吟行歌会/丸の内界隈(2)


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改修・復元費用捻出の為に空を売った東京駅


明治期、この丸の内界隈は近衞練兵場なる跡地だった。持て余した陸軍省が澁澤、大蔵、岩崎、三井に払い下げの打診をしたところ、岩崎が約10万坪を128万円で購入した。坪単価約12円・・・今なら俺でも買える〜。以降三菱がこの一画を占めることとなった。

オアゾを抜けてから向ったのは、新丸ビル。ニューヨーク辺りのビルはこんなだろうか。広い廊下にはソファーやベンチが置かれている。トイレも美しい。7階のデッキからは、東京駅をはじめ皇居、丸の内が一望できた。夜のデートコースには好い所だなあ〜とボンヤリする。そして行幸通りを渡って丸ビルの北側入り口に入ると「松杭」が床面に飾られている。長さ約15メートルのオレゴン松だ。旧丸ビルの地下から5443本見つかったという。70年もの間土の中・・・凄い生命力だ。腐っていない。


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丸ビルも三菱一号館もそして日本工業倶楽部会館も、古い建物の三階部分までの外壁を活かした建築様式をとっている。東京駅もそうだが、一階、二階、三階と上にいくほど窓の高さを低くしている。これは見上げると、より高さを感じさせようと遠近法を使った工夫だ。
こんな歌になった。

遠近法は
時代のあこがれか
男のロマンか
石柱が 四角い窓が
青空へ向う


コメント

 都市はいつも變貌して居る。特に東京は其の變化が激しい。
僕が中學生の頃、敗戰直後で、未だ鵠沼海岸に住んで居たので、學校が終ると、湘南地方に住んで居た仲間達と、廣尾から東京驛迄歩いて歸った。途中、第一生命でマッカーサーが五つ星の付いたキャデラックに乗るのを見たり(何時も多勢人だかりがして居た)、進駐軍の兵隊に英語で話掛けて「通じた」と言って喜んだり、明治生命ビルから匂って來る懐かしい洋食の匂ひを嗅いだり(其の頃は銀飯がやっとで、敗戰國の食生活は貧しく、洋食なんて未だ食べられなかったので、子供の頃を想ひ出して皆鼻をクンクンさせた)、未だ新丸ビルは戰の途中で建設が止まった儘、プールの樣に水が溜って居て、其の縁を歩いて、東京驛に行き、汽車に乗り込んだ。藤澤に着いて降りる時は窓から降りた。

A)
まあ〜〜〜
なんとモノクロの映画が回りだしたようなお話。
敗戦後の洋食に匂いと腹ぺこの少年たち・・・
ジープが走り再建が進む、丸の内界隈。
知っている映像をつなぎ合わせて、想像してしまいます。

今度吟行歌会にいらっしゃいませんか。

2017年7月21日 09:07 | 雅蘭洞英齋居士

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