歩キ眼デス3

お床の・・・


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息が詰まりそうなほど花をつけたボタンクサギ


信号待ちしていたら目の前に黄色の派手なダンプが止まった。解体専門のダンプらしい。好きなことが勘亭流で書かれている。面白いので一つひとつ眺めていたら、後部の一行に笑った。

お床のなかの男

なんだこれ?(^^; よく見ると「なか」の右横に元気なイラストまである。いやはや・・・どれだけの人を笑わせたことだろう。


免疫


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免疫学者の多田富雄さんが「免疫の意味論」という本の中で、面白いことを書かれている。「免疫」というシステムは、単に体の中に侵入してくる異物を拒絶し、排除する自衛的なはたらきをしているだけではない。異物と共存する作用も持ち合わせている。

免疫の中には<寛容>というはたらきがあって、自己の中に非自己を共存させていく側面をもっているという。つまり<自己とは何か>というものを決定するのが免疫の大きなはたらきだと言う。

そんな免疫システムが、我が体内にあるのかどうか・・・好き嫌いが少ないと自負している大家は、店子にも寛容であってほしいと願っている。


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烏瓜の蔓は自分より硬いものを見つけると巻きはじめる


秋風索漠


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赤い「氷」の字が涼しさを呼ぶのが不思議


ようやく朝晩が涼しくなってきた。蝉の声に変わり、夕方になると虫の声が聞こえてくる。辛くて長かった夏の日々を思う。七月の長雨が終わったら、八月は厳しい猛暑。日本列島が毎日のように赤く染まっていた。

なんとか乗り越えて、ようやく心が落ちついてきた。



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鳩に似ているけれど、違う鳥かなと思った。揺れる枝に止まって、花?を啄んでいる。道や公園で餌を探すふだんの姿ではない。眺めていると、鳩の昔は、こうだったのではないかと思えたきた。


アツクナレバ


こんな記事を見つけた

台風10号 勢力弱まった要因 先行台風が海水温低下させた影響か 

台風10号は一時、鹿児島県に接近する段階の中心気圧が930ヘクトパスカルと、特別警報級に発達すると見込まれましたが、東シナ海を通過する過程で発達が止まり、その後、勢力を弱めました。
この要因について専門家は、先行して東シナ海を通過した台風8号と9号が、周辺の海水温を下げたことが影響したと分析しています。

一般的に台風は、海水温の高いところを通過するとエネルギー源となる水蒸気が供給されるため勢力が強くなるということですが、台風が通過すると海水をかき混ぜるため、深いところの冷たい海水が持ち上げられ海水温が下がります。

これを読んで、思わずヒザを叩いた。
読みが当たった・・・


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ちょうど二年前に環境ポスター展に出品した作品がこれ。地球だって人間と同じなのではないか。そう思って、このキャッチフレーズに行きついた。
生命の星、地球は、自浄能力を持っているのだ。


変さ値(へんさち)


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ブログを長く続けていると、よく不思議なことや発見に出会う。我がアンテナに神様が協力をしてくれるのか、もともと変なことに出会いやすい体質なのか、分からない。

先日、ある本を読んでいたら「変さ値」なる言葉に出会った。これは変な人の変具合を数値化したものではなく、変なことによく出会う人の変の値だという。

今日は「変さ値」が高かった〜。駐車場の前の家の、あれはアオギリという木かな。根元をよく見ると鉢から伸びているんだ。苗木を植えてそのままにしていたら、どうやら鉢の底を破って根を地下に延ばしたらしい。

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沸沈


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新型コロナウィルス(COVID-19)のワクチンの臨床試験が中止になったという。イギリスの製薬メーカーの臨床試験を受けていた参加者に有害事象が確認された。ほら、やぱりね。
人の命を救うはずのワクチンが、いまや大国の経済武器になろうとしている。そんなことを予感して、GWにこんな歌をつくっていた。

SARSやMERSのワクチンだって開発することができなかった。抗体ができにくい、できても消えていくという今回のCOVID-19の特長を考えれば、わずかな期間でできるのだろうかと訝っていた。

開発競争に参加している大国、大手製薬会社、そして買い付けに走る先進国。自国最優先という獲得合戦のエゴイズムが露呈している。これはまさにワクチンナショナリズム。

ワクチンができるまで、きっと時間がかかるはず。それまでに感染して、自身で新たな抗体をつくる人がどんどん出てくるかもしれない。


御法度


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お犬さま御一行とすれ違う。みんな仲良しだ。こうしたグループの場合、犬が主人で、飼主は従人となる。ゆえに話題は主人中心となり、けっしてお一人暮らしですか、とか、主人に留守番を任せて一杯やりませんか、などと、従人同士の話題は御法度なんだろうなあ〜と、すれ違うのだった。


神田川


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アササンのコースに、この碑が立っていたのを知らなかった。「神田川」。昭和の名曲の一つだ。いまの若い人にこの切なく哀しい歌詞のイメージは伝わるだろうか。

一緒に出ようと約束したら、待たされるのは男ではないのか?と思うのだが、待っているのは女。待たせてはいけないという女心か。赤い手拭をマフラーに、そして石鹸がカタカタ鳴る、なんとも昭和の貧しかった時代を歌っている。

この碑の近くには、たしか銭湯があった。友人Sが古びたアパートの二階に住んでいて、その銭湯に一緒に行ったことを思いだした。

若かったあの頃、恥ずかしいことや間違いばかりを繰り返して生きていた。そんなことを想起させる歌詞が刻まれていた。


半田素麵


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去年からハマっている麺の一つに半田素麵がある。徳島県のつるぎ町の半田地区に伝わる素麵だ。冷麦と同じくらいの太さで、讃岐うどんのような腰の強さが特長だ。

近所に素麵専門店が出来たと聞いて、直ぐに食べに行ったのがもう十年前。すっかりご無沙汰していたら、そこの女将が様々な素麵レシピをテレビで紹介していた。スダチのスライスが丼一杯に乗った、スダチ素麵もその一品。

暑い日、冷えた出汁、素麵、スダチ、この三つを口に含んで避暑地をつくれば、四万十の風が吹き渡る。


スーパーベスト


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来るなら来てみろ〜


桁違いの台風が日本に近づいている。各テレビ局の気象予報士がその凄さを伝えようと、様々な言葉を使っていた。

・過去最強クラス
・スーパーベストな避難
・最大級の警戒
・極めて異例な規模
・稀にみる危険な台風
・特別警報急の勢力
・甚大な被害が予想される

このなかで響いてきたのが、「スーパーベストな避難」という言葉だった。普段はバカにするような言葉なのに、不思議なインパクトがある。スーパーベスト、このダブりなんだかおかしい。

九州の人たちは、固唾をのんで台風の進路に注視していることだろう。これ以上の被害を日本に起こさないでくれいと願っている。


紫さん


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紫のクサコならリンドウだろうか



早いなあ、もう四年も経ったんだ。四年前の今日、五行歌の友人、紫草子さんが亡くなられた。いつも明るく元気な人で、圧倒されっぱなしだった。二人して漫才をして遊んだこともあった。

「私も山に連れてってよ〜」
「いいよ、リュックに入れて連れていく」
「どこの山へ行くの〜?」
「姥捨て山〜!」

 チャンチャン。

ご自分の名前、草子を「くさこ」と言っていたのを思いだす。有言実行と言うのだろうか。クサコは九三子。九月三日を命日にしてしまった。これなら誰も忘れることはできない。なら九月三日を「むらさ忌」としようか。
そちらでも歌を楽しんでますか。


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漫才の練習をしたり〜♬


清掃


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集められた枯れ葉が、道の際に点々と美しい


アササンをしていると、枯れ葉を掃き集めている人がいた。皆が歩く頃、すっかり歩道がきれいになっているのは、こうした方たちの日々の清掃の賜物だ。作業の男性に、感謝していますの黙礼をして通り過ぎた。


としまえん


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今朝、豊島園が94年の歴史に幕を下ろしたという記事を読みながら、娘を連れて正しいお父さんをしていた時代があったなあと、懐かしんだ。

ある川柳を読んで、この広告を思いだした。35年前、この広告を見た時に、やられた!というか、これだ!と思った。世の中の広告クリエーターが、表面的なかっこよさや美しさを追いかけていた時代だった。売れようが売れまいが、かっこ良くて、オシャレな広告ばかりをつくっていた。それを笑うかのように、この広告は、ガツンと登場した。

背景にあるのは「ビール冷えてます」。この広告を見たら、おとっつぁんは子どもを連れて、プールへ行きたくなるだろう。何度も眺めて、ため息をついた。
「上手い」。

こんなユーモアで潜在意識を喚起させ、共感を呼び起こす広告をつくろうと決めた(ような気がする)。広告が、まだまだ楽しい時代だった。

この広告を想起させた川柳がこれ ↓

惜しまれて 総理ではなく としまえん

そして怪しい総裁選には、このコピーで広告を。

国民 冷えてます


八月尽


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コロナコロナで今年もはや2/3が終わり。ウィルス、オリンピック順延、猛暑、首相退陣、そして次は風速70メートルの台風が待ち受けている。なんとも慌ただしい。

月末は蕎麦大盛り無料という嬉しい「政吉」の鴨南蛮を食べながら、今年の世相を現す漢字を考えていた。「禍」か「災」か・・・


海月


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この透明なエネルギーはどこから生まれてくるのだろう。足の長いものはゆったりと、短いものは細やかに、なんか人間とそっくり、そう思って見ていると親近感が湧いてくる。

宇宙を遊泳しているかのように、たゆたう海月を見ていると、存在の意味なんて、どうでもいいのだと思ってくる。暑さに疲れたたら、水族館がおすすめ。


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足が長過ぎるのか、数が多過ぎるのか、数匹が絡まって


玉蜀黍


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昨日は、久しぶりの山岳会の定例会。挨拶をして入ると事務の方から「ニンニクはお好きですか?」と聞かれた。はい、好きですが・・・と応えると「ではこれをどうぞ」と袋に入ったニンニクを渡される。なんでも青森支部の方からの差し入れがドンと届いたらしい。

嬉しいですね、そこにあるお酒も差し入れですかと聞けば、「こちらは半額でお分けしています」と言う。「山」の字に引き寄せられるように、細かくチェックもせずに買い求めた。


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今朝、ラベルをよく見ると「玉蜀黍」の文字。原材料らしいのだが、すぐに読めない。もしかすると、調べると、やはり当たっていた。

「とうもろこし」。なぜ「唐」ではなくて「玉」なわけ?と眺めながら、味を想像する。面白そう〜、今度の山の会に持っていこうと決めた。


旱天の慈雨


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杉林の中を吹き上がってくる風に、生き返る


尾根までの急坂を登っていくと穏やかな山道(高尾山〜陣馬山縦走路コース)が待っている。外気の暑さとカラダの熱で喘いでいる時、西側の谷から爽やかな風が吹きあがった。
ク〜、来た来た〜、甘露、甘露〜。この風を感じたくて登ってきたのだ。

再読している五木寛之著「大河の一滴」のなかで「旱天の慈雨」という言葉があった。

乾ききった大地の一滴の雨水は、暗黒の中の一点の灯りと同じ。
なにも期待していないときにこそ、思いがけず他人から注がれる優しさや、小さな思いやりが「旱天の慈雨」として感じられるのだと。

吹き抜ける風はまさにそれ。それまでのキツかった時間を忘れさせてくれる。こんなタイミングのいい風になれるだろうか・・・と一瞬、思う。


深山烏揚羽


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ミヤマカラスアゲハが地面にとまって吸水をしている。蝶だって暑いのだ。グイグイ吸水しては、お尻から水分を放出する。それはまさにオシッコ。体温調節をしているためといわれている。

ミヤマカラスアゲハは漢字で「深山烏揚羽」。日本のアゲハのなかでも、一際美しい大型の蝶だ。青緑色に輝く翅を追いかけていた少年は、いまも山道でシャッターを切り続けている。


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終わりと始まりの混沌


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すすきの穂が空に向っていた


陣馬山から東に延びる尾根は、高尾山へと続く。起伏の少ない西側の巻き道を進んでいくと、ときおり爽やかな風が吹き抜ける。
汗まみれのからだにヒンヤリと気持ちがいい。秋がもうそこまで来ているのではないかと思ってしまう。

誰かが言っていた。旅をするなら季節と季節の間がいいと。終わりと始まりの混沌。季節が次へと変わっていくのは、寂しいような、うれしいような、青春のあの頃になんか似ている。


東京の空には


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静かだった東京の空に、旅客機が飛ぶようになった。二分間に約1回のペースらしい。新宿であれば上空約900メートル、渋谷・恵比寿であれば約600メートルという近さだ。

これは国が勝手に決めたことで、我々には飛行ルートと時間帯、そして本数などの報告があったのみ。反対をする暇(いとま)もなかった。
オリンピックに開催に合わせ、新たな飛行ルートとして決まったに違いない。


甥っ子


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お盆に甥っ子のRが、我が家にやって来ると知った札幌の弟(父親)は、「あいつに食べさせてやってくれい」と、自分の畠でつくった野菜を前日に送ってきた。
恒例のミニトマトと胡瓜は夏サラダに、モロッコいんげんは煮浸しにして出すと、Rはビールを呑みながらあっという間に平らげた。

日焼けしたRは、いまサーフィンに夢中らしく、ボードを鎌倉に預け、週末を楽しんでいるという。「そろそろ山を始めようぜ」と誘うのだが、「いつか一緒しますので、もう少し待っててください」と言う。Rには、以前山靴とリュックを進呈していて、将来サポートしてもらおうと企んでいる。

ところで、まだ走ってるの?
「こないだ、我が家から横浜までの多摩川沿いを走りました」
何キロ?
「25㎞です。さすがに帰りは電車に乗りましたけど」
凄いなあ・・・
そういえば小説「一瞬の風になれ*」の登場人物の一人だっけ?
「3巻の中で、本名で出ていますよ」


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読んだはずなのに、すっかり忘れていた。週末は雨らしいので、もう一度読んでみるかと、書庫の奥からこの三冊を見つけ出した。

*佐藤多香子著「一瞬の風になれ」は、神奈川の高校陸上部の若者たちを描いた青春小説。



山は秋の花


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雌しべの先に透明の粒が見えるタマガワホトトギス


標高が500メートルを超え、風が少し吹くと山は別天地になる。今ごろ娑婆はクソ暑いんだろうなあ〜と思いながら、冷気を含んだ風を受ける幸せ・・・思わず目を閉じてしまう。
半日影の山道には、黄色い秋の花が咲いていた。


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吊り下がるようにして咲くキツリフネ

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秋の訪れを告げるキンミズヒキ


75年


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終戦記念日には、新聞の投稿欄にさまざまな体験が寄せられる。鼻の奥がツンとするような投稿を見つけた。避けることも逃げることもができなかったあの時代、誰もが必死に自分を生きていたことが分かる。

「なぜおまえは一番先に自分の両親のもとに帰らなかった」と一喝した父親も正しい。もし同じ状況下にあれば、娘婿に同じように言うかもしれない。
夫の優しい一言を75年間、胸に抱き続けきた人生は素晴らしい。文体も素敵だ。


駅ピアノ


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明かりを灯すかのように、レンゲショウマが森に咲きはじめた



好きな番組の一つに「駅ピアノ」がある。世界各地の駅の構内や空港ロビーに置かれたピアノを、様々な人たちが弾くのを映すノンナレーションのドキュメンタリーだ。ピアノ演奏が終わった後に、それぞれの人生や思い、そして音楽の素晴らしさを語る。

ここ数日、気がついたらある曲をハミングしていた。どこで覚えた曲だろう。しばらくの間、気がつかなかった。昨日ふと、その曲を思い出した。ロンドンの駅で、91歳の元花屋の男性がピアノを弾きながら、小さな声で歌っていた歌だった。

弱き者には「私は強い」と貧しき者には「私は豊かだ」と言わしめよ・・・

演奏が終わると、拍手が周りから起きて、若い男性が「素晴らしかったです、感動しました」と言って握手を求めた。ちょっと照れながら、彼は「感動してくれたんだ」と呟いた。

周りに人たちに受け入れられて、毎日を重ねてゆく。演奏が人々に喜びをもたらす。祈りが通じた気がする。ありがたいことだ。本当に幸せな人生だ、これのおかげでね。
男性はピアノを撫でて、ゆっくり立ち去っていった。

いい番組は、タイトルもシャレている。

あの男性は今日もロンドン駅でピアノを弾いているだろうか。弾いていて欲しいと願う。


スミナガシ(墨流し)


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多くのチョウは、アゲハ、タテハ、シジミ、ヒカゲなど、その属性(科)の名が付けられている。ところが、この蝶に限ってはスミナガシ(墨流し)という特別な名前をもつ。暗青緑色の地色に白い複雑な翅の模様が、命名者の心を動かしたのかもしれない。


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吸水をしているとき蝶は、充たされているかのように、翅の開閉を繰り返している。


暑さ忘れれば・・・


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涼風が薬王院を吹き抜けていった


気温予想の日本地図が赤く染まっていた。今日は、40度を超えた地域があったとか。炎天下、歩いているとマスクに汗が沁みこんでいく。

我慢の限界と、信号待ちでマスクをはずし、・・・熱中症か、コロナウィルスか。どっちを選ぶ。。


昨日は、権師匠の一周忌でした。

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権師匠が撮ったISSの軌跡


特別な夏


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今年の大移動は・・・


昨日の小池知事の手にするパネルにこんな言葉があった。
この夏は「特別な夏」。・・・・上手い。いつも感心するのだが、ブレーンにコピーライターがいるのではないかと思っている。じつにソフトに語りかけてくるフレーズ。

この夏は「特別な夏」。特別は、分かっていてもあえて言葉にしない。するのは受け手であり、そして、どう過ごすかは、それぞれが考えましょうと言っている。

9連休の会社もあるという。特別な夏をどう過ごすか、考え始めている。


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立秋である。山は秋の花が咲きはじめた


ハナイカダ


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春に花をつけていたハナイカダを探していた。目印は葉の上の黒い実。これは甘味があって食べられるので、この時期、人や鳥に取られてしまう。別名、ヨメノナミダ。


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ヨメノナミダの謂れ
ある若嫁が殿様の使いから「葉に実のなる木を見つけてほしい」と言われました。
夜おそくまで山の中を探しまわったのですが、見つける事が出来ず、その時に流した悔し涙が葉に落ち、月の光で黒真珠のように輝いた。それがハナイカダの果実になった・・・


カナヘビ


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一瞬、両者に緊張が走る。木漏れ日を受けて、青と金色が鈍く光る。


くうねるあそぶ


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暑い日はカタツムリにかぎる


タマアジサイ


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「花が若さを象徴するのは、はかなく散る姿ゆえである」と今朝の天声人語にあった。
都会の紫陽花が、幾多の色を経て、そろそろ鈍色になろうとしている頃、梅雨空けの山間にタマアジサイが咲き始めた。


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蕾の殻!?が、そのままぶら下がっている

玉のような蕾がポンと割れて、開花していく姿が特長。咲き始めると、涼し気な色合いで、夏の終わりまで長く登山者を楽しませてくれる。


バランス


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経済か、感染か。バランスを失っている天秤ばかり。秤の左右は「経済」と「コロナ感染」。「経済」の皿に「GO TO キャンペーン」の分銅を加えて、バランスをとろうとしたが、東京都の分銅が抜かれてしまった上、感染者がどんどん増えて、傾がっていく。

バランスをとっている「我慢」の小さな分銅たち。いつまで耐えられるか。何か妙案はないものだろうか。



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ムラサキシキブが蕾をつけはじめた


雨が
空から降れば
思い出は
地面に
しみこむ

このフレーズが好きで、今月は何度も口ずさんだ。
でも空よ、もう雨は、勘弁してほしい。
蝉もとうとう我慢できなくなったぞ。

小室等が歌っていたので、ずっと彼の詩だと思っていたら、作詞は別役実だった。

─雨が空から降れば
─思い出は地面にしみこむ
─雨がしとしと降れば
─思い出はしとしとにじむ

─しょうがない
─雨の日はしょうがない
─公園のベンチでひとり
─お魚を釣れば
─お魚もまた雨の中

童話作家らしく、なんともメルヘンで温かい〜♬


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誕生日


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本日は、恥ずかしながら、誕生日。毎年、これといった自覚も感慨もなく、一日が終わっていく。今日もそうに違いない。

いま何合目にいるのか、分からないけれど、ここまでの道がずいぶん早かったような気がする。導かれるままに、見えない山頂を目指していきたい。


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下駄


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山から下りて、久しぶりに下駄を履いた。桐の下駄だろうか、とても軽い。鼻緒から微妙な圧が加わって心地がいい。子供の頃、夏は下駄と決まっていた。若乃花、栃錦などの横綱名が書かれていて、子どもたちは、いざ履く時に自分の下駄が直ぐに分かった。

10年以上も下駄を履き続けると、親指と人差し指の隙間が大きくなり、どちらの指も逆三角形のカタチになった。新しい下駄の鼻緒に無理矢理、指を差し込んだときの感触を思いだす。最初は馴染めないのだが、いつのまにか指とフィットし、足の裏が吸い付くようになった。

石ころだらけの道を走り回っていると、稀に下駄が割れた。割れ目に肉が食い込み、悲鳴が上がる。紐などで結んで、足を引きずりながら帰ると、父は下駄の裏から添え木を当てて釘を打ち、修復した。歩くとその下駄が重かった。モノを大切にする精神を足の裏も学んでいた。


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前日の山行を思いながら、朝の山を眺めるのは至福の時間


恵那山(2)


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撮ってきた写真をチェックしていると、ガスっていたこともあって恵那山の写真が少ない。前日歩いた麓の池、下りてきてからの宿の周辺ばかりだ。人が少なかったこともあり、Sさんと近景、花や虫たちを多く撮った。


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自分たちのささやかな世界を守りながら生きている花や虫たちを見ていると、こうした小さな命こそが、おおいなる自然を内包しているではないかと思えてくる。


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アサギマダラは、フジバカマ、ヨツバヒヨドリなどの蜜を吸って、体内にアルカロイド系のフェロモンをつくり天敵から補食されないようにしているという。
もうすぐ南へ数千キロの旅を始めるはずだ。


恵那山(2191メートル/日本百名山90座目)


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前泊した萬岳荘は、ログキャビンの清潔な山小屋だ


恵那山の山地図を買ってから五年が過ぎた。眺めてばかりでもしょうがない、そろそろ登ろう。アプローチは長いが、危険の少ない神坂峠からのコース(往復約11時間)を選び、福岡の友人Sさんを誘った。二つ返事があって、計画が進み、梅雨の晴れ間の二日間、久しぶりに手応えのある山行を楽しんだ。


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夕食はちょっとリッチに


出発地点の標高が1600メートルで累積標高差1300メートル。つまり登りと下りで、それぞれ約1900メートルずつ。早寝をして、朝3時半に起床し、簡単な食事をして四時過ぎに出発。


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少し登ったところで素晴らしい朝焼けが始まった。二人でしばらく眺める。朝日は生きていることの実感そのものだ。森と笹尾根の道を辿りながら、6つのピークを越えてゆく。湿度がハンパナイ。水分をいくら補給しても滝のような汗が流れる。五時間程歩いても霧がかかった山はピークをなかなか見せてくれない。いつになったら表示が出るのだ!とストレスが溜ってくる。


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こんなピークを6つ程、越えてゆく

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霧がかかった森は山水を思わせる幽玄の世界


見上げた先にうっすら空が見え、やがて分岐の表示が出た。ここから30分で山頂とある。遂にここまで来た。6時間。よく歩き通した。
Sさんもかなりバテている。帰りは大丈夫だろうか?

山頂を極める前から、二人、帰りの心配をする。また同じ道を下りてゆくのか・・・山頂は、霧の中。樹々に囲まれ眺望もなし。何年もかけた恵那山、こんな感じなの?
しかし、これだけ歩けたことに満足感はあった。Sさんも「自信が持てました」と至極満足げだ。

三時過ぎから雨予報になっている。昼食をササッと済ませ、下山を開始する。もう何も考えない。足元に神経を集中し、無事に二人で下りる。Sさんに声をかけて、気持ちを切らせない。ピークを2つ残したところで雷が鳴り出した。ゆっくりと鈍い音が近づいてくる。


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遠くに中央アルプスから南アルプスまでの山々が見渡せる


突然、ポケットのスマホが鳴った。萬岳荘の管理人Hさんだ。「雷が鳴り出したのでロープウェイが止まりました」。えっ?下りれないじゃん!「車で峠まで迎えに行き、下の宿まで送りますから、用心して下りてきてください」。

なんと親切な〜。前日の夜、共通の山の友人がいることが分かり、多いに気持ちを通わせたからだろうか。ありがたい。ヘトヘト、ビショビショになりながら、彼の車に迎えられ、シートに沈んだ。
Hさん、ありがとうございました。この山で出会えて、本当に良かったです。

宿に着いて、風呂上がり、乾杯のビールの美味かったこと。ク〜と、しばし絶句・・・


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センジョーコースイタイ


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「センジョーコースイタイ?」。初めて聞いたとき、その言葉をかみしめていると「戦場香水隊」なる字が浮かんだ。いやいや違うだろう。「線状降水帯」。不謹慎なこと、この上もないのだが、ときとして違う言葉が浮かんでしまう症候群なのだ。

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Uber Eatsのバッグを背にした若者の自転車が、坂をかけ上がっていくのを見ると「奪〜it」と口にする。現代のピンハネ奴隷制度ではないのか?と思えたりして、つい言葉の不思議世界に入り込んでしまう。

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先月からの晴天率は例年の半分以下だという。太陽の光が恋しくなるくらい、雨の日が続く。雨をうける花たちの写真を整理していると、この雨は花たちには必要なのだと思えてきた。

メロン


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ひょんなことからメロンに牛乳、そしてアイスクリームを入れて食べることになった。

話は半世紀前に遡る。茅ヶ崎の加山雄三の家(正しくは上原謙邸)に遊び来た、高校生の加瀬邦彦(ワイルドワンズ)に、若大将は「お前に上手いものを喰わせてやる」と、高級メロンを二つに切り、種を取って、牛乳を注ぎ「こうやって喰うと美味いんだ」と食べ始めた・・・。

そんなエピソードが収められているYouTubeを静岡の友人Sに転送したところ、しばらくしてメロンが届いた。「我が地はメロンが特産品、君もぜひ試してみたまえ」「牛乳もいいがアイスクリームもいける」と。


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家人は「もったいないこと」と呟いたが「至極の贅沢〜〜」と、まずは大きなスプーンでメロンを削ぎながら、牛乳と一緒に口に含む。「ウ〜ム・・・イメージ通り・・・やや牛乳が勝るか」。続いてアイスクリームメロン。「これは美味い!どちらも美味い!!しかし・・・なぜ混ぜなくてはいけないのか?」。

加瀬邦彦、享年75歳。贅沢なメロンを口にしながら、いつも笑顔だった彼のことを思いだしていた。

お時間のある方は、ぜひどうぞ ↓

生き物の死にざま


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「生き物の死にざま」。このタイトルに惹かれた。ここには29種類の生き物の一生が紹介されている。著者は生物学者なのだが、科学的な解説だけにとどまらず、子孫を残すために懸命に生きる全ての親たちに、哀切の筆運びでその一生を讃えている。

たとえばカゲロウ。成虫になったらわずか数時間のうちに死んでしまう。この間に子孫を残さなければならない。ところが空に水の中に捕食者たちがいる。次の命のバトンのために考えた策は、途方もない数で一斉に孵化し、数時間で子孫を残すという方法だった。

その他にも生まれた幼虫たちに我が身を捧げるハサミムシ、不老不死のベニクラゲ、老化しない奇妙な生き物ハダカデバネズミなど、不思議な生き物たちを紹介している。

死にざまとは、まさに生きざまの裏返し。読み終えて感じたのは、人間もまた命という普遍のプログラムの中を生きているということ。死すべきは死に、生きるべきものは生ききる。私たちはその繰り返しをしていくだけなのだ。


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カナブン
カミキリ
カブトムシ
いくつになっても
甲虫が好き

雨の山


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ビールを呑みながら雨の白馬岳を振りかえる


一面の田んぼはまるで荒海のようだ。見えない魔物たちが緑を漕いでこちらに向ってくる。西からの風は、低い雲を押し流していく。二日間、山の中で雨音ばかり聞いていたら、さすがに心配になってきた。雨を集めた谷筋には滝ができ、凄まじい音を立てていた。山で一番怖いのは、風だと思っていたが、降り過ぎる雨はもっと怖いと知った。


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谷筋にはいくつもの滝が現れた

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犀川、梓川、千曲川は、やがて信濃川に吸い込まれてゆく



尾張藩


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箱根山麓には我々のためにパネルが用意されていた


「吟行・四季の歌会」は35回を迎えた。今回は新宿区内にある戸山公園と箱根山。コロナ感染者が一気に増えたこともあって、キャンセルが参加者より多くなってしまったが、参加者はガイドさんの話に聴き入った。

戸山公園は江戸時代、尾張徳川家の下屋敷のあった地で、広さは東京ドームの約10倍。明治に入ってからは陸軍用地として戸山学校が置かれた後、戦後はGHQが支配し、返還後は公園と住宅用地となり、今は公園を囲むようにして区の高層住宅が並んでいる。

ガイドさんの説明によると、当時屋敷内には御町屋(おんまちや)という小田原宿を模した通りがあって、鍛冶屋、米屋など37軒の店が並んでいたという。営業は、お偉い方が来た時のみで、尾張藩の侍が町人に扮してお相手をした。小田原まで行けない将軍家のためにそんな町屋まで尾張藩は造ったのだ。それだけではなく大きな池や滝、そして橋、馬場、茶屋、さらに富士山を遠望するための小高い山(いまは箱根山)まで造成した。

なんという尾張の財力と贅沢。もしかしたらこの下屋敷は、徳川家への忠誠を伝えるためのテーマパークだったのではないかと思った。


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歩いたのは広い公園の一部


鉄人


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雨にも痛みにも負けず・・・キヌガサソウ


鉄のように強靱な肉体や精神を持った人を「鉄人」に喩えられる。この花を見ていたら、球界の鉄人、衣笠祥雄を思いだした。キヌガサソウ。大きな葉に包まれるようにして、一輪の白い花がスッと首を伸ばして咲いている。こころなしか、茎が太い。これも鉄人っぽい。


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三週間前、北高尾の山で滑落した。昨年の北アルプスに続いて二度目の打撲。今回の方が衝撃と痛みは大きかった。首を強く打ってしまい、一瞬気道が閉じて息が吸えず焦った。ゆっくり手足の指を動かすと、問題なく動いたのでホッとした。

二週間続いた背中の痛みはようやく引いて、思った。
我がカラダは、鉄人ではない。


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花はやがてピンク色になっていく


サンカヨウ


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儚げ。こんな言葉が似合う花だ。雨をうけてサンカヨウの白い花びらは、見る見るうちに透明になり、ガラス細工のようになっていく。

ところが、水分を含んでしまった花びらは、脆い。風に煽られ、雨に何度か当たるとその一片はほろりと落ちる。花の命はわずか一週間くらい。だから、この花に逢うために、山にやって来る人たちがいる。



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木編に母と書いて栂(つが)と読む。標高二千メートル、雨をうけて栂の葉先が、ほんのり桃色に染まって丸く膨らんでいる。どんな花が咲くのだろうと、つい想像してしまう。

だが、ここから吹き出るのは、新芽。つまり新緑。蕾のようなカタチからは若葉が生まれていく。この時期、山に降る雨は、花ばかりではなく、樹々にも命の潤いを与える。


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降りんピック


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空しい横断幕が雨風に揺れている中野駅近く。先日、都知事選候補者四人によるオンライン討論会で、オリンピック開催の賛否が問われていた。
◯と×がそれぞれ二人。

いま口にしてはいけないようなオリンピック開催の是非。選手らを思うと、大きな声で「非」とは言えないが、出来るとは思えない状況だ。コロナ禍のなか、TOKYOへ世界の若者たちはやって来るのだろうか。

もしかしたら「出来ない・しない」のロジックを、関係者たちはもう練っているのかもしれない。ワクチン開発の動向を睨みながら・・・。


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家呑みが続き、ほぼ呑みつくしてしまった


裏返し


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知らなかった・・・。靴下は裏返しにしたまま洗濯をすると、臭いが落ちやすくなるだけでなく、靴下の傷みを抑えて長持ちするということ。説明書きには「洗う時はうらがえしにしてください」と表記されているらしい。裏返しに脱いでも問題なしという、じつに便利でありがたいお話。


変化の色


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アガパンサス、ムクゲが咲き始めた。そろそろ紫陽花は終わりだろうか。
この紫陽花、遠くから眺めていたら、白山山頂に咲いていたクロユリを思いだした。なにか侘び寂びの趣きがある。こんな種類なのか、それとも最後の変化の色なのだろうか。


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短冊


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労働の手からこんな美しい字が生まれるんだ・・・


妹から五月に亡くなった伯母の短冊が送られてきた。享年98歳。これを詠んだのはいつ頃だろうか。耳は遠かったが、足腰は丈夫で、日高の浜で長男と孫の船を待ち、上がって来た魚を組合へ運ぶ、加工するなど、浜の仕事を長く手伝っていた。

若くして海で夫を亡くし、四人の子どもを育てなければならない時代があった。そんななかにあっても長女として母たち兄妹らへの気遣いを忘れなかったそうだ。おおらかで肝の座った人だった。

この歌は晩年の作だが、短歌は辛い時代の伯母を支え続けていたのではないかと思う。いつかゆっくり伯母の歌を読みに日高を訪ねてみたい。


女帝


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友人にすすめられて購読を決意したのだが、書店で手にとった時の重みに、一瞬、読めるだろうかの不安が生まれた。420ページ超の分厚さである。しかし、読み始めたら止まらない。著者の石井妙子さんの時間をかけた調査、取材、資料のまとめに裏打ちされた明晰な文章は、最後までページを開く手を止めさせなかった。

結論は、ぜひ読んでいただきたい一冊である。とくに都民の方には、投票前の必読の書だ。
どうして、この人の描く世界が完成してきたのか、関心、興味はその一点である。これ以上を今書いてしまうと、お楽しみが消えてしまう。後日に、また書いてみたい。


ツバメ


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大人になると口の回りの白色は消える


産毛が抜け始めているので、ヒナたちの巣立ちは間近かもしれない。四羽のヒナに両親は代わる代わるエサを運んでいた。末っ子らしき一羽だけ、ひと回り小さかった。


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フンガイせずに巣の下にはボードが設置されていた


八重咲き


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八重咲きの花を見つけると、四葉のクローバーを見つけた時のようなシアワセ感が生まれる。春のニリンソウ、この時期のムクゲ、そしてこのドクダミもそうだ。


野良の矜持


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ときどき無言のにらめっこをする神田川沿いに暮らす野良。群れず、媚びずに生きているキミはいつも堂々としている。その睨みにも敬意をはらっていますよ。


ロングトレイル


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北高尾は登山者が少なく、静かな山行を楽しめる


これで四週連続山登り。そろそろきつめの山登りをと思い、数年前から考えていた北高尾のロングトレイルコースに挑戦した。一気に急斜面を登った後は、アップダウンの繰り返し。徐々に息は上がり、後半はいささかバテた。ただ荒い呼吸をしながらも登りの斜面に馴染んでいくと、酸素と血液と筋肉が共鳴しあって痺れのような感覚が生まれ、思わずうれしくなってくる。

いい歳をして、こんなことをする歓び、分かってもらえないだろう。


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トラノオの花が咲き始めていた


コロナ維新


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地方の人から見ると、どうやら東京はコロナの危険地域として映っているようだ。地方の友人、知人らが上京をためらっていて、もう少し落ち着いてからにしますと云う。たしかに感染者ゼロの数字はなかなか出てこない。一桁の日が少しでも続けば、そろそろ大丈夫なのかなと安堵してしまうのは、大都市住人の麻痺した感覚ゆえか。

「コロナ維新」の入り口に立ったばかり。これからどんなことが起きていくのかと想像すれば、いよいよこれからが正念場かもしれないと思う。

淘汰と進化。人も仕事も社会もこの二つに向かっていくのだろう。嫌でも始めていかなければならない新しい生活とやら。何が消えて、何が生まれていくのか。コロナは様々な社会の歪みを露呈させた。多くの犠牲をはらいながらも意外とあるべき未来になっていくような気もする。

それを望むと望まざるに拘わらず・・・。


甲虫に夢虫


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甲虫の生態と前羽の独特な美しさに魅了されて、早?十年。浮き世をしばし忘れ、夢虫の世界へ。


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Oさん


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この時期、標高千メートルくらいの山々では、ハルゼミが鳴き始める。その鳴き声は、カエルのような声にも聞こえる。決して涼やかというのではないのだが、樹々の中から聞こえてくると、春が終わりを告げ、季節が初夏に向っていることを教えてくれる。

亡くなったOさんは、面白かった。森の中を歩いていると「この声はカエルですか」と聞くので、蝉なんですよ。ハルゼミですと答える。しばらく歩いていると「この声はカエルでしたか?」と聞いてくる。それを数回繰り返して、思ったのだ。

Oさんは決してからかっているのではなく、真剣にその鳴き声に魅了されているうちに、どちらだったのか分からなくなってしまうのではないかと。このハルゼミの鳴き声を聴いていると、Oさんの質問を想いだす。


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Oさんの古い友人Iさんの手にしばらく止まっていた


初夏・入笠山(2)


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雨上がり、カラマツに絡みついているのは、着生植物サルオガセ。待っていましたとばかりに、雨をいっぱいに吸い込んでいるように見える。雨の後でなければ、見られない目映い光景に出会った。

サルオガセは、霧のかかる森の樹々に着生して垂れ下がっている。宿り木のように他の樹々から栄養分を摂取することなく、水分と光合成だけで成長する不思議な植物だ。


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初夏・入笠山


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これから入笠湿原ではスズランが見頃を迎える


雨が上がり、スズランが輝きを増した。南アルプスの北端に位置する二千メートル峰、入笠山。山頂付近は、さまざまな初夏の花が咲き誇っていた。そのなかでも一際こころ惹かれたのはキバナアツモリソウ。菅笠を被った天使が草の中ではしゃいでいるようで、思わず微笑んでしまった。

眺望はいま一つだったが、山の空気は美味かった。ステイホームと言われれば、山に帰ってきたくなる。


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菅笠を被った天使のようなキバナアツモリソウ

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絶滅が心配されるホテイアツモリソウ

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こちらも絶滅危惧種のクマガイソウ


木蔭


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ここのベンチにはいつも誰かが座っている。アーチができた当初は、まだスケスケだったのに、いつのまにかノウゼンカズラが制圧した。五月から咲き始めて九月くらいまで、ポツポツと咲き続けていく。


クラフトコーラ


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アササンコースの神田川沿いにまた新たな名所ができた。世界初のクラフトコーラですって。若い人は、チャレンジ精神に溢れて素晴らしいな。若い人たちが並んでいて買えなかったけど、次はなんとか・・・。

近くには創業百年を誇るお団子やさん、自宅を改装したカフェなど、京都の銀閣寺に続く哲学の道のように、好い散歩道になっていくのかもしれない。


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伊良(いよし)コーラ


紫陽花を愛でて


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紫陽花を眺めていたら「照れワーク」の期間中、韓流ドラマ「愛の不時着」にハマっていたことを思いだしました。

この紫陽花、お隣では・・・

ハナビノスミダ。


給付金は手切れ金!?


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日本のこれからが心配になる話がいくつか入ってきた。皆さんこれでなんとか頑張ってくださいと配られている給付金は、じつは手切れ金なのではないのか。

取り敢えずは、今、なのだろうけど、原資をどんどん使い果たし、この先大丈夫なのだろうかと不安になる。税収の落ち込みに加え失業者・中小企業へのさらなる支援、毎年繰り返される災害への準備など、視野に入っているのだろうか。

この国の舵取りにはいつも不安を感じてきたが、お手上げ状態になったら「日本人は民度が高いから心配はない」とあの人は、また言うのだろうか。


萎縮生活


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テーマとは関係ありません。怖かった・・・


新型コロナウイルス関連の専門用語と赤のアラート光でバリアされている(ような気がする)。そして自粛を促されているうちに、いつのまにか萎縮していることに気付く。

新しい生活が求められ、当たり前だった日々は直ぐに戻らないかもしれない。まずは一年だろうか。

下宿人であるはずのウィルスが、大家の我らに目を光らせているという違和感が常にある。


手紙


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先月、不死身の人と思っていた伯母が亡くなった。98歳。五世代同居家族の長として幸せな人生を歩いてきたと思う。北海道の漁師に嫁ぎ、三十代で夫を海難事故で亡くした。浜の仕事を続けて、残された四人の子ども達を無事に育て上げた。

長男は中学校を出ると漁師になった。無口で無骨で笑顔の優しい、母親想いの従兄弟だ。長く漁業組合長を努めあげ、いまも浜では信頼されている。葬儀に出られない旨の手紙を書いた後に、残された叔母を思いだして、ペンを取った。

後日、その叔母から感謝の手紙がきた。「手紙を読んで涙が止まりませんでした。こんないい甥っ子をもって幸せです」と。末っ子の叔母ももう高齢だ。大家族のなかで育ち、今は独りぽっち、その心境はいかばかりか。

コロナ自粛の間に、途切れていた人たちに手紙を書いた。
喧噪から離れた静かな時間だった。


花時間


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花弁がクルクルッと巻きあがるウリノキ


ORMACのメンバーには植物に詳しいHさんがいる。毎回植物図鑑を持参してくれるので、だいたいの種類がそこで分かる。受粉の仕方、雄花・雌花の役割、近似種の見分け方など、フムフムと楽しい解説を聞いていると、生徒の気分になってくる。

今回は、ウリノキとタツナミソウを教えてもらった。どちらも初めて目にする花だ。ウリノキ(瓜の木)は開花すると花弁がクルクルッと巻きあがり長い蕊を垂らす。

タツナミソウ(立浪草)は字の如く「浪立つかのような花のカタチ」。花の姿を横から見ると北斎の冨嶽三十六景の中でも人気の高い「神奈川沖浪裏」を思いださせる。

たまには、あくせく登るだけでなく、花時間を楽しむのもいい。


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浪が立つかのよう〜いいネーミングのタツナミソウ



右手の人差し指の先がチクリと痛んだ。よく見ると少し腫れている。なんだろう、トンと記憶がない。目を凝らすと小さな点がある。棘?。そうか、週末の高尾山だ。山仲間にモミジイチゴを食べてもらおうと、薮の傾斜を上がり、採集している時にチクッとしたことを思いだした。小さな痛みを抱えるのも悪くないと思い、クスリを塗るだけにした。

タイピング時に手が止まり、この小さな一点に目がいく。触れるとズキンとする小惑星、なにかメッセージを送ってきているような気がする。


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野苺のなかでもモミジイチゴは美味い。口に放り込めば、爽やかな甘味が口に広がる。葉っぱの下に隠れているので、気がつかない場合が多い。

ハナイカダ


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自粛自主解除で登った一週間前の高尾山、すれ違ったのは一人だけだったが、先週末はかなり増えていた。日本人の多くはマスク姿だが、外国人はノーマスク。お国柄だろうか。
すれ違う時の挨拶「こんにちは」は、口だけを動かし、笑顔だけにした。分かってくれる人が多く、もしかしたら、流行るかもしれない。

緑のなかでの深呼吸の美味しさ。こんな当たり前の幸せを噛みしめた。自由に発言できる、息ができる。そして美味い酒が呑める。やっと山の会にも笑顔が戻ってきた。

コースの途中でハナイカダを見つけた。もう実になっている。誰が命名したのか、ハナイカダとはいい名前だ。雌花だけが実となり、黒く熟すると野鳥たちのエサとなる。


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下から見てもよく分かるが、実が野鳥に食べられると普通の木!?


エゴ贔屓


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好きなんだから仕方ない。

身心一如(しんしんいちにょ)


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肉体と精神は一体のもので、分けることができず一つの両面であるという言葉。なるほどと思いながら緊急宣言解除後の皆さんの様子を見ている。多くの日本人はこの二ヵ月の間、毎日のようにコロナ報道番組を観て、行動規範を正しく守ってきた(と思う)。

解除といきなり言われても、ハイ外出します、とはいかない。染みついた規範はそう簡単に離れてくれないのだ。

三密、ソーシャルディスタンスなどの言葉が連呼され、なんだか戦時下の日本のようだと思っていた。
「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」など数々の標語が生まれ、声をかけ合って、守らない者は非国民呼ばわりしたあの時代。

そして今、守らない者には、自粛警察なる者が現れた。なんだこれはと思った。おまえたちは戦時中の国防婦人会か?
そしてSNSでの中傷、誹謗など・・・と、なんだか呑み会のおやじになってきたので、チョン。

いずれにしても言葉の力は大きかったと思う。「三密」。たった二文字。スゴい。

週末は山だ!


食べ過ぎ


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自粛中につい食べ過ぎてしまって・・・と言う方は、案外多いかもしれない。小生も歩いているから良いだろうとか、あらもうこんな時間とか、散歩中におやつを買ってしまって・・・などついつい余計に食べていたように思う。

写真のヒマラヤスギ?も食欲旺盛だ。ネームプレートまで呑みこもうとする姿は、大きな魚を呑みこむアオサギのよう〜〜


新たな日常?


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喩えば墓の上で哲学するとか・・・


なんだ、この言葉。スッと入ってくるけれど、なんとも怪しげな言葉。
あの人が得意顔で使いたくなるような言葉だけに、そーはいかんぞ、と探りを入れたくなる。新たな日常? が始まると、なにが起き、なにが変わっていくのか。

新たな日常は、意識の変化から始まる。会社に出なくても仕事ができるじゃないかと分かれば、暮らしのカタチが変わる。人・モノが動かなくなると、カネも動かなくなる。当然、社会構造、形態も変わり、失業、倒産が増えていく。「新たな日常」を手放しで喜んではいられない。
 

自粛自主解除


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多くを語らず・・・・・

ウツギ ウツリギ ウヅキ


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ウツギの花が咲くと雨の季節が近いと思ってしまうのは、この花が半日影の場所を好むからかもしれない。初夏、やや日陰の森や山道で見かけ、白い花は遠くからも目につく。


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ヤマブキの花が散ってからは、白い花が山道を彩る。コゴメウツギ、マルバウツギ、ガクウツギ、フタリシズカ・・・涼しげで沢の音とよく合う。


山よ


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中野区もみじ山文化センターの裏庭


勿体ないなあ〜と雲ひとつない空を眺めながら、深緑に変わった樹々の中を歩いていると、山への想いが高まっていく。そんなときに、山の事故のニュースが入ってきた。

先月、今月と八ヶ岳、焼岳、妙義山で起きた道迷いや滑落のニュースだ。自粛中にもかかわらず・・・と記されている。
「なんでこんな時に・・・」。いつの間にこちら側の人間にすり替わって、いかんよなあ〜。

全国の山屋さんたちも今は忸怩たる思いで終息を待っているはずだ。いつか山小屋でこの年を語り合う日が、きっとくる。仕方がない。娑婆の花を眺めながら想いを募らせ、せめて心だけでも山へ飛ばそう。


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代々木公園

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明治神宮の森

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標高44メートルの箱根山五合目のベンチ

ポプラ


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歩いていると遠くに背の高い樹が見えた。近づくとあるお寺のなか、それもお墓の端っこにドンと聳えていた。都内では珍しい。しばらく眺めていた。小さい頃、この樹が好きでよく登っては風に揺られていた。枝が上に向って伸びているので、落ちる心配がなかった。

ポプラは北海道を代表する樹木で、小学校の校歌で歌われていた。

窓をのぞいて 立っている
ポプラとともに ぼくらは育つ わたしも育つ
雲をはらって すくすくのびよ
雪にまけずに ぐんぐん進もう
みんなみんな 肩くみあって

この樹を目にすると、少年が登っているのではないかと、つい探してしまう。


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代々木公園の樹は横に伸びていた


日常とは?


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渋谷のハチ公にもマスクがついたという

緊張感のあった非日常の日々が、いつのまにか日常と化してきた。我が家では自粛を守り、日に一度のダイアモンドゲームと韓流ドラマ(愛の不時着)を毎日一話ずつ観るのが常となった。初めは馬鹿にしていた韓流ドラマの「愛の不時着」。なんともクサいタイトルに苦笑いしながら見始めると、これがハマった。

こんな事態でも起きなければ、たぶん観ることもなかっただろう。ストーリーがよく出来ていて、主役の二人が個性的なキャラクターを上手く演じている。コロナは時間を止めて、発見や気づきをつくってくれるのだから、大いに楽しんでやろうと腹をくくっている。


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夕日に祈りを捧げていると思ったらカメラを持っていた

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レッドロビンにも花がついた

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葉の中に青梅を見っけ〜

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草むらを覗くとコバンソウ

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そして郷愁を誘う・・・


発見


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神田川沿いのお洒落な家


テレワークの日々、仕事はほぼ午前中に終わるので、午後は地図を見ながら近くを散策している。気の向くままに路地に入ったり、お店を眺めたり、公園で本を読んだりして、日が傾いてきたら買い物をして帰宅。

一つ発見をした。小さなお豆腐屋さんを始め、手を動かしてモノを作っている人たちには、なんともいえない親しみを感じるということ。たとえば煎餅、石焼き芋、コロッケなどを渡されるときの、オジさんオバさんの笑顔。手から手へモノが渡るとき、笑顔ももらっている。

豆腐が好きなこともあるのだが、アチコチの小さな豆腐屋さんをつい覗いてしまうのは、手仕事をしている職人さんたちの声を聞きたい、笑顔に出会いたいからなのだと思う。


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空き地がお花畑に


箱根山(標高44.6m)


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「ようこそ」と言われると嬉しいものだ


こんな山が我が家から徒歩30分ほどの地にあったとは、知らなかった~。箱根山は東京都心では最も高い山で標高44.6m。一帯は江戸時代、尾張藩徳川家の下屋敷があり広大な敷地を誇っていた。箱根山の由来は、庭園内に小田原の宿場町の街並があったと登山口の掲示板にある。
ところが明治維新後になると、土地の所有が政府に移り、陸軍戸山学校が設けられ軍事面での拠点となり、景観は劇的に変った。

森の公園に入って行くと「箱根山登山口」の大げさな看板が迎えてくれた。30年も近くにいて、こんな良い山があったとはねえ・・・。勿体ないからゆっくりと登る。五合目?辺りにはベンチがあった。慌てることはない。ベンチで一休みする。マスクを取れば、緑を抜けてきた風が美味い。

低くたって独立峰。山頂に着くと360度、桜の木が植えられ、樹々の間から新宿の副都心ビル郡が見える。満開時は、見事な桜だっただろう。江戸の頃は、彼方に富士山や筑波山、丹沢や奥多摩の山々まで見えたに違いない。


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長いスロープを上げっていく

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長いスロープにはベンチがいくつか

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戸山公園は日比谷公園より広い敷地をもつ

Where we go?


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コロナウィルスのパンデミックにより経済活動が停滞し、温室効果ガスの排出量が減っているそうだ。世界の国が協力しあってCO2を削減するなんて、夢のような話だと思っていたら、ひょうたんから駒ならぬ、CO2削減が飛びだした。

史上最強の敵コロナウィルスに、否応なく世界経済の減速を迫られ、気がついたら環境問題を改善していたとは、笑ってしまう。この力学的なできごとを理解しようとすると、自然や神の存在をベースにしたSF小説を重ねてしまう。

読み終えた池澤夏樹「きみのためのバラ」の中の短編「レンタション」という作品に似ている。地球上から警察や軍隊が消えるというストーリーなのだが、今回のこれと重ねている。

今、私たちは歴史的な出来事の真っただ中を歩いている。なにを学び、どんな方向へ向おうとしているのか。未来人は、私たちの選択を興味深く見守っているに違いない。



テレワーク


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フルムーンの二日前


在宅の人となって、テレワーク!?で仕事をしている。娘もテレワークということで、三食が一緒になった。ネットの活用がじつに上手く、詳しい。一つ教えてもらったのが「coromap(コロマップ)」。コロナウィルス感染者の位置情報を伝えるサイトで、開くと日本地図に感染した場所、感染日が記されている。こんな、サイト知らなかった・・・。

そして夜になると「オンライン飲み会」。友人らとスカイプを使って、パソコンの前に酒と肴を出し会話をしながら楽しんでいる。ふ〜ん、時代はこう変わってゆくのか・・・。

夜は、おやじの提案でゲームをすることになった。納戸から出てきたのは、昔遊んでいた人生ゲーム、オセロ、ダイアモンドゲーム、ビンゴ、バックギャモンなどなど。寝る前のひととき、己を曝けだして熱中する。娘が意外に負けず嫌いであることが分かった。

仕事も出費も少なくなって、身軽な毎日。新しいスニーカーで走り始めようと思っている。


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いよいよ


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週末のわらび採りは来年までお預けにして(グッと我慢)都内を歩くだけにした。西新宿を抜け、御苑の横を通って、神宮の森辺りを目指す。この数週間、桜ばかりに目が行っていたが、樹々の芽吹きは始まっている。

都庁に着くと、大ケヤキの新緑が気持ちよくそよいでいた。視線を上げると、第一庁舎のワンフロアーに灯りが入っている。コロナ対策で担当職員は休日出勤なのだろうか。


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苑内の花々だけが賑やかな新宿御苑正門前


都庁前、新宿駅南口、新宿御苑正門、どこも人が消えたかのように静かだ。いいねえ、と言っては不謹慎だが、こんな大東京の散歩は生涯もう出来ないかもしれない。
新国立競技場に着くと、小雨が降ってきた。小さなカフェで雨宿り。いよいよ決断の時か。


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残念だね、来年だって、分からない・・・

家出人と宿主


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瀬を早み・・・われても末にあはむとぞ思ふ


今朝の福岡伸一さんのコラムを読んで心がときめいた。この歳になってときめくなんてことは、そうあるものではない。まずこの歌を読んでほしい。

我慢ではなく
辛抱かもしれない
撲滅ではなく
共生
共存なのかもしれない

ある歌会の題詠「辛抱」で詠んだ歌だ。
コメントを求められれば、人生観や自然観について語ることになるけど、どう話していけば良いだろうと思っていた。最初の二行についてはこうだ。

人間の英知は、私たちに快適で心地の良い暮らしを提供した。しかし今度のコロナウィルスの試練は、人間が私たちの社会が、いかに脆弱であるかを突きつけた。

楽観や期待を込めた我慢だけでやり過ごせない。先を見据えた辛抱する覚悟が必要なのではないか。それにしてもウィルスが人間を脅かすというのは、何か意味があるのではないか、だった。

喩えば・・・驕ることなかれ、人類

人は自然を克服することはできない。この地球という大きな生命体の中において、ウィルスもまた存在する意味や価値があるのではないか。そんなことをぼんやり考えてこの歌を詠んだ。

福岡さんはこう解いていた。
いくつかを紹介すると

・ウィルスは高等生物の遺伝子の一部が外部に飛び出したもの、ウィルスはもともと私たちのものだった(ひっくり返るくらい驚いた)。
・家出人を宿主は優しく迎え入れている(ここは面白く、納得できた)。
・おそらくウィルスこそ進化を加速してくれる。
・宿主に気づかれることなく行き来を繰り返し・・・

コロナウィルスも彼が唱える動的平衡の理論に組み込まれてゆく。痛快で分かりやすく様々な疑問がストーンと落ちていった。結びはこうだ。

かくしてウィルスは私たち生命の不可避的な一部分であるがゆえに、それを根絶したり撲滅したりすることはできない。私たちはこれまでも、これからもウィルスを受け入れ、共に動的平衡を生きていくしかない。

歩いて、感じて、言葉にしていく。こんな楽しいことが人生の一つなのではないか。今日は偉そうにそう言えるような気がしている。


たらの芽


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フェンスの向うに見えたわずかな葉の形状を見逃さなかった。紛れもなくたらの芽である。誰がこんな場所に植えたのか。ツツジを分け入ってフェンスから顔を出すと、背丈を伸ばしたたらの芽が目の前に現れた。
手を伸ばしたが、ちょっと育ち過ぎ。今年は諦めようと、グッと我慢した。来年ね、しっかり場所を確認  (^^)V

こんなところでたらの芽が・・・よし、週末、そっと山に入ろう。


なぞかけ


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飼主も急かさない、いい関係


転職したばかりの娘がテレワークとなり終日家にいる。午前中のやり取りが終わったら、これといった仕事も無いらしく、暇を持て余している。よって朝晩、顔を合わせての食事が増える。週末の夕食時に、ひょんなことからなぞかけをしようとなった。
突然、娘がコロナとかけまして・・・と言いながらこちらを見た。しばしの沈黙・・・。

できました。コロナとかけまして・・・

テレワークとなった君と解きます。

娘:そのこころは〜

シボーが増えています。

上手い!と娘は大笑いして、受けてくれた。

家人:ちょっと不謹慎かも。

昔、独立したばかりの事務所で、シェアした仲間と毎晩、なぞかけや格言パロディをしながら呑んでいたことを思いだした。仕事が少ない頃で、落語好きの仲間らが酒と肴を持ってきて、遅くまで大いに笑って遊んだ。ここで笑いのツボを鍛えられたのかもしれない。

最強の敵を笑いで吹き飛ばしたいものだが、ウィルスはなかなかしぶとい。

では最後に、コロナへの対応とかけまして

SMの女王と解きます

そのこころは

たえしのぶ さん。


ビニール傘


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ビニール傘に降り積もる雪が景色を朧にしていく。傘を上下にして雪を落とす。何度か繰り返しているうちに、小学生の頃、我が家の玄関にこげ茶色の番傘が掛かっていたことを思い出した。それは子供には重く、使い勝手の良くない代物だった。軸は子どもの手には太い竹製で、力を入れないと広げられなかった。

ぼってりとした蝙蝠傘もあった。これは番傘よりも実用的だったが木綿製なので、水を含み始めると重みを増し、軸から雨が伝わってきた。やがて素材がナイロン製になると、傘は一気にお洒落なアイテムになった。

雨の日の重苦しさは解消され、いつの頃か、透明のビニール傘が全盛となり街を歩き始めた。使い捨てという言葉は、このビニール傘が運んできたのではなかろうか。
透明ビニールは、水の中を歩いているような感覚にして、雨の日を少し楽しくした。


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雪と桜とコロナ


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外出はダメよと諭すかのように、関東地方は日曜の朝から雪が降り始めた。雪と桜とコロナ。よくも三つが重なったものだ。そんなことを思いながら、神田川の橋の上から枝垂れていく桜を眺めていた。

まるでコロナのような雪。春の歓びを押し止めているかのように無常に降り続く。だが花はこんな試練を当たり前のように受け入れている。儚い、可哀想と感傷的に思うのは人間だけだ。

耐えるしかない。いずれ花開くときは来る。しばらくは辛抱。この二文字から学ぼう。


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トレラン


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走りたくなるの、わかるけどなあ・・・フラットな高尾山の尾根道。トレランの集団がやってくると、片側に身を寄せて通過を待つことになる。皆さん、お騒がせしていると分かっているらしく、「ありがとうございます」と声をかけてくれる。「はい、どうぞ〜」と初めは優しく声を返しているが、頻繁に現れると静かな山行が脅かされているようで、だんだん機嫌が悪くなる。

静かな山道を皆して走ることなかろうに。

トレランとは「トレイルランニング」の略。陸上競技の中長距離走の一種で、舗装路以外の山野を走る競技だ。口コミや専門誌で高尾山の尾根コースが紹介されたのだろう。年々、トレランの人たちが増えている。
外国人、山ガール、トレランと、週末の高尾山は、歩行者天国並みの混雑になる。

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あっという間に走り去る

ザリガニ


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こんな光景を見ると、オジさんは思わず近寄って声をかけたくなる。ここは善福寺川の畔の和田堀池。落着きなく竿を動かす子には「我慢して待たなくちゃダメだよ」とアドバイスをしてしまう。

時代が変わってもザリガニの餌はアタリメと決まっている。長く水に浸しているとアタリメは白く解れてしまうが、全く問題なし。
しばらく眺めていたら、あの日の私と重なっていった。


健気



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ネコノメソウ


裏高尾の登山道は、昨年秋の台風19号の影響で崩れているカ所が多い。それでも春の花たちはどこ吹く風と、陽の当たるアチコチで咲き始めていた。こんな時に思い浮かぶ言葉が「健気」。今どき日本の暮らしの中でこの「健気」を喩えるようなシーンには、まずお目にかからないだろう。

そう思ってググってみると
健気とは、主に非力な者の振る舞いが甲斐甲斐しい様子などを意味する表現。あるいは、力の弱いものが困難な状況でも立派に立ち振る舞う様子、とある。

つまり大男が神経質なくらい頻繁に手洗い、マスクをしたとしても、健気ではないのだ。


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高尾山は世界的にもスミレの宝庫
その代表格がタカオスミレ

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ユリワサビ

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モミジイチゴ

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ミヤマカタバミ

天気晴朗なれど


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影まで風に流されている?


風強し。吹き飛ばすならコロナだけにしてくれぃ〜と、咲き始めたばかりの桜を心配している。花冷えならまだしも、強風はいかん。

週末、都内の桜の名勝が紹介されていた。花見といえばブルーシート宴会大騒ぎをイメージするが、今年は皆さん桜をゆっくり愛でている。これって、なかなか好い。

酒のない花見というのは寂しいものだし、コロナ騒ぎで世の中不安ばかりと承知しているが、自粛を通して、日々の暮らしを見つめ直す好機かもしれない。マスコミ報道にばかり揺さぶられず、ウィルスと命、国の脆弱さ、社会と個の関係などをよく認識し、なにが必要で大切なのかを問われているような気がする。


ニリンソウ


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思い起こせば、最初に起きたのがスタジアムの問題だった。コンペで決まったはずの国立競技場のデザインに待ったがかかって、コンペのやり直しになった。次が公式エンブレム。デザインは盗作ではないかと問題が起きてやり直しとなる。そして新型コロナウィルスの問題でいま延期へと動きだしている。

三散(さんざん)な目に遭った。

五つの輪(和)が一つ、また一つと不運の連鎖が続き、終には二輪に・・・。そんなことを思い浮かべながら、台風の被害を受けても健気に咲く高尾山日影沢のニリンソウに目を細めた。

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つながり


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夕日が線路の曲線を映しだす


人の繋がりは面白い。グラフィックデザイナーのMさんが張り子を出品するというので。先週末、作品展を観にいくと、小さな会場には、和紙や木粉粘土で作られた和テイストの作品が、数多く展示されていた。民芸調から今風なキャラクターっぽい作品まで、色とりどり。

Mさんが張り子教室の先生を紹介してくれた。若くて可愛らしい女性M・Bさん。教室や作品についてのお話を伺った。張り子はどれも手作り温かみがあって親近感を覚えるものばかり。「Mさんがこんな若い先生の生徒だなんて、面白いね」と冷やかした。


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Mさんの温かな張り子作品


すると今日、書家のIさんのFBに、M・Bさんの張り子が紹介されているではないか。どうして〜と、尋ねると「私の教室の生徒さんです」という。M・Bさんが今度は生徒となって、書を学んでいる。

Mさんも先生クラスのデザイナー、そしてM・Bさんも・・・。芸の領域を深めていくためには、学ぶことが大切なのだと教えてくれる。そして学びへの思いは、人を繫げていく。


名は体


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なにガンくれとんじゃい!


この冬鳥、こちらを睨んでは、こう呟く。

「なにガンくれとんじゃい!」。

鳥の名はキンクロハジロ。漢字で書くと「金黒羽白」。名は体を現すの諺とおり、金色の目、黒い体、そして白い羽根の組み合わせ。じつに分かりやすいというか、いい加減というか、ピタリの名前だと感心する。

観察していると、面白い。他のカモが悠々と泳いでいる中、キョロキョロと辺りを落着きなく見渡して、そして突然、水中をカイツブリのごとく、潜って泳きはじめたりする。

イラストのようなやんちゃな顔を見るたびに「キンクロハジロ」とは、イイ名前を付けてもらったねとニンマリする。


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キョロキョロ、ちょんまげが可愛い


冬よ


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雪が降っていた週末に、標本木の桜が開花したと発表された。観測史上最も早い開花だという。温暖化の影響でなんでも前倒しが当たり前。落葉は遅くなり、開花は早まる。まるで母親と嫁に挟まれたオヤジの如く、冬夫は、秋子と春子に押されて薄っぺらになっていく。

「まあ、そんな寒くなるようなことはおっしゃらずに・・・」と嗜められ、かつて威厳のあった冬夫は、行き場を失おうとしている。


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近所の神田川沿いにも一本、毎年早く咲く桜がある


キセル


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引き出しの中を片付けていると、古い切符が出てきた。刻印は、昭和47年4月16日。桜は散った頃か、もう半世紀が経っている。30円は一番短い区間のはずだ。新宿からの一区間 、どこの駅で下りたのか、今となっては定かではない。貧乏だったということもあったが、当時の若者にとってキセルは当たり前の乗車方法だった。安保闘争が盛んだった時代だから、国営企業への偏見が、キセル乗車を助長させていたのだろうか。

驚くようなエピソードがある。友人の一人は、大阪の恋人に入場券を一枚余計に買って入場してもらい、ホームで同じようにカットして堂々と東京〜大阪間をキセルした。途中検札は来なかったのか?と聞いたはずなのだが、なんと答えたのか、忘れてしまった。


よそいき


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父は身なりにうるさい人だった。戦時中に撮ったと思われる一枚の写真がある。父となる前の青年が、軍服姿の男たちのど真ん中で、一人白のスーツと白のソフト帽を被り、誇らしげに腕を組んで笑っている。なぜ父だけこんな恰好が許されたのか、幼い私にも不思議な写真だった。

戦後、父は一時期進駐軍で働いていたことがあった。そこで見聞きした情報は、父のお洒落心を奮い立たせた(ようだ)。きちんとした身なりでいることに口やかましく、私たちのよそいきの服を次々に作り上げた。

幼い私と弟のカラダの寸法を取り、新聞紙にチャコで型を描き上げて生地を断裁し、ミシンでシャツと半ズボンを縫い上げた。さらに余った生地でハンチングをつくった。街にでるときは、このよそいきを着せられ、弟と私は大通り公園でカメラに収まった。街に出るときは、かならずよそいきを着るものだと教えられた。

上京して初めて銀座を歩いた時に、このよそいきの教えが蘇った。誰もがよそいきの恰好をしていることに気がついたのだ。銀座という街ががそうさせたのかもしれないが、華やかな装いが眩しかったことを覚えている。いまやカジュアル主流の時代。よそいきは死語になろうとしている。


ウィルス


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木瓜は、ほど良いテンポで花を咲かせていく


医学的、科学的根拠のないウィルスの話には耳を貸さないことにしているが、この話には納得がいった。

多くの感染症は人類の間に広がるにつれて、潜伏期間が長期化し弱毒化する傾向があります。ウィルスや細菌にとって人間は大事な宿主。宿主の死は自らの死を意味する。病原体の方でも人間との共生を目指す方向に進化していくのです。感染症については撲滅より「共生」「共存」を目指す方が望ましいと信じます。長崎大学熱帯医学研究所教授の話である。

人類は農業を覚えてから爆発的に人口を増やしたことで、あらゆる病を呼ぶことにもなった。つまり様々な病を乗り越えてきた人類の歴史は、共生、共存を目指して、さまざまな抗体をつくってきた歴史ということになる。

そういえば風邪にかかっても自力で直せる人がいるし、お腹を悪くするような残った弁当を食べても平気なホームレスの人がいる。みんな進化系の人たちだ。

共生、共存。響く言葉だ。多様性のある社会が理想的であるとすれば、私たちのカラダもそれを目指し、多種多様な菌をもつべきなのかもしれない。

善玉、悪玉、たくさんの腸内細菌・・・案外強い人は、悪(ワル)を飼っている人!?


食に思う


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山仲間からいただいた「のらぼう」なる菜
なんでも西多摩地方で栽培されているとか


運動不足を解消〜と、先週のハナキン(古い)、事務所から自宅までの約5キロ歩いて帰った。約一時間の道のりだ。四谷三丁目から荒木町、舟町、富久町という江戸の落語に出てきそうな街を抜けていくと、飲食店の多いことに気付く。新宿までの道沿いに、ほぼ途切れることなく店の灯りが点っている。

いつから日本は、こんなにも飲食店が増えたのだ。ひと気の少ない店を眺めながら、半世紀前の故郷札幌の街を思った。バス停や市電の停留所付近には商店街があり、小さな蕎麦屋、ラーメン屋、寿司屋の暖簾が揺れていた。そこを利用するのは、学生や独身者、営業のサラリーマンだっただろうか。

蕎麦屋、寿司屋は、急な来客があったときのみ出前で利用していた。岡持ちから出てくる蕎麦や鮨に、子どもらは生つばを呑んだ。そして我が家とは違う華やかさとその匂いに、大人との間にある無常を少なからず感じていた。

料理は母親がつくり、家族皆で丸いお膳を囲んで食べるというのが、昭和の正しい食事のあり方だったから、頻繁に出前を頼む家は、まっとうな家ではない、まして玄関先に丼がいつまでも積まれているというのは、恥ずかしいことだと教えられた・・・そんな記憶が蘇った。

好きなものを食べて、食べ過ぎて、心配を抱えるなんて、当時は誰も思わなかった。


春うらら


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思案したが、山に入ればコロナは怖くなかろうと、週末、月例の山の会(ORMAC)を強行した。参加者6名。高尾山の南側に連なる外輪山をのんびり歩いた。小さなアップダウンを繰り返した後、陽の当たるベンチを見つけて、やや早目のランチ。

いつものコンビニおにぎりを止めて、今回は時間に余裕があったので、ガスコンロとコッフェルを持参してのカレーうどんに挑戦。コッフェルのお湯が湧いてきたら、サササッとうどんと具材を投入すると簡単にできあがった。

下界のコロナ騒ぎはどこへやら。山は春うらら。イチリンソウがもう咲き始めていた。


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三婚説


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鬱陶しいご時世なので、なにかないかと探していたら、面白い説に笑ってしまい、空想、妄想を広げた。それは「三婚説」と名付けられていた。

まず二十歳になったら、全員が20歳年上の異性と結婚をする。はたちの娘と40のオヤジ、はたちの青年と40のマダムだ。20年間結婚生活をして、離婚をする。そしてすぐに40歳の男女は、それぞれ20歳の歳下と再婚をする。60歳で二度の離婚をしたら、同じ境遇の異性と再婚をする。この3回で終わり。

この「三婚説」をお茶しながら、または呑む席で論議を楽しもうというのだ。恋愛観、人生観が違うから議論百出するだろう。酒の肴にはもってこいかもしれない。仮設ではなく法律になったとして話し合えば、我がことのように盛り上がるはず。
どなたか、今度、お会いしたら、この話を続けませんか?


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啓蟄


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花を愛でて、浮き世をグチる


コンサート、展示会、歌会、図書館など次々にクローズされて、お楽しみが消えていく。これで飲食店などが閉まっていったら・・・ありえない話ではない。モノ・ヒト・カネが回らなくなり、欲しがりません勝つまではになって、じっと我慢をしなければいけない。できるかなあ〜現代人、我慢、辛抱は苦手だろうなあ・・・。

そうだ、今日は啓蟄。怖くてムシたちも穴から出てこない!?




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トサミズキも


カラスの行水


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二羽のカラスが池の淵にいる。一羽がおそるおそる池に入ってから、バシャバシャと水浴びを始めた。辺りを伺っては、それを何度か繰り返す。スッキリした一羽はヒョイと池から出た。するともう一羽がゆっくりと池に入ってくる。同じ場所で数回、また水を浴び。これをカラスの行水というのか。どのくらいの時間だっただろう。1分くらいか。

以前スズメの行水を見たが、なぜスズメではなく、カラスでそれを喩えたのか。所作が面白く、青黒い羽が美しいからか。それとも綺麗好きなのか。
シャワーばかりの小生も、カラスの行水かもしれない。


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ヨチヨチ入ってきて

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バシャバシャ

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ア〜イイ気持ち

モクレン


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念のためにと電話をいれると、図書館の方は申しわけなさそうに「中旬まで閉館です」と云われた。写真展に続いて図書館からもNGを出された。さてどこに行けばいいか・・・そうだ、御苑なら大丈夫だろうと確認するとOK。

我が家から御苑までは、神田川に沿って歩き、途中から新宿西口公園を突き抜けると、大凡40分の道のり。新宿門から入園すると、驚くほど人が少ない。こういうところは安全なのになあ〜と思いながら、いつものコースを歩く。

膨らませているのは
キミの夢か
僕の夢か
モクレンの冬芽
まもなく

こんな歌を西口公園で作っていたら、御苑ではもう開花を始めている1本があった。大きなモクレンの木は、いつだって開花一番乗りだ。放射能もウィルスも関係なく、花たちは何ごともなかったかのように季節の針を進めていく。


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スペイン風邪


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100年前、大流行したインフルエンザ「スペイン風邪」を重ねている。第一次世界大戦の最中、このインフルエンザは世界中に蔓延し、5000万から1億人の命を奪った。戦死者の1600万人よりもはるかに多い数字だ。人の往来の少ない時代、ウィルスを広げたのは兵士だった。若者が罹患し、終には兵士が集まらなくなり終戦を迎えたとさえ云われている。

今は飛行機や船で世界中がつながっている。拡散はあっという間だ。まだまだ序章のような気がしてならない。どんなカタチで終焉を迎えるのか、妄想も進化している。

個性


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歌会にはじつにいろんな人がいる。豊かというか、ユニークというか、一緒に過ごしている時間は、とてもあたたかく心地いい。生物学的にいえば、多くの種が豊かな環境をつくっている、となる。

それは海のなかも同じかもしれない。それぞれが何らかの役割を果たして、関わりを持っている。長い時間をかけて、そんな関係や体系がつくられたのだ・・・個性的な魚たちの写真を整理していたら、ふと歌会で会う人たちを重ねてしまった。


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よく分からない人や

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ネックレスに気を使うお洒落な人や

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ココロが透明な人や

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恥ずかしがりやで隠れてしまう人

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つかみどころのない人まで・・・


親子登山教室


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週末は、親子登山教室のお手伝いで奥日光の森をスノーシューで歩いた。四家族とサポート6人を待っていたのは厳しい雪と風。ときおり襲いかかる地吹雪に大人は閉口したが、子どもたちは歓声を上げて喜んだ。ここが違うんだよなあ〜。雪玉をつくりながら歩く子、グイグイと森の中を進んでいく子、いろいろだ。皆、この日を楽しみにしていたらしい。

今回担当したAちゃんは、小学校二年生の女の子。溌剌として、好奇心旺盛、なんでも楽しんでしまう。今年はカリキュラムに全部に参加したいと言っていたので、また会える。孫のような子から沢山のエネルギーを貰った。


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見えないもの


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花粉シーズンではあるが、新型ウィルス予防のためなのか、見分けがつかないほど、マスク姿の人が多い。つけていない人は、買えない人なのだろうか。地下鉄内で咳を二三度したら、視線が飛んできた。違う違うと咳を我慢したら、苦しくなった。咳一つにも気を配らないといけない。そういえば、こころなしか吊革を握っている人が少ない。

ウィルスだけではないが、見えないというのは、不安で心細い。収束はいつになるのだろう。


天狗焼き


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高尾山に登ると、ケーブルカー山頂駅直ぐにある店で、名物の天狗焼きを買う。以前は細々と売られていたこの天狗焼き、いまや列をなさないと入手できないほどの人気だ。

外はカリカリで、中は熱々の黒豆の餡がギッシリと詰まっていて甘さ控え目。登山口から約一時間半登ってくると、この甘い香りに惹き寄せられてしまう。

天狗にならないように、ハイ、そしてパクリとやる。

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雛罌粟(こくりこ)


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ああ皐月 仏蘭西の野は火の色す 君も雛罌粟 われも雛罌粟

ぼんやりとテレビを観ていたら、与謝野晶子の歌が紹介されていた。

不思議なことがあるもので、つい最近友人から借りていた漫画本「項羽と劉邦」。三国志が三巻にまとめられている。ここに登場する絶世の美女が虞妃(ぐき)。そうか、虞美人草はここからきているんだとググれば、別名ポピーの名も。ほかにもケシやアマポーラ、ヒナゲシ、そして雛罌粟(こくりこ)の名まで・・・。虞美人草と雛罌粟がつながる。

晶子は寂しさに耐えきれず、五人の子どもを義姉に預け、鉄幹をパリに追った。男を捨ててパリへ赴いた女性画家はいるが、追いかけていくとは・・・真っ赤な雛罌粟の花なかに立つ晶子と鉄幹を思い浮かべて、この歌を想った。


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やられたワン


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ク〜〜〜、やられた。と思った。「イロイロ 遊び 台湾」。こんな提案、したかったなあ〜。台湾観光局/台湾観光協会の観光誘致プロモーションだという。見事なお手前。

広告がつまらなくなったのはいつからだろう。広告全盛の頃、新聞広告や車内吊りを見ては、上手いなあ〜と感心し、こんなことしてられないと、刺激を受けていた。時代が変って、いまやタレントが踊るだけのCM全盛時代。

「イロイロ 遊び 台湾」の一行は、視覚的要素が働いているからだろうか。思わず口にして、その術中に誘い込まれる。ユーモアで好奇心をくすぐられ、行き台湾〜と、なるのかな!?


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Rさん


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雲ひとつない穏やかな冬の空が広がっていた


高尾山、モミジ平の小さなベンチで、つい先日亡くなった歌友Rさんのことを思い浮かべていた。亡くなった弟と同い年で、急性心不全も同じ。そして憎めない笑顔まで。厄介を抱えていたようだけど、いつもニコニコしていた。ときどきジャブを放ってくるから、こちらもヒュッとグラブを伸ばすと軽くそれに当たって、笑いながら距離をとった。どうして一人が好きだったんだ・・・想いは深まるばかり・・・

昨日の歌会では彼の冥福を祈り、黙祷をしてスタートした。五行歌に会えて良かったね。繫げていくよ。
山で詠んだこの歌で送った。

二月の
紙飛行機は
スローモーション
少年のまんまを乗せて
一枚の空へ


20キロ


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こちら20キロ〜、それに比べて我がリュックの貧弱さよ


一昨日、こんなことしてられないと、リュックに帽子、手袋などを放り込み高尾山に向かった。高尾山口の駅前バス停に、重そうなリュックを横に男性が一人立っていた。「20キロくらいはありそうですね」と声をかけると、『一丁平で一泊しようかと思ってます』。高尾山でテン泊(テント泊)とは珍しい。

20キロを担がせてもらった。直ぐに上がらない。ようやく担ぐと、ズッシリ来た。これを背負って上がれんよなあ。今年79歳だという・・・鍛え直さなければならん・・・。

山の話が始まる。ヒマラヤ、百名山をすでに歩いている大ベテランだった。富士山はかなり撮ってますよという。山と花の話を聞く。ゆっくりと自慢するでなく、飄々としているところが好い。もっとお話を聞きたいですねと言ったら、名刺を出してくれた。

富士山の写真が素晴らしい。


新しい出会いの始まりとなるのか。ちょっとウキウキしている。


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名刺があるはずです・・・


ほころぶ


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棘まで赤く染めて、野バラが綻びはじめました。


謂れ(いわれ)


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これ、なんだったけ・・・この場所でこの花を見ていたはずだけど、あまりに変ってしまうと思いだせない。・・・ムクゲだ。フワフワの白い毛をつけた種は風を待っているのか。

ムクゲ・・・もしかしたら・・・剝くと毛が出てくる。
ムク+ケ=ムクゲ!?


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カモカのおっちゃん


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友人S夫婦から新潟月岡温泉の瓢湖にいます〜とこんな写真が送られてきた。冬はどうした〜と叫んでいたら、ここではしっかり冬鳥がやって来ているではないか。それにしても夥しい数。

カモカのおっちゃんの蒔くエサの総量からしても、カモ一羽の口に入る量は幾ばかりか。それにしても鳴き声だってハンパナイだろう。


自然の無言


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梅だけではありませ〜ん、アタシたちだって〜と、沈丁花がもう蕾を膨らませていた。しかし、この寒波。じっと辛抱、我慢だ。
谷川俊太郎のこんな詩が響いた。

いのちはすべて自然の無言に抱かれ
生きて滅ぶ
言葉を持ってしまったヒトだけが
こうして自然に逆らっている


梅は咲いたが


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アタシ、もう待てません〜♡とばかりに、八重の梅が咲いてしまった。ちょっと早いよね。鶯が群れをなして、蜜のご相伴に与っていました。「こんな風景を見ると、つい喜びそうですが、どんなもんなんでしょうねえ〜」と、お婆さんと眺めていた。


ビールス


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その昔、ビールスと言っていなかったか。いつからウィルスと呼ぶようになったのだ。と、思いながら、哀れなこのビールに手が伸びた。


さよならテレビ


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友人のMさんにこの映画を勧められ、我が街の自慢である小さな映画館「ポレポレ東中野」で観てきた。ガラガラだろうと予想していたら、15分前だというのに大勢の人が並んでいるではないか。整理券は69番。100席しかない椅子は上映時に埋まった。グルリと客層を見渡せば、問題意識を抱えているような顔立ちばかり。久々にある種の緊張を覚えた。

テレビは何を伝えているのか?東海テレビは、ドキュメンタリー番組を劇場版にリメークして、いくつもの話題作を提供している。(一昨年、ここで観た「人生フルーツ」もその一つ)。今回は自社の中にカメラを入れて、報道の裏側を映しだした。

上映中に起きる失笑、ため息、沈黙(当たり前か)・・それはやがて、同志達と一緒に観ているような安心感と浮遊感に変わっていく。

見終わった人たちがゆっくりと腰を上げていく。皆んな何かを話したいような顔して、ぞろぞろ出口に向かっていく。咀嚼して考える時間が必要、そんな感じだった。

私たちはすっかり慣れてしまっている。薄っぺらな番組を観て、ハラハラしたり笑ったりしながら、予定調和の安心へと導かれていくことに。いつしかそれを許容し、その先にあるもの、その裏にあるものを求めなくなった。それ故に、問題意識は希薄となり、いざとなったら社会の中から起きるから大丈夫だと思っている節がある。

今やツイッターなど個人が社会に影響を及ぼせる時代(トランプはメデイアは嘘つきだとさえ言っている)となり、メデイアは、その存在意義が問われているようになった。
そして私たちも情報を監視する・見抜く良識や見識を問われている。

東海テレビの「報道の使命とは」にこんな項目があった。
・事件、事故、政治、災害を知らせる
・困っている人(弱者)を助ける
・権力を監視する

私たちも、テレビを監視しなくてならない。


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暖冬だにゃ


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ひと春早い、あたたかさ。この先、どうなるんだろうニャ。いよいよ日本も40度の夏がやって来るのだろうか。ニャンとも分からん・・・


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今年は早い〜!思わずローバイ・・・

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あたしゃ、なんだか、おじゃまむし〜〜

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眠りネコ、あちこちに・・・


手仕事


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街案内のYさんは、露地や商店街にある名店を知っている。その日も細い露地の一軒、小さな煎餅屋さんを紹介してくれた。引き戸を開けると香ばしい匂い、そして機械の音が聞こえてきた。左手に煎餅を焼く機械と味を絡める釜、奥に小さな商品棚。客は眺めてから欲しい品を伝えて、買う。極めてシンプルな工場併設の直売所だ。


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ご夫婦が煎餅を焼き、そのお母さんらしき方が販売。美味しい煎餅を提供するために、一日、手を動かしているんだろうなあ。こんなお店があったんだ〜、ちょっと感動する。Yさんがミックスという一品を買い、試食させてくれた。焼きたての美味さが口に広がった。近くにあるなら、時々買いに来たい!!!。


お顔


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雑司ヶ谷界隈の七福神や仏様たちは、どことなく表情が柔らかだった。ありがたいオーラはないけれど、なにか暖かみがあり、親近感がある。これは下町の気さくさが繁栄されているのかもしれない。わざわざ、京都や奈良に行かずとも、充分にお参りが出来るお寺や神社が近くにいくつもある。江戸はそんな街だったのだ。


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寒桜も微笑んでいるかのよう


駄菓子屋さん


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そのお店は、鬼子母神境内の大銀杏のそばにあった。「上川口屋  創業一七八一年」の看板が掲げられている。はて、その頃、駄菓子屋なんてあったのだろうか、なんて失礼なことを思う。懐かしいお菓子がズラリ並んでいる。ゆっくり見て、店主の方と話をしてみたいが、今日は残念ながら吟行の流れの中、振り返りながらそこを後にした。店主の方の笑顔と毛糸の帽子が印象的だった。


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気になったので、調べてみた。この方は13代目の内山雅代さん、60年以上この店を続けられている。モットーは「皆さんに喜んでもらうために、人生は楽しむために」とあった。
大賛成!


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「鬼」の文字の上をご覧あれ。ツノというか、点が打たれていない。ここの像は、鬼ではなく菩薩の姿をしているので、ツノのない文字にして入るそうだ。安産、子育ての神様として広く信仰されている。


雑司ヶ谷七福神


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毎年一月の吟行歌会は、江戸の歴史に詳しいYさんに案内をお願いをして、七福神巡りをしながら、歌を一首詠むことにしている。今年は「雑司ヶ谷七福神」ということで、護国寺の仁王門前に集合した。

護国寺は、五代将軍徳川綱吉の生母、桂昌院の発願により建立された。本堂は元禄以来の姿(1697年完成)で残っており、江戸の面影を今に伝えている。東京にこんな古い木造建築物があるとは知らなかった。ほとんどが震災や空襲で無くなっていると思っていたから、少し驚いた。


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この後、露地を通り、大鳥神社、雑司ヶ谷の商店街を歩いて、鬼子母神、そして明治通りから池袋までのお寺を歩き通して、無事においしいイタリアンのお店に到着。皆さん、よく歩きました。

この後、いつもの角川庭園で歌会を楽しんだ。
上席の歌は、こんなです。即詠とは思えないほどの素晴らしさ、お見事!
かないません。

数百年の       Sさん(一席)
香と経が
私に移るか
大伽藍を支える
柱を抱いてみる

千人の子を喰ろうた  Kさん(二席)
鬼子母神の
腕のごとく
宙へ宙へ枝を広げる
墓場の大欅

ちなみに小生は圏外で

皆んな知ってる
財は心に
福は公平に
だから歩いて願う
雑司ヶ谷七福神巡り


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参加者全員の分を七カ所でペッタンしました


山言葉


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ムム、これはどういう意味・・・一瞬、分からなかった。ここは山の道具を揃えている店のエレベータの前。
山を想えば、山が恋しいだろう。なぜ人なのだ?
しばし考えた。
人とは、山の仲間や山小屋の主人のことだろうか。

気になったので、調べてみると、百瀬慎太郎という人の言葉だった。明治25年生まれ、旅館・山小屋経営者にして山岳家、そして歌人。その時代であれば、山を愛する人たちを想うのは当然だろうと思った。

読む山時間


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やはり買ってしまった。「再確認!」とあったので、今一度、チェックしなければいけない。もう一つの特集「ココロに効く!カラダに効く!ひなびた山の温泉へ」、これも嬉しい。


坂本直行(チョッコーさん)


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消費税が3%の頃に発売されている


弟からこんな画集が届いた。けっこうな額だが、どうやら新刊ではなさそうなので、安心した。そういえば数日前に「本を送るから」の電話があった。
坂本直行・・・よく覚えているなあ。

以前「故郷の先人たち」というエッセイを頼まれ、画家・坂本直行を選んだ。札幌の図書館に彼の資料があることを知り、弟に「日高の風ー孤高の山岳画家・坂本直行の生涯」を借りてもらったことがある(しては行けないこと重々承知)。大地を開拓していくという生き方、そして自然と向き合う姿に激しく揺すぶられた。毎日のように眺めて読んで、返却日を過ぎてから慌てて送り返した。

そんなことを覚えていたらしい。ありがたいこと。ページを進めていくと、北の花たちのスケッチとメモが生き生きと標されている。どれも力強い、そして愛情が感じられる。無骨な手と優しげな視線が思い浮かぶ。カッコイイ〜。
こんな男に弱いのは、女ばかりではない。


雪の高尾山


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昼前には止むはずの雪が高尾山の景色をどんどん山水画に変えていく。息を呑む程の美しさだ。高尾山口に集まったのは6名。参加予定の半数だ。この雪では仕方がない。山頂に着くまでには止むと予測し、登山を決行した。安全な1号路を登っていく。約一時間半で薬王院に到着。今年一年の登山の無事と娘が破談にならないよう祈願する。


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とりあえず山頂を目指そうと、さらに一時間余り雪のなかを歩く。山頂直下の食堂に入り、昼食を始めた。店が騒がしくなる。聞けば早仕舞いしたいという。店員の人たちも無事に下山をしたいのだ。我々も長いは無用と早々に食事を終えて、山頂へ急ぐ。


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こんな高尾山の山頂は初めてだった。北海道には雪が無いのに、こんな関東の低山が真っ白になって、これも温暖化のせいなのだろうか。ケーブルカーを使って全員無事に下山。宴会の酒が沁みた。


山あり・・・


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昨年末に登った秩父の美の山公園山頂で見つけたポスター。公園を管理している方が「外は寒いでしょうから管理棟の中で食事してください」と声をかけてくれた。ではではと、おにぎりを食べながら、写真などを見ていると、この一枚に目が止まった。

初めは手書きで描いたポスターだと思った。しかし近くに寄って見ると、これがじつによく出来ている。この制作者、おっさんかよ〜?このレトロ感覚というか、バタ臭さというか、たまらない味を醸し出している。

出演には参った。主演はダニ。そして、田畑薄着、草刈肌子、肌出狩人、羽衣山菜とある。驚いたのは、クレジットが「KORO FILM」。つまり厚生労働省が認めたポスターなのだ。まあ、よくぞ、これを採用してくれた!

寒さを忘れ大いに笑った。ずいぶん前に張られたのだろう。変色して紙もヨレヨレになっていたが、それがいい味を出している。「山ありダニあり」。忘れられないポスターとして記憶に残りそうだ。


ながらみ 


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田酒の文字に引かれて近所の居酒屋に飛び込んだ。ビールを頼んでメニューに目をやると、ムムム。「ながらみの塩ゆで」とある。久々に聞く名前。もう40年以上も前だろうか。西伊豆の何処かで泳いでいたら、食べられそうな小さな貝があると、仲間の一人が見せてくれた。地元の人に聞くとながらみと言う食用の貝だというので、全員が海の男となり、ながらみ採りに夢中になった。

ながらみを海水で茹で、貝を少しずつ回転させながら取り出し、ほうばる。「美味い」。味はサザエ、食感はアワビか!?
そんな昔を思いだして、楊枝で上手く引きづり出して食べると、磯の香りが口に広がった。思わず額を叩く。酒と合う。これだけで好い・・・

もうこれは、しがらみとなる。と一人馬鹿なシャレを言いながら、鉢一つを瞬く間に喰いつくしてしまった。



森林火災


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百蔵山を下りるとロウバイの花が咲いていた


雪が降っていませんと秋田の姐さんからメールがあった。北海道からも雪が無いよ〜と連絡があった。今年は変な冬だ。北海道といえば、オーストラリア。昨年から燃え続けている森林火災の焼失面積が北海度の広さに及んでいるという。

おいおい北海道って、九州の倍の面積だろう。それがいまもなお燃え続けている。どれほどのCO2が排出されているのか。シドニーでは多くの市民が、呼吸器系疾患の危険に晒されている。なぜそんなニュースが日本では騒がれないのか。コアラの火傷ばかりが報道されて。

大規模火災は、北半球でも起こり始めている。温暖化で超えやすくなっている植物。火がついたらなかなか消えてくれない。これからが山火事のシーズンだというから、オーストラリア全土が燃えてしまうのではないかと不安になる。

不謹慎ながら、こんな歌を思いだした。

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百蔵山(1003m)


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今年の初登りは、山梨県の百蔵山だ。すぐ近くに扇山もあるので、ついでにと思ったが、すぐに諦めた。千メートルの登りはキツかった。最後のクサリ場では、この山には頂上がないのではないかと愚痴の一つも出てきた。もうそろそろと思って見上げるのだが、なかなか見えてこない。

休憩時に見える富士山の姿がどれほど励みになったことか。クサリ場がようやく終わって見上げると、きつい斜面が消えていた。西に向って歩くと明るい山頂だった。数人が富士山に対座してお昼を食べている。辿り着けば、なんと穏やかな山頂。遥か下に中央高速と小さな街並みが見える。


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またあそこまで降りるのかよ〜と眺めながら、とりあえず今年最初の山を登れたことに安堵した。いつものようにおにぎりは、赤飯と梅。最後に行きついた二種類だ。

食べながら思うのは南半球。こうした今もオーストラリアは燃え続けているのだろうか。いつまでこの緑の山々はあるのだろうか。地球のこれからを心配しながら、富士を眺めていた。


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JR猿橋駅を降りて宮下橋を渡ると百蔵山と扇山(右)が見えてくる


ミーソン遺跡


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ミーソン遺跡は、ベトナム国内に8つしかないの世界遺産のうちのひとつで、6世紀から13世紀頃まで栄えたチャンパ王国の遺産だ。広いジャングルの中にたたずむ神秘的な遺跡群は、8つの地域に点在し、どれもレンガを積み上げていくだけの建築技法で作られている。


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気がついたのは、遺跡に彫られた像の顔がことごとく破壊されていることだ。いつの時代も征服者は、像の顔を壊したくなるのだろう。なかには歪な顔があるのだが、全体のバランスや色具合で、それが後年に加えられていることが分かる。

チャンパ王国は長い間、海洋国家として、アジア海域全体で活躍のしていたが、16世紀にキン族という今のベトナムを作った民族により滅ぼされた。つまり顔の破壊者は、このキン族!?。


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チャム族の伝統舞踊があった。53もの少数民族がベトナムの各地に存在していて、その中でも最大規模を誇る少数民族がチャム族。全体に細めで小さい人が多い印象だった。

踊りは男たちの打楽器に合わせたシンプルな舞いなのだが、とても優雅に感じた。きっと古くから変わらずに続いてきた踊りなんだろうなあと眺めていた。


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笑顔の素敵な人たちだった

フォー


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ここにパクチーをドンとトッピングする


美味しかったのはフォー。ホテルの朝食ビュフェ、夕食の〆、空港でとよく食べた。最初に食べた麺の柔らか過ぎ以外、どれも鳥の出汁が美味しく、麺がスイスイと喉に入っていく。ポイントはパクチー。これ一つで上品でボンヤリしているようなフォーがキリッとしてくる。

このパクチーは、好き嫌いがはっきりしている。家人は丁寧にそれを避けていた。上目使いでそれを眺めながら、もったいないなあ〜と毎回完食し、スパーでフォーのカップ麺までお土産に買ってしまった。


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全ての料理が美味しく、体重1キロ+で帰国〜


五行山


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映画のセットのような大洞窟がいくつもある


娘から毎年のように海外旅行を誘われる。けれど、休みが取れないのと、長時間、機内に閉じ込められるのが厭で、断っていた。ならベトナムはどうかと聞いてきた。渡された資料に「五行山」なる三文字。なんじゃこれは?もしかしたら、なにか縁があるのでは・・・。

よし、ここに行こう!と、鼻息荒く立ち上がった。

というわけで、旅の三日目、ダナンという街から五行山に向った。入山チケットを購入し、キツい階段を汗をかきながら登っていく(娘たちはエレベータを使用)。ここは流行りのパワースポットととして有名らしく、世界中の老若男女で混雑していた。

五行山は、5つの山で構成されていて、ベトナム最後の王朝であるグエン王朝の第2代皇帝ミンマン帝という人が、風水でも有名な陰陽五行説を元に名付けた。それぞれの山の名を宇宙を構成する金、木、水、火、土をモチーフとしている。なんでも「西遊記」にも登場した山で、暴れん坊だった孫悟空が500年間ずっと、閉じ込められていた山としても有名だ。


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五行山の最も高いところは標高100m。しかしアップダウンが激しいことと、大理石の階段がよく滑るので、気が抜けなかった。湿度もあり、持参した山の手拭が役に立った。


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ほぼ垂直によじ上る洞窟があったり、休憩所があったりで、アミューズメントパークのような五行山。「五行山」の三文字に引かれてのベトナムだったが、この国は、もう一度訪れてゆっくり回ってみようと、人生初めてのココナツジュースを飲みながら思うのだった・・・。


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おめでとうございます


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洞窟の最深部にあるフェンコン洞窟の巨大大仏


明けましておめでとうございます。
年末より、最初で最後!?の家族旅行でベトナムに行ってまいりました。昨年の秋、娘から海外旅行の話があり、あちこちの国を打診されている中、ベトナムの資料の中に「五行山」の名!?

五行歌+山。これは行かねばなるまい・・・。ここへ連れていってほしい。全て任せると娘に一任。ベトナムの人たちのエネルギーに翻弄されながらの旅のお話は、週明けから。

今年も、歩きながらの「見た・思った・考えた」を書き記していきます。よろしくお願いいたします。

佳いお年を〜



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今日は風が強かった。広い新宿通りの車道に、歩道にプラタナスの葉が舞い、あちこちに吹きだまっていた。イチョウはスイッチが入ったように散っていく時があるが、プラタナスも同じなんだ。年を越さなくてよかったねと、枝ばかりになった木立に呟いた。

一年間、歩キ眼デスをご覧いただきまして、ありがとうございました。2020年も「五行はこべば」と合わせてよろしくお願いいたします。
佳いお年をお迎えください。


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今年一番美しかった金沢城での夕やけ

さよなら腰痛


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師走に入ってから早い。毎日が駆け足で走り抜けていくようだ。振り返れば、いろんなことがあった一年だった。トップスリーは「五行歌巡回展を頑張った」「娘の婚約」「北アルプスでの大怪我」となるだろうか。

いやいや、忘れていた。一番は、6年間、痛み悩まされていた腰痛からの完全回復かもしれない。

GW、信号の点滅時に、横断歩道を思わず走っていたことに気付いた。あれ、腰に痛みが出ていない。えっ、少し走ってみる。全く腰に響かない。もしかしたら、いつの間にか治っていた!?

歓喜した。こんなことが起きるなんて、こんな日が本当に来るなんて・・・走ることも、寝返りすることもできなかった長い日々だった。今年は、待ちに待った記念すべき一年だったのだ。感謝しよう。
^o^^o^


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クリスマス・イブ


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「雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう〜♬」クリスマスにはこの歌、山下達郎の名曲「クリスマス・イブ」。この曲が街角から聴こえてくると、しみじみクリスマスなんだなあと思う。
そしてフレーズは「きっと君は来ない・・・・」と続く。

そうかあ〜。あの頃、きっと君は来なかったんだ。約束は破られていた時代。雪空を見上げ、震えながら、相手のことを思いやって、時計を見たり、駅の案内掲示板に書いたりして、諦めて帰っていた時代。

今はそうはいかない。スマホでメールやラインで連絡しあう時代。つまり「きっと君は来ない・・・・」という歌詞は、もう生まれてこない時代なのだ。そう思うと、すれ違うことができた、あの時代を懐かしく思う。


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秩父の美の山公園でツツジが震えて咲いていた

冬至


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レンズがどんどん曇っていく。狭い我が家の風呂だから仕方がない。冬至の昨日、柚子湯とカボチャだ〜と一人舞い上がり、自ら風呂掃除をせっせとして、山で見つけた柚子、アササンの途中でいただいた柚子を惜しげもなく投入。香りを楽しみながら長湯に浸かり、甘いカボチャをいただいて、正しい日本人の一日でした。


年賀状


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右下に東京都のロゴを入れたい


2020年の年賀状のデザインは、指向を変え、テーマを「新たな決意と環境問題への想起」とした。毎年続くゲリラ豪雨と大型台風、そして30年以内に確立70%*で起きるといわれる首都圏直下型地震への覚悟と準備。

お正月だからといって惚けている場合ではない。こんな年賀状があってもいいはずだ。幸せ気分に水を注すのは申し訳ないが、これでどうだろうと、家人にプレゼンをした。

じっくり見てから、一言「勘弁してください」。そして「思いは分かるけど、毎年楽しみにしている方々へ、これはないでしょう」と。もう一度、眺めてみる。そうかなあ、もしかしたら、危機感を持って一年を過ごしてくれるかもしれないではないか。人助けにもつながる。

「運しかない。どこでどんな災害に遭うか分からないんだから・・・」。一時間ほど話し合ったが、却下。思いをこめてつくったものを破棄して、もう一度やり直すというのは、じつに辛い。

妹から届いたラインの記事を読み、よっしゃ〜とモチベーションを上げた。

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女将をしながら民生委員もして・・・君は偉い


*昨年9月、東京大学地震研究所などの研究チームが、M7級の首都圏直下型地震が起きる確率を「30年以内に98%」と発表した。その後、70%に変更した。


柿がなるなる


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郵便局の帰り道、大きな空き地から甲高い声が聞こえた。高い柿の木にヒヨドリが一羽、柿の実を啄んでいた。葉をすっかり落とした枝には沢山の柿だ。青い空との対比が目映い。これだけあればスズメやメジロ、シジュウカラの小鳥たち、しばらくは餌に困らないだろう。


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季節の歩み 時の歩み


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いつから季節の移ろいが遅くなったんだろう。12月も中旬だというのに、高尾山中ではまだ紅葉が続いていた。一丁平をから一度下山したが、時間があったので、別の林道を登り返した。人気の稲荷山コースへと続く道には人影が全くなし。


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コケの広がる湿った岩壁に手を当てたり、夕日の差す紅葉の美しさに立ち止まったり、花をつけたまま化石化した紫陽花に想いを重ねたりして、移りゆく時間を楽しむ。

歩くなら季節と季節の間がいい。ゆっくりとした時間が流れているように思う。


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リンドウが待っていてくれた
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台風の爪痕


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道路だったはずが小川が流れている


日曜日の朝、こんなことしていてはいかん、と、やや二日酔いの頭を叩きながら、高尾山に登る決意をした。1月のORMACは、高尾山参拝登山だ。いくつかのコースが台風19号の影響で通行止めだと聞いていたので、そのチェックをしよう。

高尾からバスに揺られ、日影沢の穏やかな林道を選ぶ。バスから降りて、すぐ下の川を覗いて、驚いた。川の流れが変わっている。おまけに流木が・・・。

登山口に着くと、この先が通行止めになっていると表示があった。行けるだけ行ってみよう。日影沢林道は沢筋なので、両サイドは急峻な傾斜だ。歩いてすぐに台風の爪痕に気づく。左右の谷から土砂が流れ落ちたらしく、樹々がなぎ倒されていた。あるところでは道がまるで川底のようになっている。川から溢れ出た水が道に流れ込み、土部分だけを流したのだろうか。岩や石だけが浮き出ていた。

立ち止まって、土砂崩れを起こした谷を見上げる。勢い良く流れてきただろう水と土砂、そして倒れていく樹々を想像する。19号の日は、ここがいかに危険な場所であったか・・・。穏やかだと思っていたこの道すら、この有様。大型台風の恐ろしさをまざまざと知った一日になった。


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あちこちで川幅が広がっている

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路肩がこそぎ取られている

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臨時で整地されているが車は入れない

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土が崩れ、スギが道路を塞いだようだ

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ここで地震がきたらアウトかもしれない

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それでも山頂に着けば富士山、救われるなあ〜


環境ポスター展


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今年は森林火災と台風被害をテーマにした



環境ポスター展に多くの友人らが来てくれている。嬉しい限り。とくに驚いたのは、中学時代のクラスメイトのIさん。連絡もなく突然だったので、感激した。久しく会っていなかったこともあって、家族のことや学生時代の仲間の近況などを話した。このブログを見てくれていた(いる?)ことも分かり、感動〜〜。あれから半世紀の時間が流れていることにも気がつく。
そして亡くなった権ちゃんの娘、Kさんも駆けつけてくれた。ご家族もすっかり落ち着かれたようで安心した。猫たちも元気だそうだ。よかった〜。

展覧会というのは、こうして、いくつかの機会をつくってくれる。そして作品を挟んで元気でいることを確認できる。これからも前を向いて続けていきたいと思う。



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環境ポスター展は、明日17日の14時まで


冬の桜


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雨に濡れた花びらのピンク色が、ひときわ映えて美しい、八重の桜。ガイドの女性に聞くと、春までゆっくりと花を咲かせていく珍しい種類だという。
蕊のピンク色が雨で落ちて、花びらについたように見えるが・・・


環境ポスター展


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環境ポスター展が、山脇ギャラリー(JR市ヶ谷駅前)で始まった。デザイナー、イラストレーターら約50名が環境への提言をA1サイズの作品に込めて出品している。夏の五行歌巡回展が終わった頃からいくつもの大きな台風が、そして海外では森林火災が生活環境を脅かし、地球は危機的な状況の中にある。環境・気象変化がはっきり現れ始めた。

テーマは決まった。「覚悟と準備」。これしかない。奇しくもNHKで「シリーズ 体感 首都直下地震 災害に耐える社会へ」が放映されていた。なんらかの活動を始めなければいけない。何ができるのか、考えている。

*環境ポスター展/12日、14日(15:30〜17:30)在廊しています。


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もう水仙の花が咲いていた


フィッシング詐欺


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スマホのメッセンジャーにこんなメールが届いた。「お客様宛にお荷物のお届けに上がりましたが不在の為持ち帰りました。下記よりご確認ください。http://tagese.com」。
調べてみたら、フィッシング詐欺だった。ふふふっ、釣ろうとしてもそうはいかない。しかし、あの手この手で詐欺グループが個人情報を盗もうとしている。もしかしたら、もうどこかから盗まれているのかもしれない。


花の思い出


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デリケートなペーパークラフト、白い花火、南の海の妖しいサンゴのようにも見える。早起きして何気にテレビをつけると、この花がコウヤボウキだと紹介されていた。確かそうだった。亡くなった権ちゃんが、いつかそう教えてくれたのを思いだした。

花の思い出は、いくつもある。母、あの人、あの時、あの山、花はときおり思い出を映しだすレンズのようでもある。


水底

 

カメラで撮ったはずなのに双眼鏡で覗いているようだ。
光ではなく、影が水底を映しだしている。


早師走


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あっという間に師走。しなければならないことがなかなか進まない。というか進められない。集中力が落ちているわけではないと思うが、焦る気持ちがやや乏しくなったとういことだろうか。

なるべく余計なニュースや記事を読まずに、目先の一つひとつを丁寧に片付けていこう。
センリョウ、マンリョウ、そしてシクラメンの花が目立ちはじめた。


金沢ひがし茶屋街


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ひがし茶屋街は古い城下町の佇まいがそのまま残っている。歩いていると心がしっとりとしてきて、歩くスピードがつい落ちる。米屋、味噌屋、麹屋さんなどが暮らしの中にあるから、そこに暮らす人たちを思ってしまう。道が掃かれ、挨拶があって、子どもたちの声が聴こえてくる。昔どこにもあった世界だ。


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格子の縦のストライプが涼やかな落着きを醸し出し、石畳の道が美しさを引き立てる。ふと立ち寄って、あれこれと話をして、気にいったものを買い求める。こんな当たり前のことが、旅先でしか見つからなくなったのかなあと思ってしまう。


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旅は、突然が好い


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金沢駅東口をほぼ直進していくとひがし茶屋街がある。美しい出格子と石畳が続く古い街並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、和菓子、伝統工芸品、雑貨などを扱うお店やカフェが軒を連ねている。

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露地を出たところで懐かしいマークを発見した。加賀藩御用達の菓子店「森八」。今から6年前の年賀状をここの最中を撮影してつくったことがあった。こんなダジャレの年賀状。


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辰年にこの最中を使ってデザインし
女将のNさんにお礼の賀状を送った


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お店に入ってコーヒーと栗最中のセットを注文する。築190年という時間が流れている店内。低い天井は、京都の旅館と同じで、刀を振り回せないように計算されているそうだ。奥には坪庭が明かり取りとして活かされている。なんともお洒落。

お茶を運んでくれた女性に「以前、女将に年賀状をいただいたことがあります」と話すと「午前中に本店におりましたからお会いできると思います」と告げられる。ならばと10分ほど離れた本店の暖簾をくぐると・・・その女将がいた。着物姿が艶やかで、遠くからも直ぐに分かった。

客足が途絶えたのを見て女将に声をかける。「そうだったんですか・・・」。いくつかの話をして、お土産選びのアドバイスをいただき、二階の「金沢菓子木型美術館」を案内してもらう。


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江戸時代から390年のお菓子づくりの木型がずらり。その量に圧巻、そして凹版の彫刻の美しさと細やかさに、目を見張り息を呑んだ。突然の縁がここへ導いてくれたのだ。我が家紋や龍の抜き型を見つける。旅は、突然が好い。
女将に丁重にお礼を言って、お店を後にした。


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玉を掴むマークの箱には「千歳(ちとせ)」、
そして女将が選んでくれた「福梅」をお土産に


雪吊り


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放射線状に伸びた縄はあくまでも緩やか


週末、金沢の街を歩いていた。加賀百万石の歴史が随所に見られた。繁栄をなした豊かさは、建物の佇まいや技術・工芸品ばかりだけでなく、暮らし向きにまで沁みているようだった。

たとえば、市内のあちこちで見られる雪吊りの技術。木、一本一本の個性を見抜き、支柱と縄だけで重たい雪に耐えられるよう様々なカタチで丁寧に組まれている。
庭師の技が、随所に見られた。

幹の上から放射状に放たれた縄は、この時期、まだ張りつめてはいない。緩やかな美しいラインとなって雪を待っている。


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雪が降りはじめる頃、その重さで縄のラインは直線になる(はずだ)。この緩やかな「遊び」こそが職人の技。相互の力が拮抗することで、支えるようにしながらも支えられる円錐形の美しいカタチになるのだ。
その頃にもう一度眺めてみたいと思った。


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木の個性を予測しながら、外から中から
眺め、カタチが決められていくのだろう

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背丈の低いツツジにこのカタチ、謎を解くように見入った

六義園


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幽玄の美とでもいおうか、六義園のライトアップは、樹々を水面に浮かべ、幻想の世界を創っていた。紅葉はまだそれほどでもなかったが、計算され尽した光と影は、来場者を無言にさせていた。
12月の中旬まで、おすすめです。


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キスを


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蔓系の植物は、夏の終わる頃からいち早く葉が赤くなる。それも全部がではなく、ポツンと一枚ずつ鮮やかな赤に。これが不思議。昨日の歌会の詠題『紅』にこんな歌を出した。

キスを
待つかのように
蔦の一葉
もう 紅をさして
しっとり

唇のような赤い葉が印象的だった。


じょじょ


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週末の弘法山ハイキングで見つけた赤い鼻緒の草履。この山道を女の子は、これを履いて歩いていたのだろうか。ジッと見つめていたら、みんなが集まってきた。

「赤い鼻緒の じょじょはいて おんもへ出たいと 待っている」。Yさんが呟いた。「そう、これをじょじょと言っていたわね」。そんな歌を思い起こさせる可愛い草履。よく見ると片方の先の部分が擦り切れている。大事にはいていたんだろうなあ。

枝に縛り付けているヒモは、拾い主のものではなく、脱げないようにと親御さんが付け足したものか。鼻緒にはてんとう虫のワンポイントが巻き付けられている。

なんだか時間が止まったかのような落とし物。女の子は、なにを履いて山を下りたんだろう。ちょっと気になってしまった。


弘法山


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なぜ、そこにだけ雲があるの?


もしかしたらORMAC今年最後の山行になるかもしれない。小田急線の秦野から鶴巻温泉までのハイキングコースに弘法大師ゆかりの低山、弘法山がある。その前には、浅間山、権現山という、いかにもスケールの大きそうな山を登らなくてはならない。

途中、富士山、相模湾、江ノ島、大島を眺めてのんびり。風もなく、光がもう少し弱ければ春のような穏やかな一日。

登り終えたら、鶴巻温泉で一汗流してから、呑もうという計画も、毎回なぜか時間が足りなくなってしまう。結局、やや急ぎ足で下山し、予約の居酒屋に飛び込むというおなじみのパターンになった。


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残っていた花たち

森を背負う


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先日の五行歌全国大会に出した歌だ。席には入らなかったけれど、多くの方が「私が選ぶ五首」の一つに取ってくれた。Mさんのこのコメントが心に残った。

まず、一、二行目の、腹に響くようなずしんとした表現に、ぐっと引き寄せられた。「森を背負い」で、男を言いおおせていると思う。また、リアル感をもたらす松脂が一つの焦点にもなり、それらすべてが収劍していく五行目に、作者の人物像も浮き上がってくる。
一首の余韻のなかで私は、山男の憧憬をこめ、物語をつむぎはじめる。すばらしい作品です。

七月の末、尾瀬の木道を歩いていたら、一人の歩荷(ぼっか)さんとすれ違った。尾瀬の小屋で必要な食料や燃料、日常品を目一杯担いで運ぶプロだ。約100キロの荷を高々と背負子に積んで、腕組みをして哲学者のように坦々と木道を歩いていく。

ふと嗅いだ匂いは、森の中で働く男の誇りのように感じた。それは幼い頃、玄関にかけてあった父の作業着の懐かしい匂いを思いおこさせた。

他にも印象的なコメントを二つ。

Sさん
前にどこかで歩荷さんという山の荷物の運び屋さんのことを読んだことがあり、それかなと思いました。まさに森の使者のごとく懸命に荷を運ぶ姿に、作者は松脂の匂いまで嗅ぎとっている。作者もまた森を愛する人に違いない。

Kさん
私の個人賞です。森を守るために森に選ばれた人、責任を任された人、森に対して真面目に取り組んでいるからの汗をちゃんと流した人の匂い。責任感やまじめなお人柄、生き方を感じます。花や葉ではなく、松脂が森の男という感じです。読み手にも郷愁のようななにか温かいものを感じさせてくれます。


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小歌会一席で一筆箋をいただいた

奇跡の出会い


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封筒からこんなチラシが出てきた。その夜の話を思いだす。この日は家に真っすぐ帰らず、我が家から五分くらいの居酒屋の暖簾をくぐった。

「これ、懐かしい写真だね」。ふと見つけた古いチラシを手に取った。「昔は上野から急行に乗り、青森まで、13時間かかったもんだ」。カウンター越しに店主に話しかける。

「さっきまでそこに座っていたのが、その本橋さんだよ。じつはさあ・・・・」
店主の話が始まった。

本橋さんとは、本橋成一(もとはしせいいち)さん。写真家でありながら、チェルノブイリ原発事故の被災地で暮らす人々を撮影した『ナージャの村』の映画監督でもある。この居酒屋のすぐ近くにある映画館「ポレポレ座」のオーナー。

ある日、本橋さんが来て、写真展があるのでこのチラシを置かせてくれというから、いいよと応えたんだ。あれこれ話をして、ゆっくりこの写真を見ていて手が震えたんだ。
「これ、俺のおふくろだよ」。

たぶん俺の替わりに、福島から上京したおふくろを兄貴が迎えにいき、そこで待つように言ったんだろうな。心配気なおふくろの後ろ姿だ。首にかけているショールは間違いなくおふくろのもの。風呂敷からなにまで・・・。驚いたのは本橋さんもだ。いつも呑みにいく居酒屋のオヤジの母親だとは思わなかったから。話が盛り上がってねえ・・・

そんな話を聞きながら、こんな奇跡ってあるんだと、軽い興奮を覚えた。
「裏の写真もいいねえ」「観にいきたかったなあ」。

そのチラシあげるよ、まだあるから。

その夜の出来事を思いだしては、このチラシを捨てられないでいる。


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さんさ踊り


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サッコラ チョイワ ヤッセ〜
さんさ踊りの掛け声は、こうらしい。しかしそうは聴こえてこないのが不思議。余興で若者たちが、笛、太鼓でさんさ踊りを演じてくれた。まあその激しいパフォーマンスは、ヨサコイを彷彿とさせた。これでもかと次々に演じられる舞いを見ていると、さんさ踊りのアグレッシブバージョンではないかと思った。そしてそのエネルギーを嫉妬するほどに感じた。


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夜の街に繰り出すと、そこでも店の若い衆が、さんさ踊りを演じてくれた。このくらいの踊りの方が、なんか沁みるね。酒が回っていたからかもしれないけれど。

読む ということ


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家人に この歌、どう解釈する? と聞いた。

「賞味期限間近の品を買ってくる我によく似た娘となりぬ」

安くなっているからトクだと思って買うんじゃないの。親子だから、似ていくでしょう。

なるほど。この歌を選んだNさんもそう解釈している。
安くなる頃を見計らってという貧乏性が、いつの間にか娘にも。親としてはちと寂しい。

こんな読みはないだろうか。
賞味期限を過ぎると食品は捨てられる。それはとてももったいないこと。捨てるということは、環境にもよくない。親子は普段からそんな話をよくしている。

作者の家には、片目のミケがいる。引き取り手のない小猫を殺処分から助けるために、貰ってきたのだ・・・

なんて、ないか。


岩手山


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週末は盛岡で五行歌の全国大会。北に雪を被っている岩手山が見えた。旅先で登った山が見えるというのは嬉しいもの。調べてみると今から6年前、2013年7月1日に登っていた。
岩手山(日本百名山・73座目)

鳥海山もそうだけど、ポツンと存在する山は、凛々しく見える。四季折々、良きにつけ悪しきにつけ、人はどれだけ山を眺め、対話をしてきたのだろう。宮沢賢治、石川啄木、彼らも励まされ、苦難の道を歩く覚悟を決めたのだと思うと、岩手山がいっそう神々しく感じた。


雪降る


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蔵王の麓は紅葉真っ盛りだった


朝、テレビのスイッチを入れると札幌の大通公園に雪が舞い降りていた。毎年のことではあるが、このシーンを見ると、スッと心が改まるような気持ちになる。どこかに故郷をしまって生きているんだなと分かる。

雪と折り合いをつけて生きていく人たちの姿は、私のなかの何かを支えているような気がする。


ツワブキの花


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なんで寒そうな所ばかりを選んで咲いているのだろうと、この花を見ると思う。陽の当たらない坪庭の一角とか、玄関の隅とか、秋の終わりを告げるかのように咲いている。

ツワブキは、あのキャラブキと同じではないのかと、思ったのはいつだろう。そして、もしそうだとしたら・・・えっ、あの佃煮は、この茎なの!?

今も、そのえもいわれぬギャップ感を抱えて、キャラブキの佃煮を食べている。


岩の名前


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はて?どこが庖丁なの?
ORMACのメンバーIさんが、すかさず「あの茶色の切り立った所ではないですかね」と応えた。あれが、庖丁!?・・・。
以前から思っていたことがある。日本の景勝地の岩には、名前が付けられていることが多い。

例えば、カエル岩、天狗岩、ゴジラ岩などなど。「なるほど〜」と納得してもらいたのであろうが、そうはいかない。どこの川下りだったか、船頭が次々に岩の名前を言うのだが、どれがそうなのか分からず、仕舞にはあきれ果てて、川下りそのものがバカバカしくなった記憶がある。

ローソク岩、夫婦岩ならまあ、ありかと思うが、やたらに命名されると興が醒めてしまう。
庖丁岩を見て思いだしたのは、藤島恒夫の「月の法善寺横丁」だった。
ホ〜チョウ〜一本 さらしに巻いて〜♬ 


蔵王・苅田岳


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一夜明けて、空は晴れ上がった。ドッピーカン! 朝食後、ドッコ沼から続く不動の滝まで散歩。これが結構な下りで距離もあった。細かいしぶきを受けていたら、滝の上に朝日が現れた。あごを突き出して、水と光を浴びていると、心が浄化されていくようだ。あ〜神よ、さまざまな悪事を許したまえ〜。


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熊野岳の山頂部に鳥居がポツンと見える


スッキリしたところでロッジに戻る。安達太良山を目指す前に、蔵王の苅田岳をやっつけようとなった。苅田岳山頂近くの駐車場に車を止めれば、すぐに登ることができる。広い駐車場に到着すると、昨日ガスっていた熊野岳の全容がドーンと見えた。

「なんだ、このなだらかな山容は・・・」。名は熊野岳、カタチはヒロイダケ。だから風がキツかったのだろう。とりあえず火口湖の「お釜」まで歩く。ここにも外国人が多い。大きな火口が見えてきた。お釜・・・まさに。地層が何度もの爆発を語っている。


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Sがお釜へ下りていく
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戻る途中、苅田岳に上がって記念撮影。たくさんの観光客でにぎわっている。蔵王も白根山も八幡平も、いまや車で山頂近くまで上がれるようになった。良いのか悪いのか・・・。

福島県の安達太良山の麓、岳温泉に着いた。Sに取ってもらった宿だ。宿泊者には地酒一本がプレゼントされ、夕食は飲み放題だという。ありがたいねえ。
最上階の部屋から安達太良山を眺めると、どんよりした雲に被われていた。明日は昼から雨だという。どうする・・・。

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部屋からドーンと安達太良山が見えるはずが・・・

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ロッジZAOドッコ沼


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Sとの山行は、旧交を温めるため。そう決めている。だから宿は大切なポイントだ。蔵王の宿は、一昨年からここしかないと決めていた「ロッジZAOドッコ沼」。ドッコ沼を見下ろすように立つ洋風なロッジだ。

笑顔の素敵なオーナーが迎えてくれた。HPで見た写真よりも素晴らしい室内。暖炉には火が入っている。ピアノがある。深いソファがある。山の本も置かれている。窓からは大きな沼が見える。後、ナニが必要!?


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夕食前、テレビが食堂側に向けられた


聞けばこの日の宿泊客は我々だけだという。まあ!なんと〜!独占〜
そして希望は叶う。「では夕食事にラグビー観戦できるようにセッテイングしましょう」とオーナーは笑顔で応えてくれた。至れり尽くせり。

広い岩風呂にゆっくり浸かって、冷えた体をじっくり温める。少し前までの極寒の中を歩いていたのが嘘のようだ。食堂に下りていくと、テーブルには山の幸が一杯に並んでいた。


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樹々を眺めながら岩風呂でジンワリ〜

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ビールで乾杯をし、ラグビー談義をしながら、まずはアケビの和え物から・・・笑顔が生まれ、思い出が温まり、山の夜は充たされていった。

来年、新緑の頃にまた来よう。


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ドッコ沼は10分くらいで一周できる

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窓辺からドッコ沼が一望


蔵王・熊野岳


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山の天気は変わりやすい


週末、S夫婦と今年二度目の山行。目指すは蔵王と安達太良山の二座。まずは蔵王の熊野岳。雲行きが怪しくなってきたので、途中までロープウェイを使う。眼下の紅葉は終わりを迎えていた。山頂駅に着くと、気温は三度と表示されていたが、外は風が強く吹いている。気温は氷点下だろう。慌てて冬装備になる。

山の天気は分からない。遠くまで見えた景色もわずかの間。瞬く間にガスってきて、視界が利かなくなった。こうなると山歩きの楽しみは消える。歯を食いしばってワッシワッシと山頂を目指す。収まることのない風のなか、標識が見えてきた。立っているのもおぼつかない。非難小屋に逃げこみ、一息つく。


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去年の八ヶ岳も霧氷が迎えてくれた。この季節、山はもう冬入りを始めている。なんとか無事に下山して温泉と酒をやろうとなり、熱いスープとおにぎり、そして甘いおやつを口にして五合目のロッジを目指した。
サミイ〜〜


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どんな季節が繰り返すとこんなカタチになるの?

・・・


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強くなっていく雨を眺めて思う。次々に襲ってくる台風は、まだ序章なのだろうかと。来年、再来年とこんな台風が続いていくと、日本は間違いなく脆弱になっていく。日本が日本の位置にある限り、逃げることはできない。

「いずれ私たちも、日本のようになっていく」。世界のどこかで誰かが言うかもしれない。スウェーデンの16歳の女の子が国連で話をした「よくもそんなことが・・・」の怒りを思いだす。

全てが間違っています。
そんな言葉から始まった彼女の訴えは、痛烈な真実の告発だった。耳が痛かった。環境をないがしろにした罰を人類は、これから受けなければならないのか。地球は環境に順応に反応しているだけだ。

本当に大切なものは、失ってはじめて気付く。

ダイエット


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娘がダイエット優先と称して、独自の食事に切り換えている。キャベツの千切りに納豆をかけるなど、その工夫が涙ぐましく、見ていると可哀想に思うが、本人はケロッとしている。というわけでお土産を買って帰っても、食べてもらえない。これは悔しい。

「これはナンじゃ?」娘の買ってきたパッケージを見て「?」と思った。
「100Kcal欧州カレー(中辛)」。聞けば、このシリーズには様々な種類があり、すべて100Kcalに収められ、栄養分表示もされているという。

なるほど・・・こう来たか・・・である。美味しさではなく「100Kcal」が選択肢。そしてご飯やパスタは全て150Kcal、合わせても買っても250Kcalに収まるという寸法だ。よく考えつき沢山のレシピを商品化したものだ。全てレンジで調理できるという。


初冠雪


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富士山に初冠雪のニュース。昨年より26日遅いそうだ。これも環境の変化が影響しているのだろうか。台風が続いているけれど、富士山の雪で、なにかこれで落ち着いてくれるのではないかと思ってしまうのはなぜだろう。

神風のように、富士には日本人の願いを包みこむような大きな力があると思っているからか。これで、季節の針が進んでくれるといいのだが・・・。


キャンセル


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台風19号の影響で、週末の鬼怒川温泉トレッキングプランが消えた。東武線にも影響が出ていたとは知らず、ノーテンキに天気予報だけを心配していた。仕方ないと諦め、チケットをキャンセルするために窓口に行くと、多くの人たちは、購入ではなくキャンセルのために並んでいることが分かった。
こんなに沢山いるんだ・・・。

キャンセルをしてから替わりの電車を探す人もいるので、なかなか前に進まない。列に並ぶのが元々苦手なので、だんだんストレスが溜ってくる。もしキャンセル料でも取ることがあれば、何と言おう・・・などと、一人興奮を高めていったが、そんなこともなく速やかに終わった。

宿のキャンセルは申し訳なかったが、仕方がない。行楽シーズンを迎えて、台風が多かった今年の観光地はどこも大打撃だったはずだ。大変だ〜。
来年のオリンピック開催時に大型台風が来たらどうなるのだろう。オリンピックも台風もキャンセルはしてくれないぞ。


キンモクセイ


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朝のウォーキングコースに、キンモクセイが意外に多いことが分かった。ずっとお天気が良くなかったので花の付きが悪いと思っていたら、ここに来て一気に色づいてきた。冷えこみがいいのだろうか?

秋の訪れを吸い込んで、ちょっと切なくなってみる。


冷え込み


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朝晩、冷え込んできた。心配になるのは被災地の寒さ。避難を余儀なくされた人たちは、渡された毛布一枚で、眠れるのだろうか。先行きの見えない暮らしの中で眠りは浅くなるし、体は持ちこたえられるかと心配してしまう。

北国はもうすぐ雪の季節が来る。家や仕事場を改修できないままに、一冬を過ごさなければならないのは辛い。これ以上の被害が出なければと願う。


三連休


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三連休は、台風で吟行歌会が中止なり、落語会に出演するはずの友人Sの自宅が停電になってしまい、どこにも出かけずにほぼ我が家にいた。

お陰でというか、ラグビー・スコットランド戦を4回も観た。日本チームのトライ、そして力強いタックルが決まるたびによし!の声が出る。試合のあった日曜日の夜は、近所からも大きな声が聞こえてた。何度見ても感動が蘇る。

試合は直ぐにトライを取られてしまい、今日の日本はキツいかなあと思っていたら、あっという間の逆転。それからの一時間は浮遊状態にいて、缶ビール、ワインが直ぐに無くなっていった。

横浜会場で観ていた娘は、低い観客席からは、どんな反則でスクラムやタッチキックになるのか、よく分からなかったと言っていたが、一緒に再放送を観て、納得していた。


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テレビ観戦なら、解説者の説明やスローモーションビデオで、なるほどとなる。ラグビー経験者でなければ、あのもつれあう中での反則は分からないだろう。
さて次は日曜日。山の中での観戦になりそうだ。

一方、台風十九号の大きな爪痕。ニュースは水の恐ろしさを伝えている。このクラスの台風が、頻繁に列島を襲うことにでもなったら、暮らしは覚束なくなり、日本は疲弊していくのではないだろうか。
いよいよ思っていたことが、現実になってきた。


超〜


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気象庁の発表によると、60年程前の狩野川台風*に匹敵する大型台風が来ると予測している。つまり経験したことのない甚大な被害を及ぼす台風。気象庁のサイトには「窓ガラスにはガムテープやフィルムを貼る安全対策を」とある。これは戦時下の対策となんら変らないではないか。

窓が割れるのか!?
都心ではすでにコンビニやスーパーから養生テープなどが消えているという。もしかしたら停電になるのかもしれない。我が家の準備は大丈夫だろうか。

日本はこれから何度も試練を迎えなければならない。そこで何を学ぶのか。試される時が来ている。

*狩野川台風:1958年に伊豆半島の狩野川が氾濫し、死者・行方不明者が1200人を超えた。


前田真三さん


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同じシンゾーでもこちらの方は、♡の温かい真三さんだ。先月、年末恒例の芋煮会のロケハンで、若い頃にお世話になったカメラマン、前田真三さんのギャラリーを見つけた。場所は八王子市の「夕やけ小やけふれあいの里」。ふらりと入った小さな建物の中に、彼の懐かしい写真がずらりと展示されていた。

真三さんは、富良野や美瑛の美しい丘を紹介した風景カメラマン。彼の撮った緩やかで色鮮やかな丘陵、ケンとメリーの木、セブンスターの木は、CMにも紹介され、以後人気スッポットになった。



武甲山(ぶこうさん)


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山の上部が喪失している


猛々しい名前の山だ。埼玉県秩父市と横瀬町の境界に位置し、西武秩父駅前からもその容姿が分かる。その昔、奥武蔵の名峰と称えられた山だったが、石灰岩の採掘で、縄文時代から近代までにいたる歴史のあった信仰遺跡や巨岩群、そして天然記念物の高山植物群生地を、すっかり失った。

昭和15年に秩父石灰工業が操業を始めてから、山姿が変貌するほど大規模な採掘が進められ、山頂部は40メートル低くなった。日本にもこんな山があるのだ。

一生に一度だ


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お〜! サモア相手にモールで押し込んでのトライ!


ペタンクの二次会を選ぶか、ラグビーのサモア戦か、土曜日の午後四時、秩父の日本選手権会場で悩んだ・・・ラグビーワールドカップのキャッチフレーズは「4年に一度じゃない。 一生に一度だ」。
そうだ!一生に一度なのだ〜!我が家のテレビへ急ごう!

担当者への挨拶を終えると、会場から秩父駅までジョギング・・・ここから我が家までは、約二時間・・・新幹線なら仙台、京都まで行けるではないか。
お花畑駅で下車し、西武秩父駅まで早足。時刻表を見ると、特急があった。

車内アナウンスが流れ、特急券が必要だと言う。「当たり前だ」。
お持ちでない場合は、200円の追加料金がかかるという。
「クッソ〜 まあ〜仕方ないか」。

4時間後、娘と私の大声がマンション中に響いた(はずだ)。


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TRY〜〜〜〜

ペタンク


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普及のためのシンボルマークを作った


日本では、まだ新しいスポーツのペタンク。ある日の夕方、都内の某公園でペタンクの第一人者Oさんに手ほどきを受けた。ルールを聞きながら、鉄球を目標となる小さなボール(ビュット)に近づくように投げる(距離は7〜8メートル)。対戦相手はさらに近づくように投げる。時にはこちらの球を吹き飛ばして。ビー玉とカーリングを合わせたようなルールだ。

なんとかビュットの側にボールを近づけても、Oさんの球がこちらのボールを確実に弾き飛ばす。その金属音の響きは、悔しさを倍加させる・・・しかし目標球のビュットも一緒に転がることがある。その時はそのビュットに近いボールが加点されるので、最後まで勝敗は分からない。ゲーム性が高いのだ。

明日から秩父で全国大会が開催される。全国から64チームが集結し、日本一を競う。朝早くからPRのためのイベントや撮影で動き回るのだが、予想気温33度。炎天下・・・不安・・・。


じょっぱり


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じょっぱりとは、津軽弁で「意地っ張り」「頑固者」を意味する。少ない酒の品書きの一つに「じょっぱり/青森」があった。「いい名前ですね、それをヌル燗でお願いします」。

この店、もしかしたら10年前に、一度来たことがあると、かなり酔ってから分かった。静かな女将の声、店の間取り、柔らかな灯、クジラ肉・・・。奥の座敷に座ったので、カウンターからの景色は分からない。こんなことはよくある。聞くと、ここに店を開いてから47年目だと言う。

ヌル燗徳利が置かれた。時間をかけて温まった燗は、手のひらにも優しい。口に含むと、柔らかな辛口。一升瓶には、六花酒蔵とある。いいねえ〜雪の花か・・・チラつく雪でも眺めながら、コタツに入って呑りたいなあ。

そこに山があるなら


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福岡に着いた初日、天神のアクロス福岡なるビルの裏側に回ると、緑が最上階まで溢れていた。なんと珍しいビル。これこそ「天空の城ラピュタ」。どうなっているんだ?上を眺めながらその日は通り過ぎた。

しかし、登りたい。帰る日、ままよと重い荷物を持ったまま、西側の階段から登り始めた。木の種類の多いこと。コナラ、クヌギ、シイ、モミジ、アセビ、ビワなどたくさんの植物が回廊を埋め尽くしている。植物が育ち過ぎているので景色が見えない。途中にベンチがあった。登山する?人への配慮だろう。


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いったい何階まで続くのか・・・汗が噴き出してきた。荷物をどこかに預けるべきだったと後悔した頃、空が見えて山頂にトーチャコ。13階だった。たった一人の頂。とりあえず階段に座ると、階下に中洲が見えた。福岡の人は、ここに登っていないだろうなあ。ビルからは入場できないので、山頂までは自分の足で上がるしかない。

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このビルは、造園家でランドスケープ・デザイナーの田瀬理夫さんの作品であることが分かった。植栽は福岡の山に自生する草木。土は「アクアソイル」という人口土壌。軽量で、保水性が高く、屋上緑化にピッタリの土らしい。

鳥が種をまき散らし、いまでは植物の種類は、竣工時の75種から3倍以上に増えているという。遊び心がいっぱいの森のビルだった。


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人口土壌を抜けてきた水か、滝が現れた

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五行歌展in福岡


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東京〜大阪〜福岡と毎月開催場所を変えての五行歌展。10月からは福岡市美術館だ。ギャラリーB、Cのスペースは驚くほど広く、天井も高い。五行歌の作品をこんな素晴らしい美術館で展示できるなんて、貼り終えた全作品を見て、感慨に慕った。思いを込めてデザインした211点の作品は、どんな風に来場者に伝わるだろうか。

展示を手伝ってくれた九州の仲間たち、そして本部の方々に感謝。美術館では、ギュスターヴ・モロー展と仙厓展が、同時開催されるというので、多くの方の来場が期待できる。とても楽しみだ。

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16名で無事に貼り終えました

友人S


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知り合って50年。先月、友人のSが亡くなった。家族に、猫や犬に、そしてなにより弱者に優しい男だった。若い頃はやんちゃをしていたが、歳を重ねるごとにいい男なっていった。お洒落で、野暮が全くない。極めて繊細、そして豪快。こんな好い男はなかなかいない。
明日は彼の四十九日。手を合わせにはいけないけれど、ご家族への手紙をいま書き終えた。今ごろは、好きなISSと一緒にこの星を眺めているのだろうか。


案山子


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ぎょっとした。人を脅かしてどうするんだ。相手は鳥や獣たちだろう。作者はどう思って創ったのか知らないけれど、なかなかのリアル感。それにしても廻りの畠や山道は、イノシシに掘り返されて無惨な状態だ。太いミミズが大好物らしいので、それを狙っての狼藉らしい。太いミミズねえ・・・イノシシの生まれなくて良かったなあ。

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見つめられると怖い

ボンネットバス


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この匂いは・・・国鉄時代の電車、チョコレート色した車輌の床から発していた独特な木の香り。ボンネットバスの車内に入ると、そんな香りが鼻を突いた。けっして不快ではなく、なんか懐かしい匂い。

このバスは少し前まで八王子駅と陣馬山の間を走っていた。運よくこのバスに乗れると、タイムマシーンの中にいる気分だった。スプリングが利いているので、体が上下した。

戦後間もない頃、母は北海道の小さな町でバスガイド(車掌)をしていた。叔父は、バスガイドの母は地域の憧れの的だったんだぞと言っていた。古い写真集を開くと、小さなボンネットバスの前で、車掌姿の母が恥ずかしそうに写っている。「ヤギまで乗せたことがあったんだよ」。そんなことも言っていた。


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囲炉裡


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囲炉裡の火を見つめながら、K氏とたわいもない話をしていた。若い頃の馬鹿話から始まって、互いのルーツなど。出身地を明かしあうと、K氏が鹿児島出身であることが分かった。両親は奄美出身だから、島と鹿児島(薩摩)は昔から仲がよくなかったのだという。それは今でも変らない。薩摩(島津)は、奄美、琉球から搾取し続けたのだと、やんわりと・・・。
「じつは私、ルーツは会津なんです」。

週末、親子登山のロケハンで、八王子の恩方醍醐にあるエコロジー村を訪ねた。村長であるK氏から炭焼きの話を聞いているうちに、なんだか打ち解けてしまい、若い頃の放浪生活の話が出るとなんだか嬉しくなった。女の話、仕事の話、一人で過ごす自由さ・・・酒が欲しくなった。
囲炉裡は、人の心まで暖めていく。

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多事奏論


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「多事争論」ならぬ「多事奏論」。あるとき朝刊のコラムにこのタイトルをみて、おやっ!?と思った。読み終わって、納得。筑紫哲也さんの「多事争論」のDNAを受け継ごうというのだ。朝日新聞論説委員・高橋純子。可愛い名前とは裏腹に、筆の力で政権を一刀両断する。筑紫さん、岸井成格さんだってここまでは書けないだろう。まずはお読みあれ。


ラグビーワールドカップ


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チケットもパッケージも日本的なデザインだ


いよいよ明日からラグビーワールドカップ。まずはロシア戦で1勝を狙う。日本代表が、南アフリカ代表を34-32で破った試合がもう4年前と聞いて驚く。あれからもう4年。歳をとるはずだ。五郎丸の独特なルーティーンにドキドキし、世界の強豪国相手に予選で3勝もした。

いつからラグビーに夢中になったのか。戦術が決まっていた大学ラグビーに、個性的な選手が現れた頃からだ。さっと思いだすのは雪の早明戦。雪降るなかスクラムを組む男たちの体からもうもうと湯気が上がっていた。ルールさえ覚えれば、こんな面白いスポーツはない。真っ向からぶつかって敵陣に楕円のボールを運ぶ。ただそれだけのために肉体を酷使する。試合後には決まって大の男が号泣する。勝っても負けても。しばらくすると爽やかな顔になる。

きっと、ラグビーファンが増えるに違いない。


高水三山


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諸般の事情で先週末の山行が低山となり、いくつかの山地図を出してコースを検討する。以前登った山をまた登ってみようと、選んだのが高水三山。地図には赤いラインが入っているので、登ったことは確かなのだが、いま一つ記憶に乏しい。もう20年以上経つのかもしれない。よし、来年のORMACのロケハンを兼ねて登ってみよう。

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一日に三座(高水山、岩茸石山、惣岳山)。キツくても4時間半ならなんとか歩けると、軍畑(いくさばた)駅で下車。駅前の小さな雑貨店で買い物をしたら、ご主人から山の地図を貰った。これは見やすい。歩いていくと、うっすらと記憶が蘇ってきた。前回は時計回りで歩いたと分かる。

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山道に入ると、しっとりとした樹林帯。湿度が高いから、一気に汗が吹き出る。標識はしっかりしているし、ベンチが多い。トイレも主要なカ所にある。しかし二番目の岩茸石山の岩壁はキツい。転げ落ちると大けがをするだろう。自分のペースが掴めてから、気分がよくなる。下りはコースを変え、沢井駅に下りて澤乃井酒蔵を訪ねようか(´ε`)


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ホトトギスが咲いていた

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山萩(やまはぎ)


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万葉集の中で一番読まれている花が、萩らしい。夏の盛りからポツポツと開き始め、晩秋まで長い期間咲いている。この花、なんか好いなあと思いはじめたのは、いつ頃からだろう。マメ科の花らしく、カラスノエンドウなんかに似ている。枝がやや垂れ下がり、そこに花を点々とつけて風が吹くとゆったりとしなって、秋の風情を醸しだす。

もしかしたら風に揺れるモノが好きなのかもしれない。芽を吹きはじめた頃の柳、茎を長く伸ばした白いサギソウ、高山植物、そして風鈴や煙、もしかしたら洗濯物まで。

風は何かを動かしてメッセージを送ってくれる。


阿久悠


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阿久悠は「感動する話は長い、短いではない。3分の歌も2時間の映画も感動の密度は同じである 」という言葉を残している。そうそう、五行の詩だってある・・・立体錯視を見終わった後、同じフロアにある阿久悠記念館にいた。年譜には彼が作詞をした曲がズラッと並んでいる。作詞総数、5000曲余り。圧倒され、クラクラして、唸った。一度の人生で、これほどの数の作品を残せるものだろうか。

尾崎清彦の「また逢う日まで」のタイトルが年譜にあり、歌詞のフレーズが聴こえてきた。最後はこんな言葉で締められている。

ふたりでドアをしめて
ふたりで名前消して
その時心は何かを 話すだろう

20代、大失恋した後、ここのフレーズが響いた。いつか、心は、慰めてくれるのだろうかと、膝を抱えていた日・・・彼の残した詩の数々をゆっくり読んでみたくなった。


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映画パンフもあった


トマト


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札幌の弟からトマトが定期的にドンと送られてくる。趣味が野菜づくりと演劇。トマトは苗から育て、植え付け、支柱づくりなど、写真を見るとかなり本格的だ。トマト以外にもカボチャ、枝豆、トウモロコシ、茄子、花豆などを育てている。
畠はいつかやりたいと思っていたら、まさか弟がやるとは・・・やはり血は争えない。

大きなトマトは、ボリビアトマトだとか。齧るとフォルクローレの音楽が聴こえそうな原始な色合いをしている。豚肉と豆類といっしょに煮込むと、まずは失敗はしないはずなので、週末に挑戦してみようと思っている。


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兄貴も呑んでる?


畦地梅太郎


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畦地梅太郎の名前は、ずいぶん前に大先輩のコピーライターHさんから聞いた。なんでも結婚式の引き出物が梅太郎の版画作品だったらしく、ちょっと自慢されていた。父親と梅太郎の親交から引き出物のアイデアが生まれたと言っていた。

当時は、この朴訥とした作品には興味をもてなかったが、山に登るようになると山岳誌で目にすることが増え、燕岳の先代のオーナーがパトロンをしていたと聞いてからは、親しみを強く感じるようになった。おっとりとした山男は、山時間に寄り添うような愛嬌でいつもポツンと立っている。梅太郎がどれほど山を愛してたかが伝わってくる。

雷鳥もシンプルに描かれている。登場する山男のヒゲのようにストライプだけで描かれていえることが多い。山で雷鳥に出会うと梅太郎の作品をつい思いだす。

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*町田市立国際版画美術館で23日まで。

行列


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ここには並びました。豆大福が美味い和菓子店「出町ふたば」


昼時になると行列ができる店がある。四谷であればラーメン屋が二軒。たぶん美味いのだろう。昔、椎名誠が面白いことを言っていた。「俺は絶対並ばない。僕、ラーメン食うために並んでいるんですよって、顔を見せたくない」「空いている隣りのラーメン屋に行く」。そんなことを思いだして、並んでいる人間の顔を眺めてみる。う〜ん、やはり並びたくないなあと思うのである。


立体錯視


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明治大学博物館で「立体錯視」なるものを、視てきた(となるのかな)。ありえない空間が視覚化できる展示会。気になっていたテーマだったので、最終日に滑り込んだ。

エッシャーの絵にあるような、おかしな空間は、どのように立体化されているのか?鼻息を荒くして列に並び、凝視した。その結果、たった一点のポイントから、それは、ありえないカタチに見えることが分かった。視線を落とし、動かさずに視る、腹筋がピクピク。カメラに写すのも容易ではない。

一体、どちらが正しいのか、視ているとそのマジックに酔った。


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鏡に映るとどうしてこうなるわけ?

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波のカタチだって違う


お酒の話


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お酒を注文すると、カウンターの上にボトルを置いてくれることが多いので、眺めながら呑む。旨い酒もそうでない酒もなんと美味そうな書であることか。

この田酒の文字は、昔から変わっていない(と思う)。ドンとしていて力強く、筆の運びのようにキレがいい。30年以上呑み続けているだろうか。あれば必ず最初に頼む。「まずは呑むデンシュウ」などと言って。


富士山展


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新宿東口のカレー屋といえば中村屋。朝ドラでは、主人公のなつが一時期お世話になっていたカリー屋さん(番組では川村屋)として紹介されている。ここに美術館があるとは知らなかった。中村屋サロン美術館。「富士山展」が開かれているというので、呑む前にちょっと観ようと、おなじみのメンバーが集まった。会場に入るや否や、球子ちゃん(片岡球子)の絵はどこだと、Aさんは探しはじめた。人気あるなあ〜。

40点余りの著名な画家による富士山の絵が並ぶ。横山大観、林武、小倉遊亀、川合玉堂など、見覚えのある作品から初めてのものまで、圧巻のラインアップ。トリミングはほぼ二種類。樹々や海などを入れて見せる富士全景と五合目から上だけをフォーカスした作品だ。

面白くて、分かりやすい。その中でも片岡球子の絵は輝いていた。眺めているとなにかありがたく、元気がドーンと貰えるようだ。
気になる作品が一つあった。というか作者プロフィールがエリートコースとは一人だけ違う。「中学卒業後、ゴッホの絵に憧れ、日雇いをして画家になった」という絵は、キョーレツなインパクトだった。絵の具を叩き付けたような真っ黒な富士。尊敬の念など何もない。なんだこれはと思った。村上肥出夫という画家だった。

調べてみると、こんなサイトがあった。
好きであるというだけで、人生が、いや人生を変えた男がいた。


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展示されていた村上作品とは違いますが・・・


秋田美人


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この女性と初めて会ったのは、いつだっただろう。ずいぶん前の古い写真集の中だったか。絣の着物にすげ笠、やや伏し目がちな眼差し・・・秋田美人って本当なんだと、しばらく見惚れた。

それからずいぶん経って、駅のポスターになって現れた。あっ、あの人だと思った。人混みの中で恋人にふたたび逢ったような錯覚。これは縁のなのかもしれないと思って調べてみた。この写真は1952年、写真界の巨匠木村伊兵衛が撮ったものだった。

あるコンテストの写真を見た木村は、秋田に行って彼女を口説いて撮影した。1952年といえば、私が生まれた年ではないか。これも縁だと思うとこころ穏やかではない。その後、非売品の写真集の表紙にもなっていた。最初に見たのはその表紙だったのかもしれない。

お名前は柴田洋子さん。72歳で亡くなられていた。


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木村伊兵衛が見惚れたのがこの写真。柴田さんは高校生だった

流し


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三軒目は、小さな居酒屋の屋上(三階)。ここでチビチビ呑んでいたら、ギターを抱えたお兄ちゃんが上がってきた。「一曲いかがですか」という。これは珍しい、流しだ。手ぶらで帰すのも可哀想だと思い、二曲ほどリクエストする。「ツナミは出来る?」と聞けば、回りの若者たちから「いいねえ〜」の声が上がる。

夜空の下の小さな空間に、切ない夏が流れてゆく。ちょっと星野原に似たお兄ちゃん。北島三郎だって、流しからスタートしたのだ。お礼を渡して「また頼むよ」と言った後、この店は初めてであることに気づいた。まっ、いっか〜


ペタンク


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新しいスポーツが流行り初めている。ペタンク。カーリングとボーリングとを合わせたようなスポーツ。目標球(ビュット)に金属製のボールを投げ合って、相手のボールより近づけることで得点を競うというゲームで、高い技術と戦略が求められる。
一度体験して、直ぐにはまってしまったのは、幼い頃遊んだビー玉にも似ているからか。子どもからお年寄りまで幅広く楽しめる。

昨日の柏市での大会では、80代のチームと若者のチームが対戦する試合があった。談笑しながら歳を聞いた女性は「あら、私の孫と同い年でないの〜」と叫んだ。こんな組み合わせは、他のスポーツではありえない。試合結果は、若者チームが大差で勝った。試合後は、握手をしてお互いを讃えあう。なんとも不思議な光景〜


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多くは年配者だが、この女子は上手かった。10メートル離れている相手チームの球に次々に当てて、試合を優位にすすめ、チームを勝利に結びつけた。


解体ショー


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解体ショーをしますというので、呑むのを一時中断し、カウンターの特等席に移動する。今や居酒屋ではこんなことをするのかと、ドキドキしながら待っていると、踊り子ならぬホンマグロが俎板の上にドンと乗った。でかい、というか、ギョギョであります〜と思わずサカナクンになった。尾を切られ、頭を落とされて、あっという間に五枚に下ろされる。見事なものだ。

真ん中の骨の部分が競りにかけられた。骨には中落ちがビッシリとついている。「1500円!」。ハイッと手をあげると数人が続いた。ジャンケンである。負けてなるものか!〜〜見事、勝って、9人が待つテーブル席へ。大きなスプーンで、赤味を掬い取りそれぞれのさらに皿に分けていく。マズいわけがない。けれどこのホンマグロもいずれ絶滅危惧種になるのかもしれない・・・と思うと、複雑な気持ちになった。


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あっという間にホンマグロは、五枚に下ろされた


友、逝く


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蝉の声が心なしか遠ざかって、夜は虫たちの大合唱。川面をゆく風も涼しくなって、季節はグラーデーションというよりも、プツプツと切れ目を入れたかのように変わっていく。これでは過ぎていった日々を振り返るというより、次の季節のことを思ってしまう。

八月は夢花火。思わず歌いだした。上京して初めて知り合ったSが逝った。18歳のときに同室になってから半世紀の時間が流れたことになる。性格はまるで違ったけれど、心のそこから信じあえる友だった。カメラマンから訳があってテキ屋の大将になって、若い衆からも慕われて、二人の子どもに恵まれて、家族と猫を愛し、愛された。

オシャレで、シャイで、優しく、正義感が強く、最高の友人。元気な頃は、このブログにいつもコメントを入れてくれた権ちゃん。権師匠。だれからも慕われていた。体の機能が徐々に衰えていく難病を抱えて、ここ数年、辛い時間を過ごしていた。やっと楽になれたのかな。

沁みるようなことを言う友人ばかりが、なぜか先に逝く。

滝雲


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早朝、広がった雲海は、山の稜線から滝のように流れ落ちていくことがある。これを滝雲という。運よく正面から見ることができると、一条の滝に見えたり、溢れでるような大滝だったりと、自然がつくった造形美のなかでもひときわ美しい。

モルゲンロート


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デジカメのバッテリーが切れていたので、この写真はスマホで撮った。ズームにしていることもあって画像はよくない。笠ヶ岳に向って、槍の穂先の影が伸びている。皆がご来光を眺めているとき、振り返ったら、こんな面白いシーンに立ち会えた。

遠くから見る笠ヶ岳は、槍に似ているのでよく間違えられる。四年前、10時間ほどかけて登った記憶が蘇った。ぐるり360度の山々は、ほとんど制覇した山となった。どの山も鮮明に思いだすことができる。日常のあれこれは、はっきり覚えていないというのに、不思議なものである。槍は、体力的にもこれで最後になるだろう。

*モルゲンロート
夜が明けきらない早朝に、東の空より一筋の光が山筋を照らし、山脈や雲が赤く染まる朝焼けのことをいい、山がもっとも美しく見えるときの一つ。


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笠ヶ岳の山頂から槍を眺めた四年前・・・


母子手帳


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妹から届いた古い母子手帳。母が残した箱の中に入っていたそうだ。藁でも漉き込まれているのではないかと思われる質のよくない紙。馬糞紙とかいわれた紙だろうか。表紙には母の名前はあるが、私の名前が抜けている。中面にもほとんど記述がない。長男として大切に育てたはずなのに、なぜ記帳しなかったのだろう。

ヒナが口を揃えているイラスト。四羽というのは、この国を早く復興させるために、まだまだ生めよ増やせよだったのだろうか。親鳥の羽がアメリカ国旗のようにも見える。


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朝方生まれたことも初めて知った


カワハギ


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カワハギの肝和えを食べたい・・・


セミファイナル


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しっかりと樹液を吸っているミンミンゼミ


長い梅雨が終わって、蝉たちが競うように鳴いている。主力はアブラゼミの合唱で、ミンミンゼミがソロの高音域で啼き叫ぶ。この二種類の比率はどれくらいだろうか。

いつもの散歩道を歩いていると、一度だけツクツクホウシの声が聞こえた。徐々に回転数を上げる啼き方が懐かしい。幾種類も聴こえると生物の多様性があるようで安心する。これで夕方にヒグラシでも啼いてくれると嬉しいのだけれど・・・。


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五行歌の展示会には、山友、歌友、学生時代の仲間が来てくれました


落花せず


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これは暑さのせいなのだろうか。ムクゲの花が閉じたまま落下せずに枯れている。普通であれば、花が終われば蕾となってホロホロと落ちていくはずなのだが。

ムクゲは韓国の国花。もしかしたら暗礁に乗り上げたままの日韓関係を憂いているのかもしれない。


コバイケイソウ


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圧巻は、このコバイケイソウだった。カール一面にこれだけの群落は、他の山では見たことがなかった。見事なのだが、この花には臭気がある。昆虫たちにはたまらないのかもしれないが、公衆トイレを想像させる臭いだ。この後、いくつかの群落を通過するたびに、臭いの覚悟を必要とした。

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ヤマハハコ

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ハクサンイチゲ

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ゴゼンタチバナ

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チングルマ

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北アルプス縦走(3)


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右に行けば笠ガ岳、そして左には槍ヶ岳

槍の医務室で頭の傷を縫合してもらってから一週間。そろそろいいだろうと思い、近所の外科で抜糸した。痛っ、と思ったらハイ終わり。黒い二本のナイロン糸を貰い、戒めとしてときどき眺めることにした。槍の外科医は「まかり間違えたら・・・」と言っていた。きっとその通りかもしれない。運がよかっただけだ。

反省を込めて今回の山行を振り返った。
・五泊を車中、山小屋泊はキツ過ぎ(睡眠不足)
・体力が落ちていた(地図中の時間通りに歩けない→老化)
・リュックの荷の重さが堪えた
・暑さ、酸素の薄さが堪えた
・熱中症になりやすい体質を自覚した

人よりは強いと思っていたのは、昔の話。荷物は少なく、時間と余裕をもって、計画は綿密に。事故はすぐそこにある。



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北アルプス縦走(2)



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白山が見えた。あのときも夜行バスで金沢に行き、その日に山頂まで登り、山小屋で一泊した。翌日ゆっくり下山して温泉につかってから、金沢21世紀美術館で舟越桂の作品展を観た。そんなことを思いだしながら、広大な北の俣岳への道を上がっていく。


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遥か彼方に槍を見つける、明日はあそこまで行けるのか・・・

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百名山中、もっとも時間のかかる山がこの黒部五郎岳だ

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やっと黒部五郎小舎を発見する、ここも遠かった

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この日の夕焼け


北アルプス縦走


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いつどこを見ても北アルプスの山々は、その雄大な姿を満々と讃えていた。朝な夕なに、刻々と変る天然色。その変化を見逃さぬよう焼き付けた。

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黒部五郎岳(2,840m/日本百名山89座目)


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黒部五郎岳の山頂直下で雷鳥の番いを発見、これは雄


黒部五郎岳を登頂した翌日、槍ヶ岳までのルートで、後半、気を失いかけるほど体力を消耗した。朝3時に黒部五郎小舎を出発し、槍ヶ岳山荘に到着したのは17時。14時間くらい歩いていた。酸素をいくら送り込んでも10メートルほどしか進まなくなってしまい、最後は気力を絞った。気力だけで1時間くらいは進むことを去年体験済み。

小屋になんとか到着して直ぐに慈恵医大の医師がいる医務室に向う。
「すいません、点滴をお願いします」と看護士に伝える。しかしすでに二人が点滴中。待っている間に、頭を打ったことを伝え、診てもらう。
「これ重症ですよ。パックリと肉が裂けている」。スマホで写真を撮り、切り口を確認。「直ぐに縫いますから、麻酔打ちますよ」医師二人、看護士二人に囲まれ、掴まれ、オペの始まり。

午前中、三俣蓮華岳の手前で派手に転倒し、岩に打ちつけられた頭部から嫌な音が聞こえた。後ろを歩いていた三人のパーティに助け起こされ、出血を伝えられた。岩に座り、全身をゆっくりと動かす。手足の四五カ所が痛んだが、骨は折れていなかった。帽子、パーカーがダメージを抑えたのかもしれない。頭からの血はしばらくして止まった。

「はい、縫い終わりましたよ」。ユーモアのある中年の男性医師が、ポツリ。「運がよかったですね。今日は外科医の当番だったから」「頭の打ち所が悪かったら、ヘリを呼んでいたかもしれない」。

槍には、いい医者がいると知っていましたので、気力でここまで来ました。
「嬉しいことを言ってくれますね」。二人で笑った。
礼をいい、医務室を出たとき、ヤバかった・・・と、震え上がった。


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こちらは雌、優しげだ


西鎌尾根


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黒部五郎岳と草原の中の黒部五郎小舎


久々の三千メートル峰。今夜からバスに揺られて、百名山89座目、黒部五郎岳を目指す。この山はどこから登っても二日がかり。20年前「北アルプスの貴婦人」と呼ばれる薬師岳を登ってから、広大な雲の平を歩き、この黒部五郎を右に見ながら、水晶岳、鷲羽岳と登った。

今回は雲の平を眺めながら黒部五郎岳を登頂する。小屋泊をして三俣蓮華岳、双六岳を登り、西鎌尾根を経由して、第二の目標、槍ヶ岳を目指す。
三日目の西鎌尾根ルートタイムは10時間。体力は果たして保ってくれるだろうか。おじさんは少し不安気味・・・。

黒部五郎岳へ


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週末からの山に備えて、メモしておいたグッズを石井スポーツで購入する。三日目は約10時間の登りが待っていて、久々の重いリュックに膝と腰は耐えてくれるだろうかと不安だ。今回初めて購入したのは「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」なる漢方薬。山小屋での夜、足のツリの痛みに襲われることが多くなったので、今回寝る前に試してみる。

もうひとつはモンベルの不思議なサンダル。軽くて薄くて収納しやすい。これなら小屋から外へ出ると時、電車やバスで移動の時も便利そうだ。非常食はどんどん美味しくなるし、衣類は機能性が高まっていくし、山グッズの進化は驚くばかり。後は体力だけ。これが課題。


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大草原にポツンと立つ黒部五郎小舎。夜空が楽しみ


*忘れていました〜、本日私めの誕生日でした〜 m(_ _)m


梅雨明け


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梅雨は空けたのだろうか。じわじわっと暑くなってきた。今年は、長く潤いのある日々が続いた。ジメジメとした梅雨を疎ましく思っていたが、慣れれば酷暑よりも好いのかもしれないと心変わりも・・・これは加齢のせいなのだろうか。

大仕事が終わると、気持ちは少しずつ山に向っていく。久々の北アルプス三千メートルを闊歩する。否が応でもテンションが高まり、気圧配置が気になってくる。

ボッカさん


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尾瀬の木道を歩いていると、腕を組みながら重い荷物を背負って歩いているボッカさんに出会うことがある。尾瀬の小屋で必要な食料や燃料、日常品を目一杯担いでいる。ハイカーは彼らにひと声をかけて、道を譲る。ボッカさんは尾瀬の英雄なのだ。彼らなしで尾瀬の小屋は回っていかない。

力持ちのボッカさんであれば100キロを担ぐ。賃金はキロ100円というから、100キロの荷物を運ぶと約1万円。背負子に独特の積み方。より高い所に荷物の重心を置く。よくこれで傾かないものだと感心する。
この日は湿度100%。休んでいる彼に、ご苦労さまと、ハイカーは声をかけて通り過ぎて行く。


森林公園


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雨天結構ということで、先週末、ORMACは埼玉県の森林公園のハイキング。ここは東京ドームの約64倍広さをもつ大公園。湿度ほぼ100%の中を歩くもの好きは少ないわけで、すれ違う人はほとんど無しの貸し切り状態。おじさん&おばさんは、汗をしたたらせ2万歩以上を歩きました。


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ムシムシ 虫


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ムシムシすれば、ムシムシと出てくる。森林公園で1本のクヌギを見つけた。近寄ると樹液の出ている箇所でカブトムシとカナブンが食事中。美味しいんだろうなあ、警戒心がまるでない。しばらく待つと、クワガタやヒカゲチョウの仲間、そしてスズメバチもやってくるかもしれない。少年時代は、樹液の出る木をしっかり覚えて、毎年夏になるとせっせと、友人たちと虫取りに励んだ。


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至福の至仏


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パネルデザインの仕事をようやく終えて、友人Sとの山行。こんな幸せなことはない。至仏山では多くの花に会え、下山後はゆっくりと温泉につかり、朝もやの森を散策し心を和ませた。
梅雨の時期、期待を大きくしなくても、思いがけない発見がある。


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紅く染まっていたナナカマド

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サラサドウダンの花

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警戒心のないイワヒバリにしばらく話しかけた

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至仏山の花


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至仏山の標高は2228メートル。湿原から続く一本の山道に沿って山頂まで、さまざまな花が咲いていた。まずはウスユキソウ(エーデルワイス)。例年になく多いのではないか。珍しい花も発見した。食虫植物のモウセンゴケ。岩陰で1センチにも満たない大きさだったが、触手の先に雨粒をつけて獲物を待っていた。


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この時期の雨は花にとって大切な恵み。それぞれの色やカタチを創り上げていく。それにしても種類が多い。目を凝らして探せば、この倍以上の花が見つかったかもしれない。

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ハクサンチドリ

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コイワカガミ

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ハクサンイチゲ

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シナノキンバイ

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オゼソウ

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タテヤマリンドウ

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ハクサンコザクラ

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ハクサンシャクナゲ

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イワイチョウ

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ウスユキソウ

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イワシモツケ

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ギンリョウソウ

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花が終わったチングルマ

尾瀬の花


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コバイケイソウがスッと立っていた


ガスで眺望が失われても、高山植物を楽しむことができた。雨をうけて咲き誇る花たち、愛らしくどれも健気。小さな花ばかりなので、しゃがみ込んでばかり、なかなか前に進まない。「花の百名山」には、この至仏山が入っている。

湿原を代表するニッコウキスゲは、鹿の食害で激減。時おり数本を見かけたが少ない。一面がオレンジ色だった頃が懐かしい。それでもタムラソウ、レイジンソウ、ヒツジクサ、コバイケイソウ、サギスゲなど、初夏を代表する花が見られてよかった。


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タムラソウ

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ヒツジグサ

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サギスゲ

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ユキノシタ

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ヤグルマソウ

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ポツンとニッコウキスゲ

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ニガナだろうか

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レイジンソウ

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オダマキ

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アマドコロ

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半夏生のようだけど・・・


至仏山


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五合目までは湿原と木道が見えていた


友人のSと群馬県の至仏山に登ってきた。もしかしたら雨が上がり、花の百名山らしく多くの花を愛でることができるかもしれないと淡い期待をもって、尾瀬の玄関口、鳩待峠(はとまちとうげ)から山の鼻を目指した。

平日ということもあって登山客の姿は少ない。一時間ほど山の鼻まで下って、そこから約800メートルの登り。今回で三回目の至仏山、前回もキツい登りだったが、やはりバテた。一番は高い湿度だ。そして急登一直線の山道。本来なら振り返るたびに尾瀬湿原が見渡せるはずが、ガスが流れてきて全貌が分からなくなっていった。

つまらんのう〜と愚痴る。頂上を見上げてもガスの中。どれくらい登ればいいのか分からない。三時間のコースを一時間近くオーバーしてトーチャコ。山頂からは時おり青空が見えるのに下はガスっていて、高度感無し。ただ花たちは、雨を受けながら健気に咲き誇っていた。


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巨木


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雨が上がった昨日、新宿御苑の樹々は、たっぷりの雨を吸ったせいか緑の色が深く、どっしりとしていた。吟行歌会のメンバーは八人。ボランティアガイドの方に苑内の巨木案内していただいた。

新宿門を入って右手に大きなモミジバスズカケの木がある。ゴツゴツとしたぶっとい幹廻りに圧倒される。ガイドさんに勧められ、抱きついていると不思議な安心感に包まれる。フィトンチッドが降りてきているのかもしれない。

ヒマラヤスギ、ラクウショウ、メタセコイア、ケヤキ、プラタナスと苑内の巨木について、それぞれの特長やエピソードを聞きながら、歌の草案を始めていった。
生まれた歌がこんな。

百年を生きた巨木は
誰かに似ている
自由で
孤独で
太っぱら

蝶道


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小学生の私は、昆虫少年だった。五年生の夏休み、藻岩山の麓でアゲハを追いかけているときに、大きな捕虫網を持っているお兄さんから、捕えたばかりのカラスアゲハを貰った。
いいんですか?と訊ねると「羽に傷がついたからいいよ」と言った。

動かずに蝶を待っているお兄さんを不思議に思い、なんでここで待っているんですか、と尋ねた。すると「見てごらん、木の間からアゲハが飛んでくるから」「蝶道といって、ここは蝶の通り道なんだ」。お兄さんは、大きな捕虫網をさっと動かして、飛んでくるカラスアゲハを次々に捕まえ、三角紙に収めていった。その見事な技に、目を奪われた。

いつか大きな捕虫網を買ってもらい、ここでアゲハを待とう。それは叶わなかったけれど、蝶道という不思議な言葉は、人生のいくつかと重なった。
決められた道を飛ぶしかないアゲハ・・・。こんな歌をつくった。

蝶には
蝶の道がある
蝶道
ときとして
捕らわれるための


蛇の目傘


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こちらジャノメチョウ

開くと蛇の目模様が現れる蛇の目傘は和傘の一種。最近はすっかり見ることが少なくなった。元禄ごろに始まったといわれ、明治以後はおもに女性が用いた。中央と周囲は青土佐紙、中間は白紙張りの上品な傘は、僧侶や医師が使っていた。いまは歌舞伎や粋向きの趣好品!?

甘味


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雨の日は、窓辺で甘いものと読書



五行歌展示会(2)


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週末、泣きそうな空を見ながら、可愛い恐竜君を連れて、新宿西口まで散歩。いろんな場所で撮影を試みる。終わったはずのデザインパネル一点をこの恐竜君に変えようと決め、いろんなポーズをお願いした。どんな五行が入るのか、彼は知らないのだ。

座り込んで撮影するおじさんを、おチビちゃんや恋人たちが、不思議そうな顔をして通り過ぎてゆく。きっと恐竜オタクに見えるんだろうなあ。


雨の神宮


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打ち合せの帰り、雨の神宮外苑を歩いてきた。雨の神宮といえば、昭和18年の秋、冷たい雨のなか学徒出陣があった場所。戦局が悪化し徴兵されないはずの学徒たちが集められ、ここから戦地に赴いた。学徒たちを鼓舞するあの音楽が一瞬流れた。あれから75年、神宮の森には新たな競技場が完成しようとしている。

見上げると、木と緑を活かした競技場。ここからではなく、ここへ、もうすぐ世界から若者たちが集う。


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学徒出陣

学徒出陣を見送る女学生の中には、茨木のりこ、杉本苑子さんらがいた。


ある風景


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詳しいことは分からないが、居住者は立ち退きを求められているのだろうか。問題は道路の陥没だけなのだろうか。建物の向うは神田川。陥没すると建物ごと崩れ、川へと落ちてゆく(はずだ)。
どこから読むと経緯が分かるのか、書き手はそんなことを考えてはいない。散歩コース難易度3くらいの場所に、この不思議な風景がある。


ハミング


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打ち合わせの帰り、地下鉄の車内で本を読んでいたら、小さな声のハミングが聴こえた。はじめは気に留めなかったが、駅についてドアが締まるたびに聴こえる。顔を上げると目の前の背の高い外国人男性だった。それがどんな曲なのかは分からないが、男性がハミング・・・なんか微笑ましくなった。

頭の中だけでなく、自分の耳でその曲を聴いてみたくなったのかもしれない。そう思っていると、銀座駅でその人は降りていった。
先日の歌会で、こんな歌を出していた。

君は誰を
僕はあの人を
深夜  小田和正を聴きながら
ふたり
秘密のハミング


梅雨に思う


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沖縄は梅雨明け、なのに九州から関西にかけ猛烈な雨が降っている。ここ数年、豪雨をもたらす線状降水帯が影響しているらしい。500mmの雨って50㎝だと知って、そして不安になってしまう。

メキシコでは「大都市で大量の雹(ひょう)最高で2m、押し流された車も・・・」の記事。どこでどんな災害が起きるか、いまや分からなくなっている。どうしたものか。東京はこれぞ梅雨といったお天気が続いているのだが。


五行歌展示会


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作品作りのために、こんな写真も撮りました

遂に五行歌の作品パネル211点が完成。四月から多くの時間をパネル制作に費やしてきた。思えば歌友のRさん、Kさんのストック写真にどれだけお世話になったことか。作品のためにわざわざ撮影にまで行ってもらったり。大先輩のAさんは膨大なストック写真を送ってくれた。そして友人、知人にも・・・今回のミッションに手を差し伸べてくれた方々に感謝だ。

200を超えるの歌と数千の写真。この点と点をどう結ぶか。毎日毎日、来る日も来る日も同じような時間の中に佇み、交錯し、WIN WINを求めた。夜になると頭が火照った。気がついたら作品のほとんどを暗記していた。

自分以外の作品にデザインを施す。それも200点余という膨大な点数。集中、不安、逡巡、停滞、発見、至福、光明、猛進・・・それぞれ作家の思いをどれだけ分かっているのか、それを表現するとして、どこまでを・・・・その間際でずっと悩んだ。初めての体験だった。

展示会で五行歌を初めて読む人たちをイメージし、そこに光を見いだそうとした。出来上がった作品を眺めているとじつに不思議な気持ち。これを一人で・・・幸せな時間だったと実感する。

作品を送ってくれた歌友の皆さんに、大きな満足を伝えられるかは分からないけれど、一つひとつの作品が多くの人たちの心に届くと信じている。


紫君子蘭


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一昨日の歌会で話題になった花がこれ。アガパンサス。直ぐには覚えられない名前だけれど、毎年決まった場所で咲くから、愛でているといつのまにか覚えられる。慌てて覚えると、アバカンサスになったりする。

この花にはいい和名がある。紫君子蘭(むらさきくんしらん)。なんと高貴な名前だろうと思いながら、この花を思い浮かべると、たしかにスッといつの間にか背を伸ばして、ポツンポツンと薄紫の花を咲かせていく姿と重なる。ピッとあった名前だと思う。


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握手のカタチ


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悲しいまでの笑顔をつくって、外交だか接待だかを繰り返し、防衛のための装備品を大量に買わされたあげく、日米安保条約破棄を示唆されて、あの人は青くなっているのではないかな。

こんな歌をつくりました。

掌を上に向けての
握手のカタチ   
止めてもらいたい
つい手を乗せてしまうあの人が
ポチに見える


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よく集めました〜〜

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皆、ポチかミケになってしまう

ヤマアジサイ


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この野生のヤマアジサイの花は「がく(額)咲き」。中央の小さな蕾らしきものが花になる。
紫陽花の原種は日本だ。それ以外は本来セイヨウアジサイ。プラントハンターがヤマアジサイを本国に持ち帰り、品種改良させて種類を広げた。毎年その種類は増えて、いまや3千種類とか。


ワインのような


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ワインを思わせるような美しいラベルのデザイン。実は日本酒。お酒を頼むと、こうしてボトルをドンと見せてくれる店がある。ラベルをデザインした人がこれを知ると、きっと嬉しいはずだ。
日本酒好きの外国人が増えているようだから、このラベルデザインを見てどんな感想をもらすか、聞いてみたいものだ。


入笠山(4)


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ツマトリソウ


少し時期は早かったが、入笠山は花の山だ。なにか咲いているでしょうと探し歩けば、スズラン、アツモリソウ以外にもありました。都会の花はなかなか覚えられないが、山の花は不思議とスッと口にする。そうすることで記憶の扉の蝶番に油が注されるはずだ。滅多に見ないクリンソウが出てきたのは嬉しかった。


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浅間山の茶屋「道子」にもあったね クリンソウ

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これも直ぐに浮かんだ ツバメオモト

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直ぐに出るよ マイヅルソウ

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エンレイソウは花の時期が終わっていた

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少し離れた大阿原湿原は、尾瀬を思い起こさせた


入笠山(3)


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入笠山では、絶滅危惧種になったホテイアツモリソウを見ることができる。この山に数多く咲いていたらしいが、盗掘が繰り返されて消えてしまった。いまはフェンスに守られ、数株がじっとこちらを見ていた。

初めてのご対面は、パンダを見るような気分。お〜奇怪なお姿。こちらを向いて文句を云っているようにも見える。いかにもランらしいカタチ。この中に蜂は入っていくのだろうか。近くには、これも珍しいクマガイソウも咲いていた。カタチがよく似ている。


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こちらはクマガイソウ

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この蕾はどっち・・・


入笠山(2)


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入笠山は一年を通して楽しめる山だ。春から秋まで山頂付近には多くの花が咲き、冬はスノーシューで雪山歩きができる。眺望もよく、お天気が良ければ目の前には八ヶ岳、そして鳳凰三山、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、御岳、乗鞍をはじめ、北アルプスの山々まで見える(らしい)。

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白いズミの木が点在してなんだかお花見の気分


風とガスの日は、大人しく花を愛でる。木道に沿ってズミ(こなし)の木が多くあった。リンゴの花を思わせる蕾は紅色だが、開くと真っ白になる。

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優しい甘い香りがする

サルオガセ


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強い風に、糸状の地衣植物サルオガセがなびく。実に不思議な生命体。ここまでぶら下がっているのは初めて見た。朽ちたカラマツに絡まっているのか、絡まったから枯れていったのか。ジッと眺めているとおぼろ昆布を思いだした。
地衣類は成長が遅く、寿命が長いそうだ。そして大気汚染に弱いことも指摘されている。とすると太古から健康だった森を歩いていたことになる。

 
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入笠山


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木道からの花々は今年遅れているという


梅雨の晴れ間になると予想して、土曜日の夜、リュックに雨具などをパッキングする。目指すは花の宝庫と呼ばれる入笠山。過去二度ほど登っていたが、初夏は初めてだ。いま花の名山はどこも混んでいる。山ブームが来てから、ゆっくりと愛でることができなくなった。

入笠山ロープウェイの乗り場に立つと、ハルゼミの鳴き声が聴こる。今年も初夏の山に来たぞという実感。標高差700メートルを一気に登って山頂駅に着くと、小粒の雨と凄まじい風だ。慌てて雨具を装着。下界は初夏のお天気なのに・・・と嘆くが、山は時おりこんなだ。

入笠山の花に魅せられてか、続々と登山者が上がってくる。一番の人気はスズラン、そして絶滅危惧種のホテイアツモリソウか。


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これはドイツスズラン、これから100万株のニホンスズランが咲く


山頂駅では、星野富弘版画展が開催されていて、ロープウェイのチケットにいくらかをプラスすると観ることができるという。
誰が企画したのか素晴らしいアイデアだと唸った。両者(富弘美術館と入笠山ロープウェイ)を繋ぐのが「花」。ここでこんなことを学ぶとは・・・勉強になりました。


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下山の頃、ようやく富士山が見えた


ネーミング


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旅に出るとお土産コーナーでネーミングをチェックする。今回発見したのはこれ「十勝無敗」。十勝(とかち)を全面的にアッピールした焼酎である。縁起がいいねえ〜と手にするかもしれないが、いかんせん、この書体。洒落を考えついた人が、自分で書いたのかもしれない。もう少しなんとかなったはずだ。

いままで発見したものには、愛媛の「海千山千」。乾燥した小さな野菜と小魚のクズのようなものが入っていた。何じゃこれ!と思ったが、名前の通り。仕方がないと納得。最近発見したのには、皮を剥いたミカンで「むかん」。これは手が伸びる。
他には漬け物用の糠(ぬか)で「ぬかよろこび」。これは買えなかった。


老後2000万


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イカリソウ


健康保険料を払い続けても
病院のお世話にはならない健康を維持し

介護保険料を上乗せさせられても
認知、ボケとは縁のない独り暮らしを続け

年金受給を少しでも遅らせるため
七十歳過ぎても けっして労働意欲を失わない

そしてポックリと成仏する

そんな高齢者に 私はなりたい

って

思う人が いるのか・・・


街路樹


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この時期、街路樹の緑が美しい。なぜに美しく感じるのか。目を凝らす。深くて濃い緑の奥から新緑が溢れでるように、幾層も重なっている。こんもりとした単一なカタチではない。幾つもの膨らみが樹形の美しさを創っている。

青々と雨は降り続き、たっぷりと水を蓄えた樹々は、やがてこんもりと膨らんでいくだろう。選定を施した人たちの技の見事さに、ふたたび気づく。
街路樹の美しさもきっと後わずかだ。


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倒木更新。近くの大きな杉の木が、根から引き抜かれたように倒れていた。それだけにこの幼木が愛おしく思えた。


豊平川


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山ちゃんが美女を射止めたというニュースが話題になっているので、チラリと読んでみると、なるほど・・・いい女というのは、最後にそんな山ちゃんをしっかりゲットするんだ、と納得。こっちの山ちゃん、おかしな自信を深めた。地味であっても誠実に頑張っていれば、いつか良いことがあるんだ。フムフム・・・。


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法事の前日に市内を流れる豊平川沿いを歩いた。ここは思い出の多い川だ。小さい頃、浴衣を着せられ、父と涼み行った。家族で花火を見た。川で採ったカラス貝を母に渡すと、真珠が入っているかもしれないと言うので、ドキドキしながら凝視したが、真珠などなくて、落胆する母見て一緒に落胆した。炊事遠足では何度も訪れた。鮭が遡上するニュースを聞き、心躍った。などなど、思いだせばきりがない。


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ひばりが忙しなく警戒音を発していた

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なぜかハマナスが咲いていた

故郷は、時間を置いて訪ねてみると、そこにいた私と会える。


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中島公園


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ライラックが終わりを迎え、札幌の街はニセアカシアの甘い香りが広がっていた。中島公園の小道を歩くと、まさに香りのシャワー。ニセアカシアの香りが風に乗り、ときには頭上から舞い降りてきた。

中島公園は、想い出があり過ぎ。父に連れられ初めて相撲の稽古を見た、お祭りでオートバイサーカスに驚いた、高校時代、バイトの帰りSと喫煙していたら警官に尋問され、嘘の高校を言って逃げたなどなど、きりがないほどの思い出が詰まっている。

今は美しく整備されて、市民の憩いの場所のはずなのだが、人は多くないように見えた。


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母の一周忌


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早い。あれからもう一年。これから母の一周忌のために札幌へ。初夏を一杯に吸い込んでこようと思っていたのにこれから雨模様。
でも小学校の恩師と仲間、そして中学時代の友人ら、札幌歌会の方々、親戚家族と会える。


昆虫少年


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トンボや蝶が飛んでいるのを見ていると、夏だなあ〜と少年時代に戻っていく。シオカラトンボやギンヤンマを見つけると心躍り、オニヤンマには崇めるような思いで、その堂々たる飛翔を追っていた。そんな思いは刻み込まれているらしく、すぐに昆虫少年に戻っていく。


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和紙工房


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今回の山旅プログラムには、和紙工房見学をセットした。「見学時には、なるべく声をかけないようお願いします」と担当者から事前に云われていた。猛暑の中、工房を訪ね、ベテランの職人さんの後ろで、総勢八人は息を潜めて眺めていると、久保さんはにこやかに話しはじめた。


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手漉きの和紙職人が減ったこと、和紙作りのための道具を作る職人も全国で十人を切っていることなど、手漉き和紙の現状を話しながらも手は止まらない。無駄のない動きは美しい。力が入っていないように見える。が、軽やかなリズムがそうさせているだけで、とてつもない重量を受けながら、一枚一枚の和紙を仕上げているのだ。


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ここに三千本の極細のひごが編まれているという


先人が作った工房は、すべて木(竹)と布だ。木のしなり、膨張、乾き、水との相性をすべて計算されて道具が作られている。改めて日本人はスゴいと思う。巻きすを見せてもらって驚く。ひごの直径は、1ミリもない。つなぎ目の工夫、糸の紡ぎ方、どれをとっても、繊細な職人の技だ。


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久保さんは、若い人はそれなりに味わいのあるものを作る、紙には力強さがあると誉めたたえ、けっして自信の五十年の年期を自慢しなかった。こうでなくてはいけない・・・(反省)。
職人の話は、スッと入ってくる。モノ作り人間の共通した想いが流れているからだろうか。
久保さん、ありがとうございました。


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玄関には紙となる三種類の植物が

仙元山


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エゴの花が散りはじめました


土曜日もアツカッタ・・・。そんな中をORMAC隊は、標高****メートルの仙元山を目指した。埼玉県の小川町駅に集合し、野草を愛でながら川沿いの道を歩く。水辺には鳥たちが遊び、川は魚影が濃い。流れが長閑なので、ついペースも落ちる。


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地図を頼りに仙元山への道を何とか見つけ、分け入っていくと体感温度が一気に下がる。時おりエゴの花がはらはらと舞う。その一輪を手にとって嗅ぐと好い香り。白い絨毯を歩くのがもったいないくらいだ。一時間弱で山頂に到着する。眺望できる箇所はわずか、ウ〜ム残念。

それでも涼風が入ってくる東屋でランチしていると、達成感が湧いてくる。恒例のおやつとお惣菜交換をすれば、それぞれのリュックが軽くなる。心も軽くなる。さあ記念撮影をして、和紙工房を見学しましょう〜。


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3,000メートルには、ちょっと足りなかった・・・

古書店


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時間がなくて、通り過ぎてしまった京都の古書店。こんな中に一歩足を踏み込んでしまうと、時間を忘れてしまうだろうなあ。「日本絵双六集・・」「京都百年パノラマ館」「七福神の彫り方」「露地」・・・開いてみたくなるような本が並ぶ。店内の照明もいい味を出している。本の山に囲まれた向こうには、店主が置物のように座っているに違いない。どんな顔をした御仁なのだろう。
ところで、どこの通りだったか・・・忘れてしまった。


おはぎのさいち


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それは小さなお総菜屋さんだった。えっ、こんなお店なの・・・。週末ともなると、あるモノを求めで県内外から大勢の人がやってくる。周辺の道路は大渋滞となり、それを地元の人は「おはぎ渋滞」と呼ぶ。そう、美味しいおはぎがここで売られているのだ。

お店の名前は「主婦の店 さいち」。仙台市内から車で30分ほど郊外のごく普通の小さなスーパーマーケットだ。店内の一角にある「おはぎコーナー」まで、入口から真っ白な導線が標されている。粒餡、きな粉、ずんだ、納豆の4種類が陳列棚一杯に並ぶ。選んでいる端から手が伸びて、おはぎが無くなっていく。おはぎに失礼と・・・。

1個108円。いくつかの単位でパッケージングされ、一日で5000個が売れるという。秋保という小さな町まで、おはぎを買いにくるエネルギー・・・凄いというか驚き。周辺にはお店よりも広い駐車場が三つあり、誘導する警備員が何人もいた。いやはや、おはぎオソロシヤ〜

甘味が抑えられて、我が家での評判もよかった。全国のおはぎファンの方、ぜひお試しあれ。


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こんな小さなお店


君の名は


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鬱陶しい日々がくるまで、しばしこの風と光を楽しもうと空を仰ぐ。台風一過のような良いお天気〜今日はアロハでも来ていこうかなと思っていたら、朝一番にクライアントとの打ち合せがあるのを忘れていた。残念。

初めて見た〜を体験したければ、花を好きになるのがいいと思う。まだ知らない花がどれだけあることか。仙台市の郊外で見つけた花たち。ゆっくり名前を調べたい〜。


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なんで、この樹にピクピクと反応をしたのだろう。珍しい樹形をしているからか。いやいや、よく見ると太い幹が途中から五本に分かれているではないか。

五!?。五、五、五、いまカラダは、この数字に過剰な反応を示す。五行歌25年。一日25時間、GOGO25、あれやこれやが一日、頭の中を駆け巡っている。


五月の風


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仙台の緑の風は心地よい。我が身を風にまかせ、自由に泳ぐ緑の枝先を眺めていると、人生これ以上幸せなことはないのではないか、と思えてくる。
たゆたい、なぶられ、ひるがえり、樹々の緑は五月の風と遊ぶ。あ〜生きて冬を越して良かった。父は生前そんなことを言っていたが、分かるよなあと思う、五月の風と緑なのだ。


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風にのって、フジの香りが届く


目に青葉


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ホウチャクソウが咲き始めた


花粉が消え、梅雨までのわずかな間、一年でもっとも空気がうまいと感じる。目に青葉の・・・の諺があるように、緑の美しさも存分に味わえる。
明日からは仙台。ケヤキ並木の美しい青葉通りが待っている。


N先生


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昨晩、小学校時代の友人Sさんからメールが入った。「6月に帰ってくるのでしょうか。年賀状を読んだN先生が会いたがっていますから、ミニクラス会しましょう」。そんな内容だった。そうだ、母の一周忌で帰りますと書いたなあ・・・。

いま思えば、N先生こそ我が人生を決定的にした人だった。「君は絵の才能があるから、伸ばしなさい」と云われたのを卒業後も覚えていた。図工は卒業までの三年間、通信簿に「5」が付いていた。

NHKの朝ドラ「なつぞら」を観て、あの頃の自分と同じ状況にいるなあと主人公を愛おしく思っていた。好きなことをして生きていきたい。ただその一念だった。若さと言うものは恐ろしい。それしか見えなかった。

37年目後のクラス会の時に、「先生っていい仕事ですね。僕はあの言葉を忘れずに、頑張れたんですから・・・」。そんなこと言って、N先生をおおいに泣かせた。自慢の教え子の一人として記憶されたのかもしれない。

N先生は、札幌美術協会の要職にあったと聞く。体育の先生だとばかり思っていたら、美術にも造詣が深かったのだ。卒業してから55年、恩師と交流をもてる幸せを感じている。


舞妓さん


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すれ違う度に唄ってしまう。舞妓の舞妓のこねこちゃん〜♬。長めの帯を揺らし、下駄の音も高らかに、ソッソッと涼しげに歩いていく。そういえば、芸者はネコで幇間はタヌキと先月の吟行歌会でそんな話を聞いた。いつかは、お座敷遊びをしたいものだと思うが、ツアーでなければ無理だろうなあ。

というわけで、庶民は錦市場商店街を目指す。卵だけを売るお店や、栗、干物、ゴマ、湯葉、豆、佃煮など若い頃なら見向きもしなかった専門店が約400メートルに渡って並んでいる。


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ゴールはお馴染み学問の神様である錦天満宮

無鄰庵


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京都の二日目は、Iさんの立ち上げの五行歌会に出席した。会場は南禅寺前の「無鄰庵」。訪れるのは三回目だ。明治維新、官軍の勇である山県有朋は、接収した地にこの別荘を建てた。外装・内装の隅々に贅沢で高度な技術が施されている。東京なら旧岩崎邸庭園の洋館だろうか。

この会では「五行歌全国展示会」への参加をお願いするはずが、連休前に200名の定員に達してしまったため、今回はそのことには触れないことにした。歌を創るのは初めてという方もいたが、レベルの高い歌ばかりで驚いた。

一席は代表であるIさんの歌。

全身で
泉を呑むようだ
青空に透けた
千のみどり葉を
仰げば

我が歌は、異彩を放っていた。

ここより先
立ち入ってはならぬ
あなたの
顔に
マムシが出ます

どう読めばいいのか、コメントを言うにも勇気がいる。
喩えるなら、女優の木村みどりこが目を細めながら笑っている様子だろうか。
ときどきこんな看板を目にするが、一歩足を踏み込むと、本当にマムシは出るのだろうか?と疑う。もしかしたらタケノコや松茸が出るのではないか・・・。


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広い庭園を彩るカキツバタ

高瀬川


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川の柔らかなカーブが心を和ませる


週末は京都で、ちょっとしたミッションがあった。夜までの時間を暑さと人混みを避けるように木屋町通を二条通から高瀬川に沿って南へと散策した。江戸の頃、この周辺は大きな藩邸が高瀬川に沿っていくつも並んでいたらしく、船着き場の跡や小さな橋などに往時を偲ばせるものがあった。

坂本龍馬や中岡慎太郎、後藤象二郎らがこの橋を渡ったのかもしれないと思えば、感慨も深くなる。京都はちょっとした路地にも思いがけない歴史があったりするので油断はできない。


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初夏は水と青葉が涼しげ


風薫る


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桐の花が咲いたよ


風薫る五月。なぜ五月の風は薫るのか。それは、花たちの香りを運んでくるから。新緑の香りはもちろん、果樹の花や園芸植物、ハーブ、桐の花など、淡く甘い香りは、心をはずませてくれる。


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ずいぶん前に咲き終わりました


檀一雄碑



20年前、取材の帰りに能古島で檀一雄碑を探し当てて感慨にふけったことがあった。若い頃に「リツ子その愛」「その死」を読み、いつかは能古島に行こうと決めていたから、自分の約束を一つ果たしたような歓びがあった。このとき能古島からの船が港に着き、下りて来たのはなんと、息子の太郎氏だった。偶然とはいえ、大きな躰を見たとき、オヤジそっくりだなあと嬉しくなったことを覚えている。

今回は、秋の展示会のための福岡美術館の会場チェックと九州歌会に参加という目的が合ったので、能古島はオマケの旅。太郎氏が建て直したという家の裏手にある、もう一つの碑に今回は会えた。

歌碑には、律子の死を悼んで詠んだ歌 ―― 「つくづくと櫨(はじ)の葉朱く染みゆけど下照る妹の有りと云はなく」と刻まれている。
意味は「櫨(はぜ)の木が真っ赤に染んで来たが、今その下に佇んで自分に見せてくれ。最愛の妻は逝って悲しく切ない」。


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モッコウバラが裏庭に沿って咲いていた

レンゲ畑に太郎さん!?と思ったが違った


終わりと初めの日に


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平成の最後の日、令和の初日、そして今日と五行歌展示会のパネルデザインの真っただ中にいる。静かな東京で、歌と写真に向き合っているというのは悪くはない。穏やかで安らぎの時間だ・・・と言いたいところだが、じつはあまり時間がない。

詩歌もそうだが、絵や写真の前に立って思うのは「いい作品は、足を止める力を持っている」ということだ。


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はて?


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これ猿の糞だよ〜〜


ポトリとマツボックリのような実が落ちて来た。旅好きのSさんは、大木を見上げて「これは高野まきかもしれないわねえ」と言った。枝や葉がたしかに似ている。しかし実はどんなであるかは知らない。誰かが「***」ですと言った。誰かを驚かそうと動物のフンのような実を握ってヒヒヒ〜としていたので、その名前を聞き忘れてしまった。


ミツバツツジ


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人差し指と中指と薬指を合わせたような葉。そこから名前が付いたミツバツツジ。細い枝から、ピョンピョンと上に向って、小さな合唱団だ。薄赤紫の花と早緑が、春の山を彩る。


クサボケ


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クサボケ。これまた変な名前。この花を初めて見たのは、玉川上水だった。土からいきなり造花のような花が咲いていたので、誰かのイタズラだと思った。膝をついて良く見ると、ちゃんと土から短い茎を出している。驚いた。世にも不思議な咲き方だ。後で調べると「クサボケ」とあった。今はこれを見つけると春だなあと思う。


ニリンソウ


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展示会の歌の中には、夫婦を詠む歌があるはずだからと、ニリンソウはしっかり撮っておく。そういえば川中美幸が「あなた おまえ」とニリンソウを唄っていた。「大きなニリンソウ、もしかしたらイチリンソウでは」と誰かが言った。たしかに・・・蕊の様子が違う。二輪並んでいるからといって、すぐ信じてはいけない。「あなた おまえ」じゃない場合もある。


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こちらイチリンソウ
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イチゴも花を急ぐ
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雨の頃になるといろんな花が咲きそうだ

チゴユリ(稚児百合)


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五行歌の展示会の仕事で一日の半分は、その世界に漂っている。いい歌が多くてデザインなんか要らないのではないかと思ってしまうのだが、いやいや新しい世界を創るのだという気概を呼び覚まし、イケル、大丈夫と暗示をかけて向き合っている。

昔に比べてずいぶん体力が落ちた。疲れを知らなかったあの頃が懐かしい。今はペースを考えて無理をしないようにしているが、山頂までは遥かだ。まずは五合目までを目指す。一歩一歩、踏み外すことなく、高さを稼いでいく。

チゴユリ。なんとも可愛い。春、この小さな花に会うと、思わず「可愛い」が出てくる。他に思いつかない。可憐、初々しい、儚い、よくぞこんな花を創られたものだとしみじみ思う。小さくても葉っぱも百合のそれだ。


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ユリといえば
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ユリかごから酒場まで、そしてあるときはカメラマン


ステンドグラス



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そういえば、このステンドグラス、お寺の中にありました。


芽吹き


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ケヤキ、ヤナギ、クヌギ・・・あっという間に芽吹いている。
心が追いついていかない。

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珍しいクヌギの花


冬のソナタ


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おっ、舟越桂の作品だ。すみだトリフォニーホール一階ロビーに展示されていたのは「冬のソナタ」。なんだか懐かしい名前。見えない鍵盤に左右の手が置かれている。なにを弾いているのだろうか。いまからもう八年以上も前、白山から下りて来て金沢21世紀美術館に寄ると「舟越桂展」が開催されていた。好きな作家だったので、なんとも嬉しかった。

それ以後、山から下りると、空き時間を利用して美術館に行くことが増えた。クールダウンに丁度いい。白山と島根県立美術館、開聞岳は知覧特攻平和会館、石鎚山は丸亀平井美術館・・・八ヶ岳の周辺の美術館にもよく立ち寄った。

鳥海山を下りた後は酒田市内の図書館で時間をつぶした。GWの頃だったか、ストーブには火が入っていて、方言が時おり聞こえてきて、郷土史の本を読んでいると時間を忘れそうになった。

そういえば福岡から上京していたSさんは、滞在中にずいぶん美術館巡りをされていたようだけど、もう帰られたのかな。。



吟行・四季の歌会30回


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思えばよく続いています。吟行・四季の歌会30回。スタートは易く、持続は難し。年4回だから足掛け8年になる。先週末は、神田稲荷町から浅草界隈を歴史ナビゲータのYさんに案内をお願いして、下谷神社から浅草六区までのお寺、神社、商店街を巡った。約2時間半、たっぷりと歩いたのでランチのお蕎麦の美味しかったこと。歌づくりをしばし忘れて、皆さんそばに舌鼓を打った。

一席はこんな歌。

絶望したら
浅草に来なよ
酔って、笑って、騒いで、鳴いて
馬鹿野郎でも大忙し
生きてるだけで大成功

作者Kさんは、地元浅草を仕事場にしています。


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ゴールは雷門でした

たおやかに揺れる


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春、心地のいい風景の一つに「ヤナギの新緑が風に揺れる」がある。どの木々よりも早く芽吹き、桜が咲く頃には、枝垂がすっかり緑になっている。風にたおやかに揺れ、光り輝いている姿を見ていると、幸せな気持ちになっていくのはなぜだろう。


やりましょう!



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できました〜♬ 表紙です


先月は、日本山岳会の大きなポスター二点とパンフレットの見開き、そして歌集60ページの編集とデザインを終えた。そして今月から夏場にかけて、歌のパネルを200点(!?)を作り上げる。頼まれたのではない。どれもかってに手を挙げて「やりましょう」と受けたモノばかり。

俺はマゾなのではないか、と思う。どうするんだ〜こんなに〜、どうしようか・・・いつもそんな自答から始る。あるのは知恵と度胸のみ。辛さ・しんどさが麻痺していくと、悦楽の世界が待っている。このゾーンがヤバイ(使っちゃった〜)。
ウルトラマラソンを最後まで走り抜けるだろうか。


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モッコウバラが咲き始めた


健忘症?


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おた、見たことがある・・・・何だっけ、この花・・・・え〜と。すぐに出てこない。忘れていく固有名詞が多くなっている。ウ〜ン。花の名前二つ覚えれば、人の名前三つ忘れる。そんな歌をつくったなア〜、そんなことはどうでもいい。何だっけ・・・

そうだ、ミツガシワ! やっと出た〜、スッキリ。


田沼武能さん


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8月からの五行歌展示会に向けて、ヒントを貰おうと時間があれば展覧会を覗いている。この日は、田沼武能(たぬまたけよし)さんの写真展「田沼武能写真展 東京わが残像 1948-1964」。

ずいぶん前、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の新聞広告を担当することになり、田沼さんの撮ったマザーテレサの写真を使いたくて連絡を入れた。「分かりました、使ってください」と気持ちよく返事をもらった。いかほどお支払いをしたらよろしいでしょうと尋ねた。しばらくの沈黙があって「あるだけください」と言われた。
はっ・・・こちらも沈黙した。「じつは旅費にいつも困っています」「あればあるだけ欲しいのです」。(この頃の田沼さんは世界の舞台に様々な報道写真を撮られていた)。

こんな見事なあっけらかんとした要求はない。「分かりました、新聞社に相談をしてあるだけ支払ってもらえるようお願いしてみます」と笑いながら答えた。その旨を担当者に伝えた。新聞社はどれくらい支払ったのだろう。

田沼さんの「あるだけください」は、とても気にいった。それ以来、ギャラを聞かれると「あるだけください」と言った。知っているクライアントは大笑いする。初めての人は「じつはそんなにないんです」と答える。

いつかまた言ってみたい・・・「あるだけください」。


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砧公園はノビルがたくさん〜

回っております〜


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この雨でだいぶ散りはじめたかな。先日、スズメが桜の花を落とすのを嘆いたが、よく観察すると、彼らはじつに高い技術を持っていることに気づいた。蕊の部分をくわえると、嘴でクルクルと回し始める。蜜を吸いとっているのか、その所作が早い。「回っております、回っております〜」、あのお染めブラザースを彷彿とさせるのだが、直ぐにポイ。花はクルクルと落ちていく。来年は、喜んで観ていたりして・・・。


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新しいスニーカーと夏山のパンツでご機嫌
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クモの巣のイタズラ

カワセミ


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人は二つに分けられる。カワセミを見たことがあるか、否か。ふと、そう思った。そう思いたくなる奇跡の時間だった。瑠璃色の羽、白の点々がある青緑の頭、オレンジ色の嘴と足、そして愛らしい目。まさに飛ぶ宝石の喩えに相応しいカラリング。

都内でカワセミが多く見られるということは、自然保護の環境が整ってきているという証拠だろうか。十連休は、都内で自然観察しながらハイキングするというのも悪くないな。


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大きな魚も丸呑みするアオサギ
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ウミウ?カワウ?


こら!スズメ


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満開の桜の下を歩いていると、ときどき夥しい花が落ちてくる。見上げるとスズメの群れが花を啄み、落花させている。まあ、そのスピードの早いこと・・・。ヒヨドリだけと思っていたが、蜜を求めているのか、くわえたと思ったらポイ。いくら啄んだところで、蜜なんか、スズメの涙しかないだろうに。

すでに花を失った枝が何本もあって、これでは花吹雪まで保たないよなあ。
こら!スズメ。あっちに行け〜


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こちらは、桜の下に集まってくる


親子登山


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週末、高尾山を二家族と歩いた。日本山岳会主催の親子登山だ。今年は元気な男の子二人。四歳ってこんなにパワーがあるのかと驚く。テントの張り方を教え、バターとアイスクリームたっぷりのフランスパンのおやつ作りを一緒にしているうちに、すっかり打ち解けた。
男の子も可愛いもんだなあ〜。


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新元号


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雨に濡れた新芽が美しい


新元号は令和。頭文字が「R」なんて予想だにしなかった。「人々が美しく心を寄せあうなかで、文化が生まれ育つ」という意味だそうな。なんと素晴らしい。素直に思った。今、取り組んでいる山と五行歌への想いと重なって、一陣の風が吹いた。どんな時代になっていくのか。それを創っていくのは私たちだ。

雨上がりの昨日は定例の「親子登山」のお手伝い。腰の具合が思わしくなかったけれど、きっと歩いているうちに代謝が良くなって、痛みも少しずつ麻痺していくだろうと、たかを括って高尾山ハイクに参加した。ところが四歳の男の子は元気いっぱいで、先頭をグイグイ引っ張って登っていく。
おいおい〜イメージと違うぞ〜・・・。


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下山すると見事な桜が待っていた


オタマジャクシ



里山を歩いていると、小さな水溜まりを発見する。覗いてみると、いるいる。水があるうちに、カエルにならなくては干涸びてしまう。カエルニなってもトカゲや鳥などの天敵がいるしなあ、生きていくのは大変だなあ〜。


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野バラの花も咲き始めた


謂れ


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コバルトブルーの色をして可愛いのに、数ある野草の中でもひときわユニークな名前を頂戴しているのが「オオイヌノフグリ」。なぜこんな名前になったのだろうか?

少し小型で花の色がピンクの「イヌノフグリ」という在来の野草があるのだが、大正時代に全国にヨーロッパ原産のイヌノフグリが広がった。この草と区別するために、大きいという意味を表す「オオ」を付けてオオイヌノフグリと命名したらしい。

では、なぜ犬のフグリなのか、花が散った後の果実がそれに似ているらしい。


水面


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川に石を投げてみる。波紋が広がる。水面の景色がゆらめく。

ただそれだけのこと・・・


素材集め


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埼玉県、名栗川の渕を歩いているとニリンソウが開花していた。早いなあ。撮った一つをパソコンでソフトフォーカスの処理していると、浮かび上がってくるようなイメージになった。まあこんなことができるんだ・・・驚き。

八月から始まる展示会のために、出かける時はカメラを持ち歩いて、これ良いかもと思ったらドンドン撮り貯めている。応募された皆さんの歌が立ち上がるように、写真の素材集めにいま余念がないのだ。


スミレノハ〜ナ〜♬


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四谷の上智大学では卒業式だったらしい。髪をポニーテールに凛々しくまとめた羽織袴の女子たちが、駅の改札を通過していった。四谷の土手の桜も綻び始めているし、歓びも満開だろう。

昨日は、二月の雨のために中止になった天覧山〜多峯主山(こうのすやま)をロケハンした。マイナーなイメージだったが、どうしてどうして春のハイキングには、ハミングが出そうなコースだった。ツツジ、野バラ、スミレ、そしてニリンソウまで咲き始めているのにはビックリ。

花粉さえなければ・・・とマスクおじさんは、呟きながら飯能の低山そして川原歩きを楽しんだ。


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黨が立っていないのをいただいて、今朝フキ味噌を作った


モクレン


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白い蝶が空に向って、一斉に飛び立つかのようだ。桜よりも一足先に咲くのが、コブシそしてモクレン。
この時期になると決まって、一本の大きなコブシを思い出す。花をつけたコブシと彼方に聳える雪山。二つの白が呼応しているかのような早春の美しい風景だった。後にこんな歌を作った。

ふるふると
白い手を振る
谷間の辛夷
眺めているのは
残雪の山々


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40年


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四谷界隈に再開発の波が来ている。駅前の横断歩道に立てば、静かだった街が賑わい始めていることが分かる。ここに事務所を決めたのはもう40年も前。不動産屋のおじさんだったかおばさんだったか、「ここの新宿通りは皇居に向って気の流れがある。事務所を持てば成功間違いなし」。

この一言に反応した。「よし決めた、ここにしよう」。山の手線のど真ん中、アクセスもよく便利だ。洋風なピンクのモルタル造りの建物を見つけ、先輩のコピーライターと事務所をシェアして借りた。ガラス戸を開けるとすぐにマントルピースのあるリビング。そこに丸い大きな木のテーブルを置いて、打合せ室にした。庭にはヤシが植えられて、隣室には占師や建築家らがいて、ドラマでも始りそうな雰囲気があった。集まる友人らは、ウイスキーを持参し自分の名前を書き込んだネッカーをぶら下げた。ボトルはどんどん増えていき、毎夜のように酒盛りが行われた。

「もう仕事なんか止めて、こっちで呑もう」。テンションの高い声を聞きながら仕事をした。よくあんな環境で仕事が出来たものだ。一緒に呑んでから机に戻れば、徹夜になった。若かったんだよなあと思う。

ピンクの建物跡には、大きなビルができた。多くの人が逝った、しかし街を歩けば、床屋、酒屋、居酒屋、そしてどこで知り合ったかなと思う人が挨拶をしてくる。まさかこの街に、40年も通い続けるなんて、その頃は思いもよらなかった。


山の日フェア


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昨日は、山と自然を考える「山の日フェア」会場で、日本山岳会の広報活動のお手伝い。法被姿でパンフレット類を配り、ブースへの誘客を担当した。不思議なもので、法被を引っ掛けるとなぜか元気が出てきて、誰にでも声をかけることができてしまう。

今回のミッションは体力テストだったので、「あなたの登山力は!?」のキャッチを考えた。カンタンに参加できるテストにチャレンジしてもらい、打ち解けてから山や登山の話に繋げていく。写真はテストの一つ「片脚立ち」。当たり前かもしれないが、若い人ほど持続力がある。
山登りする人がどんどん増えるといいなあと思う。


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越冬


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「越冬つばめ」という演歌があったが、この蝶、成虫のまま冬を越えたらしい。翅が傷んでいる。「越冬つばめ」の歌詞は、冬にそむいた冬のツバメよ、吹雪に打たれりゃ 寒かろに〜ヒュルリ〜と切なく歌われているが、成虫で冬を越える虫たちは、体内にグリセリンという凍結しない成分を持っているので、あまり辛い思いをしなくて済むようだ。

温かさに誘われて、やっと春だ〜と、木の樹皮などから飛びだしてきた。花たちも虫を誘いはじめている。


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巨樹


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幹廻りが優に5mを超えるような巨樹を見つけると、思わずハグして悠久の時間を感じようと努める。樹皮に耳を当てて昨年亡くなっていた山登りの仲間を想った。彼だけではなく今年に入ってから友人知人四人を送った。哀しみとともに、死は身近にあると感じるようになった。
昨日の歌会で詠題の「やもり」でこんな歌を詠んだ。

生きていることの
確かな寂しさ
ヤモリが
夜気を
聞いている

難題やもりが、この歌をつくってくれたのかもしれない。導きに感謝。


ミツマタ(三椏)


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神奈川県の大山をハイキングした。春は黄色の花をよく目にするが、このミツマタもそうだ。三つの枝先には小さな蕾をつけて、日当りの良い場所では、花火のような小さな花を弾かせていた。

亀3


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温かくなってくると新宿西口公園の人工池にミドリガメが現れる。冬場はいないから、飼主が越冬させ、春先にここへ運ぶのかもしれない。温かな陽射しを目一杯受けようと、三匹それぞれの甲羅干しの型が決まったら、もう〜動かない。


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ちりめんじゃこ


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京都に行って必ず買って帰るのは「ちりめん山椒」。これに出会ってから、日本人である幸せ項目が一つ増えた。ちりめんと山椒の絶妙な組み合わせ。暖かなご飯にのせて、ムンズと頬張った後の幸福感。しかしウマい美味いと言っているうちに、いつのまにか無くなってしまう。

ある日、ちりめんじゃこの安売りがあった。あったといってもそんなにお安くはないのだが、もしかしたら家でつくれるのじゃないかと、先週末にチャレンジ。レシピもネットにあるので、まったく心配なし。カンタンに出来た。美味い。梅干し、昆布の佃煮、ちりめん山椒のトリオが、毎朝、舌の上で幸せを奏でている。


LINE


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昨夜、新宿通りを歩きながら、何かを忘れてきた・・・なんだろうと悶々とした。四谷駅に着いて、そうだ、ブログのアップをしなかったんだ。追われていても忘れることはないのに。余裕がないのかな。


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LINEも大事だけど、こちらのLINEにも目が奪われる。

梅は咲いたが〜


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桜も咲きました。カワヅザクラ、コフクザクラ、カンヒザクラ、オオカンザクラ・・・
御苑は、いま梅と桜が混在して、人も鳥も待ちきれません。


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三浦雄一郎さん


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週末、新聞社主催の三浦雄一郎氏の講演を聞いた。御年86歳。南米の最高峰アコンカグアにチェレンジした話だった。入場者の多くはアウトドアファッション。高齢でありながらもイキイキした生き方をしているように見えた。

登壇した三浦氏、「午前中は、私が校長をしています高校で卒業式がありました。それを終えてから飛んできました」。「帰国してから風邪にかかっていると思っていましたら、軽い肺炎になっているようでお聞き苦しいと思いますが・・・」。いやはや、タフなおじさんだ。

約一時間、無念の下山を強いられたアコンカグアの約一ヵ月のエピソードを聞いた。一度も座ることなく、途中一度水を飲んだだけで話し通した。出かける時は、足首とリュックに負荷をかけるためにウェイトをつける。毎日、1キロ近くのステーキを食べている。お陰で今メタボです・・・。

夢と目的を実現するために、体力をいつも維持する。父敬三氏もそうだった。100歳超えても独りで料理を作って暮らしていた。心とカラダの長生き遺伝子を受け継いでいるのだろう。広告界にとって、これほどの健康・元気キャラクターはいないかもしれない。

90歳でもう一度ヒマラヤに挑戦したいと云う。家族はどう思っているのだろうか。父の元気は、暮らしのバロメータ!?。なんて思ったが、夢を語り、実現していく男に、やはりロマンを感じた。


三月


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二月が駆け足で逃げていった。「来月末から10連休が始るよ」「どちらにお出かけですか」と、三月のカレンダーが云った。さて、どこに行こう・・・どこへ行っても人の波だろう。もしかしたら東京が一番静かなのではないか。本でも買い込んで、居心地の好いところを探して、読書三昧しようか。夏山のために体力アップしようか。
皆、どうするのだろう・・・。


着ぐるみ


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開発したキャラクターが着ぐるみになって、クライアントの受付で待っていた。身長190センチ、両手を広げて140センチ。ウ〜ム・・・かなりのインパクト。空調ダクトのキャラクターで、名前は「悟空」。来週から始る展示会に登場し、三蔵法師のコンパニオン嬢と会場をおおいに賑わしてくれるはず。


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手動式


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手動開閉式のカゴから


展示会の案内が友人から届く。場所は銀座奥野ビルだ。展示よりもあのレトロな建物のなかを歩ける、そう思っただけで、気持ちが向いていく。平成が間もなく終わり、昭和はますます遠くなっていくなか、昭和の匂いがつまっている奥野ビルは心が安らぐ空間なのだ。

たとえば手動開閉式のエレベータ。二つのドアには、すこし力が必要だ。閉めなければエレベータは動かないし、目的の階に着いたら、当然自分の手で開ける。
これを不便だとは、誰も思わない。停電の時のロウソクのように、ギギギという音を聞いていると、懐かしさとありがたさが沁みていく。


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インジケータは各階、デザインが違う

シンボルマーク


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昨年、五行歌の会のSさんからお声がかかった。25周年を迎えるにあたって、いろいろ相談をさせてくださいという内容だった。事務局に伺うと、主宰からなにか良い企画はありませんかと聞かれたので、即座に「五行歌の展示会全国ツアーはいかがでしょう」と答えた。

話はトントンと進んで記念のシンボルマークを創る運びとなり、主宰にキャッチフレーズのお願いをした。数日後「言葉でひらく未来」という、心に響く一行をいただいた。
うん、いい。この一行に、しばらく水を与え続けた。イメージがどんどん広がっていった。たくさんのラフを描いて、このマークが生まれた。事務局への提案書にはこう標されていた。

キャッチフレーズから広がるイメージをそのままに表現。 さまざまな言葉は、未来に向けて、光のように拡散。 五つの楕円は、人、花、五行・・・。

マークはいま一人歩きをして、いまさまざまな企画や歌会のプリントなどに活かされている。そしてSさんから昨日送られてきたのは、記念切手シート。基金に寄付をされた方々にお贈りするという。なんだか身に余る光栄。ジッと眺めてはにんまりしている。


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富士山の日は


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一昨日の23日は、静岡、山梨両県がそれぞれ条例で定める「富士山の日」。そしてこの日はなんと、皇太子殿下の誕生日。つまり来年から「天皇誕生日」となって祝日となる。山好きの皇太子殿下の誕生日が富士山の日といっしょというのは、なんか嬉しい。

皇居に行ってバンザイをしなくても、白い富士を眺めて、おめでとうございますといえば良いのだ。この習慣、広がるのではないかな。


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ホワイトスペース


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久しぶりにホワイトスペースが効いた広告を見た。初めは「リゼ」の文字が、右側の英会話教室と繋がっているのかと思った。しかし「医療脱毛のリゼ」とある。違う違う。眼を左にずらすと「まっさらな肌へ。」の文字が出てきた。なるほど・・・ホワイトスペースがメチャ活きている。

そのホワイトスペースを見ていると、なにやらが浮かんできた文字・・・毛毛毛毛・・・。凹なのか、凸なのか、白い文字が光の加減で浮かんでくる。あったはずの毛が消えたということか。手が込んでいる。ライバルが多い業界、印象の強い表現を狙ったものなのだろう。

はたしてホワイトスペースの効果が現れて、ケケケケ・・・となるのか。


ルビーチョコ


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バレンタインデーの日「今年はルビーチョコが人気らしい」と娘に言った。すると翌日にプレゼントされたのがこれ。ルビーチョコは高価らしくて、市松模様にミルクチョコも収められていた。

先日テレビで放映されていたチョコの食べ方を見習って、香りを嗅いでから、チョコを折って音を聞く。ふむふむ・・・切り口の香りをもう一度楽しむ。そして口に含んだら上あごに貼付けて、舌で舐め溶かしてチョコを口一杯に広げて贅沢に味わう。なるほど〜新感覚。

ルビーチョコとは?
ダーク、ミルクに続いて、ホワイトが世に出てから約80年。ルビーカカオ豆が偶然に発見されてから栽培されて製品化された。着色料もフルーツのフレーバーも入っていない、ルビーカカオ豆から生まれた種類。
味はというと、深みと酸味の効いたイチゴのような甘味、だろうか。


ルーメソ


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友人Sは「ナンジャ、これ?」と言った。下の黒板にも手書きでルーメソとある。ふふふ・・・俺は分かったぞ〜。面白いことを考えたねえ〜。大山神社の下社近くにあった茶店。


珍味


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この写真を見て直ぐに分かった人は「珍味通」だ。食べてみますかと聞かれて・・・

さて日本の三大珍味と言えばウニ(塩うに)、カラスミ(ボラの卵巣の塩漬け)、このわた(なまこの腸の塩辛)で、酒好きにはたまらない。しかし、ご遠慮しますという珍味も多い。たとえばホヤ、イナゴの佃煮、ザザムシ、はちのこ、へしこなどなど、何それ!?という名前も並ぶ。漁港近くではイソギンチャクやフジツボなども魚屋に並んでいるので、それはそれで素晴らしい地産地消と感心する。

話は長くなったが、この酒のアテは、鱓(うつぼ)の燻製。人生ン十年、初体験の味は・・・それほど美味いものではない、だった。脂がのった歯ごたえの良い鮭トバのような味。にごり酒との組み合わせは、失敗だった。


大山


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残念ながら富士山は霞の中だった


翌日に太股痛、翌々日(つまり今日)にふくらはぎ痛がやって来た。週末、友人S夫婦と丹沢の大山をケーブルカーを使って登ったのだが、思った以上に足腰に来た。とくに下りの階段が長くキツく、もしかしたら残るかなと思ったら・・・やはり。

伊勢原の駅のそばに好い居酒屋を見つけていたので、後半はそれを楽しみにして歩いていた。近郊の山登りは、山なのか酒なのか、それとも両方なのか、最近はトンと分からなくなってきている。なんせお店のオープンに合わせて、逆算してスタートの時間を決めている。

いかんいかんと思いながらもGOOLは、居酒屋なのである。


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いきなりの梯子のような階段がキツい
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狛犬の替わりに竜がいた

たい焼きエレジー


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我が事務所の周辺には、和菓子屋が多い。カステラの坂本屋、和菓子の寛永堂、大角玉屋 本店、そして加賀藩御用御菓子司 森八・・・。和菓子好きには、もう嬉しい環境が整っている。そしてなんといっても自慢は、ジャ〜ン〜!鯛焼きの「わかば」。粒餡の鯛焼き一種類だけで60年。いやはや、頭が下がる。冬になると午前中から列ができて、今やすぐには買えないのである。

そして本日、NHKの番組「ドキュメント72時間」で「冬の東京 たい焼きエレジー」として紹介される。粒餡たっぷりの鯛焼きクンに吸い寄せられる面々をトクとご覧いただきたい。


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チョコブリ


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先週末、天然ぶりが調理されている番組を観ていたら、無性に食べたくなった。そうだ、鰤だけを食べさせる店がある。そこへ行こう。オーナーが鰤のおいしさを広めようと開いた店で、まさに鰤つくしのレシピが並ぶ。
カウンターに座り、店主と酒や養殖の話をしながら、好きな酒を呑るのが楽しい。

これは食べたことがないでしょうと勧められたのが「チョコブリ」。ミカンぶりやスダチぶりのように、餌にチョコを与えた養殖ブリだという。スゴいモノをつくるなあ・・・。
申し訳ない、今日は遠慮しておこう。


パチモン?


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「それにしても似てるわねえ」と家人が言った。先月、福岡空港で渡されたお買い物袋を見つめている。たしかに・・・。数式にしてみると、Takashimaya−kashi=Tamaya。そしてバラのイラストまで。こんなデザイン許されていいのだろうかと気になった。すぐにググってみる。

お〜なんと、玉屋さんは、高島屋主体のハイランドグループに加盟しているとある。さらにシンボルマークには「バラ」の花を採用。紙袋とレジ袋、ギフトカードのデザインは昔から高島屋と全く同じものを使用しており、高島屋のロゴの部分が玉屋のロゴに変わっただけである(ウィキペディア)。

なるほど、そうだったんだ。どちらも200年以上の歴史があるから、通じ合うものがあったのかもしれない。これでスッキリ〜、安心した。


陣馬山


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雪が止んだ。雪の富士山を見たい。どこがいい・・・やはり陣馬山だろう。というわけで、日曜日、高尾駅からバスに揺られて陣馬高原下へ。雪化粧した木々の美しさに息を呑む。まずは和田峠まで一時間、緩斜面の山道を登っていく。吐き出す息も真っ白。それがなんとも神聖な気分で、キーンとした冬山気分になるのだから、嬉しいというかありがたい。

和田峠の茶店で甘酒を呑んで、直登の階段を上がっていくと、お待ちしていました〜とでっかい富士山が現れた。


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堀文子さん


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堀文子さんが亡くなられた。100歳。群れず、慣れず、頼らず・・・
みんなひとりが寂しいといいますが、人といれば本当に寂しくないのかしら? 人は そもそも孤独なんです。名言を幾つも残された。画家も歌人も心構えは、同じなのだろうか。合掌。


極渦崩壊(きょくうずほうかい)


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そんなこと、あたし知りませ〜ん



何て読むのかと思った。「きょくかほうかい」でもいいらしい。
北半球に寒波が襲っている。北極上空を循環する冷たい空気の塊が崩れて、アメリカ大陸側とロシア側に流れ込み、先月末のシカゴは、華氏マイナス45度を記録した。そして今週末、日本も温度が一気に下がり、北海道の陸別ではマイナス30度を下回る予報が出ている。

北極の氷が溶け続けると極渦現象はより頻繁に発生するといわれている。これも温暖化と関係はあるのだろうか。


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こうなるらしい

タワークレーン


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子供の頃、ビー玉を目の高さから落として、仲間のビー玉に命中させると貰えるという遊びをしていた。片目を瞑って狙い落とすのだが、これがなかなか当たらない。

四谷の交差点の信号待ちで、そんなことを思い出しながら、ビルの上のタワークレーンを見ていた。クレーンの運転手は、ピンポイントに向って滑車を下ろし、資材をフックで引き上げては、自らの階の嵩上げをしていく。どこまで上がって、どう下りてくるのだろう。

運転手の特殊技術はスゴいと思うが、なによりあの高さが平気というのがスゴい。コックピットには、トイレや冷蔵庫などが完備されているという。
どんな風の音を聴きながら、どんな街並みを見ているのだろう。


ハートマーク


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このようなサービスをされると、じつに困るのですが・・・


三代目


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ついにやってきました。どうしようかなあと思いながらも選んだのは、OLYMPUS。三代目となる。スペックがほぼ同じというのは、分かりやすく使いやすい。新しい機能のWi-Fiの内蔵は、スマホと連携すれば転送が出来る。その他にも手ぶれ補正やリモート撮影機能、ハイビジョンムービー、接写など、機能を確かめながら仕事の合間にスリスリしている。


待つ


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首を長くして待っているのは何だろう。花粉が終了したころの春だろうか。手術を待っている友人の吉報、友人Y君のお嬢さんの受験の合否、山の雪融け情報と出てくる。二月はきっと、あっという間に終わるのかもしれない。


北雪


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もうずっと昔のこと。佐渡の冬の中にいた。どの街にいたのかさえ覚えていない。夜、吹雪のなか旅館から飛びだして居酒屋を捜すと、すぐに萎びた居酒屋が見つかった。雪降るなかにポツンと灯りを点けて、なんだか健さんの映画に出てくるような構えだった。中に入るとカウンターだけで、女将が「あら、いらっしゃい」と迎えてくれた。

頭の雪をはらって、熱燗を頼んだ。ツマミは軽いものを適当にお願いして、女将をよく見ると、驚くような美人だった。なぜ、こんな街に・・・ちょっと嬉しくなった。この雪では、客はもうこないだろう。

熱燗が出てきた。「美味い」。沁みるように胃に広がった。至福〜。いい酒ですねえと誉めると、これですと一升瓶を見せてくれた。ラベルには「北雪」とあった。新潟の酒ですか?
「これは、佐渡のお酒なんです」。手に取ってじっくり見た。北雪の文字が吹雪いている。そんな話をして笑った。島で、こんなうまい酒を造るなんて、凄いと感心した。これからこの酒を贔屓にしようと決めた。

しばらくすると「いらっしゃいまし」と角刈りの好い男が現れた。
「ん!?」。だよなあ、一人なわけないよなあ・・・苦笑い。

北雪のラベルを見ると、必ずこのときのことを思い出す。あの女将はどうしているだろう。訳あり風の二人なのだと勝手に決めて、記憶の片隅に置いた。東京に帰ってから北雪を探し歩いたが、なかなか見つからなかった。
昨日、事務所の近くのリカーショップで発見。いま、とてもご機嫌。。


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死亡記事


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いただいたカレンダーは全て飾っている



あ〜もう一月が終わる。一月はイク、二月はニゲル、三月はサル・・・年の初めは、ことさらに早いらしい。

死亡記事が目に入る。一昨日は友人の動物カメラマンのKさんが。そして昨日は橋本治氏。いずれも70歳。まだまだ若く、人ごととは思えない。橋本氏の喪主が、母親になっている一行を凝視した。おいくつなのだろうか。東大の合格を、書き上がっていく作品を、さぞ喜ばれたに違いない。なのに自慢の息子を送ることになってしまうとは・・・辛いよなあ。人生は分からない。


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九州新年歌会の二席でこんな副賞をもらった


あの日


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五行歌を始めて13年目になる。歌への変わることのない想いがずっと続いている。もし若い日の私が、歌を詠む楽しみと能力を持っていたら、どんな歌を創っていただろうと思うことがあった。
そんなことを夢想していたら、去年辺りから、ふと現れる少年の青年の私が、歌を詠み始めるようになった。


慎ましい暮らしがあった頃
こんな石鹸で
顔や手を洗って
清潔の匂いを
嗅いでいた

きれいな人が
ひとりいて
きれいな風が
はいってきます
三年四組  窓側  一番後ろ

分かってた
二人とも
なのに
爆ぜる薪  見つめながら
夢なんか  話してた


少年は未知への憧れと汚れていない心を持っていた。青年はそれに向かって走り始めていた。懐かしい私は、歌を創る余裕を持っていた。それが嬉しい。
いま、記憶の引き出しを一つずつ開けて、母との時間を取り戻そうとしている。

2918


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肉が18枚。つまり「ニクジュウハチ」。九州新年歌会の懇親会は、博多しゃぶしゃぶだった。滅多に口に入らないブランド肉がこんなにも〜〜。タレが三種類あって、もう箸が止まらない美味しさだった。そしてお酒は、気仙沼のTさんが持参したウスニゴリ。これも極上の酒で、しばし首を垂れて、涙・・・(ウソ)。

歌会で二席をもらった上に、大好きな九州の人たちと酒が呑める幸せを噛みしめていた。うまか〜よかよ〜と、最高の夜を過ごさせてもらったのだった。


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プロジェクターにも映していただきました


「富久」


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絵師Kさんの描く菊之丞師匠


錦織は残念ながら負けたけれど、なおみちゃんが決勝に進出。全豪オープンから目が離せない。若手がどんどん伸びている。五行歌もテニスも新人が伸びていくのは気持ちがいい。
さて今日はこれから落語の会で、菊之丞師匠の一席が聞ける。新年らしく「富久」がかけられる。分かってはいるが、幇間の久蔵の慌てぶりに笑いも一緒にお伴しやす。。


年間大賞


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昨日は麹町歌会。年間大賞の発表があった。一年間の席の歌から選出者43名の投票により、一席を決めるという年明け恒例のお楽しみだ。一席はこの二首だった。


恋しさの         Kさん
伝えかた
人間が一番下手
言葉を見つけて
しまったから
              
猫のツメみたいな月が   Hさん
心を引っ掻く
今夜は
騙されたままで
いようか



小生の歌は次点だった、残念〜。


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題詠は、ほぼ予想通りでこの二首が一席。Kさんはグランドスラムだ。


連凧に         Kさん
なれない
凧は
空の大きさと
独りで闘う


冬のりんご       Mさん
四つに切ってから
皮をむく君を見ながら
まぁるく剥いてた
あの人を思い出してる


題詠で、小生のこの歌が三席に入った。


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五行歌会


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森羅万象だろうが、海千山千だろうが、「日光連山伏流水仕込み」の表記を見れば、もう気分は我田引水。歌会を終えて素早く宴会の準備。
風林火山のごとくコップに注ぎ、深山幽谷の味わいを楽しめば、天下泰平、不老不死・・・と思ったのは、もう一ヵ月前。

もうすぐ今年初の麹町歌会。年間大賞が発表される日でもある。さてどんな歌が選ばれるのかな。

来客


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冬鳥をよく見かける。日本は過ごしやすいですか?鳥ばかりでなく、人も日本に多くやって来ていて、増加の一途をたどっているようだ。政府の目標は、東京オリンピック開催までに約4,000万人の訪日外国人を呼び込むと鼻息が荒い。一番の理由は、円安。そしてビザの緩和。もう一つがLCC。つまり航空運賃の安い便が増えていることだろうか。

昔は、爆買いする旅行客が多かったけれど、ネット販売が主流になるとピタッと消えた。いまは、着物を着る、食事をする、旅館に泊まるなどを楽しみにしている人が多いという。結構なことだ。
あとは、Wi-Fiサービスの徹底だけかな。


空が近くて


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去年のクリスマスの日、夕暮れの少し前、環八の大きな歩道橋の上で、水色の空を眺めていた。大きな刷毛で重ね塗りされた空色や藤色が染みるように広がって、贅沢な日本画の冬空。西からの光がこんなマジックタイムを創っていたのだろう。
一つの歌を思い出していた。

歩道橋の上で
きみに
話してみたくなったのは
きっと
空が近かったからだ

この歌は、新年の歌会に出されていた。こんな解釈をしていた。
亡くなった親しい友人のことを想い続けていた。歩道橋の上でこんな大きな空に出会ったら思わず立ち止まってしまう。そして元気だった君を思い出して話したくなる。

作者:歩道橋の上で振り返って、思わず君に話しかけてしまった・・・。
なるほど、そうであってもかまわない。なぜなら空がこんなにも近くて、美しいのだから。


冬苺(フユイチゴ)


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名前がいい。フユイチゴ。イチゴは冬だろうと言われれば、確かにそうなのだが、野山ではイチゴは、初夏に花を咲かせて実をつける。冬、杉林の下で隠れるようにしているイチゴを見つけると、どうしても手が伸びる。そして一粒を口に含む。
甘酸っぱい。けれどちょっと違う。完熟しているような、寒さを耐え忍んでいるような「冬の味」がした。


葛飾柴又(2)


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こんな見事な自己紹介、他にあるだろうか〜♬

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獅子舞は、16世紀初頭、伊勢国(いまの三重県)で飢饉や疫病除けに獅子頭が作られ、正月に舞ったのが最初だと言われている。その後、17世紀に伊勢より江戸へ上り、悪魔を祓い、世を祝う縁起ものとして江戸に定着。祝い事や祭礼で獅子舞が行われるようになった。


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お囃子にあわせて獅子が舞い、ご祝儀が出ると店員、客を問わず大きな口を頭にタッチ。今どきは噛まないそうで、みんな嬉しそうに頭を出す。そんな様子を眺めていると、忘れていた小さな幸のありようを知る。眺めている人たちが、皆笑っている。

寅さんと山田監督は、こんな日本の原風景を残しておきたかったのだなと思う。佃島は高層ビルに囲まれてひっそりと残っていたが、ここは生き生きとした街の賑わいがある。まさに生きたテーマパークだ。

お店に入ると女性たちは、サクラさんのように三角巾を被り、それぞれの店に名物オヤジがいそうだ。団子を頬張りながら、ゆっくりとまた歩いてみたい。

葛飾柴又


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吟行歌会も29回を数えた。年4回(春夏秋冬)だから八年目を迎えることになる。今年の最初は、葛飾柴又。ご存知、寅さんの故郷だ。柴又駅に降りると、駅前には寅さんの像がスッと立っている。いなせな姿は実際の寅さんより男前だ(たぶん)。ここで地元のボランティアの方と落合う。

まずは疾病除けとして「神獅子」と呼ばれる獅子舞神事が奉納されている八幡神社へ。するとその獅子舞を演じる方々が出てきた。お囃子がなって獅子が舞い始めると、商店街が一気に賑やか華やかになる。正月らしくていいねえ〜。


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一軒一軒で獅子が舞い、無病息災、商売繁盛を祈願する人たちが獅子に頭を噛んでもらい、ご祝儀を大きな獅子の口に入れる。懐かしい風景だ。帝釈天でお参りをしたあと、商店街の一軒でランチして吟行モードにはいる。


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記憶


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梅の写真を見ていたら、正月、高尾山の帰りに嗅いだ白梅の香りを思い出した。そうだ・・・シャッターを押すとき、被写体に向けて想いを重ねていることがある。後日、そのカットを見ていると、言葉が生まれてくる・・・。

カメラを失くして気がついた。高尾山で会津で、撮影した一つひとつに何かしらの想いを込めていたはずだ。もしかするとそんな想いを記憶させるために、シャッターを押していたともいえる。カメラは記憶の装置か。

とすれば、失ったカメラから旅の記憶を引き抜くことはできるかもしれない。一つひとつを思い出してダビングしてみようかという気になった。
それで想いの半分は取り戻せる。


樹木希林さん


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やはり書こう。樹木希林さんのこと。
昨年「日日是好日」という映画を観た。希林さんはお茶の先生だったのではないかと思うほど、所作が身に付いて、静かな気品を醸し出していた。その一方、普通のおばさんの姿も程良い感じで、その二つの行き来を見ていると、心が和んだ。四季の変化が随所におかれて、日常の一つひとつが人生なのだよと伝えているようだった。

女優では珍しく、美貌などを誇示することもなく老いの姿を伝えながら逝った。全身を癌に蝕まれているようには見えない立ち振る舞いと話し方。もしかしたらそれも演技なのだろうかと思えるほど、インタビューを受ける晩年の彼女はいつも自然体で、そして普段着が美しく似合う人に見えた。

花に喩えるとなんだろう。冬牡丹だろうか。画家堀文子の好きな花。椿や桔梗、蓮、芍薬など多くの花を描いてきた彼女が好きな花は、牡丹。「気高く、王者の風格があり、終わりが美しい」というのが理由だ。

終わりが美しい・・・早くから癌との付き合いが始まったから、終わりの準備ができていたといえばそれまでだが、それ以前の生き方があったからこそ、人生の最後を描けたのではないかと思う。
時間ができたら、彼女の映画をいくつか観てみたい。


ならぬことは、ならぬものです


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娘へのお土産を見て、また思い出す。「コーラ!」



ふとこの言葉を思いだした。会津若松の駅前や城下町のあちこちで目にした「什の掟(じゅうのおきて)」という会津藩の藩士の子弟を教育する7カ条の訓示だ。

一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言を言ふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

そして7カ条のお終いに、
ならぬことは、ならぬものです とある。
例え不合理と思われるものでも、決められた事を守れ。そういうことだ。昔は何の迷いもなく、教えを守っていた時代があった。

遠いご先祖を会津に持つ父親に、そんな精神を叩き込まれた。
あのカメラ持ち去りおばさん、会津駅から乗車したはずだが、会津の人間ではないな。

皆さまからいただきました慰めのお言葉をありがたく受け止めています。時間が解決していくことでしょう。きっと失恋から立ち直るよりも早いと思います。


ガックリ・・・


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手に残っているのは一枚の版画とチケットのみ


余程のことでなければ、へこたれないけれど、今回は参った。打ちひしがれた。もうすぐ新宿という長距離バスの中で、誤ってカメラを座席から落とした。カメラは床を滑り前へ流れていった。シートベルトをしているので、到着してから拾おうと判断した。バスが止まったので屈んで探していると、おばさんが拾って行きましたよと、若い女性が教えてくれた。荷物を外に出している運転手に渡すのだろうと思い、降りて聞くと受け取っていないという。
衝撃が走った。どうして?
車内に戻って、運転手ともう一度、床と座席を確認したが見つからなかった。案内所、バス会社のカウンターに行き事情を説明したが、これはもう戻らないのかもしれないと思った。
落としたときに、「カメラを落としてしまいました」と何故声を出せなかったのか。大いなる反省。自分を責めた。

アルキメデスを10年支えてくれた相棒である。その中には、年始、仲間たちと登った高尾山のスナップと会津の冬の風景300カットが記録されていた。二日間、雪の中に立って、木立や池、美術館、磐梯山の峻烈な姿を撮った時間が眠っていた。

池にでも落としたなら諦めはつくが、数人しか乗っていないバスの中で失うとは夢にも思わなかった。おばさん、返してくださいよ〜。



おめでとうございます


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一富士、みたか、嬉しいな。元旦、新宿発のホリデー号の車窓(三鷹付近)から富士山が拝めることができた。なんか、とても新鮮な気分。
一週間の禁酒でカラダが慣れてしまって不安になっていた。起きるはずの禁断症状がまったく現れない。これは歳のせいだろうか。コワ〜というわけで、2日のお屠蘇をいただく前に心身を清めようと、御岳山&日の出山登山を決めた。

ケーブルカーなんか使わず下からきちんと登ろう。山の冷気を吸い込みながら、一歩一歩登っていくと、新しい年の始まりを強く感じた。約一時間半で御嶽神社に到着。今年一年の山登りの安全、家族の健康、五行歌の発展を祈って柏手を高らかに打つ。


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日の出山まで足を伸ばし、お雑煮タイム。下ごしらえをしてきたから簡単だ。溶けないという餅二個をコッフェルに入れて、出汁を注ぎ込む。ガスに火をつけて、蓋をして、しばし景色を眺めてのんびり。正月の関東平野の空は晴れ渡っている。筑波山、富士山、副都心、そしてスカイツリーがはっきり。


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いい音がしてきたので、蓋を開けて餅を確認。お〜食べごろ。紙のボールに移し替えて、三葉と柚子を添えて完成〜。スープが冷えたカラダに沁みること〜、なんかとても真面目なお正月を過ごしているなあと自画自賛。この後、つるつる温泉でさらに幸せになって、2019年の元旦を終えた。


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冬の寒さが美しさを創造するのか



佳いお年を


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Kさんから毎年いただく手づくりの干支


事務所の掃除もようやく終わり、開放された。
サザンオールスターが、来年結成40年!と、WOWOWで桑田君が言っていたが、思えばこちらも独立して40年・・・そんなになるのか・・感慨深い。
よく持ったなあと思う。来年は記念行事がいくつかあるので、実りのある一年にしよう、と、思うのだった。

皆さま、佳い年をお迎えください。
こちらは、1月2日が酔い年になります〜\^o^/^o^\

写真はこの一年の続き



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また来年もよろしくお願いします



振り返って


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残すところ今年もあと僅か。振り返るといろんなことがあった。一番は母を送ったこと。これは堪えた。暮れに入ってから回想していることが多くなった。雪の中、帰京する息子をずっと見送る母。「寒いから中に入って」と叫んでもずっと見送っていた。母というのはそうなのか。
それからそれからと記憶の断片を拾っている。

旅は、奈良、秋田、山形、京都へ。秋田で観た祈りのようでありながら、妖しいまでの雰囲気を醸し出していた西馬音内盆踊りが忘れられない。

山は、初夏の燕岳から飯盛山、そして月山、空木岳、八ヶ岳と登った。年々キツく感じてくるのは歳、そして運動不足か。百名山残り12座、果たしていけるだろうか。

仕事では、久しぶりに制作した新聞広告が、思いかけず日経広告賞をいただいた。新製品、新サービスのネーミング、ロゴタイプにも挑戦した。
そして五行歌25年の来年、展示会や作品作りできっと全国の仲間と連携していくはず。もうひとつの本郷歌会20年も動きだしている。好きなことはいつもだって楽しい。しみじみ、そう思う。


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ピロリ絶滅作戦


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しばらくは歌とお茶の世界で生きてゆく



船は港を離れ〜暗い波間を進む〜♬
泣いて見送るお酒〜あんなに小さい・・・♬

前川清の演歌がつい口に出る。昨日から禁酒一週間の修業が始った。ピロリ菌ことヘリコバクター絶滅作戦だ。こんな年末年始にやるなんてどうよ!と思ったが、担当医師の話が、引き金になったのかもしれない。

「採取した胃の組織を調べましたが、問題はありませんでした」。もしかしたら胃がん!?、と思っていただけに安堵した。よっしゃ〜、禁酒一週間くらいやってやろうじゃないのよ。

賽は投げられた。船は出た。もう立ち止まることはできない。年明けの1月1日まで、実行あるのみ。
頑張るぞ〜!^o^^o^^o^


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ハ〜ヤク  コイコイ  お正月〜♬


有馬記念


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雨の予報ならば、山は山でも中山へというわけで、高尾山をあきらめ、我が家から一時間の中山競馬場に向かう。到着して驚く。なんて人の多いこと。日本人が皆ここへ集まったのではないかと思うほどの人人人だ。駅から競馬場まで続く地下通路を人の列が埋める。

有馬記念で夢をという人が多いのだろう。案内板を頼りになんとかパドックに辿り着く。まあ広いこと。そしてサラブレッドの美しいこと。見るモノ全てが新鮮。
ところがチケットの買い方が分からない。マークシートになっているらしい。アドバイザーに教えを乞う。なるほどなるほど、了解!


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狙うはただ一頭。障害だけではなく、平地でもトップを目指すという、まさに二刀流の馬。人に喩えると大谷翔平か。その夢かなえてくれ〜。

スタート。飛び出した。第三コーナーまではトップグループ。しかし最期の直線で怒涛のように有力馬たちに抜かれた。残念〜、でも楽しませてくれた。ふとLINEを見ると、家人から。

「もし買えたらでいいのですが、8番の馬を。なんとかワンピース、名前が素敵」。電光掲示板を見ると、その馬が一着だった・・・アリ・・マア・・・。


美ら海水族館


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どこへ行きたい?と聞かれれば、美ら海水族館と答えるかなあと、この大迫力のジンベイザメの写真を見ている。Hさんから沖縄に行ってきました〜と立ち泳ぎをするジンベイザメ君が送られてきた。餌をもらっているらしい。オキアミだろうか。

クジラもそうだけど、この大きな鮫が広い海を悠々と泳いでいる姿を想像すると、脱力してしまう。もうひとつの命の時間がそこにある。
そういえば先月、ジャイアントマンタの飼育にも成功したとあった。幅が5m近くあるらしい。マンタとジンベイザメ・・・来年は行ってみようかな。

立ち泳ぎといえば、こんな歌をつくっていた。

立ち漕ぎで
坂を
上っていく
君の息と
白いソックス


冬至


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思えば、毎年のように冬至をテーマに書いている。なぜだろう。小さな頃に吹き込まれた一言があるのではないかと思う。「冬至がくれば、日一日と長くなっていく」。それが父であったかどうかは、はっきりしないが、寒さが厳しくなるというのに、少しずつ明るくなっていく喜びを感じた。

山に喩えれば、きつい登りの峠を越えた安堵感だろうか。そんな想いを半世紀以上抱えて、年の暮れの冬至を喜んできた。帰宅すれば、思いがけない柚子湯があったりして、日本はいいよなあと思う。

先日の歌会でこんな歌を詠んだ。

緩やかな
冬至という峠を越えて
一日は         
夜を捨て
昼を拾っていく


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仏手柑


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イゾラドには、驚いたけれども、これにもビックリした。こんな果実があった。仏手柑(ぶっしゅかん)。ググるとこうある。

ミカン科ミカン属の常緑低木樹で、「カボス」「ユズ」などと同じ香酸柑橘類の一種である。シトロンの変種。ブシュカンとも言う。

インド東北部原産。果実は芳香があり濃黄色に熟し、長楕円体で先が指のように分かれる。名称はその形を合掌する両手に見立て、「仏の手」と美称したもの。一般的に砂糖漬けなどで菓子にしたり、乾燥させて漢方薬にしたりして利用される。収穫量の全てが鹿児島県において生産されている。

これが食べられるなんてねえ、世の中には驚く発見がある。
この猫の存在にも驚いた。マヌルネコ。こんな真ん丸の可愛い猫が、モンゴル高原を走り回っていたなんて。どう見たって、マヌルネコではなくてマンマルネコ?



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イゾラドを観て


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週末、NHKスペシャル「大アマゾン・最後の秘境」を観ていた。イゾラド。アマゾンの奥地、文明を持たず、現代人との接触を一切もたなかった民。原初の先住民がまだこの地球上にいた。衣服を着ずに、手にしているのは、槍か弓矢の武器だけ。その男イゾラドと私たちの間には、まさにアマゾンのような大きな川が流れていた。

部族の仲間たちを失い、たった一人自分しか分からない言葉で話し続ける男の瞳には、深い孤独が映っていた。意味の分からない言葉は、小さな打楽器から響く音のように聞こえる。その言葉は誰に理解されることもなく、土に森に吸い込まれ、消えていく。

「彼を彼らの言葉を失うということは、私たちが豊かさを失うということでもあるのだ」保護官の男は、隔離という方法でしか彼らを護れない現状を嘆きながら語った。

まさしくその通り。たとえば力の政治で美しい海に土砂を入れ、埋め立てる行為もまた、私たちから豊かさを奪っている。失われていく豊かさと代替えに、与えられるものは、エゴむき出しの差別と政治という計り知れない力でしかない。屈してはいけない。


甘露甘露


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久しぶりにカンロ飴を口にした。懐かしい甘さが口に広がった。なんだろう、このやさしい甘さは・・・袋を見ると「水飴」の表記があった。原材料は「砂糖、水飴、しょうゆ(小麦、大豆を含む)、食塩」。これだけである。

なるほど〜と感心していると、家人が「安全な材料ばかりなので、最近はお料理に使っている人が多いみたい」。

ググってみると「大学芋」「いかなごのくぎ煮」「肉じゃが」「蓮根の甘煮」などのレシピが並んだ・・・良いねえ〜まさに甘露甘露。



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こちらは朝日新聞「かたえくぼ」で半年ぶりの快挙、Sさん、おめでとうございます


侘び寂び



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秋の山には、やや肩を落としたような初老の趣きがある。西日を受けて光を放つのはススキの穂やドライフラワーとなったヤマアジサイの花くらいか。
木々の葉はほとんど落ちて、枝があらわとなり、遠くの山々が見通せるようになった。褪せていく、枯れていく姿の「寂び」と「詫び」。こんな自然の刹那にも美しさの意味を感じ取れるようになってきた(かな)。


アザミ嬢


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ララバ〜イ ひとりで眠れない夜は〜♬と、歌っていたアザミ嬢も冷たい風が吹き始めると、花を散らして姿を変えていく。タンポポと同じような綿毛姿となり、風に誘われて飛び立っていく。綿毛の一つひとつには、さらに細かい毛が生えていて、新しい地を決めると、そこでアザミ嬢は根を下ろす。


かどや


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山を下りると居酒屋が待っている。それを励みに山登りをしている倶楽部が、我らの会ORMAC。正しくはOld Rookies Mountain&Alcohol Club。酒好きが揃った山の会だ。そんなわけで居酒屋の開店時間にあわせて、山のスタート時間が決まるという不思議な倶楽部運営をしている。

↑ここは山の友人から教えられたJR相模湖駅前の「かどや」。以前の店舗は昭和を感じさせる雰囲気だったが、改装が加えられてすっかり新しくなった。しかし、メニューとおかみさんの人柄とサービスは、なんら変わっていない。

この丸っこいメニューの文字〜。一つひとつに店主の愛情と小さな自慢が見え隠れしている。登山者も地元の人にも愛されている貴重なお店で、高尾山からわざわざ足を延ばして来る人たちがいる。

ところがこの日は、貸し切り。残念。丹沢ほまれ(一合350円)を呑りながら、乳酸菌の効いた漬け物とさばの味噌にを食べたかった・・・。


フェイク


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向き合おうともせずに、フェイクだと言ってその場逃れをする人がいる。それをそのまま信用する人たちもいる。何が事実でどれが嘘なのか。いま求めない情報までが入り込んできて、脳を揺さぶる。事実をしっかりこの目で確認しないと、真実は見えない。

BBQの帰り、この寒いのにナイトマラソンがあるという。見ると若者達が多く集まって20キロハーフを走ろうとしている。「おっ、あそこにいるのは、川内くん」「記念撮影をいいですか」とお願いすれば、「どうぞ〜」と答えてくれた。向き合って、話をして、肩を組んで、ツーショット。

ご機嫌な気持ちでそこを離れると、あの人はそっくりさんですよと言われた。「えっ!?」。しっかり見たはずなのに・・・。

よ〜く見ると「埼王県庁」「M高史」。彼は隠してはいなかった・・・。


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屹立


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生涯これだけの酒を呑めるだろうか。いやもしかしたらもう呑んでいるのかもしれない、とシャンパンタワーを見上げた。あ〜もう10月・・・嘆いたのはほんの少し前のはずだ。はや師走でクリスマス。実感がともなわない毎日が流れていく。

小さな変化を認められるとしたら、毎朝の鏡の中か。じつに僅かだが、おっさん化している。ここから早いのだろうか。そうはいかんぞと鏡を睨みつける。

赤と黄の間で


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一昨日から三日間、病院通いをしている。背中右下の腎臓のある箇所に強い痛みが出てから早二週間、心配になってCTスキャンを撮ってもらった。
画像を見た医師曰く「もう石は、出ていますね」。
参った・・・「たぶん石があるんじゃないかと思うんです」と、事前に伝えていたので、その答らしいのだが、ビシッとツボを押さえられた。思わず笑った。「そうですか・・・もう少し、様子をみることにします」。

昨日は、歯の定期検診。山の話を聞きたがる若い医師と仲がいい。他に患者がいないと、トレーニングや3000mの高所などの話をしばらくする。朗らかで、聞き上手でこんな良い人いるのだろうかと思う。総入れ歯にならないよう、ブラシングとケアを怠らないようにの言葉をいただく。

そして今日は、胃カメラ。春の検診で胃にピロリ菌があると言われて、紹介状を書いてもらっていた。10年前に苦しい思いをしてから避けていたのだが、「CTスキャンと一緒にやってもらったら」と家人が言うので、仕方なしに受けた。全身麻酔。記憶なし。フラフラしながら、医師とモニターに映る胃壁を見つめる。「ピロリ菌はいます。治療をしていきましょう。そして癌らしき細胞を取りましたので後日、結果がでます」。「それは意外〜!」。

そうか・・・腰の痛みが出なければ、胃がんが進行していたのかもしれないのか。結果が出るまで、あと三週間、赤と黄の間で揺れ続ける・・・。


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もぎりよ・・・


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満席となり、舞台の袖の太鼓部屋から織音さんの講談を聞く


一昨日は、年末恒例の「華競(はなくらべ)女伊達演芸会」と題した講談の会だった。友人Yさんが席亭を務めて早10年。その間、黒子に徹して下足番とモギリを担当してきた。玄関で舞台横の太鼓部屋で、Yさんが創作した人情話を聞いていると、いろいろと感慨深いものがあった。
この講談会はこれで一区切り。この間、神田織音(おりね)、そして神田鯉栄(りえい)のご両人は、見事真打ちに昇進された。二人は所属する会が違う、けれどいつも仲が良くて、微笑ましい。これでしばらく彼女たちとも会えないかと思うと、寂しいものがある・・・
これからは、テレビで演芸場で活躍する彼女たちを応援していこう。

さて〆は、なぞかけで〜〜

「席亭であるYさん、私への感謝とかけまして」

「石原裕次郎と解きます」

 そのこころは〜〜

「モギリよ今夜もありがとう」


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織音師匠へ、10年間ご苦労さまでした


親子でBBQ


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パタパタパタパタパタパタ・・・千回以上扇いだかも


晩餐会の翌日は、山岳会の家族登山普及委員会のメンバー6人と三家族親子9人によるBBQパーティ。今回はリーダーなので、昭和記念公園を事前に訪れて、詳細なコースプランと準備をしていた。

持参したORMACの30ℓのナベで芋煮の準備を始める。まずは火起こし。毎年炭の質が落ちているのではないかと思えるくらい、燃焼力がいま一つ。出来上がるまでにずいぶん時間がかかってしまった。


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そして今回の副菜は、おっさん、おばさんの好みを子供たちに食べてもらおうと、レトロ感が溢れる「お餅とおやき」を組み合わせた。おやきの中身はもちろん野沢菜。子供たち食べられるかな〜と思ったが、自分たちで焼いてパクパクと食べてくれた。野沢菜、全然平気だ。

芋煮も、人気があった。寒かったこともあるけれど、子どもたちは二杯、大人も平均五杯くらい食べてくれた。すっかり皆のお腹に消えていった。アルコールなしというのが辛かったが、たまにはこんな健康路線も良いのかも。


バターとシナモンによる焼きバナナ、人気がありました


連日の疲れと好い居酒屋が見つからないこともあって、暗くなる前に解散。家族登山普及委員会ではじつに珍しいことだった。


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小さい頃から五感を育もうとハーブの香りを体験したね〜


秋を楽しむ


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九州の友人は、山でうどんをよく作っているらしいので、よし!こちらも〜というわけで、ガスコンロとコッフェルをもって高尾山の一丁平へ向う。

今回はケーブルカーの最前列で紅葉を楽しもうと改札を抜けると、なんと〜すでに占領されていた。みんな知っているのだ・・・動き始めると皆さんスマホで映しはじめる。お〜キレイ、それ、いいなあ〜。

こちらは歌を

紅葉の絵画を
手繰り寄せるかのように
ケーブルカー
わっし わっしと
傾斜31度を登っていくよ


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最近はまってしまった天狗焼き

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干し柿


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干し柿を見ると心が温まる。子どもの頃、一つ貰うと惜しむように時間をかけて食べた。北海道は柿が出来ないので、内地から届く柿は、干し柿か、渋柿を酒樽に詰め、樽に残るアルコール分で渋を抜いて甘くした樽柿(たるがき)だった。

去年の冬、会津を旅したときに無人駅で地元の女性から貰った干し柿を思い出した。昔々に口にしたあの干し柿の深い味わいだった。



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廃線跡


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奥多摩のむかし道を歩いていたら、廃線になったレールやトンネル、橋などを見つけた。たぶん古い奥多摩の路線だと思いながら、しばらく辿って歩いた。かつてここを多くの人が往来していたのかと思うと感慨深かった。

ところが調べてみると廃線跡は「水根貨物線」という小河内ダム建設のために敷かれた東京都水道局の専用線だった。運行期間は昭和27年(1952)の鉄路開通から昭和32年(1957)の小河内ダム竣工までの5年間だけ。もったいない。
もし整備をして復活すれば、紅葉の中を走る人気路線として評判を呼ぶのではないかと思ったのだが・・・。


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隧道はいくつもあった

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この吊り橋の上から勇気を振り絞って撮った


雪虫


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今日は雪の季節の始まりを告げる「小雪」だというので、雪虫の登場。むかし道を歩いていると、目の前をフワフワと雪虫。おお〜久しぶりのご対面。北海道時代は毎年、10月頃には必ず現れた。これが舞うともうすぐ雪になるから、あ〜やだねえ、となる。雪の妖精とも言われるが、北国の人はこの雪虫を歓迎していたわけではなかった。

みんな急かされるように厳しい冬の支度を始めるのだ。庭の冬囲い、スパイクタイヤの準備、冬物の服をだしたりと、雪虫を境に暮らしが変わっていく。そんな日があったことを思い出した。お前はそれを伝えに飛んでくれるんだよなあ〜。



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ひっつき虫


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拡大すると矢じりの先にはカエシが付いているコセンダングサ(小栴檀草)


こう寒くなると、誰かにひっついて暖をとりたくなる。若いカップルがベタッとしながら歩いていると、いいなあ〜冬がくるなあ〜と思う。

さて、秋の野山を歩くと衣服にさまざまなひっつき虫。棘でつくもの、粘着系でつくもの、イキモノに種子を運んでもらって子孫を増やす企みだ。拡大してよく見ると、放射状の種子の一本一本には釣り針のようなカエシが付いている。衣服に近づけると、ひっつき虫〜♬〜見事なもんだ。


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ひっつき虫の正体は、こんな花


自撮り



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日曜日、発作的に独り歩きをしたくなって、読みかけの文庫本を手にして奥多摩まで足を延ばす。終点の奥多摩駅に着くと気温が意外に低いので驚く。バス停には長蛇の列。とりあえず奥多摩湖まで行き、江戸時代から利用されていた「むかし道」を歩くことにする。

バスの終点、奥多摩湖に着くと、湖がドーンと広がっていた。湖の浮きの上に見えるいくつかの影は、きっとカワウだろう。並んで羽を休めている。ここには豊富なエサ(魚)が多いのだ。毎日、この広い湖を眺めながら、食の心配もなく、ぼんやり・・・幸せだねえ。

湖周辺にポツポツと咲く十月桜を眺めてから「水と緑のふれあい館」へ。ここは東京都水道局が管理をしている展示館だ。奥多摩の四季の映像をなるほど〜と観てから、専用眼鏡をかけて「3Dシアター」の「奥多摩の森の不思議編」を楽しむ。飛びだしてくるような映像が刺激的だった。日暮れは早い、そろそろ歩き始めなくては。

コースにはモミジが多い。去年の春に登った時には、全く気がつかなかった。独りの男性がミラーに映る自身の写真を撮っていた。あら面白い〜。どれどれ撮ってみよう。オレンジのパーカーが、紅葉と合ってよく映えること。


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熱燗


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寒くなってきて、寒さに弱くなったことを知る。暖が恋しい。熱燗が恋しい。燗のなかの文字は、なぜ「日」ではなく「月」なのか。熱い酒が胃に沁みていくと、月のカタチになっていくのだろうか。そう思うと、吊革をもつ手に力が入って、ごくりと喉が鳴るのだった。


ウバユリ


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ウバユリってバカにすんなよ〜


ウバユリの乾燥した実を見つけると揺すって、種子を飛ばして遊ぶ。△のカタチをした種子は、ヒラヒラと風に乗って飛んでいく。この種子はオブラートでラッピングされたお菓子に似ている。

ウバユリ。なぜこんな名前が付いたのか!?蕾がつきはじめると葉が枯れて、ボロボロになっていくことから「葉(歯)」がない。それを姥にたとえて「ウバユリ」。ちょっと可愛そう。きれいな花が咲くのに・・・


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環境問題


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昨日、環境ポスター展が終わりました。ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。
学生時代の友人、仕事の仲間、歌会や山仲間など久々に会えた人も多く、展覧会は、集う人を暖めてくれる焚き火のようなものかもしれないと思いました。

「環境」をテーマにすると、さまざまな問題や課題が複雑に絡み合っているので、制作していくのがじつに難しい。最終的に行き着くところは、人間の行いと地球との関係。

ポスターから伝えられることは何だろう。人や社会を動かせるのだろうかと、いつも悩んでしまう。そんな時に思い出すのが、半世紀近く前、18歳の青年に衝撃を与えたこの全10段の新聞広告だった。



ゴリラ-新聞広告.jpegのサムネール画像

思えばこの新聞広告が、環境という後々の仕事のテーマを示唆してくれたのかもしれない。
この広告はスクラップブックに貼られて、ゴリラは何度も私と対峙することになった。10年、20年経つと最後は黄ばんで、彼の目の輝きも失われた。

でも課題を与えられた学生のように、いまも真剣に向き合って表現の道を探している。それはきっと生き方の確認であり、読み聞きした知恵であり、眠っている感性を呼び起こすことではないかと思う。

ゴリラの呼びかけに、私は今でも応えようとしているのかもしれない。


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 多くの方に来ていただきました



信玄棒道


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スタートは紅葉真っただ中の三分一湧水のある公園


八ヶ岳南麓から西麓にかけての甲信国境にある信玄棒道(しんげんぼうみち)は、武田信玄が北信を攻め上がるときに造られた軍用道路といわれている。その約8.5キロ区間(小海線の甲斐小泉から小淵沢まで)をORMACのメンバー五人とハイキングした。カラマツは黄葉を過ぎていたが、コースを彩るモミジは紅に朱にそして薄緑に染まり、晩秋の美しさを際立たせていた。

遠くには南アルプス、麓には八ヶ岳連峰が聳え立ち、道の途中には江戸時代に安置された石仏がいくつもあった。多くは観音様で、豊かな表情を讃えて私たちの疲れを癒してくれた。穏やかな枯れ葉の道を踏みしめていくと、醗酵がすすむ枯れ葉の匂いが足元から上がってきて、時の移ろいを深く感じさせてくれた。

ORMACも高齢化がすすんで、きつい山が敬遠されるようになってきた。来年はどんな山旅を計画していこうかと考えながら、ゴールの小淵沢駅へ下りていった。


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最後尾を歩きながらリースを作っていた


虫たち


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友人Sの肩に止まったイトトンボ。今年は、虫に出会うたびに昆虫少年だったという福岡伸一さんを思い出すことが多かった。
初蝶が飛びはじめる春、黄色が先か白が先かと占いの話を思い出したり、初夏になれば今ごろエゾハルゼミの声が森に沁みわたるように聞こえているのだろうなあと想像して、もう一つの時間を抱えていた。

さあ、ギャラリーに行かなくては・・・。


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鳥の写真


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山仲間のTさんから送られた冬鳥のジョウビタキの写真。ピントバッチリ、素晴らしい〜、腕はもちろんだけどカメラも良いんだろうなあ。警戒心のない表情が愛らしくイキイキとしている。
Tさんはこの一瞬のために、どれだけの時間が費やしたのだろう。


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我がカメラだってチョコレート好きな!?スズメをばっちり押さえている。じつは偶然、ピントがあったような気もするのだけど・・・後ろに映っている二人は、なぜ頭を下げているのだろう。
日比谷公園だから皇居に向って!?


環境ポスター展


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久しぶりに学生の気持ちになって環境ポスターを1点制作した。友人でデザイナーの儘田能光さんに出しなさいよ〜と毎年お誘いを受けていたが、どうにもアイデアが浮かばず、ポスター展で作品をただ眺める人になっていた。

それが今年は、一つ超えられるものが見つかり、そうか、こうだったかと、一気に仕上げることができた。それは・・・↓ ぜひここでご覧ください。

・11/7(水)〜11/13(火)、11日(日)は休館。
 11:00〜18:00 最終日(13日)は14:00まで
・山脇ギャラリー(山脇美術専門学校)
・千代田区九段南4−8−21
・JR市ヶ谷駅・都営新宿線市ヶ谷駅から徒歩1分

*チャリティカレンダー展も同時開催中。
*9日、10日の14:00から在廊しています。


ブルームーン


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バラフェスタが終わって、バラの名前を一つ覚えた。ブルームーン。誘うような甘い香りの囁きに痺れた。その香りを嗅ぐと、カラダが麻痺していくような錯覚・・・これは危険な香り。
ウィキペディアには「青系のバラで、ダマスクとティーの混在した、いわゆるブルーローズの香りがする」とある。分かるようで分からない。
部屋のどこかにこのバラがあると、集中力が落ちるかもしれない。


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どのバラも絵画というかイラスト画のようでもある。


甘利山


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地図を眺めていると、ある山に目が止まるときがある。この山頂から北アルプスはどんなふうに見えるのだろう・・・ここへ続くなだらかな美しい稜線をいつか歩いてみたい・・・。若い頃は、その山への思いを強くして軽い興奮を覚えた。

甘利山もそのひとつ。南アルプスの支稜鳳凰山東側山腹に位置する1700mの山から、どんな景色が見えるのだろうとマークしていた。ひょんなことから山頂部の東屋まで足を延ばすことになった。グングン高度を上げていくと、眼下の甲府の街が広がり、遠くに富士山がクッキリと姿を現した。
雄大な景色は、地図上の創造を遥かに超えた。


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霧氷


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北八ヶ岳、2400m付近はマイナス5度。シラビソの樹々は霧氷を纏い、青空を突き刺すかのようにそびえ立つ。一足早いクリスマスツリーだ。しかし、こうしてよく見えるのは周辺の倒木のせいと気づいた。ここ縞枯山一帯は、針葉樹林のシラビソやオオシラビソに被われているのだが、まるでゴジラでも歩いたのかのように、なぎ倒されていた。次々に襲った大型台風の影響だろう。


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風が吹くと凍りつくように冷えこむ。カメラを持つ手がかじかむ。頬の筋肉がどんどん硬直していく。冬装備をしてきたのに・・・一晩をここで過ごすのは凍死を意味するだろう。


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山裾は、黄葉のカラマツ林が広がっていた。西日が舐めると息を呑むような黄金色に輝く。


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早い〜、もう11月。日めくりのようなカレンダー・・・


世田谷フィルオーケストラ


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この日のロビーコンサートは打楽器だった


友人Tさんの奥さんは世田谷フィルオーケストラのフルート奏者。縁があって演奏会のパンフレット制作などのお手伝いをして、早15年以上が経つ。つまり年2回として30回以上、この昭和女子大の人見記念講堂に来ていることになる。お陰さまですっかり縁がなかったクラシック音楽の素晴しさが分かり、今はあちこちに足を運んで聴いている。
歩く、観る、聴く、食べる、そして呑む。ようやく五感の秋がやって来た。


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いつもの二階席から。ハープが二台入っている〜とか思って、待っている


ネコ戯らし


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昨日が「ワン」なら、今日は、ネコ。
正式名はエノコログサ(狗尾草)。犬の尾に似ていることから「犬っころ草」。この「いぬっころくさ」が転じてエノコログサになり、これに猫がじゃれつくので、ネコジャラシになったんだと。。


ワンだFULL


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福岡伸一さん


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対談企画ではあったが、その殆どは福岡さんの話に終始した。山口果林さんは聡明な人。私たちの思いを察知しているかのように、昆虫少年、生物学、動的平衡、そしてフェルメールへといった興味深い話を引き出し、福岡伸一という人物を多角的に切りとって見せてくれた。

方丈記の一説・・・川はいつもそこにあるように見えるが、流れている水は二度と再び同じ水ではないという引用で生命科学を語り、「エントロピー増大の法則」の「秩序があるものは、その秩序が崩壊される方向にしか動かない」という宇宙論へと広げていく。

福岡さんは、学者でありながら表現や物の見方が文学的というか、ロマンチストというか、彼の目を通して世界を見ると、この世は「センス・オブ・ワンダー」にあふれているようだ。

二時間の話は、あっという間に過ぎてこんな結びが用意されていた。
東山魁夷の「年暮る」という絵が映しだされ、山口さんが彼の想いを朗読した。


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目を閉じると今もなおしんしんと降り続いている。
それは、静かに、ひとしく、すべてのものごとの上にやわらかく降りつもる。
つまりここに描かれているのは雪の一片一片ではなく、
時間そのものなのである。


家族登山教室


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秋晴れの日曜日は、年に6回の家族登山の日。東京都の最深部に位置する「桧原都民の森」を子供たちと一緒に歩いた。都民の森までは、電車、バスを乗り継ぎ約二時間かかる。数えると今年すでに三回目。縁があるというか、ここがオープンした(平成2年)際に、ポスターやパンフレットなどを制作したこともあって、今もおらが森という愛着がある。

今回のメインは、山ごはんとキーホルダー作り。久しく使っていなかったガス、バーナー、コッフェルのセットでナポリタンを作ったのだが、これが意外に上手くできて好評。14人分がぺろりとなくなった。そして森林館でキーホルダー作り。やっぱりね〜、必ず大人たちが夢中になるのだ。

孫のような子供たちと森の中を歩きながら、受けないクイズを出し続ける。「大きなヘビが二匹いました。名前はなんでしょう?」「・・・・」「ニヒキヘビです」「・・・・」。
「大きなお相撲さんが二匹いました、なんて言う名前でしょう」「・・・」「コニヒキです〜」「・・・分かる分けないよ〜」。
なぜだか楽しいのは、なぜだろう。



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男の子たちはピストル。なるほど、そうなるか・・・


芸術の秋


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昨日おじゃました「さとうしのぶ展」より


この一週間に友人の展覧会4つを回りました。五行歌展、絵画展、書道展、絵画展、どれも刺激を受けました。きっとどこかに記憶されて、何かの時に立ち上がってくるのだと思います。そしてこれから生物学者の福岡伸一さんと山口果林さんの対談を聞きに朝日新聞ホールへ。いまもっとも夢中の福岡氏、どんなメッセージを発信してくれるのか、興味津々。。


地面師


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地面師・・・不思議な肩書というか職業というか、なんとも怪しい漢字三文字。家人から初めて聞いたとき「ジメンシー」と聞き間違えた。
何じゃそりゃ?

新聞によると日本の大手住宅メーカーが、この地面師らにまんまと63億円を支払ってしまったとある。戦後のドタバタならまだしも、今の時代にこんなことが起こるなんて、じつに可笑しい。アッパレをペタペタ貼りたくなる。まるでドラマを見ているようで、思わず登場人物を並べて俳優を選んでしまった。

三文字目の「師」に注目。なんで「師」なのか?そもそも「師」とは・・・教師、宣教師、美容師、講談師、マッサージ師と世の中、たくさんの「師」がいらっしゃるわけだが、地面のプロなのだろうかと、ググった。

地面師とは、土地の所有者になりすまして売却をもちかけ、多額の代金をだまし取る不動産をめぐる詐欺の手口の一つ、またはそうした手口の詐欺師。
そうだ・・・サギにも「師」がつく。「師」の付くいわれは何だろう。

落語は落語家、講談は講談師、じつに不思議。
いつか分かった時にまた続きを・・・。。


塩害


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これは、十月桜かもしれない・・・


耳慣れぬ言葉。塩害。大型台風による塩分を含んだ潮風が、農作物や街路樹、そして人工物にも大きな被害を与えている。「植えられたコスモス約100万本がほぼ全滅」とか「季節外れの桜開花相次ぐ 全国で350件」「電線から火花が発生する現象が300件以上起きていた」などの新聞記事を目にした。

気持ちのいい潮風も塩を含むと大きな害を及ぼす。今年は暑い日が続いたかと思うと、台風、そして塩害まで・・・観光地は、踏んだり蹴ったりだろう。


佃島(2)


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佃島には、取り残された古い下町の空気というか、懐かしい気配があった。それは助走を付けなくても隣りの家にひょいと飛べそうなくらいの路地の狭さだったり、人情に溢れているけれど、キツそうな顔をした人たちが、今にも出てきそうな古い家だったり・・・。

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低い街並の中にポツンと住吉神社があった。戦災にも合わなかった古いレンガ造りの神輿蔵、三年に一度の祭にお披露目される八角神輿、そして手水舎に彫られている漁師や獅子など、その時代の佃島の歴史が残っていた。


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渡船場の前でYさんが話をしていると、女性が近づいて来て「ここに嫁いで60年です」と話し始めた。こんな出会いも吟行の楽しいところ。「昔はこの前から船が出ていて、多くの人が行き交っていたんです」と往事の風景を思い出しながら話された。もしかしたら花嫁姿で河を渡った来たのだろうか。
佃の渡しは昭和39年の東京オリンピックの年まで対岸の明石町を結んでいたが、佃大橋が完成して渡しは廃止された。


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佃煮屋さんが三軒あって、その一軒で「あみ、しらす、あさりの皮包み・三品」を買った。

佃島


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今は陸続きになってしまった佃島は、高層マンションから見下ろされている街



先週末は、久々の吟行歌会で参加者七名。月島駅に集合し、江戸の歴史に詳しい友人Yさんの案内で、佃島から明石町界隈を歩いた。
佃島は、江戸時代、徳川家康が隅田川河口の砂州を埋め立て、人口の島を造り、摂津国佃村(現大阪市西淀川区佃町)の漁師33人を招いて住まわせたところから、この名がついたといわれている。その背景には、本能寺の変に際して摂津国佃村の人たちが家康の脱出を助けたというエピソードがあるらしいが、どうなんだろうか。もしかしたら大きくなってゆく江戸の街に、魚を扱う人や市場が必要だったのかもしれない。

古地図を見ると佃島は、ポツンと田の字をして浮かんでいるように見える。戦災にも合わず、島はそのままの姿で歴史を刻んだようだ。祭の勇壮さ、漁師の荒々しさとともに小さな町で支え合ってきたからこその人情、そして渡し船が唯一の交通手段だったという辺境感が、小さな街から伝わってきた。


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田の字に見える佃島。上の大きな島は石川島(後のIHI)


こんな歌をつくった。

砂州を埋め立て
島をつくり
海という田を与えた家康公
人はここを故郷とし
佃島と呼んだ


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佃大橋から見る佃町。マンションは一軒も立っていない


白いクレパス


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絵を観ていると思い出が蘇ったり、もしかしてと創造の羽が生えてくることがある。過去と未来が交差するそれは静かで幸せな時間だ。この夏「巨匠たちのクレパス画展」を観て、一つ発見があった。この展覧会はサクラクレパスがパトロン。展示された絵の全てはクレパス画ばかり。えっ、これが?クレパスだけで描かれている?と驚く。

クレパスといえば、子供、初めてのお絵かき、日記帳、そんなイメージしかなかったから、日本の著名な画家たちのクレパス画を観て唸った。どれも名画ばかり。色彩の豊かさ、華やかさは想像をはるかに超えていた。熊谷守一、小磯良平、三岸節子、梅原龍三郎、林武、加山又造ら多くの画家たち、もしかしたらクレパスに夢中になっていたのではないか、と静かに興奮した。

油絵と見紛うような絵の中にクレパスでなければ生まれないような色彩の美しさがあった。なぜこんなに色が豊かになるのか。目を凝らして観ているうちに、共通しているテクニックを発見した。それは白いクレパスの重ね塗りだった。原色部分に白いパステルが入ると淡い色調が生まれ、何とも穏やかな風合いを醸しだす。白いクレパスって、下書きだけではなく、こんな素晴らしい働きをするんだ。クレパス画を鑑賞する楽しみが広がった。

観終わって、クレパス画のことを思っていたら、こんな歌ができた。

白いクレパスって
聞き上手な人に似ている
重ね色をして
どんどん
魅力的に変えていく


そして、先日の「没後50年藤田嗣治」の絵画展からは・・・

嗣治の
乳白の少女の頬と
虚ろな瞳
あの日  ホームでサヨナラした
君とおんなじ

秋という触媒に反応させて、もっと私を引きだそう.


台風マリア


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これでもかと今年は、台風が次々にやってくる。それも鼻息の荒い体育会系のようなタイプばかり。たまには「どうした、しっかりしろ、大丈夫か?」と、こちらが心配してしまうような文系優男風の台風は来ないものだろうか・・・。

生まれた台風には、全て名前が付けられる。出生場所や規模で命名されるわけではなく、台風委員会(日本を含む14カ国が加盟)がすでに用意した140の名前を順に付けていく。先日取り上げた台風25号(ニゴー)には「コンレイ」。カンボジア語で「伝説の少女」という意味らしい。

話は半世紀ほど前に戻る。学生時代、何かの記事で「台風マリア」という名前を知った。それをテーマに童話風のシナリオを作り絵本にしたことがある。マリアの哀しみが雨になり台風になるというストリーだ。そんなことを思い出しながら、題詠「台風」の歌を一つ作った。


ママが熱がってる
だから
風を起こして
雨を降らせて 冷やしてるんだ
台風マリアが哭き叫ぶ


*台風マリアは、No.13(アメリカ命名)。今年7月、日本に来た台風8号の名称。


白杜鵑草(シロホトトギス)


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初めて見た。白いホトトギス。新宿御苑だったか、以前、若い女性がホトトギスを見て、気持ちが悪いと言っていた。なるほど〜、そう云われるとたしかに不気味ではあるが、見慣れてくると、あ〜もう秋なんだなあと思う。
花言葉は「永遠にあなたのもの」。


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雨粒にもシロホトトギスが映っていた


タイチョー不良


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イベントと呑み会が続き、抵抗力を失っていたのか、風邪の菌に制圧されてしまった。美人アマチュアゴルファー風無口女医に助けを求める。いつからですか、喉が赤いですね、クスリを出しておきましょう、のいつもとおんなじの言葉をありがたく受けとり、ものの1分で診察終了。
最初のクスリで鼻水は止まり、咳が消えたが、たまに出るクシャミが腰に響く。今日も早寝をして、早く復活しよう。

昨日は、月イチのORMACで、東京都で最も標高のある大岳山登山。隊長は辛い、ムリを押して中央線に飛び乗る。青梅を通過してから雨が降り始めた。すぐに止むだろうと鷹を括っていたが、なかなか降り止まない。ウ〜ム仕方ない!というわけで、知っている宿坊に電話を入れ、風呂・ビール・蕎麦のランチコースを頼む。

晴れ男、晴れ女で快調に10月まできたが、ついに涙雨。Aさんと檜の風呂でゆっくり世間話をしてから、フキ味噌、ヤマイモの千切り、手づくり蒟蒻の刺身、ワラビの和え物を摘みながらビール、日本酒に突入。蕎麦を食べて、すっかり酔いが回った頃、雨が上がった。