登別温泉
「小学校の修学旅行は、登別温泉で男女混浴でした」。この話をすると、だいたいの人は驚く。当時こんなことは当たり前の道産子だったので、あえて問題にしたり、騒ぐような親はいなかった。
修学旅行の頃、大きな旅館は次々に増築していたので、大浴場までは迷路のような廊下をいくつも曲がることになった。浴場に入ると、湯気がもうもうと立っていて、見通しが悪かったが、目を凝らすと恥ずかしがるように歩く6年生がアチコチにいたのを思い出す。皆ドキドキ、キョロキョロ。湯に浸かれば、どちらも出ることができず、お互いに顔を赤くした。
上がるからあっち向いてね、の約束を破って、Aさんのお尻をしっかり見たことを小学校のクラス会で白状したら、「可愛かったでしょ」と笑った。道産子のおおらかさは、今も変わらない。
地獄谷の奥へ行くと、間欠泉を見ることができる
2012年9月19日 13:06 | カテゴリー: 歩キ眼デス
コメント
好い色がでていますねえ。
硫黄のにおいともわっとした温泉の空気がただよってくるようです。
わたしも一枚写真を撮ってくるんだったなあ。
小学校の修学旅行から今までずっと変わらずにあってくれた
この風景に心の中で感謝。
小学校時代の担任の先生はお元気にしていられるようですよ。
今度来道の時にでも訪ねていきましょう。
A)
こんにちは。
久々にゆっくりお話が出来ましたね。
間欠泉で撮った記念写真のレタッチが終わりましたので
みんなに送ります。なかなか良いよ(^_-)
ちなみに下の写真は、佐々木君とはっちゃんです。
N先生は、我が道を拓いてくれた恩師!
お元気で良かった!ぜひ、お訪ねしたいです。
2012年9月19日 21:29 | デコ
登別温泉懐かしいです。
皆が道産子のように成れたら良いのですが。
今は随分環境が変わりましたですね。
陰湿ないじめ問題を聞くたびに、どうしてそうなるのと考えます。
アンケート調査で多数の人が虐められている事を知っていたと書いています。
なぜその人たちが勇気を出して「やめようよ」と
声掛け合い立ち上がらなかったのかと歯がゆい思いです。
自分にさえ被害が及ばなければ良い。人は苦しんでいても見て見ぬふりをしている。
「共に支えあう社会をつくろう」などのスローガンはとても実現できませんね。
とても悲しい事です(~_~;)。
A)
いじめは、昔からあったと思いますが、今のような陰湿さはなかったと思います。
それに教師には鉄拳制裁の権利があったので、中高とよく生徒が吹っ飛んでいました。
何を隠そう、よく吹っ飛んでいた一人なんですが・・・ (^^;)
この修学旅行でも冗談に、参加してくれないメンバーがいるのは、
当時、誰かが虐めたのではないかという話題になりました。
いじめを誘発するさまざまな問題を解決していかなければ
根本的な解決には繋がらないのかもしれませんね。
2012年9月20日 09:11 | tama
東京組幹事お疲れ様でした。おもしろかったねぇ!!次の朝喉がかれていました。笑いすぎでした。思いっきり笑ったのは久しぶり。還暦の悪童を目の前にしてもやはり2年3組のみんなでした。たった一年のつながりがーーーとても不思議な感じがしてなりません。みんなにもらったお花早速夫に供えとても楽しかったことを報告。それぞれ40年余りを喜んだり壁にぶつかったりしながら過ごしてきたのだと自分のことも含め感慨深いものがありました。それぞれがいい感じの大人というか初老の人(なんか合わないね、還暦悪がき?)になり歳月ですね。でもいつも言うことですが思いだすのは2年3組のみんなです。
いろいろ有難う御座いました。。
A)
ここでは、お久しぶりになります。
楽しかったですねえ〜
先生があんなに夜遅くまで、みんなと盛り上がるとは思っていませんでした。
お元気になられて何よりです。
還暦をみんなと一緒に迎えられるとは、思っていませんでした。
次のクラス会が、もう待ち遠しいです。
水泳とワンコの散歩で、パワーアップしてくださいね。
100才まで、続けましょう!
写真がまとまりましたら、お送りします〜(^^♪
2012年9月21日 13:52 | matsubara
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