2019年11月

金沢ひがし茶屋街


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ひがし茶屋街は古い城下町の佇まいがそのまま残っている。歩いていると心がしっとりとしてきて、歩くスピードがつい落ちる。米屋、味噌屋、麹屋さんなどが暮らしの中にあるから、そこに暮らす人たちを思ってしまう。道が掃かれ、挨拶があって、子どもたちの声が聴こえてくる。昔どこにもあった世界だ。


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格子の縦のストライプが涼やかな落着きを醸し出し、石畳の道が美しさを引き立てる。ふと立ち寄って、あれこれと話をして、気にいったものを買い求める。こんな当たり前のことが、旅先でしか見つからなくなったのかなあと思ってしまう。


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旅は、突然が好い


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金沢駅東口をほぼ直進していくとひがし茶屋街がある。美しい出格子と石畳が続く古い街並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、和菓子、伝統工芸品、雑貨などを扱うお店やカフェが軒を連ねている。

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露地を出たところで懐かしいマークを発見した。加賀藩御用達の菓子店「森八」。今から6年前の年賀状をここの最中を撮影してつくったことがあった。こんなダジャレの年賀状。


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辰年にこの最中を使ってデザインし
女将のNさんにお礼の賀状を送った


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お店に入ってコーヒーと栗最中のセットを注文する。築190年という時間が流れている店内。低い天井は、京都の旅館と同じで、刀を振り回せないように計算されているそうだ。奥には坪庭が明かり取りとして活かされている。なんともお洒落。

お茶を運んでくれた女性に「以前、女将に年賀状をいただいたことがあります」と話すと「午前中に本店におりましたからお会いできると思います」と告げられる。ならばと10分ほど離れた本店の暖簾をくぐると・・・その女将がいた。着物姿が艶やかで、遠くからも直ぐに分かった。

客足が途絶えたのを見て女将に声をかける。「そうだったんですか・・・」。いくつかの話をして、お土産選びのアドバイスをいただき、二階の「金沢菓子木型美術館」を案内してもらう。


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江戸時代から390年のお菓子づくりの木型がずらり。その量に圧巻、そして凹版の彫刻の美しさと細やかさに、目を見張り息を呑んだ。突然の縁がここへ導いてくれたのだ。我が家紋や龍の抜き型を見つける。旅は、突然が好い。
女将に丁重にお礼を言って、お店を後にした。


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玉を掴むマークの箱には「千歳(ちとせ)」、
そして女将が選んでくれた「福梅」をお土産に


雪吊り


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放射線状に伸びた縄はあくまでも緩やか


週末、金沢の街を歩いていた。加賀百万石の歴史が随所に見られた。繁栄をなした豊かさは、建物の佇まいや技術・工芸品ばかりだけでなく、暮らし向きにまで沁みているようだった。

たとえば、市内のあちこちで見られる雪吊りの技術。木、一本一本の個性を見抜き、支柱と縄だけで重たい雪に耐えられるよう様々なカタチで丁寧に組まれている。
庭師の技が、随所に見られた。

幹の上から放射状に放たれた縄は、この時期、まだ張りつめてはいない。緩やかな美しいラインとなって雪を待っている。


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雪が降りはじめる頃、その重さで縄のラインは直線になる(はずだ)。この緩やかな「遊び」こそが職人の技。相互の力が拮抗することで、支えるようにしながらも支えられる円錐形の美しいカタチになるのだ。
その頃にもう一度眺めてみたいと思った。


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木の個性を予測しながら、外から中から
眺め、カタチが決められていくのだろう

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背丈の低いツツジにこのカタチ、謎を解くように見入った

六義園


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幽玄の美とでもいおうか、六義園のライトアップは、樹々を水面に浮かべ、幻想の世界を創っていた。紅葉はまだそれほどでもなかったが、計算され尽した光と影は、来場者を無言にさせていた。
12月の中旬まで、おすすめです。


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キスを


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蔓系の植物は、夏の終わる頃からいち早く葉が赤くなる。それも全部がではなく、ポツンと一枚ずつ鮮やかな赤に。これが不思議。昨日の歌会の詠題『紅』にこんな歌を出した。

キスを
待つかのように
蔦の一葉
もう 紅をさして
しっとり

唇のような赤い葉が印象的だった。


じょじょ


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週末の弘法山ハイキングで見つけた赤い鼻緒の草履。この山道を女の子は、これを履いて歩いていたのだろうか。ジッと見つめていたら、みんなが集まってきた。

「赤い鼻緒の じょじょはいて おんもへ出たいと 待っている」。Yさんが呟いた。「そう、これをじょじょと言っていたわね」。そんな歌を思い起こさせる可愛い草履。よく見ると片方の先の部分が擦り切れている。大事にはいていたんだろうなあ。

枝に縛り付けているヒモは、拾い主のものではなく、脱げないようにと親御さんが付け足したものか。鼻緒にはてんとう虫のワンポイントが巻き付けられている。

なんだか時間が止まったかのような落とし物。女の子は、なにを履いて山を下りたんだろう。ちょっと気になってしまった。


弘法山


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なぜ、そこにだけ雲があるの?


もしかしたらORMAC今年最後の山行になるかもしれない。小田急線の秦野から鶴巻温泉までのハイキングコースに弘法大師ゆかりの低山、弘法山がある。その前には、浅間山、権現山という、いかにもスケールの大きそうな山を登らなくてはならない。

途中、富士山、相模湾、江ノ島、大島を眺めてのんびり。風もなく、光がもう少し弱ければ春のような穏やかな一日。

登り終えたら、鶴巻温泉で一汗流してから、呑もうという計画も、毎回なぜか時間が足りなくなってしまう。結局、やや急ぎ足で下山し、予約の居酒屋に飛び込むというおなじみのパターンになった。


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残っていた花たち

森を背負う


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先日の五行歌全国大会に出した歌だ。席には入らなかったけれど、多くの方が「私が選ぶ五首」の一つに取ってくれた。Mさんのこのコメントが心に残った。

まず、一、二行目の、腹に響くようなずしんとした表現に、ぐっと引き寄せられた。「森を背負い」で、男を言いおおせていると思う。また、リアル感をもたらす松脂が一つの焦点にもなり、それらすべてが収劍していく五行目に、作者の人物像も浮き上がってくる。
一首の余韻のなかで私は、山男の憧憬をこめ、物語をつむぎはじめる。すばらしい作品です。

七月の末、尾瀬の木道を歩いていたら、一人の歩荷(ぼっか)さんとすれ違った。尾瀬の小屋で必要な食料や燃料、日常品を目一杯担いで運ぶプロだ。約100キロの荷を高々と背負子に積んで、腕組みをして哲学者のように坦々と木道を歩いていく。

ふと嗅いだ匂いは、森の中で働く男の誇りのように感じた。それは幼い頃、玄関にかけてあった父の作業着の懐かしい匂いを思いおこさせた。

他にも印象的なコメントを二つ。

Sさん
前にどこかで歩荷さんという山の荷物の運び屋さんのことを読んだことがあり、それかなと思いました。まさに森の使者のごとく懸命に荷を運ぶ姿に、作者は松脂の匂いまで嗅ぎとっている。作者もまた森を愛する人に違いない。

Kさん
私の個人賞です。森を守るために森に選ばれた人、責任を任された人、森に対して真面目に取り組んでいるからの汗をちゃんと流した人の匂い。責任感やまじめなお人柄、生き方を感じます。花や葉ではなく、松脂が森の男という感じです。読み手にも郷愁のようななにか温かいものを感じさせてくれます。


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小歌会一席で一筆箋をいただいた

奇跡の出会い


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封筒からこんなチラシが出てきた。その夜の話を思いだす。この日は家に真っすぐ帰らず、我が家から五分くらいの居酒屋の暖簾をくぐった。

「これ、懐かしい写真だね」。ふと見つけた古いチラシを手に取った。「昔は上野から急行に乗り、青森まで、13時間かかったもんだ」。カウンター越しに店主に話しかける。

「さっきまでそこに座っていたのが、その本橋さんだよ。じつはさあ・・・・」
店主の話が始まった。

本橋さんとは、本橋成一(もとはしせいいち)さん。写真家でありながら、チェルノブイリ原発事故の被災地で暮らす人々を撮影した『ナージャの村』の映画監督でもある。この居酒屋のすぐ近くにある映画館「ポレポレ座」のオーナー。

ある日、本橋さんが来て、写真展があるのでこのチラシを置かせてくれというから、いいよと応えたんだ。あれこれ話をして、ゆっくりこの写真を見ていて手が震えたんだ。
「これ、俺のおふくろだよ」。

たぶん俺の替わりに、福島から上京したおふくろを兄貴が迎えにいき、そこで待つように言ったんだろうな。心配気なおふくろの後ろ姿だ。首にかけているショールは間違いなくおふくろのもの。風呂敷からなにまで・・・。驚いたのは本橋さんもだ。いつも呑みにいく居酒屋のオヤジの母親だとは思わなかったから。話が盛り上がってねえ・・・

そんな話を聞きながら、こんな奇跡ってあるんだと、軽い興奮を覚えた。
「裏の写真もいいねえ」「観にいきたかったなあ」。

そのチラシあげるよ、まだあるから。

その夜の出来事を思いだしては、このチラシを捨てられないでいる。


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さんさ踊り


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サッコラ チョイワ ヤッセ〜
さんさ踊りの掛け声は、こうらしい。しかしそうは聴こえてこないのが不思議。余興で若者たちが、笛、太鼓でさんさ踊りを演じてくれた。まあその激しいパフォーマンスは、ヨサコイを彷彿とさせた。これでもかと次々に演じられる舞いを見ていると、さんさ踊りのアグレッシブバージョンではないかと思った。そしてそのエネルギーを嫉妬するほどに感じた。


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夜の街に繰り出すと、そこでも店の若い衆が、さんさ踊りを演じてくれた。このくらいの踊りの方が、なんか沁みるね。酒が回っていたからかもしれないけれど。

読む ということ


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家人に この歌、どう解釈する? と聞いた。

「賞味期限間近の品を買ってくる我によく似た娘となりぬ」

安くなっているからトクだと思って買うんじゃないの。親子だから、似ていくでしょう。

なるほど。この歌を選んだNさんもそう解釈している。
安くなる頃を見計らってという貧乏性が、いつの間にか娘にも。親としてはちと寂しい。

こんな読みはないだろうか。
賞味期限を過ぎると食品は捨てられる。それはとてももったいないこと。捨てるということは、環境にもよくない。親子は普段からそんな話をよくしている。

作者の家には、片目のミケがいる。引き取り手のない小猫を殺処分から助けるために、貰ってきたのだ・・・

なんて、ないか。


岩手山


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週末は盛岡で五行歌の全国大会。北に雪を被っている岩手山が見えた。旅先で登った山が見えるというのは嬉しいもの。調べてみると今から6年前、2013年7月1日に登っていた。
岩手山(日本百名山・73座目)

鳥海山もそうだけど、ポツンと存在する山は、凛々しく見える。四季折々、良きにつけ悪しきにつけ、人はどれだけ山を眺め、対話をしてきたのだろう。宮沢賢治、石川啄木、彼らも励まされ、苦難の道を歩く覚悟を決めたのだと思うと、岩手山がいっそう神々しく感じた。


雪降る


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蔵王の麓は紅葉真っ盛りだった


朝、テレビのスイッチを入れると札幌の大通公園に雪が舞い降りていた。毎年のことではあるが、このシーンを見ると、スッと心が改まるような気持ちになる。どこかに故郷をしまって生きているんだなと分かる。

雪と折り合いをつけて生きていく人たちの姿は、私のなかの何かを支えているような気がする。


サムライ


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サムライ、武士、聞こえは良い。しかし江戸の中期に入るとその様子は、今のサラリーマンと何ら変わりがなくなっていく。江戸時代の初期であれば、戦績次第で家禄が決まり、旗本やご家人となり、家柄が優先され、武士たる者・・・などの時代。しかし腕より頭に時代は変わり、能力主義へと変化していく。

この企画展で面白かったのは、現代サラリーマンの悲哀と重なる暮らしぶりを見られたこと。江戸務めの慎ましい暮らしぶりを現すスケッチ画。いよいよ江戸務めが終わり、国へ帰れると思ったら、新たな要職を任されてしまい、自棄酒を呑んではめをはずす侍たちの姿などが数多くあり、滑稽だけれど哀れに思えた。

宮使えは、いつの世も同じか・・・


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ツワブキの花


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なんで寒そうな所ばかりを選んで咲いているのだろうと、この花を見ると思う。陽の当たらない坪庭の一角とか、玄関の隅とか、秋の終わりを告げるかのように咲いている。

ツワブキは、あのキャラブキと同じではないのかと、思ったのはいつだろう。そして、もしそうだとしたら・・・えっ、あの佃煮は、この茎なの!?

今も、そのえもいわれぬギャップ感を抱えて、キャラブキの佃煮を食べている。


岩の名前


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はて?どこが庖丁なの?
ORMACのメンバーIさんが、すかさず「あの茶色の切り立った所ではないですかね」と応えた。あれが、庖丁!?・・・。
以前から思っていたことがある。日本の景勝地の岩には、名前が付けられていることが多い。

例えば、カエル岩、天狗岩、ゴジラ岩などなど。「なるほど〜」と納得してもらいたのであろうが、そうはいかない。どこの川下りだったか、船頭が次々に岩の名前を言うのだが、どれがそうなのか分からず、仕舞にはあきれ果てて、川下りそのものがバカバカしくなった記憶がある。

ローソク岩、夫婦岩ならまあ、ありかと思うが、やたらに命名されると興が醒めてしまう。
庖丁岩を見て思いだしたのは、藤島恒夫の「月の法善寺横丁」だった。
ホ〜チョウ〜一本 さらしに巻いて〜♬ 


蔵王・苅田岳


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一夜明けて、空は晴れ上がった。ドッピーカン! 朝食後、ドッコ沼から続く不動の滝まで散歩。これが結構な下りで距離もあった。細かいしぶきを受けていたら、滝の上に朝日が現れた。あごを突き出して、水と光を浴びていると、心が浄化されていくようだ。あ〜神よ、さまざまな悪事を許したまえ〜。


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熊野岳の山頂部に鳥居がポツンと見える


スッキリしたところでロッジに戻る。安達太良山を目指す前に、蔵王の苅田岳をやっつけようとなった。苅田岳山頂近くの駐車場に車を止めれば、すぐに登ることができる。広い駐車場に到着すると、昨日ガスっていた熊野岳の全容がドーンと見えた。

「なんだ、このなだらかな山容は・・・」。名は熊野岳、カタチはヒロイダケ。だから風がキツかったのだろう。とりあえず火口湖の「お釜」まで歩く。ここにも外国人が多い。大きな火口が見えてきた。お釜・・・まさに。地層が何度もの爆発を語っている。


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Sがお釜へ下りていく
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戻る途中、苅田岳に上がって記念撮影。たくさんの観光客でにぎわっている。蔵王も白根山も八幡平も、いまや車で山頂近くまで上がれるようになった。良いのか悪いのか・・・。

福島県の安達太良山の麓、岳温泉に着いた。Sに取ってもらった宿だ。宿泊者には地酒一本がプレゼントされ、夕食は飲み放題だという。ありがたいねえ。
最上階の部屋から安達太良山を眺めると、どんよりした雲に被われていた。明日は昼から雨だという。どうする・・・。

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部屋からドーンと安達太良山が見えるはずが・・・

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