雨の神宮


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打ち合せの帰り、雨の神宮外苑を歩いてきた。雨の神宮といえば、昭和18年の秋、冷たい雨のなか学徒出陣があった場所。戦局が悪化し徴兵されないはずの学徒たちが集められ、ここから戦地に赴いた。学徒たちを鼓舞するあの音楽が一瞬流れた。あれから75年、神宮の森には新たな競技場が完成しようとしている。

見上げると、木と緑を活かした競技場。ここからではなく、ここへ、もうすぐ世界から若者たちが集う。


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学徒出陣

学徒出陣を見送る女学生の中には、茨木のりこ、杉本苑子さんらがいた。


コメント

 學徒動員で雨の中、天皇陛下の爲に名譽の戰死をするべく戰地へ赴く數萬の若者が「敵は幾萬ありとても」の行進曲に送られて、悲痛な顔をして刈り出された姿をニュース映画で見た僕達昭和の少國民は「軈ては僕達も特攻隊になるだらふが死ぬ時は一瞬だから痛くないだらふな」と眞剣に思った。全體主義に洗腦されて居た恐ろしさだ。

 あれから數十年經った今、巨大な利權の塊として再登場した競技場では、北叟笑む奴等とは全く正反對の、純眞な若者達が悲痛な顔をして死ぬ爲に行進した若者達とは全く正反對の笑顔でナショナリズムの權化と成って、肉體の限界を試す競技に精根を傾けるんだらふなぁ、と時の流れの不思議を感じる。

A)
平和であることは、恒久の願いです。
来年、開会式を始める前に、せめて黙祷をしてほしいです。

恋を知らずに死んでいった若者たち。
たくさんの想いを封じ込めて、人生を終わらせていった若者たち。
それをいつまでも忘れてはいけないと思うのです。

2019年7月 5日 08:24 | 雅蘭洞英齋居士

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