ネムノキ(合歓木)



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ネムノキの花が咲いていました。淡紅色の雄しべがいくつも放射状に広がって、なんとも華やかです。名前の由来は、葉が夜になるとピタッと閉じ、眠っているように見えることからネムノキ。眠る木と聞いて、何か温かで童話の世界のイメージです。宮城まり子さんの養護施設「ねむの木学園」もそんなイメージから命名されたのかもしれません。花のない時には、葉がオジギソウと似ているので、よく叩いてしまいます。


コメント

「合歓の郷」・・・も思い出します。
結婚して第1子が10カ月のころの夏 母と兄弟家族全員23名?で 
三重県の合歓の郷へ1泊旅行したことを・・・

合歓の木がメインでした。

A)

(^^♪
ありましたね〜
合歓の郷、素晴らしいリゾート!
それも一族で〜、良いですねえ。

伊勢志摩あたりは、いつか行きたいです〜♬

2012年7月24日 14:29 | おかいこさん

合歓のお花綺麗ですね。
花が繊細で美しく見えます。長く伸びた糸状のものはおしべだそうですね
「象潟(きさかた)や雨に西施(せいし)が ねぶの花」
奥の細道 で 松尾芭蕉が詠んだ歌がありましたね。

夜になると自然に葉がゆっくりと自分で閉じて行き、
眠るような姿は可愛いです!(^^)!。
伊勢志摩、勝浦方面も是非お出かけください。景色も良いですしお魚の活造りも美味しいですよ(゜.゜)。

A)
象潟は鳥海山の麓ですね、きっと。
西施は、中国の美女。とすると
山を背景にネムノキの美しさを、西施という美女に喩えたのでしょうか。

伊勢志摩を超えて、いつか熊野古道を歩きたいと思っています。
伊勢志摩はその帰りでしょうか。
良いところみたいですね。

2012年7月24日 16:07 | tama

植物にはとんと疎いのですが、合歓の木は遠い昔の記憶にはっきり残って居ます。と言ふのは、十五、六歳の未だ疎開先の鵠沼海岸の家に住んで居た頃、夏になって海水浴の季節、家から海へ行く通り道に合歓の木が有って、道の上に被さる様に生えて居たので、時々棒の先で觸って葉が閉まるのを面白がった記憶があります。
その頃は松林ばかりの中に、合歓の木が有ったので、良く目立ったのです。今、考へると眞夏の日盛りで太陽が眞上から照りつけて居たのに、今の様に猛暑と言ふ感じがしなかったのは何故かなぁ、と思ひます。家から海へ行く道は舗装されてなく、砂地がむき出しで、家も人間も少なく、まして自動車なんて言ふ怪物も居なかったし、静かな別荘地の面影を残して居たからかな、と思ひます。

A)
暑さについて思います。
いまの暑さって、ちょっとおかしい。
昔は、今のような粘り着くような暑さじゃなかった。
ビルやアスファルト、そしてエアコンの放射熱なんでしょうね。

朝夕に涼しさあるから、昼の暑さも我慢できる。
そして、騒音が少なかったから、ストレスもなかったのでしょうね。

草木に想い出があるというのは、幸せなことですよね。
次の世代にもそうあってほしいと思います。

ネムノキの下で、冷えたビール、やりたいですね〜 (*^_+)

2012年7月25日 11:10 | 雅蘭洞英齋居士

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