よそいき


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父は身なりにうるさい人だった。戦時中に撮ったと思われる一枚の写真がある。父となる前の青年が、軍服姿の男たちのど真ん中で、一人白のスーツと白のソフト帽を被り、誇らしげに腕を組んで笑っている。なぜ父だけこんな恰好が許されたのか、幼い私にも不思議な写真だった。

戦後、父は一時期進駐軍で働いていたことがあった。そこで見聞きした情報は、父のお洒落心を奮い立たせた(ようだ)。きちんとした身なりでいることに口やかましく、私たちのよそいきの服を次々に作り上げた。

幼い私と弟のカラダの寸法を取り、新聞紙にチャコで型を描き上げて生地を断裁し、ミシンでシャツと半ズボンを縫い上げた。さらに余った生地でハンチングをつくった。街にでるときは、このよそいきを着せられ、弟と私は大通り公園でカメラに収まった。街に出るときは、かならずよそいきを着るものだと教えられた。

上京して初めて銀座を歩いた時に、このよそいきの教えが蘇った。誰もがよそいきの恰好をしていることに気がついたのだ。銀座という街ががそうさせたのかもしれないが、華やかな装いが眩しかったことを覚えている。いまやカジュアル主流の時代。よそいきは死語になろうとしている。


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