花の思い出


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デリケートなペーパークラフト、白い花火、南の海の妖しいサンゴのようにも見える。早起きして何気にテレビをつけると、この花がコウヤボウキだと紹介されていた。確かそうだった。亡くなった権ちゃんが、いつかそう教えてくれたのを思いだした。

花の思い出は、いくつもある。母、あの人、あの時、あの山、花はときおり思い出を映しだすレンズのようでもある。


コメント

 花は思い出を映し出すレンズとは面白い表現です。僕は時間と言ふものは西洋文明の考へる樣な線の流れ、詰まり未來から現在を通して過去へ流れて行くものでは無く、トポスとして内から湧き出ては消えて行くものだと思って居ます。詰まり、又、「冬が來て」では無く「又、冬に成る」のです。ですからタイムマシンは絶對に出來ないのです。
 さふ意味で、花こそ一種のタイムマシンと思ひます。思い出のレンズでもあり、個人個人で「その花」は別別の過去へその個人個人を誘ひます。或人には樂しい世界、又、或人にはほろ苦い世界、夫々の過去の世界へ誘ひ込むタイムマシンです。

A)
迷宮の世界といいますか宇宙、哲学の世界へ誘われるようなお話ですね。
「内から湧き出ては消えて行くもの」。
この表現にうっとりです。

思い出を花に仮託することで、永遠が生まれる。
そんな感じで花を愛でてもいます。
ちょっとロマンチックでしょうか?

2019年12月10日 05:54 | 雅蘭洞英齋居士

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