仕送り


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麦そっくりだから「麦草」。歌いたくなる
麦は泣き 麦は咲き 明日へ育っていく〜


朝ドラの「ひよっこ」で、仕送りのシーンが数回出てきた。「仕送り」・・・懐かしい。事務所のY君に、仕送りなんかしたことはないだろう、と声をかけたら「仕送りって、してもらうものだと思っていました」と笑われた。
そうだろうなあ。

じつは、一年間だけ、訳ありの実家に仕送りをしていた時期があった。当時としては、かなりの額だった。独立するために用意していた貯金と給料から捻出して、仕方なしと諦め、一年余計にサラリーマンをして送り続けたのだった。

あの頃、金の卵たちは、みんな仕送りをしていたのだろうかと、千円札を数えているシーンを見ていると心が疼いた。盆と正月にお土産を一杯ぶら下げて、故郷に帰っていた我らの世代。いま仕送りをしている子はいるのだろうか。

コメント

 「仕送り」と言ふ言葉は今や死語に成ってしまったのでは無いか、と思はれる。せめて學生時代に仕送りして貰った分は返して行くべきだ、と思ふが、僕が學生時代は、東京生まれの人間は、勿論仕送りはして貰はなかった譯で、學費や生活費は親に出して貰って居るか、アルバイトをするか、奨學金を借りるかだった。

 東京生まれの學生は小遣ひはほんの少々貰ふだけだったが、樂器の使へる奴は進駐軍のクラブ等でジャズを演奏し、荒稼ぎをして、贅澤に金を遣って居たらしい。
 地方から來て居た學生の中には、甘い(馬鹿な)親からの仕送りが潤澤で、僕達が驚き羨む程の豪勢な生活をして居る奴も居た。あんな連中が社會に出てから親に仕送りをするとは考へられなかった。

A)
昔、地方から出てきた者は、東京で名を挙げて、
いずれ故郷に錦を飾るのが夢だったのでしょう。
働き者が多く、仕送りするのは当たり前の時代がありました。

仕送りから、話は少し逸れますが
北海道には、千代の富士や細川たかしが
両親のために家を建てたという、孝行伝があります。
成功者の話ですね。

しかし勢い良く出て来たものの、上手くいかずに
小皿叩いて チャンチキオケサ〜♬
いまでも三波春夫の歌うこの歌詞の三番が身に沁みるのは、なぜでしょう。

2017年5月20日 07:30 | 雅蘭洞英齋居士

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