グローブ


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区の野球場のバックネット裏に、グローブがポツンと置いてあった。一昨日の雨を吸い込んでいて、持つとズッシリと重い。持ち主の手に戻るといいけれど・・・。
ふと、父の作ったグローブ思い出した。父は器用な人で、何でもこしらえた。大きな物置、椅子やテーブル、そして自分のスーツや帽子、さらには子どもたちのズボンやハンチングまで。その父が、ある日革製のグローブとミットを作った。グローブは親指の部分は大きくて、ミットはボールを受ける部分に綿が少ないというおかしなものだった。
父は仕事から帰ってくると、すぐにキャッチボールをしようとしきりに誘った。しかし父の投げるボールはときどき速く、球を反らしては、遠くまで拾いにいくことになる。これが嫌で、誘われてもウキウキすることなく、渋々つきあった。

こんなこともあった。草野球の仲間たちに父の作ったグローブだと自慢すると、カタチが変だとバカにされた。エラーでもしようものなら、グローブのせいにされるので、取るときは必死だった。それでも子どもは残酷なもので、ことあることに「変なグローブ」と言った。そのうち野球をするのが嫌になってやめた。
貧乏なこともあったが、父はモノを作ることが好きだったのではないかと、今ごろになって思う。

コメント

素敵なお父様ですね。物を作るのは楽しいです。でも今ほど材料や型紙がなかったので、色々と工夫をされたと思います。グローブにミットなんて凄く難しかったでしょうね。革は堅くて縫いにくいです。子供と手作りのものでキャッチボールをされたかったのですね。

A)
いま思えば、とてもレベルの高いものをこしらえていました。
職人技ですね、あれは・・・
どこで、どうして身につけたのか、謎ですね、不思議です。

椅子とテーブルには、達筆な筆で、製作日が書かれていて
30年くらい、我が家にありました。
聞いてあげれば良かったなあ・・・

2014年12月24日 06:54 | かに

グローブといえば、夫がこんなはなししてくれた。
少年のころ叔父さんがグローブを買ってくれた。嬉しくて
さっそくそれを持って草野球をみんなとしてたが、おひるよ~って
一瞬まよったけどまだやっているみんなが使うだろうと思ってそのままグローブを置いてお昼ご飯に帰った。終わってすぐ戻ったけどグローブはもうなかったって。
少年の日のなんとも苦い思い出。

A)
そんなことにならないように、みんなグローブには名前を書いていましたね。
グローブには、少年の想い出がいっぱい詰まっている・・・

裕福な子は「3」の背番号のユニフォームを着ていました。
でも9人集めるのに必死だったから、
少しくらい下手とか、道具がなくても、貸し借りしていた
楽しんでいたなあ・・・(^^♪

2014年12月24日 09:48 | ~ふぁ~

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