歌だけが生まれて、二人、雨の神宮を後にした。


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写真を眺めていたら、昭和18年、雨の神宮外苑・出陣学徒壮行会を思い出した。
今は幸せな時代なのだ。


あけび


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ついアケミと云ってしまう。思い出しても「アケミ」の顔は浮かばないし、らしき店にも出入りした記憶はない。口を開ける様子を「開け実」、または色から「朱実」という説があって、それが色濃く残っているのだろう。

昔、キューピーマヨネーズの広告で「ただ鑑賞のために咲く花より、実を結ぶために咲く花を、私たちは美しいと思います」というコピーがあった。

当時としては珍しい胡瓜や茄子、ジャガイモの花が紹介されていた。アケビの花を見ていたら、そんなことを思い出した。

都会では、アケビの花は珍しい。新芽は茹でて食べられるという。


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こちらは、ミツバアケビか?

クルナ ウィルス


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散歩の途中、ここで川を覗く。緩やかなカーブが、せせらぎの音をつくる。眺めもよく、ここにいると、世の中で起きている不幸や災いをしばし忘れてしまう。

大阪のコロナ君、遂に千人切り!というニュースが飛び込んできた。今ごろコロナの御旗を立てて、江戸を目指し、ひたひたと東海道を東上しているのかもしれない。

攻めることもできず、ただ静かに守るしかない現状。共存していける術、知恵を見つけられないものだろうか。


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コロナ菌の天敵は花。花がコロナを不活化させると分かれば、どの国も花だらけになるだろう。あるいは、二酸化炭素が感染を広げているのであれば、温暖化対策は一気にすすむ。
こんな上手い具合にはいかないものだろうか。


春の吟行歌会


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樋口一葉が住んでいた家が今もある


先週末は、春の吟行歌会。着物姿がすっかりお似合いの山口師匠の案内で、参加者九名は湯島〜本郷界隈を散策し自由詠と題詠「作家」の二首を詠んだ。

東京の真ん中に、まだこんな家屋が残っているんだと感心しながら、宮沢賢治の旧宅、一葉の住んでいた家、啄木が通っていた質店など、名所旧跡を訪ね歩いた。当時の作家たちの生活とそれぞれの作品を重ねあわせ、タイムスリップしながらの路地歩きは、歌づくりのヒントを掘り起こしてくれた。

ランチは、東大生が通う創業120年の「食堂もり川」。一部屋を借りて、各々好きな定食を食べながら、思索の世界に入り込んでいった。


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赤門は閉鎖中なり

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八重桜が新緑と重なり美しい

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百花繚乱


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我も我もと百花繚乱の春。色だったり、八重だったり、そして香りでも呼びかけてくるので、花に目を奪われている間は、コロナを忘れている。

雨の季節がやって来るまでの間、美女たちに囲まれて〜浮き世の春を楽しみたい。


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ヤマブキ

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白いヤマブキ

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ベニマンサク

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ツルバラの種類

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ミヤマキケマン

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サンシュユ

もう


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お蕊〜だよ


ウスベニニリンソウ


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花びらの裏がピンク、そして雄しべが踊っているよう


いくつかのニリンソウが赤っぽいので、手にして見ると花びらの裏が淡いピンク。帰ってから調べるとウスベニニリンソウ(薄紅二輪草)とあった。八重だったり、緑色だったり、そしてあらたにこんな種類まで。
こんな変異種なら、大歓迎〜!と言いたくなる今日この頃です。


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雄しべが楽しそうだね〜♬


早生


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高尾山のスミレは約50種類。覚えられない〜

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ニリンソウが咲きはじめた


体がすっかり鈍っている。歩かねばと、週末選んだコースは、陣馬高原下から登って尾根道に入り、堂所山を経由して景信山までのコース。とりあえずそこで遅い昼飯を喰おうと決めた。
登り始めてすぐにスミレに混じってニリンソウの群生に気がつく。今年は、街の桜だけでなく山の花々の開花も早い。


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中腹に入ると、ミツバツツジも花をつけていた。ということは・・・山桜も満開どころか・・・散りはじめて・・・いた。ソメイヨシノと開花時期が変わらないではないか!
早過ぎる。昔はGWに散っていたこともあったのにと、なんでも早生になっていくのを心配する。温暖化がすすんでるなあ。


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景信茶屋のシンボルツリーの山桜は、もう蕊で紅く見える

地図にもナメコ汁にも花びらが絶え間なく落ちる

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山桜は葉といっしょに開花する

五郎さん


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コデマリが咲きはじめた


田中邦衛さんが逝去された。富良野は大きな哀しみに包まれているんだろうなあと思いながら、倉本聰さんの愛惜あふれる追悼文を読んで哀しみを深くした。

若大諸シリーズの青大将から北の国からの黒板五郎へ、男の顔はこんなにも変わるものかと、晩年の深いシワと自然体の演技を感心して見ていた。北海道のどこか地方に行けば、きっといそうな優しくてオッチョコチョイで、我慢強い男。そして子どもを愚直なほどに愛してしまう父親。ダイジェスト版を観ていたら、旅立つ息子に向けたこの言葉に、また涙した。

「疲れたらいつでも帰ってこい。息がつまったらいつでも帰ってこい。くにへ帰ることは恥ずかしいことじゃない。お前が帰る部屋はずっとあけとく。布団もいつも使えるようにしとく」

愛するがゆえに、息子とぶつかり、ボタンを掛け違うことを繰り返し、どちらも間違ってなんかいないと、視聴者に云わせて涙させる。倉本さんの真骨頂の脚本だった。

疲れたらいつでも帰ってこい。いつだったか、父に言われたような気もするが、それは黒板五郎だったのかもしれないと、在りし日のあれこれを重ねた。

五郎さん、天国でたくさんの仲間が待ってるね。いってらっしゃい。


ほろほろと散る



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水面に吸い寄せられるがごとく

今週末で、東京の桜はおおかた散ってしまうのだろう。花や鳥はいつものとおり、人間界の騒ぎなんて知る由もない。散るべきときに散り、花筏の中を鳥たちが泳いでいく。

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4月の魚の日


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フグではなくカワハギが、冬の魚の一番である


「あなた知ってる?4月1日は、フランスで『4月の魚の日』というんだよ」。
友人のSが、コーヒーの香りを嗅ぎながら、ポツリと云った。フランスでしばらく暮らしていたSは、ときどきこんな話をする。

かつてフランスでは、冬の魚の漁が4月1日までとされていて、可哀相な漁師をからかい、そして慰めるたびに『Poisson d'Avril(4月の魚)』といったらしい。フランスでは今日、魚のカタチをしたお菓子や酒を買って楽しみ、「Poisson d'Avril」と書かれた紙を背中に貼りつけるいたずらをするらしい。


ゲンシュ


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ゲンシュと聞きくと、つい原酒の方を思い浮かべてしまう。これはチューリップの原種。正式名は、「クルシアナ ペパーミント スティック」。
カラフルで可憐なチューリップの祖先は、こんなシンプルな姿だった。先日に訪ねた森田オープンガーデンの一角に咲いていた。
調べると、16世紀、原産地のトルコからオランダに渡り、改良が加えられて今日の姿になったとあった。


玉川上水を歩く


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高齢の、ではなく恒例の、月イチの山の会ORMACの12名は、先週末玉川上水沿いをハイキングした。桜と新緑を愛でながら、足湯に使ってランチして、フラワーガーデンでは花を愛でながらカモミールティをいただいた。

玉川上水は、高低差は100mでわずか21センチという高い土木技術で勾配が作られている。だから川音はいたって静かだ。耳を澄ますと涼しげなが聞こえてくる。堰堤の花を撮れば、川面が映りこんで長閑な一枚となる。皆に遅れながら、春うららを楽しみ歩いた。


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まさに黨が立ってしまった蕗の薹

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土がむき出しの箇所がある

数年前、多摩川の羽村の堰から四谷の大木戸までの約43キロを何度かに分けて完歩した。思ったのは、よくぞ完成させて江戸の飲料水を確保したものだということだった。途中、土がむき出しの壁面を眺めては往事を偲んだ。


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株を下げてしまった一枚


桜往く


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神田川の淵はもう花吹雪

まだかまだかと待っていたら、もう終わりだよ、と云っている。待ち遠しかったものは、いつだって過ぎゆくのが早い。放物線のような軌道を描いてはくれないのだ。

待つという時間を、充分に楽しんでいたのだから、惜しむことも愉しもう。


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花筏のカーペットでスヤスヤ



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つい桜に目が向いてしまいがちだが、見上げるとケヤキには、新緑の萌。これから暫くの間、ケヤキがもっとも美しく映える。なぜか?

それは、空に打たれた投網ように黒々とした枝の美しさが、新緑によってより強調されて見えるからだろう。裸木のときは、さほど気に留めなかったケヤキの枝ぶり。それが水彩絵の具の淡い緑が加えられることによって、生命が漉きこまれたかのようにイキイキし始める。

画用紙に黒い幹といくつもの梢と枝を描きあげたら、水彩パレットの淡い緑を滲ませながら加えていくと、春にそよぐケヤキができあがる(はずだ)。


さくら色(2)


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カステラ屋さんのはいま一つでした


今年は、しっかり桜餅を食べようと思う。四季折々のなかでも桜餅ほど多くの人に愛されている和菓子はないだろう。愛でて、食べて、桜を楽しむ。大島桜を見つけると、つい葉っぱの匂いを嗅いでしまう。

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大島桜は花びらが少し緑色


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落花の上にはヒヨドリ


あの人には華がある、なんて聞くと、う〜んなるほどねと云いながら、大人になってきたような気がする。もしかしたらこの人も華があるのでは、と思っているのが、元横綱の北の富士(最近はこの人のコラムにハマっている)。相撲解説の舞の海が「北の富士さんは、何を着てもよく似合うし、色気がある」と云っていた。まさにその通りだと思った。

現役の頃から、相撲ぷりが好くて、格好がよかった。甘いマスクと均整の取れた体にマワシと紋付き羽織がよく似合った。それだけではない。いつも颯爽としていて、負けて土俵を去る時の姿だってよかった。

それに比べていまの力士は、下ばかりを向いて、負けるとまともに礼をせず、不貞腐れて土俵を下りる。負けの美学をもっと勉強しろと云いたい。「おい、遠藤、下ばっかり見るな。お前には華があるんだから、もう少しイキイキしろ」。話は脱線してしまった。

他にも北の富士似のなかにし礼や十八代目の勘三郎にも華があった。
そうか、もてる男には華があるのだ。


石岡映子展


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おっ、今日までだと気がつき、金曜日の夕方、銀座で開催されていた「石岡映子 グラフィックデザインはサバイブできるか」を観てきた。彼女は輝き続けたグラフィックデザイナーであり、もっと世に知られていいアーティストだ。毅くて靭やかな精神と感性をあわせ持ち、マルチな活躍をして時代を駆け抜けた。

二月、現代美術館で観た回顧展のタイトルは「血が、汗が、涙がデザインできるか」。このタイトルからでも、仕事への取組む姿勢が分かるというもの。


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「私、貴方ほどの努力をしていませんでした」と彼女の写真を見ると、思わず呟いてしまう。石岡映子は大学時代の夏休み、海や山にも行かず、ただ一人、部屋に閉じこもって絵を描き、粘土を使って造形物を創っていたという。自分は何者なのか、自分の中の熱気をデザインできないか、伝えられないかと摸索し、そしてまだ誰も表現していないモノを探し続けた。

銀座グラフィックギャラリーの一階スペースは、広くはないが、室内を石岡を象徴する赤色にまとめ、壁面は彼女がかつて話していた言葉を並べ、自身の声を室内に流すなど、広がりのある空間演出を施していた。

さくら色


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花を愛でながら酒を呑む。これ以上幸せなことはあるだろうか、と酒呑みは思う。しかし週明けに非常事態宣言が解除されると、人出とともに、コロナ吹雪も舞うのかもしれない。気をつけねば・・・。

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今日は昼飯の帰りに、和菓子店に寄って、桜餅を買った。大島桜の葉の香りを嗅ぎながらお茶といただく。これもこの時期ならではの至福。昼もよくて、夜も好い、春なのだ。

降リンピック


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新宿西口公園の太田道灌、伝説の一情景「久遠の像」


こんな像さえ批判の対象になりそうなオリンピック騒動が続いている。
思い起こせば、「トーキョウ」の決定に沸き返ってから、憑かれたように災いが続いてきた。まずは、国立競技場のコンペのやり直し。そしてエンブレムマーク騒動。コロナの発生。組織委員長の女性蔑視発言ときて、ボランティアの辞退、統括責任者の差別的プランへの批判。
昨年詠んだこの歌の信憑性が増してきた。


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「久遠の像」
道灌が武蔵野の原へ鷹狩りに出かけた折、にわか雨にあってしまい近くの農家に駆け込んだ。そこで蓑を貸してくれと頼んだところ、若い娘が山吹の枝を差し出した。蓑は借りれず花では雨がしのげぬと、怒って雨の中を帰った。城でこの件を話すと、家来の一人が次のように説明した。
歌に「七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき」とあります。「みのひとつだになきぞかなしき」と蓑ひとつない貧乏を山吹の花にたとえたのです。それを聞いた道灌は不明を恥じ、歌道にいっそう精進するようになった、というエピソード。

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娘が差し出す扇子の上には、ヤマブキの実




コロナを詠む


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コロナを詠んでいる詩歌をよく目にする。会いたくても会えない、リモートによるやり取り、清潔の順守など、変わってしまった日常を詠んでいる歌が多い。

川柳なら笑ってしまうことも。

抱き上げた孫が一言 密ですよ
テレワーク気付いた会社のイスの良さ
出勤が運動だったと気付く腹
久々に家族が揃った在宅で

こちらは毎日新聞の「サラリーマン川柳」の上位作品から

会社へは来るなと上司 行けと妻

小生も昨年に早々といくつか詠んでいた。

↑ 写真の歌。ドット(●)を入れたのだが、分からなかった人が多かった。
英国製ワクチンに副作用がでたため、使用停止になった。すぐに出来るわけがない。慌ててつくるワクチンなんて信用できない。そんな思いを込めた。

いつまでも
新型なわけでなし
いずれ
新・新型 超新型 名乗って
やってくる

名前は違ったがやって来た。変異株と云うらしい。発生した国が命名されるている。この先いくつ出てくるのか。殺し屋みたいな奴も現れるかもしれない。

終息とは
全ての人が感染したとき
コロナ氏が
漏らす
安堵の息なり

長期戦になると思っている。京都大学の山中教授が、闘いは「長いマラソン」になると、コロナのHPを開設した。何をもって終息というのだろう。ン十年、かかるのではないか。共存共栄までに。

非常事態宣言が起きた頃に、詠んだ歌。

家呑み
不名誉連続記録を樹立させ
夫婦喧嘩
口聞かぬ記録も更新させた
コロナ維新

今は、この頃が懐かしい。


一寸先


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人生、一寸先は分からない。桜が開花しました〜とスタートするはずの月曜日、まさかの病院でお泊りコースになるとは・・・暇を持て余してこんな歌をつくっていた。

医療は進んでいる。次々にやってくる看護士は流れ作業の如く、手首のバーコードをピッと鳴らしては、血圧、採血、問診、点滴などを済ませると、データ入力をして立ち去ってゆく。

近くから聞こえる患者とのフレンドリーなやり取りに、いまを感じる。こんな会話が全国の病院で普通なんだろうと思いながら、将来、賢い患者をになるためにと、やり取りに耳を傾けていた。

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主役の座を奪われた桜たち

都市再開発


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都庁の西側にあった雑木林が整備されて、芝生が広がる公園になった。この動きはオリンピック決定後だから、予算が計上されて整備した違いない。ここには以前、路上生活者の人たちがいた。イギリスやブラジルでもそうだが、オリンピック開催に合わせて、路上生活者の人たちが都市空間から排除される。

子どもたちが元気に芝生を走り回り、親がそれを見つめる。ここに生活者がいたことを誰も知るよしはない。


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隣接した建物の中にボルダリング施設があった


3・11


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五年前に訪ねた石巻港


十年前の今日を思い出す。大きな揺れが起きてしばらくすると、眼下の新宿通りを徒歩で帰宅する人たちが列をなしていた。現実のことなのに、違う世界にいるような不思議な光景を茫然と見ていた。

そんなことを思い浮かべながら、東北の歌人、斎藤梢さんの歌を読み返した。

 この力どこにあったか「津波だぞ」の声にかけ上がる立体駐車場

 十二日の朝日を待ちてペンを持つ 言葉は惨事に届かぬけれど

 桜餅のさくらの色の懐かしさひとりにひとつの配布に並ぶ

 夜のうちに溜まりしものを文字にして書き始めゐる今朝も車中に

 推敲はもはや必要なくなりてただ定型に縋り書きつぐ

書かなければならないという思いが、当時の歌から伝わってくる。エネルギーが凝縮されたまま残っていて、当時の景色も立ち上がってくる。
思いは言葉となって残る。それが歌だ。


 かなしみの遠浅をわれはゆくごとし十一日の度(たび)のつめたさ

 ベランダと春の海との間には冷たいままの更地ざらざら

震災を背負って、斎藤さんはいまも詠み続けている。


コブシ


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咲いてるぞ〜〜とコブシを上げていました。

写真展


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こんなちょっとした空間に身を置くだけで、気分転換になる。人生とは「人と本と旅」と誰かが書いていたけど、それに「酒」も加えるべきであると、鼻息をちょっと荒くしてサッポロビアステーションへ向う。

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写真展が好きなのは、一枚の写真から時空を超えた旅を始められるからだ。記憶を引き出したり、想像の世界に想いを寄せたりと、いっとき浮遊していられる。白川氏の山の写真から「羅臼岳・・・20代での失恋登山・・・100名山のスタート・・・ORMAC・・・玉川上水・・・参加何人だろう」モグモグ・・・このロースビーフ、もう少し美味かったのではないか。


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つい立ち止まって、首の角度を決めたりして・・・

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ロバート・キャパのノルマンディ大作戦

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いつかは行きたい植田正治写真館

白川義員写真展


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美術館までのこのアプローチが好きだ


週末、東京都写真美術館で開催されている白川義員の「永遠の日本」を観てきた。見たこともない日本の山々の写真。感想は、圧巻の一言。山や気候、天候の知識、そして写真のあらゆる知識・技術を知り尽している人でなければ、捉えられない写真だった。僅かな光の動きを読んで、一瞬を切り取るために託した時間、そして運。カメラマンの情熱は素晴らしい。

白川氏は普段のインタビューからもいいしれぬ迫力が伝わってくるが、今回の写真、コメントを読み、この方は「理数系に強い岡本太郎」であると確信した。

「かつて誰も撮ったことのない写真」というの拘りが伝わってくる。彼のエネルギー、バイタリティはあらゆる人を動かして、渾身の一枚を生み出してきたのだろう。スタッフの協力、努力も伝わってきた。

全作品のコメントを読んでいたのは、小生だけだったかもしれない。全てを熟読しての約二時間。展示されている山々の3/4には登頂していたので、引き込まれるように観てしまった。そのお陰で帰宅してからコメント集を読み直していくと、ほとんどの写真が、再び目に浮かんだのには驚いた。


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続きは4月からだ


22世紀


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朝、駅のホームに立っていたら、園児たちが並んでこちらを見ていた。二才くらいの子たちだろうか。数えると八人、みんな金網をがっしと両手でつかんで、走りゆく電車を真剣な眼差しで見ている。特急、特快、鈍行、通り過ぎるたびに喜んでいる。いいなあ、なんでも新