春笑う(2)


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ニリンソウが終わって、イチリンソウ、ウツギが咲きはじめた。高尾山なら慌てて登ることはない。これから梅雨まで、種類の多いウツギをゆっくり楽しめる。

緑の濃くなった山道に、ウツギやヤマブキを見つけると、見惚れて立ち止まる。人知れず佇んでいる姿は、人を待っていたようにも思え、なにか語りかけたくなる。


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P4250005.JPGのサムネール画像
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上からイチリンソウ、ニリンソウ、イチゴ、ラショウモンカズラ

春笑う


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一年でいまの季節が一番好きだ。緑が日増しに濃くなり、花たちが次々に咲きだす。森のなかは命の輝きに満ちている。この二本の樹だって、仲良く肩を組んでいるように見えてしまうのだ。


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ヤマザクラの花びらの淡い紫の重なり、揺れる木の葉の美しい影のグラデーション、森は季節の始まりを教えてくれている。

ふだん気がつかないものについ目が向いてしまうのは、この季節が人にも優しいからだろう。

太宰治


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先週末、吟行歌会で太宰治の足跡を訪ねて、三鷹界隈をプチハイクしました。太宰は1939年から1948年にかけて三鷹(下連雀)に居住し、「人間失格」「斜陽」「走れメロス」など多くの傑作を生み出しました。三鷹周辺は、彼にとって創作と生活の拠点であり、現在もゆかりの案内板、文学サロン、墓所「禅林寺」などがあります。

もう半世紀も前、冬の終わりに友人のSと彼の生家である金木(津軽平野)を訪ねたことがあります。旅館「斜陽館」はすでに予約で満室、仕方なく隣りの小さな旅館に宿泊しました。

夕食事に、女将が津軽弁で語りかける。質問をしていることは分かるが、言葉がまったくわからない。「お前分かるか?」「いや、またく分からん」。なんとか分かったのは、戦時中に太宰がそこの庭の隅の家に疎開してきたということだった。

大きな声で話しかけてくるのに、伝わってこないもどかしさと可笑しさ。人生初の体験だった。そういえば、同じ津軽出身の寺山修司もイントネーションに癖があった。

当時、何故あそこまで太宰に傾倒したのだろう。展示館の太宰は、子煩悩で弟子想いで、優しい笑顔をしている。ある時から人生が変わっていったのだ。
こんな歌を詠んだ。

言葉に
導かれていったのか
斜陽、人間失格ときて
グッド・バイ
そうなのか、太宰

ささくれだった
墓碑だった
玉鹿石
晩年の太宰の懊悩を
現すかのように


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墓所の禅林寺には、いまも全国から太宰ファンが訪ねて来る。藤の香りが迎えてくれた。